作成日:2021/08/17
お化け
1938(昭和13)年5月、岡山県北東部の農村で「津山三十人殺し」
と呼ばれる大量殺人事件が起きました。21歳の男が未明、猟銃とナタ
を構え、集落内の10軒を超える民家に次々に侵入して就寝中の夫婦や
親子を襲い、即死28人、重体2人(のち死亡)、軽傷3人を残し、自
らは夜明け前の山中で自殺した、という凄絶な事件です。 横溝正史の『八ツ墓村』のモデルにもなった事件には以前から関心
があり、岡山に単身赴任していた2001年からの3年間、私はもの好き
にも計3回車で現地入りしました。とくに夏の休日、道路地図で探し
ながら独り初めて現地入りしたとき、そして「帰り道」のことは今も
覚えています。 山あいの緩い傾斜地に連なる何の変哲もない民家、民家をつなぐ曲
がりくねった細い道、点在する水田と畑と木立。場所を特定するのに
手間取り、事件現場となった集落に足を踏み入れたのは夕方。「63年
前、ここで数時間のうちに30人もの男女が惨殺されたのか」と思いな
がら一帯を歩き、停めていた車に乗り込んだのは夜7時ごろでした。 そこで感じ、今も思い出すのは、後部座席に誰かが座っている、濃
厚な黒々とした気配です。田舎なので辺りの街灯は限られ、車内は暗
い。しかし、住居のあった岡山市までの2時間ほど、後部座席の何か
の気配は徐々に薄れたものの、背筋はゾクゾクしたまま。ハンドルを
握る手も硬直し、なぜかどこにも寄れず、とにかく経験したこともな
いほどコワかった、という次第です。 幽霊はヒトに憑き、お化けや妖怪は「場」に憑く、といいます。私
は事件とは無縁なので幽霊に出遭う恐れはないはず。しかし、事件の
死者31人の一部または全部が現地に今も「出る」ことはあっても、車
にまで乗り込んでくるのは超常現象とはいえ「出過ぎ」ではないか。 などという古い話を書いたのは、下の書評で取り上げた怪談、ホラ
ー等3冊の余韻かも知れません。本の選択を含め、みるからにヒマそ
うですが、実際は相変わらず業務に追われ、お盆休みもナシ。息抜き
の読本の合間、むかしのコワい体験(?)を思い出しました。