桂川通信  書評
桂川通信 書評
≪4月16日≫

■川越宗一 『天地に燦(さん)たり』(2018年7月、文芸春秋)

 上出来の長編歴史小説でした。豊臣秀吉が朝鮮に出兵した16世紀末期。武辺一辺倒の
藩風をひそかに疑う薩摩藩の武将、儒学を学んで逆境から抜け出そうとする朝鮮・釜山
の社会最下層の少年、礼を重んじる琉球王国を誇りに思う商人兼密偵の3人が章ごとに
交互に主役を演じます。

 3人はやがて交錯し、対戦し、ついには琉球・首里城の守礼門で相まみえる、という
巧妙なストーリーが揺るぎなく続きます。舞台設定と構成がうまいだけでなく、戦場や
日常の細部、さらに脇役を含む多数の登場人物それそれの風貌がみえてくるような描写
は、デビュー作とは思えないほど。感心しました。松本清張賞受賞。引き続き、2作目
にして直木賞を受賞した長編『熱源』に向かうこととします。

■手嶋龍一 『葡萄酒か、さもなくば銃弾を』(2008年4月、講談社)

 海外での取材活動の長かった元NHKワシントン支局長による内外の政治家ら29人の
人物描写ルポ。16年前の刊行ながら、話題は古びてはおらず、割と面白く読めました。

 米国大統領又は大統領候補だったバラク・オバマ、ヒラリー・クリントン、ジョン・
マケインらの寸描、谷内正太郎、斉藤邦彦ら外務事務次官の肉声の再現、一方での北朝
鮮に絡む六カ国協議で目立ったクリストファー・ヒルやその上司コンドリーザ・ライス
に対する容赦のない批判など、取材に裏打ちされた興味深い短文が続きます。

 書名は意味がよく分からず、キザといえばキザ。著者には一種の貴族趣味があり、わ
ずかに鼻につきますが、内外に知られた一流の国際派ジャーナリストということで、そ
れもやむなしかもしれません。

■百田尚樹 『幸福な生活』(祥伝社、2011年6月)

 作り話で本領を発揮する作者の短編小説が18編。12頁(又は14頁)の今風の短いお話
が示され、それぞれ最後の13頁(又は15頁)目に1行だけの、どんでん返し風のひと言
がつく、という凝った構成の一種の連作シリーズです。

 夫婦や家族の行き違いを主なテーマにし、コント風の小話それぞれを意表をつくオチ
で締める、というひねり技は、阿刀田高さんの初期の短編を思い出させます。作者は保
守反動的な言動が目立ち、毛嫌いする向きが多いようですが、気の利いた作り話を書か
せると、意外に鮮やかなテクニックを披露するようです。

≪4月1日≫

■井上ひさし 『ボローニャ紀行』(2008年3月、文芸春秋)

 2010年に他界した井上さん(享年76)が2003年、長く憧れていたイタリア・ボローニ
ャに滞在した見聞をもとに、月刊『オール読物』に連載したエッセイ集です。面白く読
めました。

 ボローニャはイタリア北部のベネチアとフィレンツェの間にある人口40万ほどの地方
都市。欧州最古の大学があり、ダンテ、コペルニクス、マルコーニらを輩出した土地柄
で、20世紀半ば、ドイツ・ナチスやイタリア・ファシストに激しく抵抗したレジスタン
スの前線としても有名、とのこと。エッセイの話題は自治都市のあり方、イタリアのお
国柄、さらに日本との対比など縦横に広がり、明るさと深みを備えた、練達の筆運びで
した。さすがです。

■青木和雄/吉富多美 『ハッピーバースデー』(2005年4月、金の星社)

 1997年刊行の児童書『ハッピーバースデー 命かがやく瞬間』が評判を呼び、改めて
加筆・修正して発刊されたとのこと。本の帯には「100万人が泣いた」とあります。横
浜と宇都宮を主な舞台にしたフィクションで、母親の心無いひと言から失語症に陥った
少女が、祖父母の励ましなどで立ち直っていく様子を描いています。少女の家庭内での
葛藤や、小学校でのいじめ、友達になった障害児の死などを乗り越えていく模様も交え
ています。

 著者2人はともに横浜市在住で、市教委指導主事などを務める教育者のようです。プ
ロの書き手とはいえず、細かなところをみれば、無理で不自然な箇所は少なくありませ
ん。しかし、家庭や学校でトラブルに巻き込まれる女の子を、祖父母のほか善意あふれ
る多数の第三者らが助け、成長を支えていくというストーリーは悪いものではなく、最
後まで読まされました。

■砂原浩太朗 『高瀬庄左衛門御留書(おとどめがき)』(2021年1月、講談社)

 山本周五郎や藤沢周平の作風を継ぐような、読み応えのある時代小説です。「神山藩
」という、藤沢周平が作り出した「海坂藩」にどこか似た架空の藩で生きる初老の郡方
下級役人、高瀬庄左衛門。妻を亡くし、ひとり息子も事故で亡くし、寄る辺ない身とな
った庄左衛門が、やがて藩内の政争に巻き込まれていく、というオーソドックスな展開
です。

 剣術道場時代のライバルとの再会とか、改革派と守旧派に分かれた藩内の抗争とか、
時代小説の骨法を守る安定したストーリーの一方、推理小説風の伏線とその回収もうま
く仕掛けられています。丁寧な四季の自然描写と相まって、飽きさせないつくりです。
うまいものだ、と得心しました。

■小山正編 『バカミスじゃない? 史上空前のバカミスアンソロジー』(2007年6月
、宝島社)

 バカミスとは「バカバカしくも面白いミステリー」であって、水準の低い駄作ミステ
リーのことではありません。1990年代半ばごろから、伝統的な社会派ミステリーや、ナ
ゾ解きの本格推理小説とは別に、遊び心が横溢した自在な発想、奇抜な展開をみせる第
3分野のミステリーとして脚光を集め始めた、といえます。この作品集は、バカミス主
義を名乗るミステリー研究家が国内の作家9人のバカミス作品をまとめたものです。

 バカミスらしかったのは、山口雅也「半熟卵にしてくれと探偵は言った」、かくたか
ひろ「警部補・山倉浩一 あれだけの事件簿」、戸梶圭太「悪事の清算」など。大半は
大真面目なおふざけ、かつ生真面目なお遊びで、退屈させません。バカミスといえば、
私などは泡坂妻夫や倉阪鬼一郎、さらに大御所の筒井康隆を思い浮かべますが、この手
のフィクションを喜んで手がけるプロ・セミプロは今も多いようで、こんなふうに揃っ
てくると嬉しくなります。

≪3月17日≫
■方方(ファンファン)/飯塚容ほか訳 『武漢日記――封鎖下60日の魂の記録』(
2020年9月、河出書房新社)

 2020年1月下旬〜3月下旬、新型コロナウイルスの発生地、中国・武漢市に住む60代
半ばの女性作家が日々ネット上にブログを書き続けました。世界で初めて都市封鎖(ロ
ックダウン)を強いられた2カ月間の市内の様相の描写と思索と批判を重ねた濃密な記
録です。無駄のない短文をたたきつけるような調子が一貫していて、圧倒されました。

 国外ではいっとき、今回のコロナウイルスは武漢のウイルス研究所から、恐らく研究
スタッフの過失で漏れ出したという、大災厄の原因説が語られました。しかし、著者は
海鮮市場(の売り物のコウモリ?)が発生源らしいという憶測以外の情報しか知らず、
むしろ新型肺炎の患者発生を20日間隠したり、当初ヒトーヒト感染はないと発表した当
局への批判から始めます。

 著者のブログは毎夜12時に更新され、国内の数百万人がフォロワーとなって多数が共
感の声を上げる一方、検閲によるブログの削除、さらに著者言うところの「極左」つま
り共産党政権寄り、または政権べったりの側から罵倒・中傷を浴びる、という激しい言
論合戦が続きます。著者は文革を経験したうえで「改革開放」路線を支持する「庶民的
な知識人」と思われます。感銘を受けました。

■池井戸潤 『ハヤブサ消防団』(2022年9月、集英社)

 半沢直樹シリーズなどで佳作の多い作者が一転、山里ミステリー(?)に挑んだとい
ったところ。若手ミステリー作家が岐阜県を思わせる田舎の山間部ハヤブサ地区に移住
し、誘われるまま地元消防団に入った前後から起きる連続放火や殺人のナゾ解き、犯人
捜しに入り込んでいきます。

 とはいうものの、巻頭の「主な登場人物」に「オルビス十字軍」などの新興宗教めい
た組織名があって、いやな予感がした通り、狂信的な新興宗教が村に災厄をもたらすと
いう、いささか古風な展開となって「どうもなあ」という気配。ストーリーはテンポよ
く、エンタメ小説を書き慣れたふうで、つまらなくはなかったものの、全体としては正
直なところ残念でした。

≪3月1日≫
■宮脇淳子/監修:岡田英弘 『真実の中国史 1840―1949』(2011年11月、李白社)

 出版社の編集者が、モンゴル学を主に専攻する女性研究者に7回にわたって聞き取っ
た中国の近現代史についての口語体の評論集。中国で教えられている近現代史は、毛沢
東らが共産党政権のために都合よく書き換えたものであり、戦後日本のマスメディアで
注目された左派系歴史学者らはそれを鵜呑みにしているだけ。そんな憤慨調の語りが続
きます。

 各論でみると、アヘン戦争や太平天国の乱に対する見方、袁世凱への一定の評価、孫
文に対する酷評、共産党だけでなく中華民国の背後にもいたコミンテルンの暗躍をめぐ
る解釈など、それなりに読める箇所はあります。私も、どちらかというと保守派または
保守反動とみられることが多く(爆笑)、というか革新系やリベラル系の一部の人士に
みられる偽善や欺瞞や感傷が嫌いで、宮脇さんの口吻には理解できる部分もあります。
しかし、対比して論ずるべきところをすっ飛ばすなど、一方的でバランスを欠く箇所も
目立ち、一長一短あり、でした。

■林真理子 『小説8050』(2021年4月、新潮社)

 全国で推計150万人といわれる「ひきこもり」の「8050」問題、つまり80歳になった
親の年金をあてにするしかない、自宅閑居の無職50歳の子ども、という今風の難題に正
面から挑んだ長編小説です。私立中学でのいじめが原因で8年間にわたってひきこもっ
ていた青年とその家族の闘いと再生の物語ともいえます。

 作者は男女または女性、および社会風俗の実相をよく取り上げる流行作家といったと
ころでしょうが、この作品では「ひきこもり」の実態に対する専門家へのそれなりの取
材を重ねており、持ち前の描写力、ストーリーづくりのうまさと相まって、読ませる展
開になっています。

■辻真先 『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』(2020年5月、東京創元社
)

 2020年の「このミステリーがすごい」「週刊文春ミステリーベスト10」「ハヤカワ・
ミステリが読みたい」の投票でいずれも1位を取った長編ミステリー。作者は刊行当時
88歳(いま92歳)で、それが評判のもとかと思っていたら、案に反して、展開もなぞ解
きも結末も軽快で面白く、楽しめました。

 舞台は昭和24年夏の名古屋。当地出身の作者自身の体験に基づく、と思われる男女共
学が始まったばかりの新制高校、20年8月を境にした人心や社会や教師の変貌を克明に
描いており、飽きさせません。2つの殺人事件のトリックは驚くほどのものとは言えず
、細部には若干の無理も窺えるものの、タイトルの妙、エンディングの面白さも相まっ
て「ミステリー人気ランキング3冠」は単に脚本家としての過去の活躍への功労賞めい
たものではなかったようにも思えます。いずれであれ、88歳でやや古風ながらも四六判
350頁の青春ミステリーを書き上げるパワーには恐れ入りました。

■遠藤周作 『夫婦の一日』(1997年9月、新潮社)

 戦後の「第三の新人」グループに含まれる作者が他界した年に刊行された中短編小説
5編。カソリックで洗礼を受けた生い立ちからのキリスト教系の純文学の一方、狐狸庵
先生系のユーモア小説・エッセイの書き手として活躍された作者が1980年代に発表した
いろいろな作風の佳作が並んでいます。

 表題作は、占師がいう迷信にとらわれた細君が「私」を鳥取砂丘まで連れ出して「お
まじない」を実行するのを手伝う、という初老の夫婦の逸話。なかなかにうまく書けて
います。また、明智光秀の娘で細川家に嫁いだ細川ガラシャ夫人の生涯を追った中編「
日本の聖女」は、ガラシャ夫人は出家して仏門に入るような心持ちでキリスト教に帰依
したのでは、との解釈を見せるなど、地味ながらも読ませどころが多かったように思わ
れます。

≪2月17日≫
■山田風太郎/聞き手:森まゆみ他 『風々院風々風々居士 山田風太郎に聞く』(筑
摩書房、2001年11月)

 希代の忍術・伝奇・推理・SF小説作家を相手とする計3回の対談をまとめたインタ
ビュー集です。山田さんが2001年7月に79歳で死去した直後の刊行。飄々として仙人の
ようだった、というこの作家の風貌がしのばれる編集になっています。

 とくに3回目の対談「明治小説の舞台うら」は、「山田風太郎明治小説全集」(全7
巻)の愛蔵版に付ける「自著を語る」のための聞き書きとのこと。新刊書店で並んでい
るのをむかし見た覚えがありますが、今なら古本であれ何であれ、この全集の現物が目
の前にあれば、後先考えずに購入するだろう、と思います。忍者モノや室町モノと同様
、『幻燈辻馬車』や『警視庁草紙』などの作者の明治モノはすこぶる面白い。対談では
、その辺りの創作秘話も語られています。

■宮本輝 『にぎやかな天地(下)』(2009年9月、中央公論新社)

 豪華本の編集のため、さまざまな発酵食品について取材する30代の主人公と、彼を取
り巻く家族、友人知人ら多数が織りなす明るく、若々しく、軽快な物語の下巻。

 下巻でも、描き分けられた多くの登場人物が交錯する場所は鹿児島、和歌山、滋賀、
兵庫、京都、大阪、山口、島根とめまぐるしく変転していきます。ロードノベル風でテ
ンポよく、しかも構成が揺るがないので、安定した展開。終わり方も、悪くいえば尻切
れトンボ、よくいえば余韻を残して、といった案配で、多少作った気配も残るとはいえ
、楽しく読み通せました。

■島田荘司 『セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴』(原書房、2002年12月)

 19世紀末期、樺太、千島の領有交渉に絡み、革命前のロシアに赴いた榎本武揚がロマ
ノフ王朝から贈られた、というのが、ダイヤモンドを散りばめた「セント・ニコラスの
靴」。この長編ミステリーは、セント・ニコラスの靴を保有する榎本武揚の子孫の遺産
相続にまつわる騒動をミステリータッチで描いた、という体裁になっています。

 作者が創造した名探偵、御手洗潔が活躍するシリーズの一環で、仕掛けや展開がいさ
さか作為的で、慣れない人には「無理の多い作り話」と映るかもしれません。ただ、当
方のように数多くの御手洗モノをこなしてきた目からすれば、ナゾ解きの手法にいつも
のクセと冴えが窺え、それなりに楽しく読み通せました。

■堺屋太一 『堺屋太一が解く チンギス・ハンの世界』(講談社、2006年2月)

 12世紀のモンゴルが生んだ英雄チンギス・ハンの60余年の生涯、彼が構築した軍事と
通商、情報収集システムの先進性などについて、堺屋さんの現地での取材の様子を収め
た写真多数を交えてリポートする、ムックスタイルの1冊です。興味津々で通読・通覧
できました。

 とくに「大量報復」、つまり敵軍、敵地に全面的な破壊と殺戮を加えて「皆殺し」に
する、恐怖のモンゴル騎馬軍団の強さの解説は出色です。小柄・短脚ながらも忠誠心の
高いモンゴル馬の持久力と、疾駆する馬上から正確に弓を射るモンゴル軽騎兵の高い能
力、さらに敵に関する事前の情報入手とその分析に基づいた戦術を守ったといったもの
で、「大量報復」は余程の場合しか選択されず、モンゴル騎馬軍団はいつも力任せの戦
闘だけに走ったわけではない、というもので、思わず唸りました。

≪2月1日≫

■長田弘 『ことばの果実』(潮出版社、2015年10月)

 果物や野菜などをテーマにした短い散文計38編をまとめた随筆集です。2015年5月に
76歳で亡くなる直前まで雑誌に連載していた作品を編んだとのこと。どれも簡潔、明快
、克明に果物や野菜の姿や味わいや逸話をシンプルに描き、ひと言でいえば、抜群にう
まい散文集でした。

 生前の作者の名乗りは「詩人」ながら、批評家・書評家としての『私の二十世紀書店
』(中公新書、1982年)などに以前大きな感銘を受けた覚えがあります。この遺作とな
った随筆集もさすがでした。

■宮本輝 『にぎやかな天地(上)』(中央公論新社、2005年9月)

 伊丹に住む天性の物語作家が2004年5月から1年余にわたって読売朝刊に連載した長
編小説。西宮出身で、京都を足場にする30代前半の男とその家族、友人知人多数が織り
なす軽快・明朗で気取りのない「関西系青春小説」といったところでしょうか。

 主人公はフリーの編集者で、来歴不明の初老男性からの依頼を受け、漬物、納豆、醤
油、味噌、鮒ずしなど、古くからの発酵食品全般を網羅する図鑑スタイルの豪華本の編
集に取り掛かります。例によっていくつものナゾを呈示し、発酵食品を生み出す微生物
のイメージを取り込みつつ、ストーリーは手際よく進みます。ただし、テンポよく楽し
く読めることは確かながら、登場人物の大半が繰り出す関西弁がいささか騒々しく、く
どい印象はあります(しゃべり続ける独り言なんてあるでしょうか)。下巻でこのくど
さが気にならなくなればいいのですが。

≪1月17日≫
■梅原猛 『梅原猛の授業 仏教』(朝日新聞社、2002年2月)

 今回はこの1冊だけ。国際日本文化研究センター初代所長を務めた著名な哲学者(
2019年没)が、京都・東寺に隣接する私立洛南中学で開講した特別授業「仏教」を採録
した授業録です。全12時限。

 中学生相手とはいえ、日本の仏教の来し方、特色、評価および信仰の諸相について、
かなり込み入ったことを噛んで含めるような語りで伝えようとしていて、興味深く読め
ました。

 ウチの宗派は由来、浄土宗で、鎌倉前期に念仏を唱えれば浄土に行ける、と説いた法
然上人には自然と関心を持ちながら、その教えなどについては半可通のまま。本書では
、奈良仏教や天台真言の後、新興仏教を最初にリードした法然上人の生涯と南無阿弥陀
仏を唱える信仰の意味などについて少しは呑み込めたように思えます。

 司馬遼太郎さんの長編小説『空海』を1ページ半ばで断念し、ジャンルは異なります
が、森鴎外の長編評伝『渋江抽斎』を3行ほどで放り出したのは若いころの根気のなさ
のため。と考えていましたが、中年以降、再び手に取って、ともに楽しく、味わって難
なく通読したのと同じように、仏教関係にも無理なく関心が向かいますし、どことなく
切実な感触も覚えました。

≪1月5日≫
■大川周明 『日本二千六百年史 新書版』(毎日ワンズ、2017年10月=初版1939年6
月)

 昭和前期、戦争の遂行を呼号した国家主義者が昭和14年に発表し、36万部のベストセ
ラーになったという歴史概説本の復刻版。著者は戦中の派手な言動のためA級戦犯に指
定されたものの、東京裁判の公判中、奇行を繰り返して「梅毒による精神疾患」と診断
され、被告から外され、生き延びたことで有名です(1957年に病死)。

 東大でインド哲学を学び、英独仏語、サンスクリット語ほかを解し、精神疾患で入院
中はアラビア語で日記を書き、コーラン全訳を目指したという異才の主であることは確
かなようです。本書を古本屋で見かけたときは、大東亜戦争を言論面で主導したアジテ
ーターの一人という予断があり、一種の恐いもの見たさもあって購入、一読しました。

 読後は予想が外れた、といったところ。万世一系の皇室を尊崇し、神武天皇に始まる
2600年史は、日本の国民的生命の発現であり、などと前書きで大袈裟に鼓吹しています
。しかし、史料に基づいた飛鳥から始まる通史は、私らが昭和40年代以降に教わった日
本史と大きく異なるものではなく、意外に常識的。源頼朝、足利尊氏、さらに徳川幕府
を評価した箇所は、ときの軍部の検閲で削除されたらしく、復刻版ではそれらが傍線付
きで復活し、併せてみれば、そこそこ読めなくもない。2度目の元寇の折、暴風雨が元
の軍船を壊滅させたという「弘安の役」(1281年)についても「神風」などという形容
は用いておらず、淡々としています。

■磯田道史/嵐山光三郎 『影の日本史に迫る 西行から芭蕉へ』(平凡社、2018年8
月)

 こちらは『武士の家計簿』ほかで知られる日文研教授と、文芸遊び人めいた作家によ
る3編の対談集。主に鎌倉初期に活躍した歌人の西行、室町時代の連歌師・宗祇、江戸
・元禄期に各地を歩いた芭蕉それぞれを軸にした短歌、連歌、俳諧をめぐるルポ風の展
開になっています。

 縁側で泣くわが子を蹴り倒して遁走・出家したという平安末期の北面の武士、西行の
ダイナミックな生涯のフォローは興味深く、今もくすぶる芭蕉=幕府の隠密説を否定す
る論法は、説得力があって明快です。いずれも面白く読めました。

2024年 ↑

≪12月17日≫
■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
細部は想像力でカバーしたという、作者得意の長編歴史小説です。

 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
のことで、作中では「孫氏」に対する細かな説明・解釈は少ないまま。むしろ斉の雑貨
商に生まれ、各地の古戦場から読み取れる戦争の経緯を調べることに夢中だった孫武が
、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
く描いていて飽きさせません。料理が得意で、孫武の押しかけ女房になった古女房(創
作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
した。

■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
を影の主役に据えた長編ミステリー。長編『64』以来ということで注目を集めたとお
り、緻密で上質な仕上がりになっています。

 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
る秘話を重ね、多くのナゾが示され、徐々に解明されていきます。書名は「北向きの窓
からの光」。たたみかけるような、作者得意の会話のやりとりが随所に出てきて先へ先
へと読ませられます。

■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
ら離婚までの節目の連なりを縦軸に、国内各地の鮮やかな旅ごとの点描を横軸に、達者
なストーリーをつむいでいきます。おしまい近くの元妻の転職と成功のくだりはご都合
主義的でいささか鼻白みましたが、それ以外は心理や旅情のさまざまをうまく描いてお
り、面白く読めました。

≪12月2日≫
■宮本輝 『田園発 港行き自転車(下)』(集英社、2015年4月)

 下巻も快調に物語は続きます。富山県東部の黒部川扇状地および京都五花街の一つ、
宮川町を主な舞台にして、多数の登場人物が同一方向、同一場所に向かって動いていき
ます。と同時に、最終章では、主だった二つのグループが出会いつつも、合流はしない
という鮮やかな終わり方です。相変わらずうまいものだ、と得心しました。

■米澤穂信 『黒牢城』(株式会社KADOKAWA、2021年6月)

 織田信長陣営に謀反し、有岡城(北摂・伊丹の城郭)に立てこもって抗戦した荒木村
重をメインに据えた、6章からなる「連作歴史推理小説」。村重にナゾ解明のヒントを
出すのは、有岡城に幽閉されて死にかけている黒田官兵衛。2022年上期の直木賞を受賞
して評判をとったとおり、面白く読めました。

 推理の仕掛けというより、現代風ミステリーが過半だった作者初めての歴史小説なが
ら、村重の心理描写などの筆遣いが独特でした。本作を読む前からナゾとして聞いてい
た村重の「敵前逃亡」の実相についても興味深く説明されています。

■絲山秋子 『袋小路の男』(講談社文庫、2007年11月)

 作者のものは見かけたら読むようになってきました。今回のは、川端康成賞を受賞し
た表題作など、変わった気配の短編恋愛小説が3編。こちら方面の他の小説等はほとん
ど知らないので、出来不出来も見当つきかねるものの、奇妙な味があることは確かでし
た。
≪11月16日≫
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。

≪11月1日≫
■井上昌次郎 『ヒトはなぜ眠るのか』(筑摩書房、1994年10月)

 積ん読本からたまたま抜き出して読了。古い本ですが、脳科学の立場から睡眠の仕組
みや効果的な眠り方などをレクチャーしています。レオナルド・ダ・ヴィンチは1日を
6つに分け、4時間ごとに15分ずつだけ眠って他は起きていたとか、逆にアインシュタ
インは毎日夜ごと10時間はベッドの中にいたとか、寝ている間にテープを聞けば知らぬ
間に勉強になるという「睡眠学習」は、大脳を眠らせないだけの有害で誤った流行だっ
たとか、面白い話が多数載っています。深層心理を介した精神分析で有名なフロイトの
業績については、真偽や妥当性には触れないまま「夢分析の手法を開発した」という一
文で片付けるなど、痛快なくだりもありました。

■加藤廣 『謎手本忠臣蔵(上)』(新潮社、2008年10月)

 75歳に小説家としてデビューし、87歳で亡くなるまで10作を超える中長編歴史小説を
上梓した作者の赤穂浪士モノ。「仮名手本」を「謎手本」に変えたこの「忠臣蔵」は、
江戸城内で吉良上野介に切りつけた浅野内匠頭の動機のナゾを前面に掲げて推理を進め
ていきます。赤穂浪士を牽制したかにみえる柳沢吉保や5代将軍綱吉の様子もうまく描
かれ、すいすいと読めます。上巻は赤穂城の明け渡しあたりまで。

■加藤廣 『謎手本忠臣蔵(下)』(新潮社、2008年10月)

 下巻は赤穂藩元家老の大石内蔵助が浪士を率いて吉良上野介宅に討ち入りして仇討ち
を成就するまで。おおむね有名なシナリオどおりに進んでいきます。面白いのは、浅野
内匠頭が吉良上野介に切りつけた理由を、江戸幕府と朝廷の対立・抗争に関わる秘事に
求めたところ。綱吉の母桂昌院が従一位を受けるに至るまでを背後に置き、ナゾ解明の
道筋を絞っていきます。過去の忠臣蔵モノを総覧したうえで新たな解釈を加え、それが
ある程度説得力のある説明になっているようにみえます。

≪10月16日≫

■真山仁 『レッドゾーン(上)』(講談社、2009年4月)

豪腕の投資ファンドリーダー鷲津政彦を主人公にした、企業買収を主題とする長編経
済活劇小説のシリーズ第3作。今回は中国の政府系投資ファンドが、山口県下に本社を
構える世界的なアカマ自動車(トヨタとマツダを足して2で割ったような大衆車メーカ
ー)の買収を狙って動き出す、という展開。映画のような短かいプロットの切り換えが
連続し、複数の投資ファンドとアカマ自動車の買収をめぐる攻防に、東大阪の小さな精
密電子メーカーを絡めて、テンポよくストーリーが進んでいきます。どんなフィナーレ
を迎えるのか、興味は続きます。

■真山仁 『レッドゾーン(下)』(講談社、2009年4月)

ニューヨークでプロを目指していた元ジャズピアニストの主人公は、身長170セ
ンチ 足らずのやせ型の貧相な中年男、という設定になり、シリーズ前2作より投資
ファンド のリーダーとしての像が鮮明になった観はあります。とはいえ、途中から
香港の華僑が 出てきたり、東大阪の精密電子メーカーが後ろに引いたりするうえ、
買収劇の行方も混 とんとし、盛り上がり感の欠ける幕引き。緩んだ箇所は見当たら
ないものの、シリーズ 第4作に進むのはまた時間を空けてから、という気配になり
ました。

■宮本輝 『灯台からの響き』(集英社、2020年9月)

東京・板橋でラーメン屋を経営する老齢の店主が、脳出血で急死した妻が遺した、
妻 あての絵ハガキの差出人を探す、という筋立ての長編小説。2019年2月から1年、
山陰 中央などローカル5紙に随時連載したとのこと。最初にナゾを示し、それを主
人公らが 解こうとする、というミステリーっぽい語りは作者がよく使う手法です。
絵ハガキに描 かれていた灯台はどこにあるのか、とラーメン店主らが各地を旅して
回る折々の描写は 鮮やかで、解明されていくナゾも意表をついて面白い。ストーリ
ーテリングのベテラン としての本領発揮で楽しく読めました。

■池澤夏樹 『きみのためのバラ』(新潮社、2007年4月)

色々な趣向の短編小説が8本。インドネシア、フランス、フィンランド、ブラジ
ル、 カナダ、沖縄、羽田空港そばなど、内外の各地で見聞したか作り上げた小ぶり
の人間ド ラマを描いて、飽きさせない流れです。昔の作品には、カッコつけた、キ
ザなものが少 なくなかったように思いますが、十数年前の刊行とはいえ、既にそう
した臭みを紙一重 でほとんど感じさせない自然体の作風になっているようにも思え
ます(例外は表題作で 、作った観ミエミエの白々しい内容でした)。

■木下昌輝 『宇喜多の捨て嫁』(文芸春秋、2014年10月)

室町から安土桃山にかけ、山陽路の梟雄・宇喜多直家の謀略・奇襲・裏切りの生
涯を 描こうとした全6編の連作歴史小説集。中世封建制のただなか、家を守り、
周囲の敵を 倒すことに死力を尽くした宇喜多家の激しく、凄まじい戦いぶりを再現
する筆致に感心 しました。表題作は文春の「オール読物新人賞」を受賞し、この
単行本がデビュー作と のこと。侮りがたい史料探索力と歴史小説のベテランを思わ
せる筆力です。大いに楽し めました。

≪10月1日≫
■安部龍太郎 『義貞の旗』(集英社、2015年10月)

 鎌倉末期、上州で旗揚げして幕府を滅ぼした源氏嫡流・新田義貞の生涯を描く長編歴
史小説。鎌倉幕府が倒壊し、南北朝に入って混沌とするなか、名を惜しみ、道義に殉じ
る坂東武者そのものの義貞の言動は爽快です。さらに、後醍醐天皇以下、同時代の皇族
や武家の姿をくっきりと描いて面白く読めます。北朝を擁し、室町に幕府を開いた足利
尊氏らを、南朝サイドからの悪役扱いにはせず、南北を均等のバランス感覚で描き、う
まいものだ、と感心しました。

■絲山秋子 『絲的炊事記  豚キムチにジンクスはあるのか』(マガジンハウス、20
07年12月)

 弘前のブックオフで見つけ、山歩き旅行の合間に読みました。ユニークな現代小説を
描く作者は目下、群馬県高崎市在住。女性向け雑誌『Hanako』に連載した料理・炊事の
体験エッセイをまとめたもので、いずれも面白く、おいしそうに、ときにまずそうにリ
ポートしていきます。「得意な料理は、豚キムチです」と人に言えないのはなぜか、な
どの気取りのないタッチが楽しめました。豚キムチのレシピも載っており、週明け、私
も事務所にて挑戦するつもりです。
≪9月17日≫
■池井戸潤 『不祥事』(実業之日本社、2004年8月)

 「半沢直樹」も在籍している東京第一銀行の女性総合職・花咲舞を主人公にした連作
短編が計8編。それぞれ短編のお話は異なりますが、全体がつながっており、いつもの
勧善懲悪の展開となって安心できます。語り口は例によってそつがなく、メリハリが効
いています。ただし、花咲舞の直属上司にあたる中年男子行員の描き方がいま少し漠然
としているのが残念です。

■真山仁 『それでも、陽は昇る』(祥伝社、2021年2月)

 東日本大震災・大津波の被災地を舞台にしたシリーズの第3作(連作短編8本)。阪
神大震災で妻子を失くした元小学校教諭を主人公または舞台回しに、遠間市という太平
洋岸の津波被災地の子供らとの交感を描くという設定と展開は前2作と同じ。もっとも
、作者よほどの多忙のゆえか、タッチも描写もプロットもぎくしゃくしており、やや残
念な読後となりました。あるいは課題の解決を先送りしているというか。

■司馬遼太郎 『司馬遼太郎と城を歩く』(光文社、2006年1月)

 司馬さんの死去(1996年)から10年後の発刊なので、ご本人ノータッチのガイドブッ
クのようです。函館・五稜郭から沖縄・首里城まで全国35の城を取り上げ、司馬作品に
登場した一節を原本から転載し、現地に足を運んだご本人ほかの写真多数も載せ、さら
に編集サイドが補足した城下町紹介ルポなどの一文を添えた手堅い構成。丁寧で手の込
んだ編集で、楽しく読み通せました。

■岩井三四二 『室町もののけ草紙  天魔の所業、もっての外なり』(淡交社、2017
年10月)

 応仁の乱前後の畿内を舞台にした伝奇モノの短編時代小説が7編。日野富子、足利義
尚、山名宗全、細川勝元、世阿弥、音阿弥らが前に出てきたり脇役に引いたり。ここに
得体の知れないもののけが絡んだりして、それぞれ興味深く読めます。同じ室町期の伝
奇時代モノで知られる山田風太郎のようなオドロオドロした気配は少なく、その分、描
写は淡々としていますが、各編工夫があります。

■綾辻行人 『人間じゃない  綾辻行人未収録作品集』(講談社、2017年2月)

 作者は新本格派の代表的な推理作家の一人。月刊誌等に発表しながら公刊しなかった
中短編小説5編を収録しています。長編『十角館の殺人』でデビューして以降、私はそ
の長中短編群をおおむねフォローしています。才気煥発でスマートだった作者もいつし
か還暦を過ぎました。5編のうち2編がミステリー、3編がホラー。私ですらむかし耳
にして覚え、ヒトにも話しておどかしてきた有名な怪談「赤いマント」をひねった同名
の短編など、楽しく読めました。

≪9月2日≫
■東山彰良 『流(りゅう)』(講談社、2015年5月)

 審査した作家が全員一致で直木賞を授賞した波乱万丈の長編青春小説。作者は台湾出
身で、東山彰良(あきら)を名乗る日本(福岡在住)での生活も、ラジオ番組等ではバ
イリンガルのようです。

 物語は、日本の敗戦後、熾烈を極めた国共内戦で国民党に加担し、台湾に逃れた一族
の2代目、3代目の群像劇。1940年代の中国本土で国民党に入るか共産軍に加わるかは
、「兄弟分の兄弟分はみな兄弟分」という、周囲の人間たちの極道集団めいた空気のな
かで定まっていった由。台湾に逃れた後も、戒厳令下のただなか、猥雑で暴力的な台北
市内の喧騒ぶりがにぎやかに描かれ、そこを主人公の少年がドラマチックに生き抜いて
いくという展開です。粗削りな箇所もあるとはいえ、随所にユーモアもあり、楽しく読
み通せました。

■絲山秋子 『沖で待つ』(文芸春秋、2006年2月)

 芥川賞受賞の表題作と『勤労感謝の日』の中編小説2編。いずれも面白く読めます。
少し前に読んだ作者の長編小説『御社のチャラ男』と同様、会社や仕事をテーマにした
作風のようで、軽く明るく巧みな話術でストーリーが進み、退屈しないつくりになって
います。

 女性作家のものはあまり読まない方ですが、最近では田辺聖子さんや林真理子さんら
の、奔放で個性的でカラリとした佳作に触れる機会が増え、絲山さんのものもそうした
中に入ってきそうな雲行きです。直木賞とは違い、芥川賞は「よく分からない(読んで
て退屈な)」受賞作が少なくないように見受けますが、『沖で待つ』は楽しめました。

■筒井康隆 『世界はゴ冗談』(新潮社、2015年4月)

 2010年〜2015年、文芸雑誌に発表したという短編10本をまとめた1冊。作者は1934
年生まれなので、76歳から81歳にかけての執筆ということになります。良くいえば自在闊 達、自由奔放、天衣無縫、悪くいえばほとんど言葉の乱痴気騒ぎに近い表現、設定、筋 立ての小品が並びます。筒井さんのは久しぶりですが、さすがでした。  認知の入った80歳前後の、何をしでかすか分からない老人が語り手になっているのが 過半を占め、ここに若かった頃の作者のナンセンスものやパロディものを意地悪く加齢 させたような、軽快なじじむささで二重巻きにしたような、思いつきを超えた狂気じみ たレトリックが続きます。  他にも、17ページに及ぶ実験作「三字熟語の奇」では「一人前」「七面鳥」「拡声器 」などで始まる合計2352個(数えました)の三字熟語だけの無味乾燥な行列に「閑談計 」「性反対」「占領箱」「味鼠汁」「落隠居」などが混ざってきて不気味さを醸し出し 、筒井風いまだ健在でした。

≪8月16日≫
■永江朗 『私は本屋が好きでした ― あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台
裏』(太郎次郎社エディタル、2019年12月)

 ひところ新刊書店の店頭に出回った「嫌韓反中」のヘイト本は誰がどんな目的で編集
・発刊していたのか? あの手の毒々しいヘイト本はどんな層が買っていたのか? そ
れらを出版・書店業界内のデータと証言でまとめた長編評論です。

 かつて人気の月刊漫画雑誌『ガロ』を発行していた青林堂系の小出版社が手掛けた「
嫌韓反中」のシリーズを追ってみたり(私は『ガロ』より『コム』が好きでしたが)、
匿名の発信が多いネット右翼は主に東京と神奈川に集中して存在していると分析したり
、ヘイト本を買うのはネット右翼ではなく50代以上の中高年の男ではないかと推察した
りーー。こうした興味深いルポ風の解説が続きます。

■真山仁 『海は見えるか』(幻冬舎、2016年2月)

 東日本大震災・大津波に襲われた太平洋岸の遠間市(架空の港町)を舞台にした連作
短編小説が7編。被災した小学校に応援教師として派遣された神戸の熱血先生が動き、
市の指導層と衝突し、子供らに教えられるシリーズ第一作『そして、星の輝く夜がくる
』に続く第ニ作です。軽めのタッチで読みやすく、楽しめます。

 とくに連作のなかに、遠間の海岸に津波対策の高さ12メートルに及ぶ防潮堤を造る、
という国主導の計画が出てきます。一方で、松原を壊してそんなバカでかい堤防を造る
と海が見えなくなる、という懸念から反対を唱える住民が増えてくる。この第二作では
帰趨は見えませんが、シリーズ第三作『それでも、陽は昇る』で何らかの答えは出るの
でしょうか。

■林真理子 『ミカドの淑女(おんな)』(新潮社、1990年9月)

 33年前の刊行で今さらなれど、評判通りに面白い長編小説でした。主人公は明治後期
、「日本で一番えらい女」と呼ばれた学習院女学部長の下田歌子。岐阜の士族の娘なが
ら、才覚をもって宮中に入り、時の皇后に支持されて立身を続ける一方、伊藤博文ほか
政府高官らとの浮名が絶えず、やがて学習院院長の乃木希典大将らによって職を解かれ
るまでを描いていきます。

 面白いのは、幸徳秋水らの「平民新聞」紙上にて明治40(1907)年2〜4月に連載さ
れた「妖婦下田歌子」なるスキャンダル記事をベースにし、それに肉付けするようなノ
ンフィクションタッチの創作を加えているところ。出てくるお歴々の描写に過不足は感
じられず、宮中や学習院女子部に生息する女性群の心理の抽出もえぐい。うまさに感心
して読み終えました。

■恒川光太郎 『秋の牢獄』(角川書店、2007年10月)

 中編ホラーの『夜市』で注目を集めた作者の3冊目。表題作ほか中編幻想小説の計3
編を収め、それぞれ工夫があって読ませます。表題作は11月7日を何度も繰り返し、い
つまでたっても8日を迎えられない女子大生のファンタジーっぽい中編。西澤保彦さん
らに似たような手法のミステリーがあったように思いますが、恒川さんのも文章が端正
で、展開に破綻を感じさせないお話になっています。

 ほかに、漂流する藁ぶきの古民家に取り込まれる若い男のお話(「神家没落」)や、
幻術を使う魔女の成長のお話(「幻は夜に成長する」)も面白く描けています。ファン
タジーやホラーは絵空事で生産性はないものの、筆致に緩みがなければ、たまに読んで
楽しめるもののようです。

■岩井三四二 『一所懸命』(講談社、2007年1月)

 室町以降の美濃や近江を主な舞台にした歴史短編小説が計6編。戦乱の続く郷村から
は、名主やオトナ衆から追い立てられる足軽多数がいました。6編はいずれもそんな、
従来の歴史小説があまり正面からは取り上げない社会下層の男たち女たちを生き生きと
描き出しています。

 とくに、作者のデビュー作となった表題作(1996年発表)は、日ごろは百姓仕事に励
み、戦になると村を守るためにも槍刀を持たされて走り回る、または逃げ回る男どもを
描いた佳作。足軽たちにも名があり、家族があり、悩みと覚悟があり、泣き笑いしなが
ら戦場を駆け回った姿にスポットを当てていきます。しかも、その他の作も含め、実際
に古文書に残る逸話をもとにして個々筋立ての異なる作にしており、地味ながらも達者
なものだと感心しました。

≪8月2日≫

■島田荘司 『幻肢』(文芸春秋、2014年8月)

 事故等で手足を失った患者が、ないはずの手足がまだあるように思い、痛み等を知覚
することを「幻肢」と呼ぶようです。作者はこの長編で、幻肢を脳科学の現象として解
釈し、巧妙な仕掛けをこしらえていきます。医学を学ぶ同じ医科大学の男女が起こした
交通事故と、彼らを指導する教授陣らを巻き込んでの最新治療の実験例が進みます。い
つも通りの執拗で鮮やかな描写のうまさで読まされます。

 とくにおしまい近くのヒロインの「爆発的なヒステリーの描写」には鬼気迫るものが
あります。人生経験の貧弱な私はこんな「爆発的なヒステリー」に直面したことはなく
もし直面したらヒステリーが伝染して卒倒するのでは? と思わせるほどの迫真の描
写です。頭部左の側頭葉と前頭葉の間の「シルヴィウス溝」に磁気刺激を与えることか
ら幽霊や超能力のナゾ解明につながる、などという「解説」もあり、ミステリーとして
の妙味というより、語り口のうまさで楽しめました。

■石原慎太郎 『海の家族』(文芸春秋、2016年7月)

 昨年2月、89歳で死去した作者が83歳の折々に発表した短編小説(一部に訪問ルポ)
が計5本。政治家としての活動の合間、年に数本のペースで短編を書き上げながら、タ
カ派的な言動で批判を集めることはあっても、作家としてのそうした創作群は近年あま
り耳目を集めることはなかったように思います。

 しかし、キックボクシングの元選手が闇の異種格闘技ステージに上がって相手方を殺
してしまう「ワイルドライフ」や、漁師一家の荒々しい生きざまを記した「海の家族」
など、所収の5本が(旧作の焼き直しなどではなく)80代に入って書かれたものなら、
そのパワフルな描写や奔放な筋立てには尋常ならざるものがある、ともいえそうです。
後半所収の「ヤマトタケル伝説」や「特攻隊巡礼」はタッチが古く今一つだったものの
純粋に作家としての業績を思えば、やはり看過できない力量を示した方だったように
思います。

■真山仁 『当確師』(中央公論新社、2015年12月)

 引き受けた限りは必ずクライアントを勝たせる、という選挙コンサルを主役に据えた
長編選挙小説といったところ。ブックオフ等で探すことの増えた作家の作品の一つで、
たまたま読み始め、とどこおりなく読み終えました。

 世代と投票率は比例する(30代なら30%、60代なら60%)とか、マスメディアやネッ
ト情報を操作することによる巧妙な世論形成など、もっともらしく、作話感を感じさせ
ない展開です。ただし、人口150万ほどで、横浜、神戸に次ぐ港町として栄えた、とい
う架空の政令指定都市の市長選が舞台ながら、選挙戦をリードするためのいくつもの作
為的なエピソードは150万都市というより、10万人ほどの街をイメージした方がぴった
りくるように思えてきます。

≪7月17日≫
■塚本青史 『煬帝 上』(日本経済新聞出版社、2011年1月)

 古代中国の統一国家「隋」(581〜618年)の第2代皇帝、煬帝(ようだい)の生涯を
描いた長編歴史小説です。

 煬帝は死後、隋を倒して全土を統一した「唐」(618〜907年)の史家が、激しく悪辣
・非道な皇帝という意味でつけたおくり名で、本来の名は「楊広」。上巻では、初代皇
帝・楊堅(文帝)の二男に生まれ、聡明で予知能力を持った美少年の楊広が、徐々に宮
廷内で力をつけていく様子を辿っていきます。

 元々複数の史書があり、作者はそれらを踏まえて、多数の登場人物の関係やそれぞれ
の親疎、好悪、野心を詳細に描き分けているのだろうと思われます。しかし、その描き
分けは史書からの転記を窺わせるものではなく、物語世界にうまく配置して、無理を感
じさせない流れになっています。面白く読めます。

■塚本青史 『煬帝 下』(日本経済新聞出版社、2011年1月)

 下巻では、成長した楊広が策略を駆使して皇太子の兄楊勇を廃し、やがて父楊堅も亡
き者にして皇帝にのし上がっていく様子が、テンポよく描かれていきます。

 煬帝といえば、華北と華南をつなぐ大運河の掘削(というより、大昔の小運河の拡張
と連結)で有名です。聖徳太子が遣隋使の使書に「日沈むところの天子へ」と記しても
怒らなかったという当の皇帝でもあります。ただ、3回の高句麗遠征に失敗し、やがて
国内に頻発する反乱を無視して遊興に耽り、諫言する家臣らを殺戮する「中国史上最凶
の皇帝」の一人と化していく。

 とはいいながら、作者自身も「後書き」に記しているように、楊広には、正規の皇后
に終始頭の上がらない、どこか愛嬌のようなものが感じられ(そのように描写され)、
全体として後味は悪くはないともいえます。

■吉村昭 『プリズンの満月』(新潮社、1995年7月)

 敗戦直後の東京裁判を受け、国内で検挙されたABC戦犯多数は「巣鴨プリズン」と
改称された旧巣鴨拘置所に収容され、多くが絞首台に送られます。この長編は、複数の
モデルを合わせたような架空の刑務官を舞台回しに、サンフランシスコ平和条約(1952
年発効)を挟んだ巣鴨プリズンの約10年の変転を描いていきます。

 プリズン内部の様子や、GHQと日本政府の力関係、勝者が敗者を勝者の理屈で裁い
た軍事法廷そのものの無理など、作者は例によって資料と証言にあたりながら克明に論
証していきます。もっとも、それら事実・資料に基づきながら、主人公の刑務官が架空
ということで、ノンフィクションとフィクションの境い目がはっきりしない、という弱
点があるように思われます。巣鴨プリズンの跡地にできた「池袋サンシャインシティ」
(1978年竣工)の管理会社の幹部になった、などという設定はフィクション仕立てには
ならないように思えますし。

≪7月2日≫

■田辺聖子 『道頓堀の夜に別れて以来なり 川柳作家・岸本水府とその時代(下)』
(中央公論社、1998年2月)

 上下で1000頁を超える長編評伝を読み終えました。明治から昭和40(1965)年
の死まで近代川柳の第一人者として活躍した岸本水府の生涯を克明に生き生きと描いた
作品で、大いに感銘を受けました。

 「誹風末摘花」や狂句、バレ句の氾濫で誤解され、短歌や俳句より一段下にみられる
川柳の文芸界での地位向上、広範な理解と普及を願って奔走した水府の墨蹟を最大限収
集し、多数の生き証人のコメントを揃えながら共感を持ってその慌ただしい生涯を概観
していきます。

 川柳には人間味とユーモア、そして品格が必要で、それを例示するために、水府主宰
の川柳誌『番傘』を中心に1000句を超える佳品(1頁に1句以上は引用)を挙げて評伝
を補強していきます。センスがないので私には実作は無理ですが、「俳句は自然を詠み
川柳は自由を詠う」といった括りには半分以上納得しました。

■沢木耕太郎 『凍』(新潮社、2005年9月)

 2人そろって世界的なアルピニスト、山野井泰史・妙子夫妻が2002年夏、ヒマラヤの
ギャチュンカン(7952メートル)の北東壁(のち北壁に変更)に挑み、瀕死状態で下り
てくるまでを辿った山岳ノンフィクションです。

 世界最高峰エベレストと第6位のチョー・オユーの間にあるギャチュンカンに登ろう
とした動機、準備、ベースキャンプ入り、アタックと吹雪の中の下山(多くが氷壁の懸
垂下降)そして氷壁で立ったままのビバークを複数回。2人は凍傷で両手足の指の多く
をさらに損傷します。その最初から最後までをまるで同行したように詳細に、生々しく
描き出した作品で、圧倒されました。しかも、地図も写真も何もない、活字によるリポ
ートだけの編集です。

 ロッククライミングで壁を登って行くとき、先に何が待っているか分からないという
期待と興味が原動力になる、しかし下りは疲労と緊張感だけ。しかも、登頂ルートの選
択次第では登れるとしても、下界に戻れないことが分かるときがある。その時点でその
登攀は断念すべきだ、などの迫力に満ちたコメントが続きます。まいりました。

■真山仁 『ハゲタカ2(上)』(講談社文庫、2007年3月)

 前作に続き、米国の投資ファンドのエース(鷲津政彦)が1年ほどの空白の後、改め
て旧鐘紡(作中では「鈴紡」)を思わせる事業多角化の老舗企業の買収劇に巻き込まれ
つつ、やがて戦闘的に関わっていくという展開。前作は事実上のデビュー作ということ
で、ややこなれない場面も見受けましたが、2はそうしたギクシャクしたシーンも少な
くなり、割と面白く読み進められます。

 ただし、上巻では鐘紡の化粧品事業(カネボウ化粧品)が花王の傘下に入るという現
実の動きを押さえてはいるものの、そこに至るまでの曲折の事情が少し呑み込みにくい
気配はあります。

■真山仁 『ハゲタカ2(下)』(講談社文庫、2007年3月)

 旧鐘紡の解体劇の次は、キヤノンによる富士通の一部事業部門の買収構想と、そこに
絡む米国の軍産ファンド(代表は元国防長官)という、上巻より想像を大きく膨らませ
た展開になっています(社名も変えています)。ここに主人公である鷲津政彦の投資フ
ァンド、ライバルである旧三和銀行を思わせる元都銀マンらを絡めていきます。

 映画のようにプロットを次々に切り換えていく手法を駆使し、飽きさせないつくり。
オモテウラほぼ全部の情報を握っている投資ファンドのトップはさながらスーパーマン
ですが、その分、文字通りの作り話(というかエンタメ小説)という雰囲気は残り、リ
アリティに欠ける一面があるようにも思えます。それが問題だとは思いませんが。

≪6月17日≫

■乾緑郎 『完全なる首長竜の日』(宝島社、2011年1月)

 宝島社の第9回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。少女漫画雑誌での連載打
ち切りに直面した40代の女流漫画家には、小さいころ南西諸島の離島の海岸で、弟とと
もに襲われた水難の記憶がしつこくよみがえってきます。その弟は20歳前の自殺未遂の
後遺症で昏睡状態が続き、姉である女流漫画家とセンシングという最新技術を使った脳
同士の交感を繰り返している、という奇妙な設定。

 そんな幕開けから、徐々に現実と夢、妄想が交錯してストーリーは次第に歪んでいき
ます。後半に差し掛かると、歪みは一回転するような世界に引きずり込まれ、それまで
の心理描写が裏返しにされ、女流漫画家の周囲にいる人間たちまでもが幻のように変じ
ていく、という不思議な展開。300頁ほどで長くはないものの、悪夢のような物語の変
貌に破たんや矛盾は感じられず、うまいものだと得心しました。


■南原詠 『特許やぶりの女王  弁理士・大鳳未来』(宝島社、2022年1月)

 こちらも同じ「このミステリーがすごい!」大賞の第20回受賞作。分かりにくいタイ
トルですが、ハイテク企業における特許権侵害などに対抗していく女性弁理士がヒロイ
ンで、難解な特許権をめぐる企業同士の対立の一方の代理人として、厳しく強気の主張
を押し出します。

 メインの特許権侵害は、今風のユーチューブで人気のバーチャルタレントが使う映像
ソフトやセンサー。呑み込めない箇所も少なくないものの、理詰めのやりとりで相手を
追い詰めていく女性弁理士の描写はスマートで、テンポよし。40代の作者自身、企業内
弁理士として活躍中とのこと。本職の弁理士が描いた法廷外サスペンスとして、楽しく
読み通せました。

≪6月2日≫
■真山仁 『ハゲタカ(上)』(ダイヤモンド社、2004年12月)

 米国流の投資ファンド運営会社は「敵対的買収」など合法ながらも冷酷非情な手法を
使うことで警戒されがち。そんなファンド運営会社を主軸に据えた長編経済サスペンス
小説といったところでしょうか。

 ニューヨークでジャズピアニストを目指す大阪出身の主人公は音楽の道を断念、逆に
バイトで働く投資顧問業界で頭角を現し、やがて東京駐在の投資ファンド会社のエース
として国内の事業会社の買収と再建を狙う、という物語です。

 日経平均株価が3万5千円ほどになる直前の1989年12月、大蔵省の正門玄関で高齢男
性が割腹自殺するというプロローグで本編はナゾと緊張をはらんで幕を開けます。投資
ファンド会社に関わる多くの資料・データに基づき、ストーリーは栃木・日光の老舗ホ
テル、量販店、旧三和銀行を思わせる金融機関等が絡み合ってテンポ良く進んでいきま
す。

■真山仁 『ハゲタカ(下)』(ダイヤモンド社、2004年12月)

 主役となる投資ファンド会社のオモテウラ両面の活躍・暗躍は、複数の企業再生劇に
関わりながら徐々にヒートアップ。苦境に陥った企業を見つけてはハゲタカのように舞
い降りて情け容赦なく債権や株式を買収、血も涙もない合理化の果てに高く売りさばい
て巨額のサヤを手にする、という半ば通念のようになった投資行動はテーマにはなって
いません。むしろ、本書のホライズン・キャピタルは、無駄・無理の目立つ放漫経営で
破綻する直前の企業を救済し、再生することを理念とする、いわば洗練された善玉の役
回りとなっています。

 部分的な書き込み不足、人との出会い等で都合の良過ぎる場面もあります。とはいえ
専門用語を分かりやすくさばき、次へ次へといざなう展開は面白く、勉強にもなって
退屈しないままでした。

■山田風太郎 『婆沙羅(ばさら)』(講談社、1990年5月)

 足利幕府成立と並行した14世紀の南北朝期に活躍した規格外の大名、佐々木道誉(ど
うよ)の行跡を描いた奇々怪々の連作短編集。中国風の皇帝を演じた後醍醐天皇、硬軟
で互いに補い合った足利尊氏・直義の兄弟、足利に反旗をひるがえした高師直、楠木正
成に始まる一族など「太平記」で馴染みの多士済々が順に続々と登場します。

 鎌倉期を抜け出し、皇統が南北に分かれ、社会秩序ガタガタになるなか、派手な衣装
、豪快な言動で他を圧倒する大婆沙羅・道誉のシュールな様子が生き生きと描かれます
。山田風太郎はこうした虚実ないまぜの奇談を書かせると呆れるぐらいうまく話を作り
ます。さすがでした。

■田辺聖子 『道頓堀の雨に別れて以来なり 川柳作家・岸本水府とその時代(上)』
(中央公論社、1998年3月)  雰囲気のある書名が前から気になっており、ようやく上下巻で1000ページを超える大 型評伝に入り込みました。明治から昭和にかけ、徐々に広がりをみせた近代川柳ブーム とその舞台になった大阪の川柳誌「番傘」の歩みをゆっくりと幅広く奥深く描いていき ます。  中心になるのは、明治生まれの生真面目なアマチュア川柳作家、岸本水府。年代を追 って大阪と東京、その他での川柳作家の活動と交情を紹介していく手際は手堅く、その 分、登場人物はやたら多くなって読み継ぐのに時間がかかります。昭和の戦後まで生き た水府を軸にした上巻は、大正12(1923)年9月1日の関東大震災まで。膨大な史料を 読み解きながら、田辺さん自らが楽しんでペンを進めていることが伝わってきます。
≪5月16日≫

■村上龍 『おしゃれと無縁に生きる』(幻冬舎、2015年8月)

 幻冬舎の月刊誌『Goethe(ゲーテ)』に5年ほど連載したエッセイを編んだ1冊。ご
自身の半生や、経済・社会のさまざまな事象に対する見解をてきぱきした短文で連ねた
読みやすい編集になっています。割と硬派っぽい、意外にまっとうで、昭和チックな
常識論が多く、インパクトはさほど窺えないものの、楽しく読み通せました。

 昭和チックだというのは、書名にも関わりますが、例えば「他人や女性から『おしゃ
れですね』などと言われたいと思う男はいない」と断定しているくだりなど。確かに、
昭和世代の男どもの多くはそうだろうとは思います。しかし、ずっと繰り上がった若い
世代には、他人や女性から「おしゃれですね」と言われて喜ぶ、または言われたがって
いるのも結構いるのでは、と観察する次第です。いずれにせよ、価値ビンランの気配が
あったデビュー作『限りなく透明に近いブルー』の頃を思うと、昔日の感があります。
難点は全体になぜかユーモアに乏しいことでしょうか。

■真山仁 『そして、星の輝く夜がくる』(講談社、2014年3月)

 「ハゲタカ」等の経済小説で知られる作家が、東日本大震災(2011年3月)の被災小
学校を舞台に描き上げた連作短編小説集。主人公は阪神大震災(1995年1月)で妻子を
失くした関西気質丸出しの小学校教諭。勤務を続ける神戸の小学校から、応援要請に応
えて東北・太平洋側の小学校に1年間の長期出張で入り込みます。

 6編いずれも(架空の)遠間第一小学校に着任した主人公と被災地の児童らとの交流
や葛藤をエピソード仕立てにしたもの。書きぶりは明るく達者で、何より大人が口にし
がちな「きれいごと」や建て前、偽善に対する抵抗を隠さず、子供たちの目線に立って
騒ぎ、トラブルを打開していきます。ときに感動的で、後味はさっぱりしていました。

■山際淳司 『最後の夏 ― 1973年巨人・阪神戦放浪記』(マガジンハウス、1995年
7月)

 昭和48年10月、甲子園での最終戦で巨人に負け、目の前で優勝を逃した阪神ファン約
3000人がグラウンドに乱入、巨人の選手らに乱暴狼藉――。今年は阪神タイガースが好
調です。まだシーズン序盤ですが、ふと50年前の暴動事件を思い出し、未読だったこの
ノンフィクションを通読しました。

 巨人のV10を阻止したのは、1974年の中日。しかし、その前年も長嶋や堀内の衰え、
一方での江夏の奮闘と田淵の成長などで阪神が僅差でセリーグの首位に立ち、天王山と
なる10月22日の最終戦を迎えました。本書はシーズン後半、リーグ6チームが3ゲーム
差でひしめく混戦を続け、特に巨人、阪神のせめぎ合いの様子を、全10章それぞれで切
り口を変え、明快に克明に再現しています。

 私はあの頃はプロ野球に今ほどの関心もなく、後知恵風に教わることだらけ。ただ、
当時の巨人が「川上式管理野球」(失笑)を繰り返し、「球界の紳士たれ、と内外から
求められ」(爆笑)という、強いけれど権威主義的なつまらないチームだったことは漠
然と覚えています(へそ曲がりなので、長嶋も王も別に好きではなかったですし。今の
長嶋なんてまるで「現人神(あらひとがみ)」です)。

 一方の阪神は選手が監督を殴る(!)ことも珍しくなく、表向き統制の取れた巨人と
は対照的な、個々バラバラの荒々しい集団だったことがよく分かります。今はもう、阪
神も阪神のファンも社会常識を身につけて大人しくなり、3000人のグラウンド乱入など
恐らくもう繰り返さないとは思います。

■岩井三四二 『村を助くは誰(た)ぞ』(講談社文庫、2010年5月)

 16世紀半ば、斉藤道三が陣取る美濃・稲葉山城に、尾張越前(織田朝倉)連合軍が攻
め掛かった天文年間の争乱を舞台にした短編歴史小説6編。うち5編までが、現地に残
る古文書から拾い上げた逸話を下敷きにしたとのことで、いずれも面白く読めました。

 美濃と尾張の国境そばの村のオトナ衆らが、数千、数万の軍勢の衝突のあおりで受け
る被害を最小限に収めようと知恵を尽くし、奮闘する姿が主だったテーマ。戦国武将ら
に面従腹背するオトナ衆らのしたたかな言動が活写され、小ぶりながらも飽きさせない
作りでした。

≪5月2日≫

■高橋源一郎 『さよなら クリストファー・ロビン』(新潮社、2012年4月)

童話またはファンタジーっぽい短編小説集。表題作の名前は ディズニー『くまのプー
さん』に出てくる男の子の名前。4作目の「お伽草紙」や最後の「アトム」に出てくる
「トビオ」は、手塚治虫の『鉄腕アトム』生みの親の天馬博 士の息子の名。トビオと双
子のようなアトムは天馬博士が作り、お茶の水博士が育てた ロボット。

他にもルイス・キャロル『不思議の国のアリス』や宮沢賢治『銀河鉄道の夜 』等から
も直接間接の引用があり、にぎやかです。とはいえ、上記のようなウンチクを脇に置け
ば、計6編いずれも引用、転用、借用に よってオリジナル以上の奇妙な雰囲気が窺えま
す。これをポストモダンというのか、モダンにさえ追いつけない身には馴染みにくいよ
うにも思えます。もっとも、全体として 荒唐無稽ながらも破綻も緩みもみられず、谷崎
潤一郎賞を受賞するなど、評価は高かったようです。

■田中真澄 『百年以上続いている会社はどこが違うのか?』(致知出版社、2015年
2月)

全国に実在する「老舗」に対する経営コンサルタントのリポート集といったタッチの
ビジネス指南書。よくある「老舗礼賛」の探訪記かと思いきや、江戸期創業の呉服屋を
起源にした百貨店(大丸、松坂屋、高島屋など)、三井、住友、鴻池などの豪商、各地
の地域づくりの現地報告、「三方よし」の近江商人の逸話などを講演のような語り口で
紹介しています。

家業として始まった老舗が代々引き継いできた多数の「家訓」は倹約、正直、勤勉、
感謝、持続、辛抱などの徳目の重視でほぼ共通しているとのこと。私も以前なら、こ
れらの徳目の列挙には近世の商人道徳のリポート程度のとらえ方しかしなかったと思
います。しかし、組織勤めから離れ、この10年来、個人事業を営んできた身には、こ
うした当たり前で地道な徳目が染み入ってくるような気がします。

■今村昌弘 『魔眼のハコの殺人』(東京創元社、2019年2月)

2017年の『屍人荘の殺人』で各種国内ミステリーランキング軒並み1位となった
注目 の推理作家の2作目。和歌山県とおぼしき山奥の村に残る某研究組織の旧実験施
設で起 きる連続殺人を、前作同様、関西エリアのある大学(関学?)の推理研究会女
性会員が 探偵役になって解明していきます。

書きぶりは今回も達者。ですが、ナゾ解明を示す、あるいは読者に注意を促すため
の傍点を多数付けながら、その割には仕掛けのスケールが小さく、意外性も弱く、前作
ほ どのインパクトはないまま。宿泊施設の間取り図があり、10人足らずの登場人物の
部屋 割りなどが図示されているミステリーは、どんなトリックがあるのか期待が膨らみ
ます。 しかし、この「魔眼のハコ」にも間取り図が付いているものの、どちらかという
と羊頭 狗肉でした。

■山田太一『空也上人がいた』(朝日新聞出版、2011年4月)

シナリオライター・作家として活躍された作者の現代風長編小説。『異人たちとの
夏 』や『飛ぶ夢をしばらく見ない』などの長編に連なる奇妙なストーリーながら、そ
れを 最後まで不思議な気配を残しつつ『さよなら クリストファー・ロビン』と同様、
緊張 感を維持したまま、ほころびなく話を紡いでいく手際はさすがでした。

東京・青山に住む高齢の独居老人の生活支援のため、中年の女性ケアマネジャーの
紹 介で若い男性ヘルパーが老人宅に通い始める、というお話。京都のお寺にある空也
上人 像(口から小さな南無阿弥陀仏が出ている、という教科書にも載っていたアレ)
は唐突 なエピソードとして中ほどに登場し、エピローグにも脈絡のないまま再登場し
ます。

≪4月17日≫
■西尾幹二 『天皇と原爆』(新潮社、2012年1月)

 すごい書名です。著者が2009年にCSテレビで半年ほど担当した連続講義『日本のダ
イナミズム』の初稿を編集したものらしく、明治以後の近代日本史を保守派の立場から
分析・擁護した評論集といえます。強硬な保守派らしい偏りが目立つ箇所も少なくない
とはいえ、そこそこ面白く読めました。

 ドイツ文学者である著者の『ヨーロッパの個人主義』(講談社現代新書、1969年刊)
をむかし読んで感動したことを覚えています。しかし、その後は著作を手に取ることも
減り、20世紀末に「新しい歴史教科書をつくる会」の初代会長に担がれた頃は、いわゆ
る「自虐史観」に対する過度な反発が逆に気になって敬遠しがちとなり、今回は久し振
りの著書通読。確かに、理詰めの論考には一定の説得力があります。しかし、例えば日
中戦争を泥沼化させた関東軍について一言も触れないなど、妙なバイアスが潜んでいる
ことも気になりました。

■大沢在昌 『新宿鮫短編集 鮫島の貌』(光文社、2012年1月)

 1990年に第1作が出た「新宿鮫」シリーズは、直木賞を取った第4作「無間人形」ま
で楽しんでフォロー。但し、キャリアでありながら、警察庁から飛ばされ、警視庁新宿
署の防犯課で単独行動をとる鮫島警部を主人公にしたシリーズのその後のことは知らず
たまたまこの短編集を見つけました。チェックすると「新宿鮫」は今も12作目を雑誌連
載中とのこと。

 ともあれ、所収の短編10編はそれぞれ趣向が凝らしてあり、いわばシリーズの端々か
らこぼれ落ちた逸話を手際よく拾い上げた雰囲気。まとまりも良く、ハードボイルドタ
ッチで、さすがに読ませます。一方で、漫画『こち亀』の両津勘吉が出てくるなど、遊
びの1編もあって飽きさせないつくりです。

■塚本青史 『安禄山』(角川書店、2012年1月)

 中国・唐時代の中期、実際に起きた「安禄山の反乱」(755〜763年=安史の乱)を描
いた長編歴史小説。時の玄宗皇帝と楊貴妃に取り入り、政権中枢に登り詰めた安禄山は
やがて楊貴妃の引きで専横を始めた遠戚の楊国忠と対立し、ついに十数万の兵を擁して
唐に反旗をひるがえします。

 渤海、新羅、契丹、突厥、吐蕃、倭、ウイグル、サラセンなど、唐の周辺国・民族が
複雑に絡み合う合従連衡の様子を生き生きと描写していく手際はなかなかにうまく、感
心しました。こうなると『霍去病』『煬帝』『光武帝』あたりにも手を出したくなって
きます。

≪4月2日≫
■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)

 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から任されたもの(こ
の大きな寺も3月末、関心が持ち上がるまま、桜見物を兼ねてお邪魔しました)。一方
、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
もみえてきます。

 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
のでは、と思わせる箇所もあります。しかし10代の頃から仏教、儒教、道教を比較した
空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。
 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣につき、造設に携わった番匠(大工)一門の目でその模様を描いた
長編歴史小説。応仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期
の幕府衰退、それでも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきた
ように描かれ、飽きさせません。  山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手 並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺 』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読 み通せました。 ■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)  令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老 人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。 最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と 陰謀があることが浮かんできます。  ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構 成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推 理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい こと。それはそれでフェアな話だと思います。 ■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社 、2007年10月)  『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象 にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。普段ならまず手を出しませんが、たま
たま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読。司馬さんを突き放した、私らが
知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、という期待もありました。  しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に 人気だった「進歩的な歴史学者」らの解釈に寄り掛かった、みごとに党派的な論調に貫 かれていました。昭和前期の共産主義者さながらの、オーソドックスな階級闘争史観に 基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論 類の全部がOKだとは思わないものの、本書によって気づかされた、感心した、納得で きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という のが正直な感想です。

≪3月17日≫
■司馬遼太郎 『空海の風景(上)』(中公文庫、1978年1月)

 高野山町石道を歩いて思ったのが、司馬さんのこの長編を読まないと、ということで
す。弘法大師空海の生まれから得度、唐への留学、帰国後の活躍などを、時期を追いな
がら調べ、考察するエッセイ風の長編評伝上下巻(作者は「小説」と言っています)。
時間の都合でまだ上巻とはいえ、予想を上回る抜群の面白さでした。

 丸顔の童顔、中肉中背、体の重心が低くてガニ股。密教を体系化した情熱的な宗教家
のオモテの素顔と、政治家としての機略に満ちた狡猾さ、山師風のうさん臭さが終始つ
いて回ったというウラの素顔。入唐していきなり現地の住民と流暢に会話し、遣唐使の
代表に代わって長い漢語文を一気に書き上げて唐の役人を感激・驚倒させ、といったエ
ピソードと、宇宙との一体感をつかんだという空海の思弁を解説していきます。

 自在で融通無碍な文章は司馬さん特有のもの。むかし手に取って3ページほどで「シ
ンキ臭い、かったるい」と放り出したことがウソのような、明るく軽快で読みやすい作
品です。空海による高野山の開山などは下巻に出てくるようです。

■中山千里 『静おばあちゃんと要介護探偵』(文芸春秋、2018年11月)

 名古屋を舞台にした連作中編推理小説が5編。70歳過ぎの不動産会社オーナーで車イ
ス生活の「要介護探偵」を主人公にした連作短編シリーズ第一作は以前、当欄でも紹介
したことがあります。今回の「静おばあちゃん」は要介護探偵とやむなくコンビを組ま
される80歳の元裁判官。この設定が面白く、掛け合い漫才風の会話も楽しく読めます。

 ミステリーとしての出来具合は5編ともさほどコッテリとはしておらず、シンプルな
もの。むしろ、繰り返しますが「要介護探偵」と退官後もかくしゃくとした「女性元判
事」の互いに口論・批判・罵倒し合いながらの軽妙なやりとりで読ませる1冊でした。

■永野春樹 『ダ・ヴィンチの闇』(新風舎、2005年10月)

 SFタッチ、ミステリー風、オカルト味の中短編が9編。三葉虫の化石についた人間
の靴跡、レオナルド・ダ・ヴィンチ(?)が描いた魔女の絵、アパート内の不気味な浴
槽の話など、いずれも工夫され、文体もプロ並みに手慣れていてそこそこ面白く読めま
した。

 奥付をみると、奈良市在住の医師らしく、月の半分は病院での夜勤勤務をこなしな
がら、同人誌に加わってこつこつ書き溜めた作品群だとのこと。20年近く前の公刊で、
私もブックオフで見つけるまでは知らなかったアマチュア作家。同じ作者の続編などあ
れば、手に取ってみよう、と思っています。

≪3月2日≫
■岩見隆夫 『敗戦  満州追想』(原書房、2013年7月)

 名うての政治評論家として知られた著者は、旧満州の大連市に生まれ、14年を過ごし
た戦中派。本書は著者が2011年から月刊誌に発表を続けた、故郷・満州を巡る連載評論
をまとめた懐旧の1冊です。公刊から半年後、著者は79歳で病死されたので、事実上最
後の著作ともいえます。

 戦争は二度としてはいけない、しかし戦争になったら敗けてはならない。このフレー
ズを、大連で敗戦を迎え、1年半後に一家で山口に引き揚げた著者は幾度か書き連ねま
す。実体験に基づき、さらに歴史と政治に学んだ知見を重ね、冷静で幅広の考察が示さ
れていきます。記述は淡々と落ち着いてはいるものの、著者が本書のあとがきをまとめ
たのは、病院のベッドの上だったようです。

■池井戸潤 『鉄の骨』(講談社、2009年10月)

 土木業界の官製談合を描く、一種の長編サスペンス小説。作者特有の勧善懲悪の人間
ドラマという、いつものパターンとは異なった地合いの一作です。公共工事の受注をめ
ぐるゼネコン同士の駆け引き、対立と協調、そこに介入する政治家そして政治家を狙う
地検の動きを絡めて、なかなかに読ませる展開です。

 談合は同業各社が指名競争入札を順繰りに落札し、中期的な共存を図るための必要悪
なのか、脱談合を唱える先には弱肉強食あるいは共倒れにつながる地獄が待っているの
か。作者の筆致は、ゼネコン業界の思惑や裏の動きを明快に描き出しているようにも思
われ、飽きさせません。ゼネコンを見下す、絵に描いたような都市銀行エリート行員が
脇役で登場します。その嫌みったらしい気取った役どころが最後に反省して昇華された
のも見ものでした。

■吉村昭 『夜明けの雷鳴  医師高松凌雲』(文芸春秋、2000年1月)

 徳川慶喜に仕え、幕末から明治初期の激しい時節の移り変わりのただなかに生きた医
師・高松凌雲。その行動的で、信念に貫かれた生涯を描く、こちらはいつもの吉村さん
通りのドキュメンタリー風長編歴史小説です。

 慶喜の弟の欧州旅行に同行して現地の西洋医学の習得に没頭する場面から、時代はや
がて幕府の大政奉還、鳥羽伏見の戦い、奥羽越列藩同盟の瓦解へ。高松凌雲は時勢の変
転に流されるのではなく、自ら針路を選んで幕府軍に身を投じます。ついには、榎本武
揚率いる旧幕府艦船の蝦夷行きに加わり、そして箱館戦争まで、さらには降伏後の同愛
会の設立までの息をも継がせぬ生涯についての史料に基づく報告はたいそう面白く、感
銘を受けました。さすがでした。

■見城徹 『読書という荒野』(幻冬舎、2018年6月)

 角川書店の編集スタッフとして作家への接近、または作家の掘り起こしに突進してヒ
ット作を連発し、さらに自ら「幻冬舎」を創業して名を上げた辣腕編集者の半生記とい
った趣きの1冊。出版業界の裏話めいたところもあり、それなりに面白く読めます。

 もっとも、石原慎太郎に近づくために、出会った瞬間、芥川賞受賞の『太陽の季節』
の「全文を暗記」しておき、冒頭の数行かそこらを暗誦してみせると、この作家兼政治
家から「わかったわかった、一緒に仕事するよ」と言質を取るなど、ハッタリの見え隠
れする、アクの強い編集者であるようにも思えます。同時に、編集者としての自慢話のオ
ンパレードという気配もあり、いささか鼻につく。10年に1人といった非凡な凄腕編集
者のようですが、近づきたくなるような方ではないようにも思えます。

≪2月16日≫
■池井戸潤 『陸王』(集英社、2016年7月)

 埼玉県行田市の零細足袋メーカー「こはぜ屋」が、地下足袋をベースにしたランニン
グシューズを開発、実業団の長距離陸上部に売り込みを図り、受け入れられる、という
成功物語を描いています。いつものように、主人公たちが曲折を経ても最後には勝つこ
とが、お約束どおりに今回も踏襲されています。

 同じ作者の企業小説『下町ロケット』シリーズの舞台になる佃製作所の名物社長に比
べ、「こはぜ屋」の社長は、並外れて優れた経営者には描かれていません。つまり、ご
く普通の世襲経営者が試行錯誤を繰り返してついに成功を掴む、という展開になってい
て、それはそれなりに面白い。ライバルの外資系大手スポーツ用品メーカーの営業担当
がステレオタイプな造形なのはやや残念ですが、勧善懲悪がはっきりしており、例のと
おり、安心して楽しめました。

■山崎光夫 『鴎外青春診療録控 千住に吹く風』(中央公論新社、2021年8月)

 明治期の帝国陸軍に入り、医師および作家として名を上げた森鴎外がドイツ留学前の
20代前半のころ、父親が主宰する東京・千住の医院にて見習いのような仕事をしていた
様子を描いた連作短編小説集です。

 出来たばかりの東大医学部で学び、ずば抜けた秀才と目されながらも卒業試験の順位
は8番。火事で教材をなくし、病気を患って実力が発揮できなかったということのよう
です。しかし、弁明はできず、文部省派遣のドイツ留学も叶わず、悶々と過ごす鴎外の
青春の逸話をさまざまに拾い上げた、連続テレビドラマのような体裁です。鴎外=森林
太郎の初々しい姿が軽快に描かれており、筋立ても上手で楽しめました。

■井上章一 『狂気と王権』(紀伊國屋書店、1995年5月)

 明治維新以降、天皇や皇太子の襲撃(未遂)事件はいくつも起きており、その都度、
時の政権は犯人を精神異常、狂人の仕業として処理することが多かった、という角度か
らいくつもの事件を解析していきます。

 具体例で挙げているのは、明治天皇の元女官長ながら錯乱して不敬罪に問われた島津
久光の孫ハル、大正時代の裕仁皇太子を銃撃した「虎ノ門事件」の難波大助、成婚パレ
ードの明仁皇太子に投石した未成年のNK、さらに足尾銅山の鉱害を明治天皇に直訴し
ようとした田中正造、ロシアのニコライ皇太子を襲った大津事件の津田三蔵など。

 事件後、精神異常者として扱うかどうかが政局のなかで後付け風に決まっていく一方、
心神喪失または心神耗弱は罪に問われない、または軽減されるという近代刑法の解釈
との狭間で、時の当局が事件にどう対処したかが分かりやすくリポートされています。
著者は「既存の研究を踏まえただけ。新しい事実は一つもない」と謙遜していますが、
近代以降の事件史が手際よくリポートされた興味深い佳作だと思います。

■島田荘司 『ロシア幽霊軍艦事件』(原書房、2001年10月)

 『季刊島田荘司』(という4号まで出た個人雑誌がありました)に発表され、のち加
筆された長編ミステリー。広げた大風呂敷を放り出し、無理やりの展開が少なくない作
者50代以降の長編の中では、久しぶりにうまく風呂敷がたためた上出来の一作だと思い
ます。

 大正8年の夏、大雨の後の深夜。霧がわきたつ箱根・芦ノ湖に、巨大なロシア軍艦が
亡霊のように現れ、多数の軍人らが下船しようとしている情景が1枚の写真に記録され
ていました。ボルシェビキの革命軍によって殺害されたロマノフ王朝最後の皇帝一家の
秘密、ナチスのヒトラーや日本の帝国陸軍などが絡む20世紀前半の戦争と外交の駆け引
きを背景に、そのロシア幽霊軍艦の正体とロマノフ王朝滅亡後の悲話を探偵役・御手洗
潔が鮮やかに解明していきます。

 仕掛けは大きく、フィクションなりの虚実混在の気配が強く出ているのはやむなし。
時代的なズレも一部に残っています。とはいえ、何よりストーリーに奥行きとインパク
トを与える作者ならではの筆力は健在で、引き込まれました。

≪2月2日≫
■ドナルド・キーン/角地幸男訳 『作家の日記を読む 日本人の戦争』(文芸春秋、
2009年7月)

 著者は4年前、96歳で亡くなった日本文学研究者(2011年に日本に帰化)。戦争中、
米国海軍の情報士官として日本語の通訳を務め、やがて日米を往復しながら研究と評論
活動で活躍します。本書は対英米開戦(1941年)から敗戦1年後(1946年)までの日本
の文学者の日記を参照しながら、彼らが太平洋戦争にどう向き合ったかを観察していき
ます。

 主に引用されるのは高見順、伊藤整、永井荷風、山田風太郎、内田百けんらの公刊済
みの日記。対英米開戦の折の高揚した気分、戦中の大本営発表に対する興奮と猜疑、敗
戦を告げる玉音放送などにつき、米国人らしい醒めた感覚で冷静に評定を続けていきま
す。読みでがあるのは確か。但し、引用される作家は10人足らずと多くはなく、もの足
りない気もしました。

■絲山秋子 『御社のチャラ男』(講談社、2020年1月)

 関東エリアとおぼしき中堅都市にある食料品卸売会社に勤める10数人の社員男女の独
白からなる現代連作短編小説集といったところ。「チャラ男」とバカにされるのは、縁
故で中途入社した自称・辣腕の部長(44)で、その部長を軸にした社内のお互いに対す
る批判、ウワサ話、陰口・悪口、裏話、誇張話が延々と続く、不思議な連作集です。

 チャラ男とは軽薄で、自分勝手で、見栄っ張りで、すぐ感情的になる、中身のない中
年男といった意味合いでしょうか。しかし私はむしろ、会社組織の狭い空間で交錯する
人間関係のわずらわしさに目が向き、うんざりしました。文学賞多数を受賞している作
者だけあって、文章表現はさすがに達者。とはいえ、読みながら、組織内でヒトに使わ
れたり、ヒトを使ったりするのはもう結構です、フリーランスで十分です、と痛感した
次第です。

■岩井三四二 『清佑、ただいま在庄』(集英社、2007年8月)

 室町中期と思われる時代、和泉(今の大阪府中南部)の国の東寄りの山麓の村、逆巻
庄は京のとある大寺の「荘園」。そこに任期つきで代官として赴任したのが若い僧侶、
清佑です。この生真面目な坊さんが表に出たり、後ろに引いたりして村での年貢取り立
て、争いごとの解決、日照りと雨ごいなど、荘園内の多彩な逸話をつなげた連作短編時
代小説集です。

 琵琶湖北岸の農村を舞台にした、同じ作者の長編『月ノ浦惣庄公事置書』(松本清張
賞受賞)と似たような設定で、地味ながらも楽しく読めます。作者の歴史小説はいつも
ユニークな素材を選び、入念な時代背景を踏まえ、丹念な人物造形に入り込んでいて面
白い。メリハリに乏しいようにみえるのが残念です。

■北村薫 『鷺と雪』(文芸春秋、2009年4月)

 2・26事件(1936年)前夜の帝都を舞台にした、華族ら上流階層の若い男女が登場す
る、戦前型の中編推理小説が3本。行方不明になった男爵帝大生、日本橋三越にあるラ
イオン像にまつわる都市伝説、女子学習院に通う気位の高い女子生徒のお話。ミステリ
ー界では重鎮といったお立場の作者。とはいうものの、鼻持ちならない貴族趣味が充満
し、こうした世界にほとんど関心を持たない読み手には、通読するのがやっとでした。
ナゾ解きの面白さもいま一つ。

≪1月17日≫
■吉村昭 『落日の宴 勘定奉行川路聖謨』(講談社、1996年4月)

 吉村さんの幕末を舞台にした実録風歴史小説をまた手に取りました。小役人の家から
幕府に仕え、やがて才覚と行動力、多彩な人脈を支えに勘定奉行にまで昇進した川路聖
謨(としあきら)の活躍を、記録文書を読み解きながら克明に淡々と記述していく、と
いう、いつもの通りの落ち着いた展開です。

 物語のメイン筋は、米国ペリーの来航と並行したロシア使節プチャーチンとの国内各
地の開港や千島・樺太の帰属をめぐる交渉。奉行として前面に立った川路の冷静で、
読みが深く、機転の利いた言動の詳細な再現はドラマチックで、興味深く読めました。
なお、薩長主導の朝廷軍の東進による江戸城明け渡しを前に、川路は元幕臣としてピス
トルで自死します。

■白洲正子ほか 『名文で巡る国宝の阿弥陀如来』(青草書房、2007年7月)

 宇治の平等院、木津川の浄瑠璃寺、斑鳩の法隆寺、平泉の中尊寺、鎌倉の高徳院(鎌
倉大仏)――。各地の寺院に端座する国宝の阿弥陀如来像を訪ねた多数の作家・文人・
哲学者らのエッセイをまとめた1冊です。ガイド本のようなつもりで手に取り、ぱらぱ
ら読んでいるうちに引き込まれました。

 写真付きで紹介される阿弥陀如来像は11体。私はこれらのほぼ全部を拝観しているは
ずですが、本尊の阿弥陀如来像といっても単に「目元がやさしげだな」とか「なんか太
ってるな」といった程度の漠然とした印象しか持たず、写真で11体を見ても個々の違い
はまず分からない、と思います。しかし、本書で紹介のエッセイを書いている20人近く
の方々は、間近にそれぞれの如来像に向き合いながら、美術品か信仰の対象かを区分け
せず、見たままにその魅力を説いてやみません。

 この出版社による「名文で巡る国宝の」シリーズは、他にも「弥勒菩薩」「観世音菩
薩」「薬師如来」「十一面観音」など全部で10タイトルを刊行中とのこと。仏像を見る
のは好きですし、より良く、より深く見ることを教えてくれるエッセイがあるのなら、
他にももっと、と思います。

≪1月6日≫
■デイビッド・ゴードン/青木千鶴訳 『二流小説家』(ハヤカワポケットミステリー
、2011年3月)

 「週刊文春ミステリーベスト海外編」「宝島社このミステリーがすごい!海外部門」
「ミステリマガジン編集部ミステリが読みたい!海外編」のいずれもで堂々の1位。と
なると、当然読みたくなります。
 
 古本屋で見つけ、期待して読み始めましたが、連続殺人のグロい場面が繰り返される
ものの、仕掛け・トリック・逆転劇で読み手を楽しませること少なく、フーダニットの
筋の通った推理もなく、達成したミステリー「三冠受賞」はこの2011年度に限り各賞揃
ってハードルが低かったのでは、と勘繰ったほどです。

 ニューヨーク在住の何でも屋の小説家のもとに、獄中の連続殺人犯人から「告白本」
の執筆依頼が届いて、という立ち上がり。訳文は前半ほとんど村上春樹調で、原文がそ
うなっているのか、訳者がそんな文体にしたのか分からないものの、その軽快なタッチ
も後半に向かうほどになし崩しになりました。

■長尾誠夫 『異説・壬申の乱』(新人物往来社、1994年12月)

 九州筑後での「磐井の乱」(527年)、天智天皇第一子の大友皇子と弟の大海人皇子
(後の天武天皇)が争った「壬申の乱」(672年)、坂上田村麻呂による蝦夷征圧(9
世紀初頭)、菅原道真の怨霊が襲ったという藤原時平の変死(909年)など、古代史上
の内乱・争いを題材にした短編歴史小説が6編。予想外に面白く読めました。

 とくに標題作は、乱で敗北した大友皇子に近いスタンスに拠り、大海人皇子の強引な
攻撃を難ずる気配があります。そこに猶太伝説を絡めるのはいささか不自然ながらも、
天武天皇系が7代で途絶えたことに因果を込めたようです。磐井の乱や田村麻呂の蝦夷
征圧の場面では、ヤマト中央政権の冷酷・非情な一面を浮き彫りにし、当時の政権を後
付け風に正当化していない辺りは感心しました。

■浅田隆・和田博文編 『古代の幻 日本近代文学の<奈良>』(世界思想社、2001年
4月)

 ブックオフで見つけたセミナー本。奈良大学文学部での「世界遺産コース」開設記念
シンポジウムの採録、近代文学のなかで「奈良はどう描かれたのか」を作家・評論家8
人を介してリポートしたコラム集、さらに奈良を舞台にした50冊を取り上げた書評集か
らなっています。

 これも偶然見かけて購入し、ぱらぱら読んでいるうちに面白くなって半日かけて通読
しました。奈良に親しみ、実際に居住したり、頻々と通ったりしたのは会津八一、志賀
直哉、谷崎潤一郎、折口信夫、堀辰雄、保田与重郎などで、それぞれのエピソードは私
が生駒に住民票を置いていることもあり、身近で興味深く読めます。

 昭和前期、神国・日本のルーツとして「奈良詣り」がブーム化し、新幹線もない時代
、年に3000万人を超える入り込み客を数えた、などの奈良特有の逸話もあって、飽きさ
せない作りになっています。

■火野葦平 『土と兵隊 麦と兵隊』(社会批評社、2013年5月)

 出版社が戦後70周年記念で復刻した「火野葦平戦争文学選」シリーズ第1巻。これも
ブックオフで購入しました。作者が『糞尿譚』で芥川賞をとったのが昭和13年。受賞を
挟んで中国大陸中部を行軍し、従軍した有名な中編の戦争ルポ2本を収めています。

 杭州湾敵前上陸の体験ルポが「土と兵隊」で、受賞後、陸軍派遣軍報道部員として同
行した「徐州会戦従軍記」が「麦と兵隊」。いずれもむかし手に取った覚えがあります
が、文庫ではなく、四六判の読みやすい活字組みのため改めてゆっくりと通読でき、ル
ポとしての克明な描写に引き込まれました。

 中国本土への侵攻の合間、下士官を含む兵隊たちの、武器を取らない束の間の軍隊生
活のルポかと思いきや、中華民国軍との熾烈な戦闘だけでなく、捕虜にした敵兵の殺戮
の場面もあり、しかも従軍作家としての葛藤を示すことを忘れてはいない書きぶり。作
者は戦後、文筆家追放処分を受け、のち活動を再開するものの、「自分の暗愚さにアイ
ソがつき、戦争中の言動を反省して、日々が地獄であった」といったあげく、1960年1
月、睡眠薬で自死します。

■石井里津子 『千年の田んぼ 国境の島に古代の謎を追いかけて』(旬報社、2017年
12月)

 山口県萩市の北西45キロの沖合に浮かぶ見島。周囲18キロ、面積8平方キロほどの島
南東部に「八町八反」と呼ばれる15ヘクタールもの大きな水田が広がります。このノン
フィクションの著者は、そばにある古墳の発掘調査などから「八町八反」が1300年前、
条里制に従った大きな計画に沿って開田され、区画のひと隅に三角形のため池を抱えた
独特の造作のまま今に残る、として立証を進めます。

 各地に残る「棚田」の研究家でもある著者は、自らの関心に引かれるまま執拗に「八
町八反」のナゾを追いかけ、奥行きのある島の歴史に入り込んでいきます。よく売れて
文庫に収まる、などということはあまり見込めない地味な一冊でしたが、楽しく通読で
きました。

■鯨井あめ 『晴れ、時々くらげを呼ぶ』(講談社、2020年6月)

 どこかの県立高校を舞台にしたファンタジーっぽい青春モノです。図書委員として週
に1回放課後の図書室に集まる男女生徒数人の会話と行動を示すなか、1年生女子が校
舎の屋上で天空から落ちてくるクラゲを呼ぶ「クラゲ乞い」の儀式を繰り返し、やがて
本当に無数のクラゲが一帯に降りしきる、という長編小説。

 あちこちにクラゲがひしゃげて動かなくなる描写などはうまく書けています。とはい
え、残念ながら、若さを追求している私にも、付いて行きにくいファンタジーでした。
≪12月16日≫
■野口悠紀雄 『戦後日本経済史』(新潮選書、2008年1月)

 素っ気ない教科書風のタイトルながら、著者が『週刊新潮』で2006年8月から1年間
連載した経済評論『戦時体制いまだ終わらず』を編集したものということで、具体的で
分かりやすく、一般向けの面白い読み物になっています。

 戦後の経済発展は敗戦後、GHQが主導してゼロからスタートしたという通説では説
明できず、1940年ごろに構築された社会主義的な国家総動員体制がベースにある、とい
う著者の「戦時経済体制論」を、年を追って再確認していきます。著者は1980年代のバ
ブル経済とその崩落をデータ面で早い時点から指弾した論者の1人として知られ、本書
の後半はバブル崩落後も戦時経済体制が残ったことがその後の停滞と迷走につながった
、とのスタンスです。全体として割と説得力があり、勉強になりました。

■池井戸潤 『果つる底なき』(講談社、1998年9月)

 「半沢直樹」シリーズなど経済エンタメ小説で活躍する作者のデビュー作。第44回江
戸川乱歩賞を受賞した「都市銀行ミステリー」とでもいえる長編で、20世紀末の二都銀
行(モデルは作者がかつて勤務していた三菱銀行)渋谷支店を舞台に、ハイテク企業と
銀行の抜き差しならない関係、そこに隠された不正の隠蔽と告発のせめぎ合いをサスペ
ンスタッチで描いていきます。

 殺人が連続するあたり、その後の作風よりハードボイルドで、若書きの気配も窺えま
すが、その分荒々しく、展開も切迫していて、読ませることは読ませます。1998年の刊
行で、作中ではPCの普及は始まってはいるものの、携帯電話はほとんど登場せず、防
犯カメラはビデオテープ録画、そして登場する男の大半があたりかまわず喫煙しており
、25年の歳月を実感しました。

■丸谷才一 『人間的なアルファベット』(講談社、2010年3月)

 艶笑譚や冗談話を英単語のAから順にZまで、辞書風に書き綴った、いつものような
短いエッセイ38編をまとめた1冊。阿部定を擁護した弁護士、永井荷風の「断腸亭日乗
」の深読み、「ノアの箱舟」異説、ローマ教皇の出産話、ターザンがジェーンを口説い
た言葉、などなど飽きさせない軟派系の話が並んでいます。

 驚かされるのは、『小説現代』で連載が始まったのが2004年1月で、作者79歳。Zま
で至って編集・刊行されたのが、85歳の折(その2年後に死去)。後期高齢者もいいと
ころですが、旺盛な好奇心、何であれ面白がる柔軟な筆致、意表をつく発想といった若
々しさに緩みはなく、感心を通り越して感動を覚えました。
≪12月1日≫

■山内昌之 『歴史という名の書物』(新潮社、2001年4月)  国際関係史や中東イスラム地域研究で知られた碩学による、歴史関連を中心にした書 評集。刊行は古めながら、100冊近い硬派本に触れた短い書評が80本近く。いずれも簡 潔にそれぞれの読みどころと評価を丁寧な書きぶりで紹介し、時折にしか硬派本に触ら なくなった身にも「どこかで探してでも通読したい。長生きして歴史への興味を持続さ せたい」と思わせる誘因力がありました。  印象に残った書評は、加賀乙彦『高山右近』、高松宮宣仁親王『高松宮日記』、大岡 昇平『堺港攘夷始末』、田嶋信雄『ナチズム極東戦略』、ジャン・ドリュモー『恐怖心 の歴史』、マーティン・ギルバート『エルサレムの20世紀』など。いずれも未読。ブッ クオフほかの古本屋で見かけたら是非、と思わせられました。 ■笠原一郎 『ディズニーキャストざわざわ日記』(三五館シンシャ、2022年2月)  大手ビール会社を57歳で早期退職し、東京ディズニーリゾートの清掃スタッフ(カス トーディアルキャスト=準社員)を定年の65歳まで勤め上げた男性による、8年間の自 筆記録。清掃スタッフの日常、社内事情の裏表、さまざまなゲスト(入園客)の様子な ど、国内最大のテーマパークの実際について、分かりやすく軽快に、リアルに、バラン ス良くリポートしています。  園内で掃除中、女子中学生らしいゲストが著者に「何をしてるんですか?」と訊ねる ので「夢のカケラを集めています」と答える。ゲストからいきなり「愛って何ですか? 」と聞かれることもあり、とっさに「愛とは決して後悔しないこと」と即答。すると、 ゲストは「深い!」と喜ぶ。真顔で、または笑顔でこんなやりとりが交わされるのも、 全体がフェイクさながらのディズニーランドならではです。  私もむかし家族連れその他で計5回ほど東京ディズニーランドに入園しています。よ くできたテーマパークだとは思うものの、それだけ。今後出向くことはたぶんないと思 われます。一方、自ら「団体行動が苦手で、天邪鬼」だと自称する著者とは、定年目前 の早期退職といい、会社リタイア後も日々働くことを選んだことといい、足取りがどこ か似ており、年格好も近くて、共感を覚えました。 ■曽利和彦 『魔法でわかる労働法 間違いだらけの労働現場』(ハーヴェスト出版、 2011年9月)  特定社会保険労務士による労働問題の解説マンガです。最低賃金、年次有給休暇、会 社に課された健康配慮義務、採用内定の取消、試用期間の扱いの計6つのテーマについ て、社労士を姉に持つ女子高校生をメインに据えた読み切りマンガが続きます。もっと も、労働基準法の解釈、労働裁判の判例の紹介など、扱われているのはオーソドックス なものばかりで、つまらなくはないものの、感心するほどの内容でもなかった、といえ ます。  驚いたのはむしろ、作者である特定社労士(私も特定社労士ですが)は、ペンを使っ たマンガは描けないのに、「コミpo!」という画像編集ソフトを使うとPCでサクサク と絵や吹き出しが描ける、らしいこと。巻末にマンガで登場する作者はスキンヘッド、
サングラスにチョビ髭という、胡散臭く思われてもオレは気にしないぜ、という風体で、
昭和世代の私など、縁のない世界だと思うだけの通読となりました。

≪11月16日≫
■日経ビジネス編 『カリスマ失墜 ゴーン帝国の20年』(日経BP、2019年5月)

 経営危機に陥った日産自動車が仏ルノーに救済され、再建のため1999年、ルノーから
送り込まれたのがカルロス・ゴーン。本書は2018年11月、東京地検に逮捕されたゴーン
が日産で20年にわたり、強烈なリーダーシップを発揮して曲がりなりにも経営上の窮地
を脱するまでを、その折々の「日経ビジネス」の企画記事ざっと50本で振り返った1冊
です。

 ゴーンはご存じの通り、本書刊行の7カ月後(2019年12月)、スパイ映画のように機
材搬出用の箱に隠れて関空から脱出し、レバノンに逃げました。無実を主張する一方、
日本の捜査当局による拘束と訊問は人権無視の野蛮なものだと言い残して。それに同調
する欧米側の報道も見受けましたが、私はフランスの労働組合幹部によるひと言を覚え
ています。「ゴーン氏はただただ、あさましい」。本書はゴーンの発想や行動力、従業
員への配慮など、功績面に多くを割く一方、強欲で身勝手な一面にはほとんど触れてい
ません。刊行時期からみて、やむをえなかったようにも思えてきます。

■山本兼一 『ジパング島発見記』(集英社、2009年7月)

 安土城築城を描いた『火天の城』、千利休と秀吉の関係をえぐった『利休にたずねよ
』を著した作者は8年前、57歳で急逝。その5年前、安土桃山期にキリスト教布教のた
め滞日したポルトガルのルイス・フロイスの著作などをベースに、16世紀後期に実在し
たイエズス会幹部ら7人を扱う連作歴史短編小説集です。面白く読めます。

 極東の黄金の島ジパングは当時、海洋で支配力を強めていたポルトガルの司祭らにと
っても魅惑的な国に見え、貿易や植民以前に、カソリック布教に相応しい地として重視
されていたようです。しかし、住民も風土も宗教も、欧州の常識とは異なり、その差異
がもたらす摩擦に苦悩する司祭がおれば、インド、中国を介した貿易で儲ける商人もい
る。種子島に鉄砲を持ち込んだゼイモト、初めて欧州風の病院を作ったアルメイダ、歴
史上も有名なザビエルらの滞日記を通じて、いくつものドラマを描き出しています。
≪11月1日≫
■北海道新聞社会部編 『銀のしずく  アイヌ民族は、いま』(北海道新聞社、1991
年10月)

 前から探していた本書をブックオフで見つけました。元になった1年半に及ぶ道新の
連載記事企画は、当時の日本新聞協会賞を受賞。31年前の刊行で、調査・取材の手法が
アナログなのは当然ながら、だからこその地道な取材の積み重ねが窺えます。

 タイトルの「銀のしずく」はアイヌ口承文芸でよく謡われたという、自然界に対する
想像力豊かなイメージ喚起の象徴。北海道旧土人保護法(1899年)からアイヌ文化振興
法(1997年)、さらにアイヌ民族支援法(2019年)へと続くアイヌに関わる法律の制定
・施行には、当初の苛烈な主張こそ和らげられてはいるものの、アイヌの来し方行く末
を巡る議論は今もあまり変わっていないのでは、とも思えてきます。北海道やその周辺
の「先住権を持った固有の民族」アイヌに対する問題意識は、同和や在日とはまた異な
る、あるいは全く別のものでは、と考えさせられました。

■安部龍太郎 『等伯(下)』(日本経済新聞出版社、2012年9月)

 権力が信長から秀吉に移るなか、能登出身の絵師、長谷川等伯は自分たちの画業を高
め、広げるため、狩野永徳率いる御用絵師集団に果敢に挑み、追いつき、乗り越えてい
きます。武家出身の血が騒ぐのか、狩野一派との対立・抗争は荒々しく、しかも等伯な
りに筋が通り、この辺りの描写は生き生きとして面白く読めます。

 江戸初期には家康に招かれるほどの実績を重ねた等伯が、72歳の身で江戸に旅立つと
ころで物語は終幕を迎えます。浅井朝倉の敗退、比叡山焼き討ち、本能寺、朝鮮侵攻、
伏見城築城などの史実が奥行きをもって語られ、さらに千利休、近衛前久、石田三成ら
の姿も目にみえるような迫力で描かれていて飽きさせません。

≪10月16日≫
■猪瀬直樹 『ふるさとを創った男』(日本放送出版協会、1990年6月)

 「ふるさと」「紅葉」「朧月夜」「春の小川」など、多くの世代が小学校で習ってき
た「文部省唱歌」は誰が作曲し、作詞したのか? 教科書には単に「文部省唱歌」とあ
るうちの一部は鳥取県出身の岡野貞一が作曲し、長野県出身の高野辰之が作詞したもの
である、という事実を押さえ、その裏側にあった人間ドラマを深堀りしようとしていま
す。

 ノンフィクションとしての着眼は面白く、西本願寺の大谷光瑞門主や島崎藤村らを絡
めてジグザグに話を進めていく手法は、作者おなじみのもの。但し、本作の後の『ペル
ソナ――三島由紀夫伝』(1995年)▽『ピカレスク――太宰治伝』(2000年)▽『ここ
ろの王国 菊池寛と文藝春秋の誕生』(2004年)等の文芸モノのノンフィクションに比
べると、資料探索や証言集め、そして記述の展開に無理があるようにも思えます。

 例えば、100曲を超える戦前策定の「文部省唱歌」のうち、岡野・高野のコンビが創
ったのは「ふるさと」「紅葉」「朧月夜」「春の小川」などの数曲だけか、2人がどん
な共同作業をおこなったのか、などの不明な点がいくつも残されていること。道路公団
の民営化論争で目立ち、やがて東京の副知事、知事を経由した作者の真骨頂は、時代に
生きる人間を対象にしたルポのようにも思われるので、本作はまだ力及ばずの観があり
ます。

■安部龍太郎 『等伯(上)』(日本経済新聞出版社、2012年9月)

 安土桃山から江戸初期にかけて活躍した絵師、長谷川等伯の一代記で、2011年から2
年間、日経新聞朝刊に連載された長編歴史小説です。大型の歴史小説を多数書いている
作者がようやく直木賞を受賞した一作。まだ上巻ですが、なかなかに面白く読めます。

 長谷川信春(等伯)は能登の武家に生まれ、幼くして絵師のもとに弟子入り。33歳で
上洛し、活動の場を広げていきます。上巻では、信長や秀吉に重用された狩野永徳一派
と対決する手前までで、下巻で、有名な水墨画「松林図屏風」(国宝)を完成させるに
至るまでを描いているようです。登場人物の会話・交情だけでなく、街や光景の描写、
さらに歴史の考証もしっかりしているようで、それらが相まって読み手を引き込む力が
あります。

■米澤穂信 『儚(はかな)い羊たちの祝宴』(新潮社、2008年11月)

 中編推理小説が5編。郊外や山中で孤立した「館(やかた)」、権勢を誇る「館」所
有の資産家または成金一家、そこに寄宿する不思議な少女たちが重要な役回りを演じる
など、オーソドックスな旧来型ミステリーの要素で共通する、一種の連作シリーズのよ
うです。

 とはいえ、旧来型ミステリーの設定はともかく、書きぶりや登場人物の動きなどが呑
み込みにくく、5編いずれもあまりクリアな出来にはなっていないようにも見受けます
。江戸川乱歩や横溝正史に近い作風のようながら、ナゾや仕掛けに新味がないからでし
ょうか。あるいは、構成が緩やか過ぎるためか?

≪10月2日≫

■吉村昭 『彰義隊』(新潮文庫、2009年1月)  2006年7月、自ら点滴等の管を引き抜いて自死(尊厳死)した作者最後の長編歴史小 説。死の6年前の新聞連載時73歳だった作者の筆は、文字通り円熟の域にあるように思 われ、地味ながらも興味深く通読できました。  鳥羽伏見の戦いで敗れ、会津、桑名などの幕府軍は江戸に戻り、大政奉還した将軍慶 喜は謹慎。ところが、血気盛んな御家人ら3000人が上野の寛永寺にこもり、迫り来る朝 廷軍を迎撃せんとします。その寛永寺山主だったのが、明治天皇の叔父にあたる主人公 、輪王寺宮能久親王。  輪王寺宮は1日で終わった彰義隊の敗退を受けて寛永寺から脱出し、佐幕勢力が残る 東北に逃れ、やがて奥羽越列藩同盟の盟主にかつがれます。しかし、会津藩の降伏を最 後に同盟は瓦解し、宮は謹慎生活へ。許されて、皇族の1人として新政府の陸軍に加わ り、ドイツ留学の後、台湾に侵出する陸軍部隊の先頭に立ち、台南で病死します。  これら一連の経過を史料に基づいて淡々と記述。作者は第1回司馬遼太郎賞の受賞を 辞退したことで知られていますが、本作はじめ作者の幕末モノには幕府寄り、反薩長の 気配が色濃くうかがえます。明治維新を肯定的に描く司馬さんとは異なり、一部相容れ ないところがあり、すんなりと受賞できなかったのもうなずけてきます。 ■池井戸潤 『民王(たみおう)』(ポプラ社、2010年5月)  本作は刊行後テレビドラマ化され、その連作ドラマは放送業界内の多数の賞を受けた ということで、原作も同様に「傑作ベストセラー」ということのようです。  一方、私は日ごろほとんどテレビを観ず、親子で人間が入れ替わるというSFチック な長編近未来政治小説という角度からみると、本作の展開も描写も結末も無理が多くて 正直、読み通すのに時間がかかりました。  半沢直樹シリーズなど企業小説で勧善懲悪型の面白い作品の多い作者が、慣れない政 治小説に入り込んでしくじった、と思ったほど。脳波が何らかの影響を受けて親子の人 格が入れ替わるという設定は、活字では裏付け・根拠が見えてこないので「なんだこれ ?」となります。ところが、テレビドラマ化すると、視聴者も娯楽モノとしてすぐ入り 込めたのかもしれません。あるいは余程脚本がうまかったのか。
≪9月17日≫
■加来耕三 『日本を再興した起業家物語  知られざる創業者精神の源流』(日本経
済新聞出版社、2012年3月)

 近現代の経営・経済史に名を残す企業創業者51人をそれぞれ四六判6ページの行数で
紹介する経営者列伝集。紋切り型の表現が時折混ざるとはいえ、いずれも史料を押さえ
てきちんとまとめられています。

 大日本印刷の佐久間貞一、花王の長瀬富郎、白洋舎の五十嵐健治、カルピスの三島海
雲、YKKの吉田忠雄、三井物産の益田孝など、それぞれ機会があればさらに深読みし
たくなる人物が多く、一方で本田宗一郎や井深大、松下幸之助など、著名な創業経営者
のページは簡単過ぎて呆気ないところもありました。

■若竹千佐子 『おらおらでひとりいぐも』(河出書房新社、2017年11月)

 作者は岩手県出身、千葉県在住の60代後半の主婦。夫が急死した後、55歳から小説教
室に通い、8年かけて書き上げた本作で河出の文藝賞を史上最年長で受賞して評判にな
りました。

 ほぼ全編が東北弁(岩手弁)の語りで貫かれ、どこまでが作者自身の半生の回顧か分
からないながらも、夫との死別後、63歳にして「おらはひとりで生きていぐ」と宣言す
るまでの心中の葛藤と決意の練り上げを描いていきます。達者といえば達者な書きぶり
。あまり馴染のない東北弁ながら、入り込めばリズミカルでユーモラスで、楽しく読め
ました。もっとも、葛藤の果てに「ひとりいぐも」と固めた決心の向かう先がいま一つ
分かりにくい。分からないままの余韻が伝わればいいのかもしれません。

■本城雅人 『ミッドナイト・ジャーナル』(講談社、2016年2月)

 元産経新聞(サンケイスポーツ)記者による新聞社を舞台にした一種の長編サスペン
ス小説でしょうか。吉川英治文学賞新人賞受賞。連続少女誘拐事件をテーマに、取材方
法をめぐる本社社会部とさいたま支局の対立、警察庁、警視庁および所轄警察署に対す
る取材の模様などを織り交ぜて描いており、それなりに読ませます。

 とはいえ、一部の書評には推理小説とあるものの、トリックもナゾ解きもなく、最初
の方でストーリーは見えてきます。事件全体の解明までの緊張感は窺える一方、次はど
うなるかとそそられるミステリーに含めるには無理があるようにも思えます。なお、事
件事故が起きて最初に現場に行く記者を「一番機」、次いで「二番機」、最後に「三番
機」の出動と呼ぶなんて初めて聞きました。産経だけの社内用語のように思われます。

■吉村昭 『 黒船 』(中央公論社、1991年9月)

 久しぶりの吉村さんの歴史小説。1853年、神奈川は浦賀沖に入ってきた米国の軍船4
隻。日米の和親交渉を黒子として仲立ちした実在の通詞(通訳)堀達之助を主人公にし
た、スケールの大きな実録風の物語です。

 吉村さんの歴史小説は、日本海海戦を描いた『海の史劇』のような群像劇風、または
戦争や事件の経過の記録を前面に掲げた作風が目立ちますが、『黒船』は、優れた通訳
ながらも悲運が続いた主人公の人間臭さを押し出していて読ませます。

 幕末から明治にかけた頃の吉村作品で覚えているのは、『桜田門外の変』『ニコライ
遭難』『天狗争乱』『生麦事件』『アメリカ彦蔵』など。私はこれらのうち『生麦事件
』が最も印象に残っていますが、『黒船』も充実しており、吉村さんの長編歴史小説に
もう一度ハマってみようか、と考えました。『彰義隊』など、面白そうです。

■嵐山光三郎 『 魔がさす年頃 』(新講社、2012年8月)

 「何でもやってみる」を信条とする才人(道楽おやじ)が70歳になった折にまとめた
エッセイ集。マグロ釣り、自転車旅行、温泉めぐり、俳句、酒飲み、読書など、若い頃
からの色んな遊興につき、好奇心と行動力のまま縦横無尽に軽快に明快に短文を書き綴
っていきます。40編ほど並び、書きぶりはファンキー。似たような話が一つもないこと
にも感心しました。

 魔がさす、とは、欲求のおもむくまま、といったところか。10年前の刊行で、すでに
著者は80歳のはず。今も元気で、魔がさすままに動いておられるのか。面白かったのは
、「相田みつを」の色紙に「みせかけの純朴さ、貧相な抒情、傲慢なへりくだり、嘘の
弁解、名声への執着、悟り自慢といった虚飾の匂いがする」と喝破しているところ。本
筋ではないものの、例の「にんげんだもの」というコピー(寸言?)が嫌いな私は、大
笑いさせていただきました。

≪9月2日≫
■金田信一郎 『失敗の研究 巨大組織が崩れるとき』(日本経済新聞出版社、2016年
6月)

 トラブル多発の大企業群に対するリポートをまとめた1冊。理研、代々木ゼミナール
、ベネッセ、東洋ゴム、化血研、三井不動産、雪印乳業、ロッテなど、2010年代に日経
ビジネス等の記者だった著者取材の「大手企業の失敗」をめぐる記事を編んでいます。
隠された事実に迫るというより、後知恵風の理屈を並べた気配が強く、正直あまり勉強
にも参考にもならなかった。

 呆れたのは「取材を申し込んだのに返事がない」など、一部を除き、記事執筆が進ま
ない言い訳が多いこと。関係者の自宅に出向く、逃げている宿泊先を割り出す、知人ら
を通じて接触を試みるなど、相手に肉薄する泥くさい努力もないまま泣き言を言うのは
、アマチュアです。そんな及び腰が目立つので、出来上がったのはルポでもドキュメン
トでもノンフィクションでもない、ただのリポートです。

■浅田次郎 『 一刀斎夢録(下) 』(文芸春秋、2011年1月)

 明治維新後も生き延びた新選組助勤、斎藤一(逆さに読んで一刀斎)が大正初期、陸
軍中尉に自らの半生を伝える物語の後編。語りのうまさに変わりはない半面、維新後、
一刀斎が警視庁に採用され、西南戦争(明治10年)に「抜刀隊」として参画するまでを
描いています。

 しかし、語り口は好調とはいえ、一刀斎が100人を超える人斬りの冷酷無残な悪漢役
を演じ続けながら、おしまい近くに突如、妙に湿っぽい人情噺めいたシーンが出てくる
のには困惑しました。新選組及び徳川方の動静と時代背景はうまくリポートされている
ものの、上下巻の統一性という点では整合性が取れていないようにみえた次第です。

■千田理緒 『五色の殺人者』(東京創元社、2020年10月)

 第30回鮎川哲也賞受賞の本格推理小説。老人介護施設の利用者が日中、何者かに撲殺
され、施設内の5人が廊下を走り去る犯人を目撃します。しかし、犯人が着ていた服の
色の証言は5人それぞれが「赤」「緑」「白」「黒」「青」とバラバラ。なぜこうも違
うのか、犯人は誰か? という謎解きを施設で働く女性ヘルパー2人が追及していきま
す。

 作者は介護施設のヘルパーも経験した女性フリーターだとのこと。老人介護施設の現
状に詳しく、殺人事件を扱う割には明るいタッチです。謎解きも合理的で、最後のどん
でん返しも面白い。久しぶりに「あれれ?」ということで、前の方のページに戻って伏
線を探す、ミステリーの楽しみ方を味わいました。
≪8月16日≫

■天童荒太 『ムーンナイト・ダイバー』(文芸春秋、2016年1月)  3月11日の大地震・大津波から5年弱。福島第二原発そばの沿岸部海底にはあの日、 津波に流されて埋め込まれた無数の「生の記録」が遺されている。父と兄を失くした主 人公(プロのダイバー)は、生き残った多くの家族の密かな依頼を受け、未明の海底に ダイビングし、遺品を収集して家族に戻していく。そんな虚実定かならぬ作業に就く主 人公と家族らの物語です。  作者の長編は『永遠の仔』など重いものが多く、この3部からなる長編も軽々しくは 扱えないように思えてきます。それでも、ダイビング中の視界に映る海中の描写は克明 で、人々の会話も丁寧でよく練られており、作風の重さは次第に気にならなくなる、と いったところです。 ■浅田次郎 『 一刀斎夢録(上) 』(文芸春秋、2011年1月)  維新後も生き残った新選組副長助勤、斎藤一(逆さに読んで一刀斎)が大正の初めご ろ、剣術を追求する帝国陸軍中尉に乞われるまま、その半生を語った、というスタイル の長編小説です。  史料は結構残っているらしいとはいえ、江戸の御家人の子として生まれた斎藤一が、 近藤勇の道場に通い、やがて道場仲間と大挙して上洛、新選組の有力隊員として活躍( 暗躍)するさまを、まるで本人から聞き取ったようなタッチで描いていきます。  作者にとっては『壬生義士伝』『輪違屋糸里』に続く、新選組3部作の掉尾を飾る長 編といったところか。語りのうまさは相変わらず舌を巻くほどですが、上巻は、何十人 もの男たちを斬殺した「ひと斬り」(=ひと殺し、殺人鬼)の暗い横顔、無残な一面、 救いようのない部分が前面に出ています。このニヒルで冷酷で、ひとでなしの斎藤一の 素顔は、下巻でうまく昇華されないと後味が悪いままではないか、とも思えてきます。
≪8月1日≫
■NHKスペシャル取材班 『沸騰都市』(幻冬舎、2010年2月)

 世界各地の大都市8つをルポした特番のディレクター4人が、それぞれの取材の様子
を原稿に仕立てたリポート集。訪れたのは、アラブ首長国連邦のドバイ、バングラデシ
ュのダッカ、シンガポール、トルコのイスタンブール、英国のロンドン、南アフリカの
ヨハネスブルク、ブラジルのサンパウロ、および付け足しの東京。2008年のリーマンシ
ョックに始まる金融危機を間に挟んだリポートが多く、期せずして、当時共通のキーワ
ード「メイク・マネー(金を稼ごう)!」の光と影、表と裏を分かりやすく描いていま
す。

 とくに面白く読めたのが、イスタンブール編とシンガポール編。ユニークなドキュメ
ント『戦争広告代理店』をまとめた高木徹ディレクターが担当した2本で、行動力と洞
察力、そして筆力はさすが。他のダッカ編とヨハネスブルク編も興味深く読めました。
逆に、エタノール富豪が続出し、自家用ヘリの数がニューヨークを超えたというサンパ
ウロ編は「沸騰する都市」の興奮が伝わってこないし、ドバイ編はリポートする側が浮
足立っていて、まとまりに欠けました。

■浅田次郎 『長く高い壁』(角川書店、2018年2月)

 日中戦争のさなか、「万里の長城」の張飛嶺(架空の地)という要衝に進出した帝国
陸軍の守備分隊が、長城の望楼での交代勤務中、10人全員が死体で見つかる、という事
件が起きます。

 真相解明のため北京から派遣されたのが、従軍文士(推理小説流行作家)と方面司令
部の検閲班長。ここに現地の憲兵分隊、中国人医師らが絡み、従軍文士を中心に、共産
ゲリラの仕業か、内部犯行か、内部犯行なら誰が犯人かという推理合戦が始まります。

 作者に多い中国モノ、戦争モノでは初めての推理小説という触れ込み。陸軍の階級差
を前にした人間模様や、当時の守備部隊の様相が、いつも通りの達者な筆づかいで描写
されていきますが、推理小説としての犯人捜し、謎解きの展開は少し大味。犯行の動機
も手順も、事件解明後の処置にも、作者らしい切れ味は見られなかったようです。

■中山七里 『要介護探偵の事件簿』(宝島社、2011年10月)

 書名に興味を持ち、通読しました。現場には行かない「安楽椅子探偵」とは違い、要
介護認定を受けた主人公香月玄太郎70歳は、車椅子生活を送る障害者ながら、不動産会
社を率いる現役経営者。介護ヘルパーに支えられつつ、車椅子ごと大抵の場所に出張っていき、遭遇する5つの事件を解決していきます。

 同じ作者の長編ミステリー『さよならドビュッシー』と同様、この連作短編の舞台は
いずれも名古屋。「要介護探偵」はネーミングだけでなく、介護ヘルパーの仕事、リハ
ビリの実際、車椅子各種の機能の違いなどについても入り込んでおり、トリックなどは
あっさりしている半面、読ませる力のある連作集でした。  何よりこの要介護探偵が大声の名古屋弁で相手を責め立てる迫力はなかなか。名古屋 はアホでもバカでもなく、罵倒語は「タワケ」が中心のようで、その強調表現は「クソ ダワケ」であって「クソタワケ」ではないことを教わったのは収穫でした。

≪7月17日≫

■安藤忠雄 『仕事をつくる ― 私の履歴書』(日本経済新聞出版社、2012年3月)  この天才建築家が日経朝刊最終面で「私の履歴書」を連載していたさなか、東日本大 震災・大津波が発生。加筆した本書の後半では、あの大災害に対する安藤さんらの現地 支援・救援の様子が前面に出てきて、興味深く読めます。  ケンカに明け暮れた中学生時代、自宅の改装工事が始まり、そこで一心不乱に仕事す る大工の姿に感動したのが、建築家という職業に憧れたきっかけ。高校2年のときプロ ボクサーになったもののすぐに断念、学歴も社会的なバックボーンも何もないまま、独 学で2級、1級の建築士の資格を取り、自力で情報を集めては企画を提案し、着実に実 績を積んでいく。  天賦の能力と人間としての魅力を武器に順調に仕事を広げていったように読めますが 、事業の拡大を支えたのは、人並外れた気力と集中力と目的意識だったことが伝わって きて、その意欲的、攻撃的な生き方には迫力があります。 ■米澤穂信 『真実の10メートル手前』(東京創元社、2015年12月)  先に読了したロングセラーの長編推理『王とサーカス』のヒロイン兼探偵役の女性記 者、太刀洗万智が登場する計6本の推理小説集です。いずれも工夫があって面白く読め ます。  失踪した女性会社役員の行方を、姉妹の電話交信の中から見つけ出していく表題作、 高校生男女の心中事件の真相に突っ込んでいく「恋累心中」、二転三転する乳児殺害事 件の時系列を解釈する「ナイフを失われた思い出のなかに」など、凝ったつくりの佳作 が多くなっています。とはいえ、凝り過ぎていて、逆に読後の印象が散漫なものもあり ます。 ■恒川光太郎 『夜市』(角川書店、2005年10月)  ファンタジーそのものの中編小説が2本。表題作は第12回日本ホラー小説大賞を受賞 した逸品で、もう一つの「風の古道」も楽しめます。ホラー小説といっても、恐怖をあ おるものではなく、幻想の只中にいるような、奇妙な味わいの創作。20年近く前の発刊 ながら、新鮮でした。  表題作は、主人公らが岬の公園そばで開かれるという夜市にまぎれ込むところから。 森の中の小道の左右に、灯りに照らされた不思議な露店が延々と続き、しかも小道には 他に誰も歩いていない、という黄昏の情景。それだけなら夢の中の描写ですが、ストー リーは後半、予想もしない方向に動きます。「風の古道」も、パラレルワールドに実在 する、妖怪が徘徊する古道に迷い込むという「夜市」に似たタッチの幻想譚です。 ■三谷幸喜 『古畑任三郎 殺人事件ファイル』(フジテレビ出版、1994年6月)  フジテレビ系で1994年〜96年に放映された連続推理ドラマの最初のシリーズ12本のう ち10本のノベライゼーション(脚本から小説への翻案)集です。  故田村正和さんが主役を務め、20年近くに及んだその後のシリーズを含む計41本は数 えるほどしか観ていません。しかし、その一部とはいえ、今をときめく三谷さんの若い 頃の短編ミステリーへの翻案は面白く読めました。  犯人による犯行が最初に描かれ、その後、警部補・古畑任三郎が犯人に向き合ってア リバイやトリックを見破っていく、という倒叙型ミステリー。ワンアイデアの仕掛けが 多いともいえますが、軽妙でテンポのいい会話が面白く、短時間で読み通せました。
≪7月2日≫

■早乙女貢 『敗者から見た明治維新 〜 松平容保と新選組』(NHK出版、2003年 11月)  大長編『会津士魂』を書いた作家が、教育テレビの「NHK人間講座」で連続レクチ ャーした折の講義録をまとめた1冊。明治維新前後の佐幕勢力・会津藩・新選組に肩入 れして再評価したい、という構えのようです。逆にいうと、薩長土肥の明治新政権には いたって冷淡で、いわば最初から立場を決めた、一方的で後知恵風のリポートといった ところ。  あの頃の「真の武士」は会津藩を中心にした佐幕の諸藩におり、新選組も士道を一途 に貫こうとしていた半面、薩摩や長州は自分たちが権力を握るために天皇をかついで内 戦を仕掛け、徳川幕府を倒した、という単純な見立て。尊王攘夷の志士などはゴロツキ 呼ばわりで、長州の桂小五郎などは逃げてばかりの惰弱なやさおとこ、といった塩梅。 公武合体を進め、さらに大政奉還した幕府が政治の実務を引き続き担っていたなら、と いう「繰り言」「恨み節」が延々と繰り返されます。  明治維新は、内戦に陥った大型の権力闘争であり、西国の大藩が主導した暴力革命に 近い騒動であったことは、知れた話。「真の武士道」など、ワキに追いやられていまし た。「負け犬の遠吠え」風のことを今さらお教えいただかなくても分かっています、と いったところです。 ■米澤穂信 『王とサーカス』(東京創元社、2015年7月)  2015年に大きな評判をとった長編推理小説。ネパールで2001年に起こった王族殺害事 件を借景に据えつつ、たまたま現地入りしていた女性記者が巻き込まれた別の事件を自 ら解き明かしていく、という展開です。  時間順にストーリーが進むなか、首都カトマンズの情景を目にみえるようなタッチで 詳しくリポートし、謎解きと犯人の特定に踏み込んでいく過程はなかなかにスリリング 。物語が次にどう展開するか予測できない進め方になっており、アッと驚くインパクト はないとはいえ、最後まで緊張感が保たれ、興味深く読み通せました。 ■池井戸潤 『半沢直樹 アルルカンと道化師』(講談社、2020年9月)  半沢直樹シリーズの5作目。東京中央銀行の反骨の銀行員半沢直樹が、美術系出版社 に対する融資騒動や仕掛けられたМ&Aの策謀に巻き込まれながら、最後はお約束の「 勧善懲悪」で大団円。小気味のいい啖呵と理詰めの論駁がテンポよく繰り返され、いつ も通りと安心しつつ、面白く読了できました。  舞台は四ツ橋筋と中央本通りの四つ角にある東京中央銀行大阪西支店で、出版社も出 版社の買収をもくろむ新鋭の企業も大阪。作者は大阪にはあまり縁がないのではと思っ ていましたが、登場人物たちが交わす大阪言葉は雰囲気をよく掴んでいて上手に描けて います。現代美術をめぐる推理小説的な要素もあって、それなりに楽しめました。 ■花房観音 『京都に女王と呼ばれた作家がいた 〜 山村美紗とふたりの男』(西日 本出版社、2020年7月)  1995年に恐らくは過労による心不全で他界した、当時大活躍の推理作家山村美沙さん と、その夫、および長年の盟友だった西村京太郎さん(今年3月死去)の男女3人の生 涯を辿った評伝です。  京都・東山の旧日本旅館を購入し、本館に山村さん、別館に西村さんが住んでいたこ とは有名な話(本館と別館がトンネルでつながっているというウソ話もありました←渡 り廊下はあったようです)。花房という書き手の女流作家は、華やかで、個性的で、と きに高慢で、しかし世話好きな山村さんの生涯と創作の原動力(ミステリー系の大きな 受賞がなく、コンプレックスになっていた、など)に興味を持ち、表に出なかった山村 さんの夫へのインタビューなどを通じてその実像に迫ろうとしています。  本書を手に取ったのは偶然ながら、割と面白かったので、むかし短編集を1冊読んだ だけだったこの女流推理作家の作品を探そうと思っても新刊書店の文庫コーナーではほ ぼ皆無、ブックオフでやっと数冊が見つかった程度。かつて納税番付1位の流行作家も 、もう過去の作家ということのようです。西村京太郎さんも初期の10冊ほどはミステリ ーとして面白く読めましたが、中期以降のトラベルミステリー等は出来不出来の差が大 きく、今後同じように本屋の書棚から徐々に消え去っていくのでは、と思われます。

≪6月17日≫

■門田隆将 『疫病2020』(産経新聞出版、2020年6月)  中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が公式に発見されたのが2019(令和元) 年の12月。「週刊新潮」出身のこのノンフィクション作家はその後の半年ほどの経過を 追い、東京五輪の1年延期が決まるあたりまでを順序立てて解析しています。  新型コロナ肺炎に対する、当初の政治及び厚労省の「風邪みたいな軽度の感染症で、 たいしたものではない」とタカをくくった様子をまずリポート。そんな中国への配慮( 忖度)と、五輪開催及び経済への悪影響を意識した消極的な構えから、やがて旅客船「 ダイヤモンドプリンセス」号での船内感染を境にした混乱と狼狽、さらに台湾が当時水 際でウイルスの国内侵入を最小限に食い止めた素早い対応ぶりなどを、分かりやすいタ ッチで押さえていきます。  面白いのは、2020年春の時点で、武漢の病毒研究所から新型コロナウイルスが外部に (恐らく過失で)漏れ出たのが、そもそもの根本的な原因であること、そのウイルスは 人工的な改変操作の痕跡が色濃く窺われ、うわさされたコウモリその他のゲテモノから 自然に発生したものではない、とほぼ確定的に指弾していることです。  中国は当時、トランプ前米国大統領らからの非難に対し、「米国の陰謀」説まで持ち 出して「研究所からの漏出」説を否定しましたが、腰砕けのWHOはともかく、調査報道 の世界ではすでに有力な仮説として語られていることを窺わせました。コロナ禍では医 療専門家らの説明・リポートが多く出回り、それはそれとして意義はあったものの、ノ ンフィクション作家ならではの冷静で客観的で、理解の届きやすい作品に仕上がってい るのでは、と感心しました。『2021』『2022』も読みたくなります。   ■葉室麟 『あおなり道場始末』(双葉社、2016年11月)  息抜き風の、葉室さんのソフトタッチの長編武家小説。不慮の死を遂げた父の仇討ち を誓う、まだ若い長男、長女、二男の3人が家業の剣術道場を守りながら、父の仇を探 します。長男は父から伝授された「神妙活殺」なる秘技を使って迫りくるナゾの討っ手 を退散させるのが、物語のキモ。ただし、一つ二つと数えながら「いろは」を描くとい う「神妙活殺」剣の様子が呑み込みにくい。筋立ても正直、やっつけ風でしたが、軽く 読めたので良し、ということにします。

≪6月1日≫

■大西康之 『稲盛和夫最後の闘い JAL再生にかけた経営者人生』(日本経済新聞 出版社、2013年7月)  2010年に会社更生法適用を申請して倒産した日本航空株式会社の再建のために送り込 まれたのが、京セラ創業者の稲盛さん。その3年余りに及ぶ熱気に満ちた闘いぶりを描 き出したノンフィクションです。面白く読めます。  「プライド(または経営計画)は一流」かつ「言い訳は超一流」と言われた、煮ても 焼いても食えないJALを変貌させたとされる稲盛さんの当時の言動を筋道立てて再現 しています。「ウソはつくな、信義は守れ」という道徳訓から始まり、財務諸表の大量 のプリントを驚異的な集中力で読み解き、矛盾やゆるみを厳しく追及する経営報告会の 模様などを活写していきます。  著者は日経新聞の編集委員。取材が行き届き、筆力もあり、JAL再建劇を冷静に観 察する一方で、評価すべきことは率直に賞賛するなど、情理併せ備えたリポートとして 上出来で、感心しました。 ■大西康之 『会社が消えた日 ― 三洋電機10万人のそれから』(日経BP社、2014年 5月)  同じ日経新聞の編集委員によるノンフィクション。やはり2010年、経営不振からパナ ソニックに買収され、上場廃止となった三洋電機株式会社の消滅と、元社員らの行く末 を軸に描いたルポルタージュです。  10万人いた三洋電機グループ従業員のうち、パナに移ったのは1万人弱(給与はパナ 社員の8割水準)、残りの9万人は、異業種転職のほか、売却された事業部門ごとに中 国ハイアール、韓国サムスン電子、京セラ、さらには西松屋チェーンなど、それぞれバ ラバラに散らばっていった様子をバランスよくフォローしています。  丁寧な取材に基づく、元社員に対する共感を交えた念入りな筆致は健在。三洋電機も 松下電工も吸収したパナソニック経営陣の、過酷・冷徹・非情な一面もあぶり出されて いて、飽きさせない書きぶりです。  私も前職時代、関西家電3社のうち、常に消費者に顔を向けている、気取りのない三 洋電機が好きで、よく守口の本社に出向いていました。本書でそんな明るく、屈託のな い三洋ヒラ社員の様子を思い出し、著者の筆力のおかげもあって、危うく涙が出そうに なる場面もありました。 ■羽根田治ほか 『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか ― 低体温症と事故の教訓』 (山と渓谷社、2010年8月)  2009年7月、北海道中央部のトムラウシ山で起きた死者8人の遭難事故を総括したリ ポート集です。発刊時に一読し、今回思うところあって再読しました。旅行案内会社が 募集した60代を中心とする登山客男女15人、ガイド3人が、ロープウエイで大雪山・旭 岳へ、そこから避難小屋を用いたトムラウシ山への2泊3日の縦走をスタートさせます。  初日から天候は思わしくなく、最終日の7月16日朝5時半、台風が近づいているよう な悪天候のなか、一行はヒサゴ沼避難小屋を出て南下を続け、山頂は諦めたものの、大 雨で衣服がずぶ濡れになって低体温症に陥り、皆の行動がバラバラになり、結果的に半 数近くが死亡するという惨事になります。  本書を踏まえると、下山の日程は動かせないという制約を守ろうとするガイドたちの 強引な出発と、夏山でも起こりうる低体温症への知識と対症法を誰も持ち合わせていな かったことが遭難の主因のようです。しかしそれだけでなく、午後から(平地では)天 候は好転するというラジオの予報への固執(軽信)も背景にあったように思えてきます (「遥かなるトムラウシ」は山頂の手前に大岩が積み重なるガレ場があるらしく、私は たぶん生涯、登ることなく終わると思います)。

≪5月17日≫
■堺屋太一 『団塊の秋』(祥伝社、2013年11月)

 「団塊の世代」というコピーを広めた堺屋さん最後の連作短編小説集。狭義の団塊世
代は1947〜49年生まれで、連作集は1971年の海外旅行で一緒だった学生10人近くが帰国
後も連絡を取り合い、定年を迎えて以降、6つのお話の中で各々の半生を振り返り、語
り合うという趣向です。

 団塊世代よりひと回りほど年長で、3年前に亡くなった堺屋さんがこの連作集を発表
したのは77歳のころ。文字通りの短編集『団塊の世代』(1976年発表)の斬新な印象と
は異なり、創作としては地味で、おとなしげ。メリハリも切迫感もさほど窺えないまま
でした。春や夏ではなく、世代の「秋」の話なので、しみじみタッチはやむなしかもし
れません。

■佐藤秀峰 『ブラックジャックによろしく』1〜13(講談社、2002年6月〜)

 言わずと知れた若手医師、斉藤英二郎を主人公にした医療モノの劇画。ブックオフに
て13冊を1冊110円でまとめ買いし、空いた時間を使って初めて通読しました(『モー
ニング』連載中も読んだことなし)。

 研修医・斉藤が救急病棟、心臓外科、小児科、腫瘍外科、精神科と短期間に異動し、
行く先々で騒ぎを起こしながら「医師とは何か、医師に何ができるか」と悩む様子を描
いています。とはいえ、つまらなくはないものの、主人公の言動が大袈裟でしつこく、
医師をめぐる自問自答が堂々巡りになっている観もあり、一度目を通しておけばいいか
といった案配でした。

■貴志祐介 『鍵のかかった部屋』(角川書店、2011年7月)

 密室だけをテーマに絞った中編推理が4編。いずれも仕掛けは機械的、古典的。一説
によると、古今東西の大量の推理小説において、密室のアイデアは詳細に分類され、考
えられる限りではすでに出尽くしているのでは、とのこと。

 しかし、作者は果敢に、しかもカギ解錠のプロを探偵役にするなど、半ば強引な「密
室やぶり」に挑戦しています。吉本風のふざけた感のある最後の「密室劇場」以外はそ
れなりに隠し味もあって、面白く読めました。「密室劇場」のトリックは、作者の長編
ホラー小説『悪の教典』の脱力系エピローグを思い出させます。

■羽根田治 『ドキュメント 単独行遭難』(山と渓谷社、2012年8月)

 月刊『山と渓谷』などに掲載のルポ7編をまとめた1冊。独りで山に入り、道に迷っ
たり、沢筋で転落したり、吹雪に見舞われたりした単独行の遭難事例が克明に再現され
ています。羅臼岳、両神山、白山、穂高岳、尾瀬ヶ原などがそれぞれの舞台で、いずれ
も遭難からかろうじて生還した登山者に取材してまとめています。

 40年来、断続的に山歩きを楽しんでいる私も、むかしのワンゲル時代はともかく、ほ
とんどは単独行(ときどき家族行)で、何度も危ない目に遭っており、読みながら、遭
難事故は他人事ではない気がしました。ただ、著者は、単独行の怖さを強調する半面、
自分のペースと興味のまま自在に歩いていける単独行の魅力は否定せず(むしろ肯定し
て)、その道理の分かった大人びたスタンスは好ましいものでした。ルポの中での痛み
や寒さの描写はリアルで、読み手をぞくぞくさせる著者の筆力にも感心しました。

≪5月2日≫
■田辺聖子 『ほっこりぽくぽく上方さんぽ』(文芸春秋、1999年7月)

 田辺さん(2019年死去)が1995年〜99年、文春の「オール読物」に連載した関西各地
の探訪記です。多くはキタ、ミナミ、堺、泉州などの地元大阪を巡ったルポ仕立ての漫
遊記で、他に和歌山、京都、神戸、奈良などにも立ち寄った計20編。20年以上前の執筆
ながら、洒脱でおかしみがあって生き生きしたタッチが予想外に新鮮で面白く、もしか
すると歴史に残る名著ではないか、とも思いました。

■葉室麟 『月神』(角川春樹事務所、2013年7月)

 幕末の筑前福岡藩で尊王攘夷を主導した月形洗蔵を描いた前半と、その甥で維新後、
北海道中部に刑務所を作り上げた月形潔を描く後半という、前後に分かれた実録に近い
歴史小説です。なかなかに面白く読めます。

 福岡藩が新政府への参画で遅れをとったのは、幕末の藩主が、長州藩が第二次征伐を
跳ね返すという動きを予測できず、尊王攘夷の志士を弾圧したため、ということのよう
です。私はむかし福岡に5年いましたが、本書のようにすっきりとした「福岡出遅れ」
の説明を聞くのは初めてでした。後半の月形典獄(刑務所長)の奮闘ぶりは、吉村昭さ
んの長編『赤い人』が収容される側の苦痛を紹介した刑務所造成時の混乱と困難を思い
出させます。

■米澤穂信 『氷菓』(角川文庫、2001年11月)

 北陸の街にあるとおぼしき県立高校を舞台にした連作推理「古典部」シリーズ第一作
で、作者のデビュー作のようです。短編が9編。いずれも小味ながらもひねりが効いて
いて楽しく読めます。書名の「氷菓」というのは、この部活「古典部」の年次ごとの部
員の文集のタイトル。なぜこんなヘンなタイトルにしたのかが最後に明かされ、その鋭
利で、意表をつく理由には驚かされました。

≪4月16日≫

■村上春樹 『女のいない男たち』(文芸春秋、2014年4月)  男女の関わりばかりをテーマにした短編小説が計6編。雑誌への発表は今から8〜9 年前で、作者60代半ばごろ。書きぶりは例によって達者というほかない水準にあります が、それだけ。作者は男女のことに最大の関心を持っているようにも見え、全体として あのカッコばかりつけた、くだらない長編ポルノ小説『ノルウェーの森』(ロングセラ
ーなのはポルノだから?)を思い出させました。  もっとも、この短編集巻頭の「ドライブ・マイ・カー」は濱口竜介監督によって映画 化され、直近の米国アカデミー賞国際長編映画賞、カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞する など、傑作の誉れ高く、こちらは素直にいずれ観てみたいものだと考えています。 ■浅田次郎 『おもかげ』(毎日新聞出版、2017年12月)  65歳の元商社マンが出向先での自分の送別会の帰途、地下鉄車内にて脳内出血を発症 して昏倒。運ばれた病院の緊急治療室で生死の境目をさまよい、いくつもの夢を見ます 。作者と同じ昭和26年生まれの主人公は孤児の施設で育ち、長じて総合商社へ。作者初 期の長編『地下鉄に乗って』にどこか似た筋立てで、語り口はマイルドかつ明快で、心 地よく読めます。  江戸っ子の作者は東京の地下鉄が好きなようで、今回のは銀座線と丸の内線、さらに 日比谷線、東西線あたりがつながり始めた頃から語り出し。新聞に連載したのを推敲し たものらしく、いつも通りのうまい仕上がりです。 ■大和ハジメ 『交通事故で頭を強打したらどうなるか?』(株式会社KADOKAWA、2019 年3月)  20代男性による長編マンガ。ブックオフで見つけ、何の話か、と興味を持って110円 で買って開いたら、歩行中に車にはねられ、転倒して頭を打った事故から徐々に回復す る過程を描いた、タイトルどおりの体験話でした。  絵もコマ割りも吹き出しも分かりやすく、事故から回復までの流れも呑み込めます。 脳に障害が残ったことに対する葛藤を示し、さらに「漫画にまとめたことで、事故を克 服できた」そして「事故にあってよかった」という境地にまで至ったというあたり、切 実・緊迫した気配がうかがえます。 ■東海林さだお/聞き手:藤原あつこ 『超優良企業「さだお商事」――ショウジ君の イキイキ快適仕事術』(東洋経済新報社、2002年12月)  好きな漫画家・エッセイストの東海林さんにフリーライターが連続インタビューして 採録した1冊。「立志・創業」「情報収集」「商品開発」「生活管理」「健康とお洒落 」「人生の終焉について」の6つに分かれ、20年前の刊行ながら、いずれも面白く共感 を持って読み進めました。  インタビューに対する東海林さんの応答で引用したい箇所は多数あります。一つだけ 抜き出すなら、30代を過ぎてから直面した「内臓脂肪の蓄積による腹部膨満」、つまり 私もいまなお苦悩している「デバラ」の解消法。それによれば、食品のカロリー表をに らみながら1日の摂取カロリーを2400キロカロリー以下に抑えること、そのためにカロ リーゼロのコンニャクを大量に食いつないで10キロ減量した、ということでした。マネ しようと思います。 ■望月麻衣 『京都寺町三条のホームズ』(双葉文庫、2015年4月)  北海道出身で、10年近く前から京都に住む女性の連作ライトミステリー集1作目。寺 町三条の骨董屋「蔵」の後継ぎ風の京大院生がホームズ役で、ここに埼玉から引っ越し て「蔵」でバイトを始めた女子高生が絡みます。ヒトが死なない、ソフトな短編推理が 多く、ためにライトミステリーといわれる次第。  とはいえ、京都の行事や風物について割としっかり調べ、器用に話を進めており、退 屈はせず、楽しめました。不思議だったのは、登場人物のほぼ全員がそれぞれ「クスク ス笑う」場面がやたら多いこと。ジュブナイルらしいとも思いました。
≪4月2日≫
■真保裕一 『デパートへ行こう!』(講談社、2009年8月)

 旧三越(作中では「鈴膳」)の日本橋本店(東京)を舞台にしたとおぼしき、サスペ
ンス風のドタバタ劇といったところ。

 職も家族も失ったにわかホームレス、ヤクザに追われる元刑事、本店の貴金属を盗み
取ろうとする女店員、事件に巻き込まれて逃げる若い男女など、登場人物多数が2月の
ある夜、バラバラに本店に忍び込み、明け方まで動き回ったり、出くわしたり、警備員
に説教されたりし、おしまいには屋上に全員が集結、という長編エンタメ小説です。

 上手な脚本に仕立てて映画化すれば面白いかも知れません。しかし、無理にハッピー
エンドにしようとしたためか、率直なところ、群像劇の筋立ても人物描写も途中半端で
まとまり不足。あるいは、日本橋本店の各階見取り図などがあれば、良かったかも知れ
ません。

■佐々木譲 『黒頭巾旋風録』(新潮社、2002年8月)

 幕末手前の19世紀前半、天保年間の蝦夷地東部に出没した、という黒づくめの謎の男
、黒頭巾。アイヌに対する松前藩や悪辣な和人たちの横暴を見かねた、腕の立つ元武人
が、アイヌの処刑現場やアイヌ探索行の藩役人らを襲い、アイヌを救います。月光仮面
か鞍馬天狗、あるいは怪傑ゾロみたいな話です。

 佐々木さん得意の幕末に近い北海道の史料に沿った、という勧善懲悪の痛快時代活劇
。しんぶん「赤旗」の日曜版に1年間近く連載された連作を一本にまとめたそうです。
黒頭巾が実在していたことは松浦武四郎のメモに残っていたということですが、それが
ホントかウソかも分かりません。

≪3月17日≫
■徳尾浩司 『おっさんずラブ シナリオブック』(一迅社、2018年10月)

 6年ほど前、テレビ朝日系で放映され、それなりに話題になった連続ドラマ(7話)
のシナリオ集です(私は一度も観てませんが)。徳尾さんは当然ながらシナリオ作家で
、ト書きとセリフ(ナレーションを含む)だけでつなぎ、テンポのいいコメディーに仕
立てているようです。

 男3人による恋愛三角関係がテーマ。LGBTには殊更な関心は持っておらず、殊更な関
心を持たねばならないとも考えていないので、全7話はコメディーとしては面白い半面
、切実感はないまま。中年の男性部長が若手男性社員に心惹かれ、30年間一緒に暮らし
た女房に離婚を切り出すなんて、作りもの感が強く、不自然でした。

■東海林さだお 『ガン入院オロオロ日記』(文芸春秋、2017年3月)

 「男の分別学」シリーズのようにもみえる、雑事こまごまのエッセイ集。冒頭の3編
、50頁ほどがタイトルどおりの入院日記です。人間ドックで肝細胞ガンが見つかり、4
時間のガン除去手術を中心に40日間の入院を経て、無事退院するまでを描いています。

 東海林さんのエッセイ集の紹介ではいつも執筆時の年齢をチェックしていますが、4
時間の開腹手術はどうやら70代後半ごろのことのようで、それを思うと東海林さんはと
にかく若いなあ、ということです。入院している中高年男性のヨレヨレパジャマ姿を「
それどころじゃないんだ、のおじさん」と描写しているところなど、笑いました。
≪3月2日≫
■加藤陽子 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社、2009年7月)

 13年前の刊行時から評価の高かった東大教授による日本近現代史講義録。神奈川の中
高一貫校・栄光学園の部活「歴史研究部」の生徒約20人を相手にした講義5回分を採録
・編集しており、期待どおり面白く通読できました。

 日清、日露、第一次大戦、満州事変・日中戦争、太平洋戦争と連続して戦端を開き、
最終的には大敗北した戦争をテーマになぜ、どのような経緯でそうなったのかについて
、政治、外交、社会それぞれの角度から多数の資料を引き出し、後知恵風の裁定ではな
く、あくまでも客観的に多方面のデータや証言を交えた冷静な論述が試されています。
驚くような新史実の発掘や、意表をつく解釈は多くはないとはいえ、日清以降50年強の
戦争史を俯瞰させる筋の通った講義録だったように思えます。
 
■米澤穂信 『いまさら翼といわれても』(角川書店、2016年11月)

 先日『黒牢城』で直木賞を取った米澤さんの神山高校・古典部シリーズの連作推理計
6編。やる気があるのかないのか分からない折木奉太郎ら、部活の古典部員らがかかわ
る学園ミステリーもので、いずれも丁寧に描かれ、楽しく読めました。連作ミステリー
といっても、よくあるシンプルな謎解きものではなく、各編ひねりがあり、アイデアも
新しく、読ませます。

 古典部シリーズの6冊目ということで、卒業記念のレリーフ制作に秘められた隠し文
字解読の話、生徒会長選挙における不正をあばく話など、軽快にして手慣れた筆致。以
前、作者の短編集『満願』に感心した覚えがあり、古典部シリーズの他の作品、および
戦国時代を舞台にしたミステリー『黒牢城』にも手を出したくなりました。
≪2月17日≫

■鳴沢真也 『ぼくが宇宙人をさがす理由』(旬報社、2012年8月)  中学生時代からの不登校を克服して勉強を再開し、大学院で天文学を学んだ著者を引 っ張るのは「宇宙のどこかにいる知的生命体と交信したい」という夢だといいます。兵 庫県立大学西はりま天文台(佐用町)に勤める著者は、国内だけでなく、世界中の天文 学者に声をかけ、SETI(地球外知的生命探査)計画のネットワークを作り上げます。  本書は著者の足取り、宇宙に対する関心、地球外知的生命体の実在に対する確信など について、青少年に語り掛けるノンフィクションです。研究の根幹にあるのは、電子的 なデータの解析。その数学的な探索について分かりやすく紹介し、後半では地球全体を 覆うネットワークをこつこつと構築していく様子をリポートしています。興味深く通読 できました。 ■宮本輝 『いのちの姿』(集英社、2014年12月)  長らく書くのをやめていたというエッセイを、京都の料亭「和久傳」の女将が発刊し た定期随筆誌に誘われ、創刊号から連載開始。その15本までを編集した小ぶりなエッセ イ集です。  神戸の街中で異父兄が住む家を見つけ出す話、長く患っていたパニック障害の話、大 阪・土佐堀川の水上生活者の話、ドナウ川流域旅行の話など、エッセイの手並みもさす が宮本輝といった気配で、飽きさせません。著者の長編はどことなく似たような物語が 多くなっており、近年は少し後回しになっていましたが、生活実感に溢れた記述はエッ セイ集でも充実しており、未読の長編にまた戻ってみようか、という気になりました。 ■村上春樹 『一人称単数』(文芸春秋、2020年7月)  2018年から2年間、文芸誌に発表された短編小説(またはエッセイ?)が8編。神戸 高校に通っていた頃のビートルズの話やヤクルトスワローズのファンになったいきさつ 、ジャズサックスのチャーリー・パーカーが出てくる夢、ロマン派の音楽家シューマン のピアノ組曲「謝肉祭」を「醜い女性」と聞き比べる話など。どこまでが本当で、どこ からが作り話か分からないタッチの小品ばかりです。  とはいえ、それぞれ面白く読めたのも確か。作者の長短編小説は一括りにすればファ ンタジーでしょうから、エッセイも創作との境目が見えないファンタジーのようなもの 、と思えば、不思議な展開にも合点がいきます。むしろ、いま73歳の作者が69〜71歳の 間に書いたことを思えば、若々しい、みずみずしいタッチに感心します。  むかし読んだエッセイか何かで、作者は一部に実在する「あつかましく、がさつで無 神経な大阪人」への嫌悪を示すなど、これまで全体に関西弁を使う場面は多くなかった のに、神戸時代などの虚実を描いたこの短編集では、何人もの神戸市民が登場し、大阪 でも京都でもない独特の「神戸言葉」を駆使させています。 ■島田荘司 『鳥居の密室  世界にただひとりのサンタクロース』(新潮社、2018年 8月)  島田さん70歳の折の長編ミステリー。ブックオフで見つけて読み始めると、舞台は京 都の錦小路と錦天満宮、そして観光ガイドによく出てくる錦天満宮入口の、両端が建物 に食い込んだ鳥居がトリックの小道具で使われており、面白く読めました。あの鳥居か らこのトリックを思いつくとは、やはり腕利きベテランのミステリー作家です。  もっとも、そのメイントリックはよく見ると地味でシンプル。半ばあたりからナゾの 仕掛けが分かり始めるなど、大風呂敷を広げるのが好きな作者の長編としては、インパ クトに欠けたようにも思われます。

≪2月2日≫
■白川静 『回思九十年』(平凡社、2000年4月)

 漢字研究の第一人者ですでに故人となった白川さんが、日経新聞朝刊の「私の履歴書
」に綴った回想録と、呉智英、宮城谷昌光、江藤淳、石牟礼道子さんらとの対談記録11
編をまとめた1冊。いつか腰を据えて白川さんの業績に触れたいと思っていたところ、
運よく入門書風の本書を古本屋で見つけました。

 ひとりで調べ、考察し、書き上げた『字統』『字訓』『字通』の漢字辞書3部作はも
とより、漢字の研究で一生を終えられた白川さんの著作は多く、その業績と人柄は多数
の方々から尊敬を集めています。「道」という漢字は「異民族の首をぶら下げて歩いて
いることを示す」などの斬新な解釈で知られ、しかもその着眼で1万字前後の漢字の体
系全部をむらなく説明している、というのですから、圧倒的です。

 本書も漢字の世界の広がりと奥行きに話題が入るにつれ、入門書風とはいえ難しく、
何度も立ち止まりましたが、得難い1冊であることは確かです。表紙裏には白川先生の
直筆サインも入っていましたし(古本屋で買うと時々、著者の直筆サイン本に出合いま
す)。しかも、税込220円。

■斎藤美奈子 『趣味は読書。』(平凡社、2003年1月)

 ほぼ同年配の文芸評論家として、著者の書評はよく見かけ、おおむね読み通します。
当たり前のことをひねって言ってみたり、意表を突く着眼を示したり、なかなかの芸達
者であることは認めます。

 本書は平凡社のPR誌『月刊百科』に連載した書評を編んだもので、個々の書評は主
にベストセラーを取り上げており、この人らしい切れ味も毒々しさも薄め。それより、
前書きにあたる長めのリポート「本、ないしは読書する人について」で、各種調査から
国内の読書人口を推測し、「もし日本が100人の村だったら、読書家はせいぜい4、5
人」とカッパしているのが面白く思えました。4、5人もいるかな、というと嫌みった
らしくなりますが。

«1月5日»
■内藤聰 『ある日突然、妻が痴ほう症になった ― 在宅介護15年の軌跡』(大和書
房、1999年7月)

 旧富士銀行で支店長を歴任したビジネスエリートの6歳年下の奥さん(当時52歳)が
若年性のアルツハイマー型認知症を患い、もの忘れ、徘徊、失踪、入院、そして衰弱に
よる寝たきりへと変転していく過程を、夫が家族、ご近所のボランティアとともに支え
た体験型ノンフィクションです。

 刊行は、厚労省主導で介護保険制度がスタートした2000年の目前。制度の運用ももう
20年が過ぎましたが、内藤さん夫妻の「闘病生活」の様子はテレビの特番などでも取り
上げられ、反響を集めたそうです。認知症は「病気」であり、たとえ意思疎通がかなわ
なくても、個人としての人間性は存在し、それを最大限守り、支えていかねばならない
、という内藤さんの覚悟と行動には胸を衝かれました。

■佐々木譲 『婢伝五稜郭』(朝日新聞出版、2011年1月)

 江戸城明け渡しの後、榎本武揚らが北上して新政府軍に刃向かった北海道・箱館(函
館)での五稜郭戦争。終結後、榎本軍の傷病兵が治療を受けている野戦病院に新政府軍
がなだれ込み、無抵抗の傷病兵を殺戮します。病院の看護婦として働いていた朝倉志乃
(架空のようです)は、惨殺された恋人の医師の復讐のため、五稜郭近郊のプロシア人
ガルトネル(実在)の農場に隠れ、やがて榎本軍の残党とともに樺太をめざします。

 作者得意の北海道モノで、史実と創作がないまぜになった作り。ですが、榎本軍やア
イヌに対する親近感と敬意、薩長を柱とする新政府軍に対する冷ややかな視線は隠そう
ともせず、読ませどころもふんだんにあります。ベテラン作家らしい、よくまとまった
1冊です。

■薬丸岳 『天使のナイフ』(講談社、2005年8月)

 第51回江戸川乱歩賞受賞作。埼玉県大宮市でコーヒーショップを経営する主人公の、
子育て中の妻がマンションに侵入した少年3人組に殺害される、という事件を軸に、謎
の多い事件までの経過、少年たちの犯行の動機などを順々に探っていく社会派推理。

 キーワードは少年法によって守られる15歳以下の少年たちの処遇と犯罪に対する処罰
の相克。後半、謎の解明が二転三転し、ミステリーとしての仕掛けもうまく説明され、
受賞作に相応しい展開になっているように思えます。ストーリーが二重三重に込み入り
過ぎているようにも見受けましたが。

■葉室麟 『蛍草』(双葉社、2012年12月)

 明るく軽快な「仇討ち物語」。架空の城下町(鏑木藩)を舞台に、へびのような陰湿
・悪辣な剣の使い手に謀殺された武士の娘が、藩政の改革を担う上級武士の家に女中奉
公で入り込み、曲折を経て父の仇討ちに成功するという、復讐の本願成就に至るまでの
深刻さを感じさせない、爽快なストーリーになっています。

 葉室さんのはまだたくさんは読んでいませんが、昨年だったかに通読した『川あかり
』に近い、肩の凝らない時代モノと言えそうです。硬質の文体で武士の矜持を描く『蜩
ノ記』のような硬派路線ではなく、ユーモアを交えた、読みやすい、流行作家らしい作
品です。

■東海林さだお/椎名誠 『ビールうぐうぐ対談』(文芸春秋、1999年3月)

 古い本ですが、むかし読みもらしたのをブックオフで見つけました。漫画・エッセイ
の東海林さんと、「怪しい探検隊」の椎名さんによる計12回に及ぶ対談をまとめたもの
。食べ物の話が多くなるのは当然として、他にも自殺願望の話とか、岸田秀さんを招い
た「ものぐさ精神分析」の話とか、明快で息の合ったやりとりを繰り返しています。

≪12月17日≫
■高杉良 『最強の経営者 小説樋口廣太郎 アサヒビールを再生させた男』(プレジ
デント社、2016年9月)

 旧住友銀行副頭取からアサヒビール社長に転じた樋口さんの足取りを描いた長編実録
経済小説です。「コクがあるのにキレがある」に続いたスーパードライの市場投入を指
揮してアサヒビールの国内ビールシェアを10%から40%にまで拡大させた立役者の活躍
ぶりを描いています。

 スーパードライが世に出た1987年、私は福岡におり、初めてこの辛口生ビールを飲ん
だときのことはよく覚えています。苦いラガーが常識だったなか、新顔のスーパードラ
イとは「なんとうまいビールか」と感心した次第です。時代はプラザ合意後の円高不況
からバブル景気に移行し、スーパードライは浮かれ気分が蔓延していく世相と二重写し
になって記憶に残っています。

 ともあれ、樋口さんの行動力、発想力、対話力を窺わせる描写が続き、飽きさせませ
ん。但し、大半は実在人物の実名で出てくるのに、樋口さんの前の村井勉さん、後を継
いだ瀬戸雄三さんらは仮名になっていて不自然です。どんな理由からか、と怪訝に思い
ました。

■吉村萬壱 『臣女(おみおんな)』(徳間書店、2014年12月)

 最近探している吉村さんの「現代奇想小説」の一つ。ブックオフで見つけ、『ボラー
ド病』に続いて読了しました。奇妙キテレツな夫婦愛小説とでもいうべきでしょうか。

 夫の浮気に気づいた妻の体がなぜか日に日に巨大化し、ついには体長5メートルにま
で「成長」していきます。家の中で服も着れず、大量の食料を摂取し、大量の排泄物に
まみれる妻の介抱に没入する夫の独白が繰り返されます。露悪的で生々しく、手加減の
ない描写に圧倒されました。カフカの『変身』より格段にグロテスク。吉村さんはつく
づく個性的な作家だ、と痛感しました。
≪12月2日≫
■首藤明敏 『ぶれない経営 ブランドを育てた8人のトップが語る』(ダイヤモンド
社、2009年2月)

博報堂でブランドコンサルティングをリードしていた広告マンによる経営者連続訪問
ルポ。2008年後半のごく短期間に著者がインタビューしたのは、吉田カバン、ジャパ
ネットたかた、星野リゾート、フランフラン、亀田メディカルセンター、一休、ビー
ムス、レストランひらまつの計8社。 それぞれ四六判で20ページほどのインタビュー兼ルポという体裁で、サービス業が多 いとはいえ、要はビジネスの中核を占めるブランドの作り方、育て方、変え方、広げ方 などについて縦横に語っています。分かりやすく、成功するまでの足取りは具体的で、 勉強になりました。8社のうち星野リゾートだけが、具体的にどのようにしてブランド を作り上げてきたのか見えにくいという印象は残りましたが。 ■豊田泰光 『オレが許さん!』(ベースボール・マガジン社、1997年9月) 西鉄ライオンズの黄金時代を支えた遊撃手、豊田さんは現役引退(1969年)後、近鉄 のコーチを一時務めた他はテレビ・ラジオの解説者やスポーツコラムの執筆で名を馳せ ました。勝手気ままな野球評論家を40年以上も、という案配。私も日経新聞を自宅でと っていたときは豊田さんのスポーツ面コラム「チェンジアップ」を愛読していました。 「オレが許さん!」は1994年〜2013年、「週刊ベースボール」に長期連載していたコ ラムの初期の分を編集した1冊。「チェンジアップ」連載の後期、すごみすらあった硬 質で奥行きのある筆致とは異なり、書きぶりは意外にソフトです。それでも、遠慮なし 、言いたい放題は同じで、当然むかしの話が多いなか、西鉄全盛期の破天荒な面白さを 中心に全編楽しめました。 ■吉村萬壱 『ボラード病』(文芸春秋、2014年6月) 『クチュクチュバーン』や『ハリガネムシ』で呆気にとられた吉村さんの5、6冊目 にあたるらしい長編奇想小説。「3.11」の津波被害を受けたとおぼしき「B県海塚市」 を舞台に、貧しい母子家庭の娘の独白というスタイルで、不穏で不自然なストーリー
が続きます。 ボラードは、港にある船つなぎの固定杭のことのようながら、その「病気」となると よく分からない。大規模な津波被災から立ち上がった住民総立ちの復興運動(一斉ゴミ 拾い?)などの描写を通じて、作者が執拗に書き綴るのは「同調圧力」の恐ろしさ。
といった辺りが、刊行後の書評サイトで語られる本作の読ませどころのようで、それを
意識しながら、不気味なストーリーに引き込まれました。
≪11月17日≫

■長岡弘樹 『教場』(小学館、2013年6月)

警察学校を舞台にした警察官のタマゴたちの連作短編集。ベテラン警察官を
指導役の教師に据え、各回登場する生徒たちを少しずつ変えて、読み切りエ
ピソード風のストーリーが続いていきます。

短編推理でもサスペンスでもなく、むしろ警察学校の生徒たちが本職の警察
官めざして悪戦苦闘する模様がうまく描かれており、つまらなくはありませ
ん。ときどき小さなトリック、謎かけが出てきて、小技も効いているようで
す。ただ、全体として地味というか、思わず同じところを読み返してしまう
ようなメリハリ、派手さはないようにも思えます。

■住野よる 『君の膵臓をたべたい』(双葉社、2015年6月)

10代後半を中心とする男女に支持され、300万部のベストセラーとなり、映
画やアニメにもなった「長編高校生小説」といったところでしょうか。

膵臓の病気を患って余命わずかな女子高生と、病院ロビーで偶然言葉を交わ
し始めた同じクラスの「ぼく」の物語。病患の臓器を第三者が食べると治る、
という俗説からつけたというタイトルはともかく、いまどきの10代後半の若
い方々の会話、発想、こだわりなどを軽快なタッチで描いています。当初つ
いて行けるか(理解不能で投げ出さないか)心配でしたが、最後まで読み通
せたのは、作者の丁寧かつ自由奔放な筆力によるところが大きかったようです。

ネットで調べると、作者はいま30代前半の男性で大阪在住。本書(キミスイ、
と略すそうです)の中ほどで新幹線に乗って2人が福岡の太宰府天満宮らしき
ところに行く場面があり、記述から推測すると、山陽路の大きな街の外れにあ
る高校を主な舞台にしているようにも思われますが、具体的な例示はどこにも
ありません。全部がフィクションである、ということを示すことかもしれませ
ん。

≪11月2日≫

■マイケル・サンデル/小林正弥ほか訳 『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業
(上)』(早川書房、2010年10月)

 米国ハーバード大学のサンデル教授による「ディベート授業」を再現した講義録風の
読み物。いっとき人気を集めたシリーズ講義のやりとりを改めて収録したもので、上巻
は米国流の、何でも貨幣価値に換算する自由偏重の功利主義的な「市場原理主義」と、
ドイツ観念論とくにカントの「純粋理性批判」を並置して受講者を挑発し、議論に巻き
込む、それなりに迫力のある講義録になっているようです。

■三崎亜記 『廃墟建築士』(集英社、2009年1月)

 平穏にみえるのに市役所広報の「戦死者数」だけが増え続ける『となり町戦争』や、
太平洋上に発生した戦後最大級の鼓笛隊が関東地方に上陸し、悪夢のような行進曲を演
奏して縦断していく、という『鼓笛隊の襲来』など、不思議な作風のSFまたは幻想風
の小説を発表している作者の中編4本を収録した作品集です。

 廃墟を建設するという、これも不思議な仕事について語る表題作はいささか難解なが
ら、図書館の本が夜、館内を回遊するという「図書館」、建物の7階を街から失くそう
という運動と、7階を守るためのレジスタンスを対比する「七階闘争」など、中編の長
さを持ったフィクションだけあって、書き込みも丁寧です。たまにこの作家の作品を読
むと、新鮮に思えて楽しめます。
≪10月17日≫
■高田明/増田正造監修 『高田明と読む世阿弥』(日経BP社、2018年3月)

 通信販売で急成長した「ジャパネットたかた」の創業者による人生指南本といったと
ころ。主題に据えたのが、室町初期に活躍した能楽の世阿弥という点が風変わりです。
遅咲きで通信販売業に乗り出し、自らテレビの通販コーナーでMC(司会進行役)を務
め、甲高い声で電気製品などを宣伝していた創業者が、いつからか「自分の考えに似て
いる」と世阿弥関連本をあさり、能楽研究家にも教わって1冊にまとめた、という体裁
です。

 分かりやすい説明が続くものの、世阿弥に学ぶという奥深いところはなかなかに抽象
的です。世阿弥の言葉「初心忘るべからず」は、スタート時点の志を思い出せというよ
り、最初の頃の未熟さを忘れるなという意味だとか、他人と自分を比べるな、比べるの
は昨日の自分だとか、序破急のたとえとか、含蓄のある話が続きます。

■檀太郎編 『作家が旅したあの町この町』(TBSブリタニカ、1998年10月)

 古本屋でみつけた1冊。作家檀一雄の長男で、今は亡父の旧宅(福岡市・能古島)に
住むというエッセイストが編んだ、作家13人の「街歩きエッセイ」集です。JR西日本
が企画したらしく、13人が歩いた街は京都が4編、大阪、奈良、神戸が3編ずつ。軽く
楽しく読み終えました。

 司馬遼太郎さんの「京への七口合戦譚」は、丹波口、鞍馬口など盆地への出入り口七
つについて相当な史料を解読しながらそれぞれの由来を語り明かした、さすがの歴史エ
ッセイ。瀬戸内晴美(寂聴)さんの「二月堂お水取り」は、奈良東大寺のあの早春の行
事についてこちらも来歴を細かく押さえたうえでの好随筆。遠藤周作さんの「劣等生、
母校に帰る」は、神戸の灘高(当時灘中)に通っていた頃の様子をあっけらかんと振り
返ったお笑いエッセイ。遠藤さんは「お前はほんまにこの学校のクズやなあ」と言われ
ていたとのことでした。

■椎名誠 『ノミのジャンプと銀河系』(新潮選書、2017年6月)

 今年77歳になる椎名さんが文芸誌『小説新潮』に連載した自然と科学にまつわるエ
ッセイ11話。世界各地の辺境で体験した冒険話と、愛読する科学ノンフィクションをベ
ースに、それぞれ多種多彩でリアルな話をいつもの調子でまとめています。

 馬を乗り回す難しさと楽しさ、地球上に生息する動物の速さ比べ、海中にとことん潜
っていく怖さと面白さ、体長の150倍は跳ぶというノミのジャンプ力、目で見るような
太陽系惑星・衛星のリポート、世界各地の極端な寒さ・暑さ、未知の生物がうごめく奥
アマゾン、など。むかし「昭和軽薄体」と呼ばれた、ユニークな文体の調子は色あせず
、楽しく読了できました。

 初出は2016〜2017年の連載で、地球環境や気候もテーマに掲げているのに、温暖化の
「オ」の字もない(意識して避けているように見受けました)のも、さすがというか、
共感できた次第です。 

≪10月2日≫
■池井戸潤 『ノーサイド・ゲーム』(ダイヤモンド社、2019年6月)

 池井戸さんの企業スポーツ小説では、社会人野球を扱った『ルーズベルト・
ゲーム』が面白く、こちらはその社会人ラグビー版。勧善懲悪風の筋立ても、
敵味方の登場人物も似通っており、曲折の末ハッピーエンドという予想通りの
展開は安心できるというか、二番煎じというか。  私もラグビーを観るのは好きで、以前はよく東大阪市の花園ラグビー場に出
掛けていました。しかし今どき、サッカーは庶民のスポーツ、ラグビーは貴族
のスポーツだなどと本気で思っている人はいるのか、作中で語られる例えは解
せないままでした。 ■丸谷才一 『闊歩する漱石』(講談社、2000年7月)  エッセイの名手、故丸谷さんが20年ほど前に上梓した夏目漱石論3編。それ
ぞれ漱石初期の『坊ちゃん』『三四郎』『吾輩は猫である』を対象にしており、
ご存じのとおり『坊っちゃん』と『猫』はユーモア小説、『三四郎』は青春モ
ノということで楽しく軽々と3作の面白さと時代的な背景について語っていま
す。  いずれも古今東西の文物に通じていた漱石の作家としての幅の広さを主に19、
20世紀の英国の文芸を参照しながら論じています。「三四郎」は上京して何度
も西に見える富士山を目にしていながら、作中では直接「富士山を見た」とは
書かれていない。なぜか、なんてまるで推理小説です。私は「三四郎」以降の
『それから』『こころ』『明暗』辺りは暗くて好きではないので、初期の3作
に限定した評論に得心しました。 ■湊かなえ 『告白』(双葉社、2008年8月)  250万部のロングセラーになっている長編推理小説というか、サスペンス小説
というか。中学校を舞台に、女性教師の一人娘がプールに落ちて水死し、それに
絡む男子中学生2人の行動や独白や周囲の模様が連作風に語られていきます。  湊さんは家族とともに淡路島に住みながら、この『告白』から多数の推理モノ
を発表する人気作家になった由。デビュー当時の宮部みゆきさんと似た足取りで
進んでおられるのか、私はこれが湊作品の1冊目なので何ともいえませんが、「
イヤミス」(読んでイヤになる後味の悪いミステリー)の典型という評価もあり、
ムキになって追いかける作家とも思いにくいようです。 ■東海林さだお 『そうだ、ローカル線、ソースカツ丼』(文芸春秋、2008年
5月)  『オール読物』連載の「男の分別学」シリーズをまとめた1冊。東海林さんの
エッセイ集では「丸かじり」シリーズと双璧で、「丸かじり」が食べ物、メシの
話に限定されているのに対し、「男の分別学」は食べ物だけでなく、旅行やスポ
ーツや流行や日常雑事など、カバーする範囲が広い。今年84歳になる東海林さん
の引き出しの多さ、発想の奔放さ、鋭い観察と意表をつく表現が味わえて、いつ
読んでも新鮮です。  今回の1冊もどこを取っても楽しく、特に岩波書店の「広辞苑」をイジり、お
ちょくり、お笑いに仕立てる連続の3編は、とにかく芸達者で、感心しました。
軽く力まずに書いているようにみえて、これほどに面白く奥行きのあるエッセイ
を書く漫画家はいたかどうか。「そうだ、京都、定食屋!」も面白く読めました。
≪9月17日≫
■山田風太郎 『人間臨終図巻 1』(徳間書店、1996年10月)

 1986年発刊の希代の名著です。今回ブックオフで見つけた96年発行の四
六版は「復刻版」で、最初の版もむかし読んでいます。とはいえ、55歳まで
に死んだ古今東西500人弱の有名人の死にざまを淡々と描いているのを初読
のような、新鮮な心持ちで読み通しました(2は享年56歳以上の500人弱)。  伝記やら追悼文などの資料があれば、文章書きに慣れていれば書けるよう
な気もしますが、そうではないはず。医者にはならなかったものの、医科大
卒業という経歴と、徹底的に対象を突き放して見る山田風太郎の力量全開の
歴史ルポルタージュだと思います。徳間文庫からも出ていますから、今さらな
がらのお薦め本です。 ■内館牧子 『すぐ死ぬんだから』(講談社、2018年8月)  定年退職後の元銀行マンを描いたフィクション『終わった人』の続編のよう
なテレビドラマ風長編小説。こちらは78歳のおしゃれな老婦人が主人公で、
東京の下町で40年以上、共に酒屋を営んできた同年代の夫を亡くした後の元
気な様子を明るく軽快に描いていきます。  中ほどで出てくる夫の「秘密」に向き合うあたりから話は込み入ってきます。
同時に、「八つ裂きにしてやる」とか「救いようのないバカ」とか、威勢のい
い、本音だらけの啖呵の連続が面白く、セリフ中心のストーリー展開というこ
とで、やはりテレビドラマ風でした。

≪9月3日≫

■豊泉周治 『幸福のための社会学 日本とデンマークの間』(はるか書房、
2021年7月)  北陸と関東の国立大学で社会学、社会哲学の研究・教育生活を貫いた学究
が、退官を機にここ数年の間に発表した論文を再編集した、明快で興味深い
論考集です。  書名にあるように「世界一幸福な国」と評されているデンマーク社会を一
方のテーマに据え、21世紀に入って以降、毎年のようにこの北欧の小国を訪
ねてはさまざまな階層の人々と語り合い、多数の文献を渉猟し、その知見・
体験をもとに現代日本社会の内実を逆照射していく、という志向で一貫して
います。  全編が理詰めとはいえ、きっちり読めば難解・晦渋でもなく、一般常識が
あれば呑み込める論旨になっています。実は著者は私のワンゲルの同期生。
しかし、そうでなくても、硬派志向で、手応えを求める本好きには十分にお
勧めできる1冊です。 ■中西進 『中西進と歩く 万葉の大和路』(ウェッジ、2001年10月)  元号「令和」を考案したと報道され、ご本人は「元号は一人の俗人ではな
く、天の声が選んだもの」とやんわり否定した万葉学者が、20年ほど前なが
ら、奈良県内の斑鳩、明日香、奈良(旧平城京)をのんびりと散策して雑誌
に連載した紀行文集です。  奈良に住民票をおいて30年近くになり、中西先生がガイドする史跡や風物
はほぼ全部を私も知っています。それでいて、平明で飾りも気取りもない、
ときどきユーモアを交えた案内はすこぶる面白く、新鮮でした。さすが碩学、
といったところでしょうか。ヨイヨイになる前に、いま一度県内各地を再訪、
再々訪したいものだと得心しました。
≪8月16日≫
■小野不由美 『残穢(ざんえ)』(新潮社、2012年7月)

 雰囲気たっぷりのルポルタージュ風長編恐怖小説です。新旧の住民が入り交じる
東京郊外の住宅地内のマンションで、首を吊っている女のお化けが出ます。やがて
その怪異現象が徐々に姿を変えて広まり、作者の小野さん自身や関係者が情報交換
しながら起源を探り、連鎖する現象は時代をさかのぼって明治期の九州にたどり着
きます。  小野さんは新本格派推理の旗手とも呼ばれた綾辻行人さんと学生結婚し、今も京
都西郊にお住まいのようですが、東奔西走して怪異現象を探索した記述のどこまで
が本当でどこからが創作なのか。本当の話がメインならえらく奥の深い怪談ですし、
創作の比重が高ければなかなかに巧みなストーリーテラーです。  恐怖物語にありがちな、感覚に訴えるしめっぽい描写というより、人間関係を下
地にした怪異現象の連続を理詰めで説明するタッチで、文体は乾いています。しか
し、この山本周五郎賞受賞作に対する書評にはこんなのがありました。「この本が
そばにあるだけで怖い」――。確かに、読後じわじわと鳥肌が立ってくるような気
はしました。 ■小野不由美 『営繕かるかや怪異譚』(角川書店、2014年12月)  という次第で、『十二国記』で知られる小野さんの連作短編恐怖小説集にも手を
出しました。舞台は、作者の生まれ故郷、大分県中津市をモデルにしたと思われる、
海に面した旧城下町。私はむしろ、読みながらかつて何回も行った山口県萩市を思
い浮かべました(萩にはもう天守を持つお城はありませんが)。  この短編集の計6編はその旧城下町の古い民家に移り住んだ、別々の家族が目の
当たりにする「怖い異形の何か」について語り継いでいきます。家屋に憑いた、恐
ろしげな何かを、営繕屋という稼業の青年が毎回出てきて対策を講じ、騒ぎを鎮め
ます。やさしげで、雰囲気のあるシリーズです。 ■平山夢明 『独白するユニバーサル横メルカトル 平山夢明短編集』(光文社、
2006年8月)  こちらは今風のホラー、オカルト系の短編計6本。気になる1冊で前から持って
いましたが、読んだのは、小野不由美さんの『残穢』の中に、平山さんが「怪談の
収集家」として実名で出てきたからです。  とはいえ、日本推理作家協会短編賞を受賞した表題作の「独白するユニバーサル
」云々は国土地理院監修の地図がしゃべる話ですし、他はいつの時代のどこの話か
も分からない、グロい描写が連続する、気持ちの悪い短編ばかり。それでいて表現
は多彩で工夫があり、書きぶりも手慣れて、お遊びの気配はないようです。  不思議な世界を創出していることは分かるものの、還暦過ぎの昔気質の読み手に
は字面を追うのがやっとでした。
≪8月2日≫

■池澤夏樹 『アマバルの自然誌 沖縄の田舎で暮らす』(光文社、2004年6月)

 創作、翻訳、紀行などで知られる作者は1998年暮れから2004年夏まで沖縄・知
念村の新築の戸建てに居住。その間、目の前の太平洋、裏の畑や林、さらに自宅内
外で多数の鳥や虫、爬虫類、猫、サンゴなどに出会います。それらを月刊誌『BR
IO』(休刊)に、自ら撮った写真を添えて連載でリポートした自然観察記です。  元は理科系の文学者。ムダのない具体的なタッチで、面白く読めます。サシバや
イソヒヨドリの観察、ハブとアカマタの違い、サンゴが劣化している本当の原因な
ど。但し、那覇から転じた知念村で5年半、その後「事情あってフランスに移り住
むことになった」とさらりと触れてそれ以上説明しないところがいつものように気
取っており、わずかながら鼻につきます。 ■井上夢人 『ラバー・ソウル』(講談社、2012年6月)  元岡嶋二人の片割れ、ソロで再スタートしてもう30年近くになる井上さんの長編
推理。四六判で570頁もあり、時間を取られましたが、供述調書および日記のよう
な複数の署名の手記を並べていく、緊迫感のある叙述の果てに大きなどんでん返し
が待ち受け、楽しめました。  若い女性タレントにひとめぼれした「深海魚のような(途中からは、化け物のよ
うな)」顔の主人公によるストーカーさながらの行動が執拗に描かれていき、サス
ペンス風に行方が見えにくくなっていきます。  タイトルは、スタジオ録音に専念し始めたビートルズ中期のアルバムそのままで、
章立ても「ドライブマイカー」から始まる16曲(ボーナストラック含む)の収録順。
とはいえ、当初は曲名とストーリーの関連が気になったものの、やがて双方はうま
く絡んでいない、あるいは関連があるようにみえてもコジツケ気味であることがみ
えてきて、拍子抜けでした。 ■佐々木譲 『警察庁から来た男』(角川春樹事務所、2006年12月)  著者お得意の、北海道警察本部を舞台にした長編警察小説。道警の不祥事を探りに
きた警察庁のエリート監察官と、道警本部からはみ出したノンキャリの刑事らが、連
続する不可解な事件のナゾ解明に入り込んでいきます。  作者書き慣れた世界だけあって、テンポよく、面白く話は進んでいきます。ぜいた
くをいえば、道警のたたき上げで、不祥事を暴く側に回るノンキャリ刑事らが妙に明
るく、つまりシブめに描かれておらず、残念といえば残念。一方の警察庁監察官も、
今野敏さんの「隠蔽捜査」シリーズの主人公(警察庁警視長)のような個性が今ひと
つ窺えず、もの足りなく思えました。

≪7月17日≫

■手島龍一 『ライオンと蜘蛛の巣』(幻冬舎、2006年11月)

元NHK記者による「ニュースの裏側」又は「欧米の要人の素顔」みたいなエッセイ
が計29編。2001年の米国同時多発テロの折、ワシントンからほとんど出ずっぱり
で中継リポートしていた支局長と言った方がいいかもしれません。 旧西ドイツの暫定首都ボンとワシントン支局、およびハーバード大学のフェローと
しての招聘など、国際派ジャーナリストとして有名でしたが、この方はテレビのス
タジオからくぐもった声でニュース解説するより、記事・文章を書く方が向いてい
るのでは、と思わせるほど、このエッセイ集は面白く読めます。 とはいえ、書名は「クモの糸でも皆で紡げばライオンも捕らえられる」という格言
から取ったとのこと。そんな、初見の読者には分からせないままでケムに巻く、キ
ザの一歩手前、見栄っ張りの半歩手前のスタンスを続けており、そのあたり苦手な
人には鼻持ちならない筆致かもしれません。 ■浅田次郎 『神坐(かみいま)す山の物語』(双葉社、2014年10月) いろんなジャンルの長短の物語を上梓している作者が、東京・奥多摩の御嶽山を舞
台にした連作短編が7本。標高1000メートル足らずの御嶽山はケーブルカーが上下
し、山頂には神社があり、作者は戦前から戦後にかけての時間帯のなかで、自然と
神々と人間と幽霊があやなす恐怖譚めいた不思議なお話を次々に作っていきます。 御嶽山には私もむかし2回登ったことがありますが、ワンゲル経由の山好きが目指
す山ともいえず、今ではどんな山だったのかほとんど憶えていません。しかし、山
頂の神社に集う神主一族が織りなし、巻き込まれる超自然のさまざまな逸話の創作
はさすがにうまい。大傑作とは言えないまでも、地味め、シブめの連作で、面白く
読めました。
≪7月2日≫

■須田桃子 『捏造の科学者 STAP細胞事件』(文芸春秋、2014年12月)

割烹着姿で実験する生命科学研究者、小保方(おぼかた)晴子さんが2014年1月、作
成に成功したと発表した「STAP細胞」事件の初報から、小保方さんを指導したはず
の理化学研究所再生科学総合研究センター副センター長の自死までを追ったドキュメン
タリー風の長編書き下ろし。

著者は全国紙科学環境部の記者で、STAP細胞の最初の発表と並行して非公式なネ
タ元への取材も進め、感嘆から懐疑へと取材スタンスを徐々に変えていきます。その物
語風の展開が理路整然としており、今では誰も話題にしない「夢の再生細胞(STAP
)」をめぐる実験記録の捏造・改竄を明らかにしていきます。

■小和田哲男監修 『マンガ 応仁の乱』(宝島社、2017年8月)

読んで字のごとく、室町中期の1467年に始まり、11年にわたって京都を戦場とした「
応仁の乱」のマンガによる解説本。後継ぎ問題が東西対決の発端となった足利義政から
日野富子、さらに畠山、山名、細川、伊勢、大内、土岐、朝倉など有力武将それぞれを
テーマにした計12の短いマンガを並べて、あのメリハリに欠ける、だらだらと続いたら
しい応仁の乱の起承転結をリポートしています。

戦国時代ほかに詳しい静岡大の小和田先生が監修、とあるので妙なところ少なく、史
料に忠実なようにみえますが、やはりあの起伏に乏しく映る大乱に改めての興味を引き
起こすほどの展開にはなっていないように見受けます。

■爆笑問題 『日本文学者変態論』(幻冬舎、2009年3月)

東京漫才の「爆笑問題」の2人が、夏目漱石から三島由紀夫までの24人を取り上げ、
雑誌「ダ・ビンチ」に連載した作家論。雑誌連載時は知らなかったので、どんな手順で
この漫才(対話)スタイルの各回がまとめられたのか分からず(実際の漫才の掛け合い
をテープ起こししたとも思えませんが)、急ぎ足で通読しました。

 名だたる文学者をダシにしてボケまくる太田光の仕掛けの速さは特筆もので、それに
対する田中裕二の突っ込みがワンパターンなのはともかく、2人ともよく仕込んだうえ
での編集になっているようにみえます。ただし、自慢ではなく、初めて聞く話がほとん
どなく、活字で読むボケとツッコミは妙につくりものめいた気配も感じさせます。
≪6月17日≫

■佐藤愛子 『九十歳。何がめでたい』(小学館、2016年8月)

大正12(1923)年生まれの著者が2015年〜16年、つまり92〜93歳の折、週刊
誌『女性セブン』に隔週で連載したエッセイを編んだ1冊。ヤケクソ風に自ら付
けたという書名の効果もあり、単行本もよく売れたとのことです。 世の中にいつも怒っているという著者がテレビ等で見聞したこと、半径わずかな
生活圏で体験したこと、および昔話をうまくこきまぜて毎回6頁ほどのエッセイ
に集約。作品多数の小説家・エッセイストですから、90歳を過ぎたとは思えない、
きびきびした啖呵まじりの軽快・闊達な文章が続きます。 ドロボウに入られた話、電気器具修理の出張費の話などが面白く、筆運びに「ブ
レ」を感じさせないのはさすが。著者はお変わりなければいま98歳。白寿記念の
続編も読みたいほどです。 ■佐々木譲 『制服捜査』(新潮社、2006年3月) 北海道は十勝平野の架空の町を舞台にした連作短編小説が5本。主人公・川久保
は、札幌に妻子を残し、志茂別町に単身で赴任した巡査部長。制服の駐在所長と
いう立場のため、5つの事件に直面するものの、捜査するのは所轄署や道警で、
自らは現場保存や現場そばの交通整理以外、タッチしないことになっています。
しかし、川久保巡査部長はつい動いてしまう。 作者には、出身地の北海道や道警を舞台にした長短編が多数あり、その描写のう
まさ、ストーリテリングのシブさは本作でも維持されています。5つの連作はど
こかでみなつながっており、広大かつ茫漠とした十勝平野の情景が目にみえるよ
うです(行ったことはありませんが)。

≪6月2日≫
■北方謙三 『杖下に死す』(文春文庫、2006年9月)

江戸後期の天保8年(1837年)、大坂で起きた「大塩平八郎の乱」を素材にし
た時代小説。北方さんらしい、きびきびした活劇風、虚実ないまぜの長編で、テ
ンポよく、大坂の街の描写もうまく、面白く読めます。 長引く飢饉で米不足が深刻化するなか、豪商による米の買い占め、それに対する
幕府や大坂東西の奉行所の無策に元奉行所与力の陽明学者、大塩平八郎が憤激。
私塾の門弟らを率いて蜂起し、しかしすぐに鎮圧され、姿を隠した平八郎父子は
自裁して果てます。天満一帯が火事になったものの、死傷者は少なく、事件は尾
を引くことなく終わります。 小説のストーリーは、江戸から来た光武利之なる架空の剣豪が、平八郎の養子と
親しくなり、自らも大坂の裏舞台でうごめく幕閣内部の権力争いに肉薄していく、
という動きに事件を絡める展開。民を救う、という正義のために立ち上がったと
いうより、ときの老中水野忠邦の不正を追及する、という蜂起側のもう一つの動
機が示され、興味を引かれました。 ■藤原智美 『ネットで「つながる」ことの耐えられない軽さ』(文芸春秋、20
14年1月) 公共の場で過剰に自己主張する「凶暴な高齢者」をテーマにした時事評論『暴走
老人』(2009年)の作家兼エッセイストによる、ことばをめぐる長編評論。大昔
からの「話しことば→書きことば→ネットことば」と連なる「ことばの歴史」を
概観し、書きことばを擁護する立場から、ネットことばの不毛、安直さを警戒し、
批判し、書きことばの復権を主張していきます。 多少古い本ですが、コメントでも触れたように、触発されるところ多く、興味深く
読み終えました。もう少し分かりやすく書いてもらいたい、とは思いますが、それ
ができれば苦労しない、という著者の声も聞こえてきそうで、ここはやむをえない
と諦めることにしました。

≪5月17日≫
■澤田瞳子 『若冲(じゃくちゅう)』(2015年4月、文芸春秋)

江戸中期の京都で活躍した画家、伊藤若冲を主人公にした連作短編が計8編。
錦高倉あたりにあった青果卸商の長男に生まれながら、業のように画筆を放さ
ず、早々と隠居して多数の奇抜で華麗な作品を残した若冲の素顔、行状、作画
の様子などをいくつもの角度から虚実ないまぜで描いています。 若冲は10年ほど前、作品群に脚光が集まってブームになりました。作者は京都
在住の作家・澤田ふじ子さんの娘さんで、母子ともに時代小説作家として一家
をなしておられるようです。この連作集も、江戸期の京都の情景を思い起こさ
せるに十分な描写が続きます。池大雅、円山応挙、谷文晁など、若冲とかかわ
りのあった同時代の芸術家の様子も生き生きと描かれています。 ■今村昌弘 『屍人荘の殺人』(2017年10月、東京創元社) 第27回鮎川哲也賞、第18回本格ミステリー大賞、さらに「このミステリーが
すごい」「週刊文春ミステリーベスト10」「本格ミステリーベスト10」それ
ぞれでも軒並み1位を獲得するなど、無敗の三冠馬ディープインパクトみたい
な、2018年にすごい人気を集めた長編本格推理小説です。遅ればせながら、
ようやく読了しました。 鮎川哲也賞の選評で北村薫さんが「傑作」と認めつつ「野球の試合を観に行っ
たら、途中でいきなり闘牛が始まった」と感嘆するように、本格推理と奇想譚
が一体になったユニークな作品です。 大学の映画研究会の面々らが、山中にある資産家の豪壮な別荘に泊まり込んで
撮影合宿をスタートさせます。物語の出だしは「別荘に閉じ込められた、クセ
のある人物群像の中で起きる、よくある連続殺人モノ」を予感させますが、単
行本では92頁から展開も情景も筋立てもガラリと変わり、アッと驚きます。 しかも、その奇抜な展開がおしまいのナゾ解きでは、本格推理らしいタッチで
抜かりなく説明されます。わずかにグロな場面もありますが、とんでもないミ
ステリーであることは確かなようです。

≪5月2日≫
■葉室 麟 『銀漢の賦』(2010年2月、文春文庫)

作家デビュー2年後の長編武家小説で、硬質な文体、かっちりした構成はこの頃か
ら維持されていたように思われます。 舞台は北部九州とみられる、海に面した架空の「月ケ瀬藩」。剣術の道場にともに
通った幼馴染みが中途で仲違いし、出世して藩の家老に上り詰めた一方が、剣術の
腕だけが確かなもう一方に再会し、藩のお家騒動に自ら巻き込まれていきます。 この種の筋立ては、藤沢周平さんほか時代小説に多くみられるパターンで、時代モ
ノ特有の文体、武士同士の会話、城下の情景、領民の様子などの全体が先行作家の
模範的な作品をいい意味でなぞっています。筆致は安定し、読み手は安心して読み
進むことができます。第14回松本清張賞受賞。 ■高橋秀実 『ご先祖様はどちら様』(2011年4月、新潮社) 「ヒデミネ」と読む、個性的なノンフィクション作家(元ボクサー)が雑誌に連載
した長編ルーツ探訪記を編んだ1冊。肩に力の入らない脱力系の書きぶりが面白く、
楽しく読み通せました。第10回小林秀雄賞受賞。 探訪記はまず、高橋さん自身の先祖をさかのぼっていく出自探しから始まります。
父方、母方のルーツ探しは江戸時代まで戻れるものの、その先は茫漠としており、
百姓だったか、あるいは「源平藤橘」の習わし通りに「清和源氏」まで行き着くの
か、作者は右往左往します。雑誌連載中と断わっての取材だったため、先々では多
数の協力があり、それを吸収しながらの展開なので、戸籍の辿り方など新鮮な知見
も得られます。 作者のノンフィクションでは『からくり民主主義』『トラウマの国 ニッポン』『
素晴らしきラジオ体操』などが記憶に残っており、対象を斜めから眺めて突き放す
半面、筆致がマイルドなため、口当たりが良く、好感が持てます。 ■岩木一麻 『がん消滅の罠 完全寛解の謎』(2017年1月、宝島社) 第15回「このミステリーがすごい!」大賞受賞の医学ミステリー。40万部超えの
ベストセラーで、テレビドラマにもなった由。末期がんの患者が余命半年の診断を
受けて生前保険金(リビングニーズ特約)を受け取った後、がんが一気に完全消滅
してしまう、それも4件立て続けで、というナゾの設定が魅力的で、かつそのナゾ
解きもそれなりに筋が通っているように思えます。 作者は医師ではなく、国立がん研究センター等の研究職を務めたあと、医療系の出
版社に勤務、と奥付にあります。しかし、各種書評をみていると、がんの完全消滅
は医学的にも無理筋のトリックではなく、荒唐無稽なストーリーではないとのこと。
医師、研究者、大手生保管理職ら同窓(東大がモデル)のグループ内での会話が説
明過多なうえ、展開面では起伏に乏しく、通読に時間がかかりましたが、読ませる
ことは読ませます。
≪4月17日≫

■山川健一 『ローリングストーンズ伝説の目撃者たち』(幻冬舎、2006年3月)

洋楽業界では有名だという作家、音楽&車評論家、ボーカリストによる英国のロッ
クグループ「ローリング・ストーンズ」についての長編評論。以前当欄で書いたよ
うに、私も10代半ばの頃から同時進行で見聞きしてきたビートルズとストーンズを
比べるとストーンズの方が好きで、今も現役のストーンズの主だったアルバムはほ
ぼ全部を車のSDに入れて飽かずに聞いています。

という次第で、私らと同世代の著者がどのようにストーンズを解釈しているのか楽
しみながら通読。ミック・ジャガーやキース・リチャーズほか当事者らに複数回イ
ンタビューしているだけあって、出てくるエピソードは面白く、初めて聞いたのも
少なくはなかったようです。但し、最初の方に出てくる「世界最低の男たちによる
世界最高のバンド」という、大袈裟な形容にふさわしい中身になっているかどうか
は何とも。ブライアン・ジョーンズの事故死の真相にも迫れておらず、インパクト
不足だったようにも思えます。

■浅田次郎 『獅子吼』(文芸春秋、2016年1月)

文春の『オール読物』等に発表した円熟の短編小説が6編。敗戦直前の東北の小さ
な動物園に棲むライオンを主人公にした表題作など、異色のテーマ、凝った展開、
多彩な表現でどれも読ませます。

「帰り道」は中卒集団就職の時代のスキーバスの情景、「九泉閣へようこそ」は廃
館間近の大型旅館で起きた死体遺棄事件、「うきよご」は入試中止の翌年、東大を
受験しようとする若者とその姉の交情、「流離人」は旧満州をさすらう関東軍士官
の話、おしまいの「ブルーブルースカイ」はラスベガスそばの雑貨店で起きた強盗
未遂事件。いずれも一つしくじれば目も当てられない微妙な境目で創作を試みてお
り、いずれも辛うじて失敗作に陥る手前で踏みとどまっているように思えます。

■東海林さだお 『バナナの丸かじり』(文春文庫、2021年4月)

『週刊朝日』連載の「あれも食いたいこれも食いたい」シリーズの41冊目。例によ
って、食べ物をめぐる、練達の芸ともいうべき文章術のエッセイが36本。どれを読
んでもうまくて面白く、味があって楽しく、依然快調に推移です。

文庫版をみると、2016年6月〜2017年3月に初出掲載とありますから、計算する
と、東海林さん79歳から80歳の折の執筆(今は84歳)。高齢でカクシャクと活躍
している方は多く、羨ましく、かつ尊敬しますが、東海林さんのエッセイはまるで
トシを感じさせず、不気味なほどです。

「桃はお姫様」の色っぽさ、「問題あるぞ恵方巻」の批判精神、「悲運!油揚げ」
のひねった構成、「ン? チョコ焼きそば?」のストレート。どこをとっても脱帽
です。

≪4月2日≫

■葉室麟 『実朝の首』(角川文庫、2010年5月)

鎌倉幕府3代将軍の源実朝は1219年正月、鶴岡八幡宮の境内で甥の公暁
(くぎょう
)に暗殺されます。血で血を洗う抗争は源氏一門について回り、しかも鎌倉幕府は
執権の北条が実権を握るため、4代以降は宮将軍を迎えるというスタイル。といっ
たところは教科書で教わりましたが、古代から中世へのこの辺りは流れが呑み込み
にくく、しかも全体として陰惨、陰鬱です。

葉室さんのデビュー作ともいえるこの長編歴史小説は、暗殺された実朝の生首が持
ち去られ、和田一族が隠し、そこに後鳥羽上皇が出てきて承久の変が起こり、とい
う流れを硬質な文体で再現しています。頼朝の正室で2代将軍頼家、そして実朝の
母北条政子の姿も活写されていて新鮮です。

■有栖川有栖 『長い廊下がある家』(光文社、2010年11月)

犯罪心理学者、火村英生をもっぱらの探偵役に据えた謎解き中編ミステリーが計4編。表題作が最も長く、込み入っており、他の3編ともども円熟というか熟達というか、うまい仕上がりになっているように思います。

大阪在住の有栖川さんは関西にこだわりがあり、表題作が京都・綾部、次が生駒山西麓、次が姫路、次が京都市内と舞台を移しており、ローカルな風景描写も具体的です。有栖川さんも、同時期デビューの綾辻行人さんもすでに還暦。新本格派は登場のころからおおむねフォローしていますが、それももう40年近くになります。早いものです。

≪3月17日≫

■原田実 『ウルトラマン幻想譜 M78星雲の原点を探る』(風塵社、1998年9月)

TBS系で1966年1月にスタートしたテレビドラマ『ウルトラQ』(28話)と、後を継いだ『ウルトラマン』(39話)を観て育った昭和30年前後生まれを「ウルトラマン世代」と呼ぶそうです。著者は1961年生まれ。当時5〜6歳なので後から仕込んだ部分が多いと思われますが、とにかくも微に入り細をうがった1年半に及ぶ両シリーズをめぐる興味深いウンチク本になっています。

私も当時、とくに『ウルトラQ』は欠かさず観ていたように思いますが、第4話の「巨大植物ジュラン」は都心に出現したからこそ意味があったとか、第3話の巨大ナメクジ「ナメゴン」は火星から来た怪獣だったとか、かすかに覚えている『ウルトラQ』の制作者側の意図と仕掛けを、当時の推理小説や和洋の映画など多数を参照しながら、思い切り「深読み」しています。なかなかの能筆です。

■カツヤマケイコ 『京都タワーで朝風呂を 千年の都は発見がいっぱい!』(双葉社、2009年9月)

京都生まれのイラストレイターによる、雑誌連載の京都マンガリポート。タイトルは京都駅前、京都タワービル地下の公衆浴場のことで、他にも珍しい名所案内や祇園祭のこと、京阪神の比較などを軽いタッチで描いています。つまらなくはないものの、知らなかった「発見」はあまりなく、あえて言えば、自意識過剰の京都人の様子がよくみえてきます。

京都ローカルのFM局「アルファ・ステーション」を運転中の車で聴いていると、音楽の合間の告知や宣伝、おしゃべりで「京都」が1分間に10回ほど出てきて実にうるさい。フジテレビ等の「東京、東京」の連呼も鼻につきますが、このマンガエッセイにも似たような騒々しさが窺えます。京都リポートだからやむなし、といえばやむなしですが。

≪3月2日≫

■池波正太郎 『真田太平記12 雲の峰』(1988年2月、新潮文庫)

やっと文庫版の最終巻に辿り着きました。大坂夏の陣の後、関東に残った真田信之(幸村の兄)は沼田から上田に本拠を移すも、関ケ原合戦前に真田勢の妨害を受けた二代将軍秀忠は、上田の真田家をつぶそうと画策します。草の者(忍び)の活躍を交えてこれを乗り越えた信之は松代への転封後、94歳まで生き、さらに真田家は明治まで生き延びます。

昨年6月に読み始めたシリーズは、足掛け10カ月もかけてようやく読了。各巻500頁ほどの厚めの文庫で12冊、ざっと6000頁もあったとはいえ、時間がかかり過ぎでした。

■池波正太郎ほか 『真田太平記読本』(2016年1月、新潮文庫)

という次第で、読み終えた『真田太平記』にまつわる池波さん自身の随筆や、編集者らによるエピソード、太平記に登場する人物紹介などを編んだ1冊。拾い読み風にそこそこ楽しく目を通しました。風間完さんの挿絵は雰囲気があって結構な味です。

吉川英治の『宮本武蔵』、山岡荘八の『徳川家康』、さらに司馬遼太郎の『竜馬がゆく』『坂の上の雲』あたりの大長編歴史小説の中にあって『真田太平記』はどんな位置を占めるのか。いずれもロングセラーで、それぞれその作家にしか書けない作品のはず。優劣なり、好き嫌いなりを述べ立てても詮ないこととは思いますが、それぞれの累計発行部数あたりは知りたいものです。

≪2月17日≫

■乙一 『ZOO』(2003年6月、集英社刊)

発刊当時に読んだ計10本の短編集の再読。どこからこんな発想が、と思わせる奇妙な作風のオツ・イチもすでに40歳を過ぎたはず。処刑の部屋が7つ並んだ「セブンルームズ」、双子の妹が姉をいじめ、2人が入れ替わる「カザリとヨーコ」など、なぜこんな不思議な話を書くに至ったのかも分からず、それでいて印象に残ります。

読本の時間があまりなかったので、再読という搦め手で書いていますが、それでも印象はすぐによみがえります。16歳でのデビュー作『夏と花火と私の死体』が鮮烈だったので、この『ZOO』もすぐに思い出せました。

■吉村萬壱 『ハリガネムシ』(2006年8月、文春文庫)

同じようにこちらも再読。文学界新人賞受賞の『クチュクチュバーン』で呆気にとられ、芥川賞受賞のこの『ハリガネムシ』で驚いたことを思い出し、悪辣、狂気、変態、サドマゾの一歩手前の気味の悪い小説世界にまた入り込むことができました。

作者は教師を退職後、大阪府下に居を構え、その後も何冊かの「現代小説」を刊行されているようです。新刊書店、古本屋でそれらを見つければ買って読もうと思いつつ、その機会がなく、まだこの2冊だけ。しかし、ずっと気になっている作家です。

≪2月2日≫

■松田敏行 『室生寺五重塔 千二百年の生命』(祥伝社、2001年4月刊)

奈良県東部の室生寺五重塔(国宝)が1998年9月、台風の襲来で大きな被害を受けました。強風が周囲のスギをなぎ倒し、うち1本がのしかかるように倒れて塔を直撃、見た目、修復不能なほどに壊したのです。翌朝の新聞1面には、屋外に建つ、歴史ある五重塔の中では最も小さいという、あの高さ16メートルのヒノキ造りの塔の無残な姿が大きく出ていました。忘れがたい衝撃的な写真でした。

著者は県の文化財保存課に長く勤め、定年後も県内を中心に寺院仏閣等の保全修理を手伝う技術的な専門家。室生寺の五重塔でも被災後、県の依頼で修復工事の陣頭指揮を執り、2年かけてみごとに美しく再現させています。

本書では、その五重塔再建の足取りを皮切りに、古くからの伝統的な和風建築物の魅力と秘密、技術の変遷などについて縦横に楽しげに語り続けています。唐招提寺や法隆寺のこと、さらに頑固な宮大工の思い出話など、奥行きのある、シブい話がたくさん入っています。

≪1月17日≫

■池波正太郎 『真田太平記11 大坂夏の陣』(新潮文庫、1988年2月刊)

「冬の陣」のあと、大坂城は関東勢によって外堀も内堀も埋められてしまいます。豪壮堅固だった当時、国内最大・最強の巨城が裸同然になり、翌年の「夏の陣」で陥落・炎上します。主人公の真田幸村も、「夏の陣」でみせた猛攻によって家康に一矢報いたあと、自刃して果てます。

文庫版の物語は12巻で終結しますが、クライマックスはこの11巻に描かれ、残るは幸村亡き後の後日談。ともあれ、楽しくここまで読み通せています。えらく時間がかかっていますが。

≪1月5日≫

■池波正太郎 『真田太平記10 大坂入城』(新潮文庫、1988年1月刊)

真田一族の物語はようやく「大坂冬の陣」へ。江戸に幕府を開き、信長、秀吉から権力を引き継いだ家康が最後に狙うのは、豊臣家を消滅させること。秀頼を支配する淀君は、徳川に対する恐怖と、信長の姪、秀吉の側室であった自負のために開戦を決意し、関ケ原の西軍の元将兵ら10万人を雇入れて籠城します。

そこに、閉塞先の和歌山から脱出した真田幸村と少数の家来が大坂城に入って行き、後藤基次らとやりあいながら真田丸を築いていきます。数年前の秀頼は大柄で精悍な武人に見えたのに、大坂城で再見したのは、ぶくぶくと太り、化粧までしている大男。幸村は、厚化粧で化け物じみた大年増の淀君の様子もみて、「オレは何のために大坂城に入り、勝ち目のない戦に加わるのか」などとひとりごちます。

■中山七里 『さよならドビュッシー』(宝島社、2010年1月)

宝島社主催の第8回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。名古屋の実業家の孫娘が、火災による祖父と同い年の従妹の死を乗り越え、天才ピアニストにして名探偵の岬洋介のレッスンを受けながらコンテストを目指します。

とはいえ、全身やけどの後の整形手術で再生の道を進むヒロインの周囲には不可解な事件が起き、ついには殺人まで。岬洋介の推理も絡み、コンテストの終盤、どんでん返しがあって全体の構図がはっきりと。といった次第で、圧倒されるほどのインパクトはないまでも、面白く読み通せました。

…………2021年…………

≪12月17日≫

■池波正太郎 『真田太平記9 二条城』(新潮文庫、1988年1月刊)

大坂冬の陣、夏の陣を目前にした東西の駆け引き、というより家康の粘り腰で大坂側が追い込まれていく事績の道理が詳しく後付けされていきます。文庫版の標題になった「二条城」は、朝廷の行事のために上洛した家康が、成人した豊臣秀頼と初めて対面したところ。身の丈6尺(約180センチ)の偉丈夫に育ち、二条城に集まった京の群衆から歓呼の声が上がる秀頼の悠然たる様子に、家康ほか徳川方は苦虫をかみつぶします。

この巻では「東西の手切れ」の直前、真田信之・幸村の父昌幸が九度山で病死し、前後して真田父子を気遣った和歌山の浅野長政も病死し、加藤清正も自ら築いた熊本城に戻った直後に死にます。作者は加藤清正の力量、人間としての器の大きさを賞賛し、それが警戒されて家康、というより徳川方に毒を盛られた、という清正謀殺説を採っています。

≪12月2日≫

■荻原浩 『海の見える理髪店』(集英社、2016年3月)

今風の短編小説が6編。海の見える一軒家を床屋に仕立てた老店主の問わず語り(表題作)、怖い毒母と娘の和解(「いつか来た道」)、高校入学直前に死んだ娘に代わって振袖と赤い羽織姿で成人式に出る40代の夫婦(「成人式」)など。作者はこの1冊でようやく2016年の直木賞を受賞したということです。

それぞれいわば家族の喪失をテーマに据えた家族小説群で、この作家らしくマイルドで読みやすいストーリーの組み立ては、派手さはないものの、鮮やかなもの。しかも、家族の感情のアヤ、という微妙な気配をうまく表現し、読みやすさの中にも込み入った情景描写の変化がうかがえ、味わいよく読み終えることができました。

≪11月17日≫

■歌野晶午 『春から夏、やがて冬』(文芸春秋、2011年10月)

スーパーマーケットの保安部長平田は、食品を万引きして引っ張ってきた女ますみが、事故死した娘と同い年であることを知り、やがて親子めいた会話を交わすまでになります。ストーリーは陰鬱なトーンでいくつもの起伏を超えつつ、暗く先行きの見えないまま進み、ようやく2人を「救済」する兆しがみえてきた一瞬、大きく反転し、さらにもう一度反転します。

作者の長編ミステリー『葉桜の季節に君を想うということ』はラスト近くの大どんでん返しが際立ち、2004年の日本推理作家協会賞、本格ミステリー大賞などで多数のランキング1位を獲得しました。『葉桜』ほどの派手さはないとはいえ、この『春から夏』も小ぶりながら、シブいどんでん返しがおしまい近くに。惜しいのは、ラストまでの重要な10ページの叙述が、急ぎ足風だったことです。

≪11月2日≫

■池波正太郎 『真田太平記8 紀州九度山』(新潮文庫、1987年12月)

関ケ原での西軍敗退後、徳川秀忠の進軍を妨害した真田昌幸、幸村父子は本家の取りつぶしと切腹を免れ、紀州・高野山のふもとの九度山に蟄居させられます。徳川方に入った幸村の兄信幸ら分家筋のとりなしによるもので、物語も豊臣方の再結集と、大坂冬の陣、夏の陣を前にして踊り場に差し掛かったような静かな気配のうちに進んでいきます。

様子見風のステージなので、真田側の草の者(忍者)と、甲賀の忍びの暗闘が前面に出てきて、あとは石田三成嫌いから徳川方に加わった福島正則と加藤清正の動きが幾度も描かれていきます。

≪10月17日≫

■池波正太郎 『真田太平記7 関ケ原』(新潮文庫、1987年12月)

久しぶりの再開です。大河長編の中盤を過ぎた第7巻は、タイトルどおりに「関ケ原の合戦」(1600年9月)を描きます。真田昌幸、幸村父子が上田城で徳川秀忠軍の進路をゲリラ風に妨害し、家康率いる東軍本隊への合流に間に合わせなかった、という場面を皮切りに、後は西軍の敗退に終わるまでの合戦の様相を詳しくフォローしていきます。

「頭でっかちの事務官僚」だった石田三成の「武将としてのダメさ加減」を繰り返して描写し、元々やる気のなかった西軍が一部を残して戦意をなくし、結果、負けたのは当然、というトーン。小早川秀秋の寝返りなど、開戦前から西軍の諸将の多くが予想しており、意外でも突然でもなかった、というくだりもあって面白く読めました。

≪10月2日≫

■山本厚子 『野口英世は眠らない』(集英社、2004年10月)

小さいとき左手に大やけどを負った野口英世は、刻苦勉励の末、黄熱病などの病原体の解明に生涯をささげた世界的に著名な細菌学者。51歳で赴いたアフリカでその黄熱病に罹患して客死した――。といった程度しか知らなかった身で、初めて通読した評伝です。

野口英世はすさまじい秀才で、独学で英仏独西と中国語を習得し、独力で医師国家試験を突破し、しかし国内には早くに見切りをつけ、米国ニューヨークに出来たばかりのロックフェラーの研究所に潜り込みます。身長153センチの身はエネルギッシュで、「24時間研究第一主義」を標ぼうしてほとんど眠ることなく研究に没入し、花形研究者にのし上がります。

強烈な上昇志向、後先を考えない浪費癖(生涯金欠状態)、実験と思索と論文執筆に長大な時間をかけ、戦前のノーベル生理学医学賞にノミネートされること3回。ウイルスが病原だった黄熱病を、細菌レベルしか見えない光学顕微鏡で探索し、それに基づく観察の誤りへの批判のさなか、自らアフリカに長躯し、黄熱病の一段の研究に身を投じます。

著者はスペイン語の元通訳兼ノンフィクションライター。南米でも活躍した野口に早くから興味を持ち、その足跡を丹念にたどります。取材は行き届いており、バランスも考慮。手応えのある読本でした。

≪9月17日≫

■池井戸潤 『下町ロケット ヤタガラス』(小学館、2018年10月)

今年の夏、評判を集めたTBSのドラマ『半沢直樹』の新シリーズは観ることなく終わりました。一方の「下町ロケット」の連作は、東京下町の佃(つくだ)製作所を舞台にした「中小企業モノづくり賛歌」のシリーズといえそうで、こちらは読んで楽しめました。

「ヤタガラス」は前編の「ゴースト」に続く長編小説の後半といった構成。三菱重工をモデルにした帝国重工と佃製作所が、無人運転の農耕用トラクターおよびそのトランスミッションの共同開発に乗り出すといった流れで、ここに例によって敵役が続々と登場、丁々発止の攻撃と防御、開発と競争が繰り返されます。勧善懲悪、ユーザーの側に立ったモノづくりにこだわる佃製作所が最後に笑う、という予定通りの展開は安心できますし、敵役を論破する佃製作所側の小気味のいいタンカも例によって健在です。

≪9月1日≫

■池波正太郎 『真田太平記6 家康東下』(新潮文庫、1987年11月)

文庫全12巻の折り返しに差し掛かり、「天下分け目の関ケ原」へと戦局が動いていく様子が順序よく描かれていきます。第5巻と同様、真田一族の動向は前面には出ず、草の根の者(忍者)は暗躍する半面、父子3人は表向き戦局に流されているようにもみえます。

同じ頃を扱った司馬遼太郎さんの『関ケ原』と『真田太平記』を比べると、家康の描かれ方が微妙に異なるように思えます。司馬さんの家康は、老練な戦国武将ではあるものの悪辣でウラオモテがあり、世評通りの腹黒いタヌキオヤジさながら。『関ケ原』には、豊臣家を大事に扱うフリをした家康が「見苦しいほどに涙を流した」というくだりもありました。ところが池波さんは、秀吉や前田利家亡き後の天下を治められるのは自分しかいない、という自負と覚悟を持つに至った戦略家の家康像に仕立てているようにも思えます。

■柳広司 『ジョーカー・ゲーム』(角川書店、2008年8月)

帝国陸軍が保有していたスパイ養成の「中野学校」をモデルにした連作短編推理小説集。時代はすべて昭和前期、スパイ養成学校に集まる秀才らを、カゲのある「結城中佐」が指導し、敵国潜入のスパイに育てていきます。

連作5編いずれも多彩な仕掛けが凝らされていて面白く読めますし、随所にヒネリが効いていて切れ味もそこそこ。魔都・上海の描写など、うまいものです。シリーズは目下、あと3冊あるようですし、合間の楽しみが増えました。

≪8月17日≫

■池波正太郎 『真田太平記5 秀頼誕生』(新潮文庫、1987年11月)

しばらく間が空いての文庫第5巻。豊臣秀吉の強引な朝鮮侵攻、その合間での秀頼の誕生、さらに秀吉および前田利家の病死によって徳川家康が着実に地歩を固めていく様子が淡々と描かれていきます。秀吉の側近となった真田幸村、家康の重臣本多忠勝の息女を正室に迎えた兄信幸の動きは、草の者(忍者)の暗躍ともども少し後景に引いていきます。

関ケ原間近。秀頼誕生のくだりで、実際の父親は誰だったか、というよくある詮索、憶測、推理に踏み込まないのは、池波さんの歴史解釈の慎重さ、あるいは「そんなことにこだわっても歴史は面白くならない」という構えを窺わせるようにも思えてきます。

■宮本昌孝ほか 『決戦! 川中島』(講談社、2016年5月)

武田信玄(晴信)と上杉謙信(政虎)が信州・善光寺そばの川中島で幾度も対峙したうち、最も激しくぶつかったのが第4次の会戦(1561年)。「決戦!」シリーズ第4弾の「川中島」は、7人の歴史時代小説作家が、第4次川中島合戦につき、スポットをあてる人物と趣向を変えながら、合戦の模様を再現していきます。

朝霧が消えると、武田の別働隊が急襲し、妻女山から逃げ下りてくるのを本隊が挟み撃ちするはずの上杉の大軍が早々と目の前にひしめいている。「裏をかかれた!」と狼狽する武田軍。海音寺潮五郎さんの『天と地と』他でも知られたあの場面にはいつも引き込まれますが、この「決戦!」でも多様に解釈され、描写されていきます。上杉が繰り出す車がかりの陣に鉄砲隊はいたのか、などの考証面でも各作まちまちなのはご愛嬌。死傷者の比率では戦国時代最も苛烈だったと伝わる第4次会戦をさまざまに想像させてくれます。

≪8月2日≫

■遠藤武文『プリズン・トリック』(講談社、2009年8月)

第55回江戸川乱歩賞受賞の長編ミステリー。千葉県市川市にある交通刑務所内で発生した密
室殺人、という面白げなトリックが楽しめるとあって読み進みましたが、登場人物が多過ぎ
しかもストーリー展開がぎくしゃくして、おしまいに至るまで読解に苦労させられました。

原題の『三九条の過失』を改めたという、メインの「プリズン・トリック」も当て外れ。最
後に出てくる、最後のどんでん返しは余計、あるいは説明不足ではなかったか。

≪7月17日≫

■不破哲三 『私の南アルプス』(山と渓谷社、1998年4月)

ブログの続き。「山歩き本」としては、講演1本を含む計10本の紀行文が並びますが、きちんと整理されており、連作紀行によくある「ダブり感」をほとんど見受けません。花畑日尚さんら同行したカメラマン撮影のカラー写真が30ページもついて、いずれも見飽きないグラビアになっています(この際、映っている人物はどうでもいい)。

私は昔から共産党には関心がなく(というか嫌いで)、政党としての体質や政策には否定的。若い頃から日共のプリンスと呼ばれた不破さんが書いたという140冊ほどの本は触ったことすらありません。

ですが、本書で不破さんは政治的な主張やときどきの政局に対する見解は一行も書かず、その線引きは鮮やかでした。もちろんマルクスのマの字もありません。神奈川は丹沢山地のふもとに建てた自宅は敷地1000坪の「赤い豪邸」だそうで、よく叩かれているものの、私は別にそんなやっかみ感覚は持ち合わせていません。今年90歳になった不破さんは今も自宅周囲の森の中を散策されているのでしょうか。

≪7月2日≫

■池波正太郎 『真田太平記3 上田攻め』(新潮文庫、1987年10月)

徳川、北条が手を組んで攻め立ててきた信州・上田城の攻防がメイン。豊臣、上杉がバックにつく真田昌幸が築城した信州東部の平城の成り立ちを詳しく描き、戦国末期のこみ入った大名間の駆け引きをフォローし、それぞれの裏の裏の裏を真田忍びと甲賀忍者の暗闘を交えてあぶり出していきます。

真田昌幸はテレビドラマの真田モノでは、橋爪功や草刈正雄が演じていた、個性的な武将だったようですが、本シリーズでも老獪、豪胆、かつ人間的な動きを見せ、存在感があります。その昌幸のもと、信幸、幸村兄弟と併せ、数倍の兵力で押し寄せた徳川軍を撃退する上田城攻めの詳述は、緊迫感があって楽しめました。

■池波正太郎 『真田太平記4 甲賀問答』(新潮文庫、1987年10月)

この巻でも豊臣秀吉の天下統一、さらには朝鮮攻めに至る武将らの表の動きを追いつつ、裏側で真田の「草の者」と、敵対する甲賀の忍びとの抗争が詳しく描かれていきます。「真田太平記」の忍者の扱いは、歴史小説というより、忍法帖のような気配もあり、忍者は出番も役割も多め。しかし「飛ぶような猛スピードで歩く」という場面以外は、山田風太郎のような妖術は使わず、かえってリアルで面白く読めます。手裏剣やマキビシはしきりに飛んできますが。

それに、女忍者お江らが暗闘を繰り返す近江・甲賀の里は、私もよく行き来している田園地帯。飯道山のふもとに山中一族の豪邸(忍者屋敷)があった、というくだりなど、今も雑木林の奥に廃屋が残っていそうな雰囲気があります。

≪6月17日≫

■池波正太郎 『真田太平記2 秘密』(新潮文庫、1987年9月)

第1巻は高遠城の攻防、武田家の滅亡、本能寺の変、山崎の弔い合戦まで。第2巻は真田昌幸の上田城築城、山崎の合戦以降の秀吉の台頭、織田家の衰弱、家康や北条家の動きなどを追いつつ、真田信幸、幸村兄弟に多数の忍びを絡めて、物語はゆっくり進んでいきます。

司馬遼太郎や海音寺潮五郎の歴史小説と、柴田錬三郎や山本周五郎の時代小説を足して2で割った、というか、池波さんらしい、会話と改行の多い、明るく闊達な調子でスイスイと話が進みます。この巻は、家康が秀吉に勝った小牧長久手の戦いあたりまで。ストーリーは序盤で、文庫本がまだあと10冊。個性的な武家と忍びらが合わせて数百人は登場するといいますから、しばらくは楽しみが続きそうです。

≪6月2日≫

■池波正太郎 『真田太平記1 天魔の夏』(新潮文庫、1987年9月)

コメントに書いたような心境下、この虚実ないまぜの大長編歴史小説に入り込むことにしました。『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛け人・藤枝梅安』等のシリーズはむかし楽しんで読み継いだ覚えがありますが、あの3つはいわば中短編の連作もの。同じ作者の『真田太平記』は連作というより、戦国期から江戸初期までの真田一族の波乱万丈を一気通貫で描いた長編ということで、将来の楽しみとして取ってありました。

思いついて読み始めたところ、予想以上に面白そうな予感があります。文庫で全12巻となる皮切りは、武田家の滅亡によって孤立した真田昌幸の動きが中心。たぶん主人公扱いになる真田幸村の描き方も面白く、うまいものだと感心しました。しばらくはこの大長編をフォローしていくことになりそうです。

≪5月17日≫

■沢木耕太郎 『キャパの十字架』(文芸春秋、2013年2月) 

写真家ロバート・キャパを有名にしたのは1936年9月、スペイン内戦のさなか、共和国軍の兵士が反乱軍に銃撃された瞬間をとらえたとする1枚の写真でした。のけぞって、右手に銃を持ったまま崩れ落ちていくようにみえるその写真は、米国の写真誌「ライフ」への掲載で世界的に知られ、戦場での死の瞬間を初めて間近でフィルムに収めたものとして伝説になっているようです。

しかし、後のノルマンディー上陸作戦で「波の中の兵士」を撮影したキャパは生涯、この「崩れ落ちる兵士」について語らなかった、と言います。沢木さんは「いつ」「どこで」「誰が」「何を狙って」「どのように」写真に収めたのか、70年後の「戦場跡」に何度も通い、新説を唱えるスペインの研究者らを訪ねて考察を重ねます。その順序立てて真相に迫っていく様子が非常に面白く読めます。

「いつ」「どこで」「誰が」「何を狙って」「どのように」撮影したのか。真相は、事実はことごとく通説とは違っているのでは、という着眼から浮かんできます。歴史ミステリーのようなタッチなので、結論部分はバラさずにおきますが、それでも沢木さんはキャパへの親しみと敬意を忘れてはおらず、後味も悪くはないままでした。

■早瀬乱 『三年坂 火の夢』(講談社、2006年8月)

第52回江戸川乱歩賞受賞の本格ミステリー。明治中期の東京を舞台に、大火事の前に人力車の車夫が火災現場そばを狂ったように走る姿が目撃される、「三年坂で転ぶと死ぬ」という、なぞめいた言い伝えが繰り返される、そのほかの不可思議な場面・エピソードが現れ、ストーリーの先が読めない展開が続きます。

東京は随分と坂の多い街で、しかも「三年坂」が中心部に7つもあるらしく、英国帰りの塾講師や、第一高等学校を受験するために奈良から上京した青年らが絡んで、明治らしい雰囲気が窺え、なぞ解きもそれなりに凝っていて面白く読めました。

≪5月2日≫

■中島平八朗 『上方落語十八噺 〜なぜか気にかかる人たち〜 』(京都新聞社、1996年10月)

落語評論家が雑誌『上方芸能』に連載したエッセイ等をまとめた1冊。ブックオフで見つけ、こんな時勢だからこそ、楽しく読み終えることができました。

「はてなの茶碗」「高津の富」「不動坊」など、上方落語の名作18話を順に取り上げ、それぞれに出てくる人物を丁寧に紹介・説明していきます。録音テープや語りを収めた本をもとに噺を再現し、その手並みがうまいので、高座の様子がよみがえってくるように思えます。私は昔から、妙にカッコをつけたがる江戸落語を面白いと思ったことがほとんどなく、好んで聴いたり観たりするのは上方落語ばかりで、そんな身にとっては明快な1冊だったように思います。

■神永学 『確率捜査官御子柴岳人 密室のゲーム』(角川書店、2011年8月)

変わり者の数学者が警察にスカウトされ、確率論やゲーム理論を駆使して難事件の真相に迫る、という仕立ての長編ミステリー。いかにも今風のキャラクターが続出し、しかもプロットが時々悪ノリタッチになるので、中に入って行けずに終わりました。

タイトルに「密室のゲーム」とあるものの、ここでの密室はトリックではなく、警察の取調室のこと。全体の仕掛けにさほどの意外性はなく、理詰めであるべき推理の輪郭がぼんやりしており、真犯人のあぶり出し方も分かりにくい。残念でした。

≪4月17日≫

■百田尚樹 『至高の音楽−クラシック永遠の名曲』(PHP研究所、2013年12月)

今回も1冊だけ。保守反動さながらの物言いと、それなりに揃った小説群のため、評価の分かれる作家が、若い頃からの趣味、音楽鑑賞の好きな作品25編についてまとめた1冊。ブックオフで買ったので、新刊のときに付録で入っていた、34曲のさわりを収録したCDはなかったものの、文章は分かりやすく、つまらない1冊ではなかったように思います。

私も昔、家に一部が並んでいた河出書房の「世界音楽全集」(各巻LPレコード2枚入り)を聞きかじっていた頃からのファンですが、著者の作曲家や演奏家に対するスケッチと解説はその頃見聞きしていたものとあまり変わらず、いたってオーソドックスで、新味はほとんどなかったようにも思えます。

≪4月2日≫

■垣根涼介 『室町無頼』(新潮社、2016年8月)

時間があまり取れず、今回は1冊だけ。初めての『光秀の定理(レンマ)』で評判を取った垣根さんの歴史時代小説2作目。応仁の乱目前の室町前期の京を舞台に、蓮田兵衛という武家崩れの無頼漢が山城の土一揆を率いて立ち上がるまでを描いています。

舞台回しを務めるのは、「吹き流し才蔵」と呼ばれる、棒術名人の若者。この才蔵はともかく、合間にウィキペディアで蓮田兵衛が当時、一揆のリーダーとして実在したことを知り、がぜん面白くなりました。才蔵の棒術の修練の様子など、達者な描写、テンポのいい展開は、さすがでした。

≪3月2日≫

■沢木耕太郎 『流星ひとつ』(新潮社、2013年10月)

1960年代以降、「新宿の女」などをヒットさせた演歌歌手、藤圭子さんは2013年8月、マンションからの飛び降り自殺で61歳の生涯を閉じます。沢木さんのこのインタビュー集は、藤さんが28歳だったときの1対1の連続インタビューの詳細を30年ぶりに公開したものということです。

全編がインタビューの対話だけでまとめられている、という点は珍しく、沢木さんの聞き出し方もうまく、また藤さんの沢木さんに対する信頼がうかがえて心地よく読めます。ただ、その30年後、精神の病気に苦しんだあげくの藤さんの自殺直後の公刊に際し、分かりにくい言い訳を連綿と記しているところは、いささかくどく、もっとコンパクトにしてもよかったのでは、とも思えてきます。

■浦沢直樹 本格科学冒険漫画『20世紀少年(1、2)』(小学館、2000年3月)

映画化されたシリーズの3本は以前観ていますし、今さらという気もします。ただ、自宅の本棚に長男か二男か、あるいは2人が買って交互に読んだのか、コミック22巻が揃っていました。初老の身で、たまたま読んでみよう、と思い立ったのは最近。初めて手に取り、読み始めて面白さに気付きました。

1960年代の都市圏郊外に住む少年少女。長じて20世紀末に再会するなか、カルト教「ともだち」が勢力を伸ばしています。いくつもの事件が起き、ナゾがナゾを呼び、その解明に元少年たちが挑もうとします。絵がうまいし、展開はテンポよく、しかも活字より早く読めます。といった次第で、年がいもなくハマりそうです。

≪2月17日≫

■乙川優三郎 『椿山』(文春文庫、2001年11月)

市井モノ2本、武家モノ2本。互いに独立した味わい深い中編小説が4編。江戸期の町人や武家の心意気を、二重三重に屈折した境遇や心理の中で丁寧に描いていく、時代小説のお手本のような作品集です。

山本周五郎や藤沢周平の流れを汲む、寡作な作家の、もう20年ほど前の4編。時折こうして未読の文庫を探し、時間をみつけて通読することの楽しさには、格別なものがあります。

■丸谷才一 『どこ吹く風』(講談社、1997年2月)

このところ書評のネタ本が少ないときは丸谷才一、というわけで、またこんな昔のエッセイ集を引っ張り出しました。この1冊の元は、昔あった講談社の月刊『現代』に連載されていたエッセイの由。しかし、当時、読んだかどうかも定かならず、しかし再読であろうとも読みやすく、面白く、切れ味良好という具合で、素材の選び方と書きっぷりがいつも通りに安定しています。

≪2月2日≫

■穂村弘 『ぼくの短歌ノート』(講談社、2015年6月)

レンタルした映画を観るのにかまけていたため、今回は1冊だけ。現代短歌のリーダーの1人と言われる著者が、月刊文芸誌での「短歌入門」めいた連載を編んだ1冊。短歌は詠んだこともなく、熱心な読者だったこともないままですが、著者の解説は分かりやすく、楽しめました。

理屈の説明より、引用されている中から目にとまったのを2首。
「銀杏が傘にぼとぼと降つてきて夜道なり夜道なりどこまでも夜道」(小池光)
「突風に生卵割れ、かつてかく撃ちぬかれたる兵士の眼」(塚本邦雄)

もう一つ、本書には出て来なかった有名な寺山修司の1首で、私も読んですぐに覚え、今も覚えている1首もついでに。「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」

≪1月17日≫

■岩井三四二 『南大門の墨壺』(講談社、2007年10月)

平安末期、平家の軍勢が奈良に攻め込み、あおりで東大寺の大仏殿が焼失します。本作は、夜叉太郎という番匠(大工)らがその再建工事に携わっていく過程を描いた長編歴史小説。なかなかに面白く読めます。

建築物を中心に据えた小説といえば、最近では、安土城の創建を描いた山本兼一さんの『火天の城』があります。あちらも面白く読めましたが、こちらは平安末期から鎌倉初期にかけての庶民、僧侶らの暮らしぶりや心意気を生き生きと描いており、大仏殿の大きさが実感できる描写も続きます。ただ、鎌倉初期に再建された大仏殿は16世紀後半、再び戦乱のあげくに焼損しており、3度目、つまり現在の大仏殿とご本尊は18世紀初頭に再々建されたといいます。

タイトルの南大門は運慶、快慶が造作した木像で有名で、大仏殿への正門として健在です。墨壺は木材に線を引く、番匠が大事にしていた大工道具で、明治期に実際に南大門の上部で発見されたそうです。

■水村美苗 『日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』(筑摩書房、2008年10月)

少女のころから米国に住んで20年、しかしヘソを曲げて家の中で日本の小説ばかりを読み、さらに東海岸のイェール大学でフランス文学を学んだという女性作家が、母語・日本語の意義と値打ちを改めて確かめ、英語が世界の公用語になっている現状を受け入れつつも、いくつもの反論や問題提起を試みています。

刊行当時、話題になった評論集で、私にとっても久し振りの硬派っぽい読本となりました。著者の主張は大体のところで納得し、共感できます。私も昔のほんの一時期、丸谷才一さんのように「歴史的仮名づかい」でモノを書いていたことがあります。「でしょう」を「でせう」、「きょう」を「けふ」と書くアレで、「世界中」の「中」に「じゅう」とルビを振るおかしさは今でも気になります(「中」は「ぢゆう」とルビを振るのが、書き言葉の理屈に合います)。

■内館牧子 『終わった人』(講談社、2015年9月)

原作は地域紙などに連載されていた新聞小説で、脚本作家らしく展開がテキパキしていて、会話が多く、描写も具体的で、ドラマの変転が目に見えるようなうまさです。

しかし、原作に沿ったという映画を続けて観ていると、映像が示す情報量は文字をはるかにしのぐと感心する半面、プロが役柄を演じることで言外の想像の余地がなくなり、人物像がパターン化する、という弱点もうすうす感じた次第です。

≪2020年1月6日≫

■清水潔 『殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』(2016年6月、新潮文庫)

DNA「型」鑑定の「誤り」で冤罪が証明され、無罪が確定した足利事件の菅家利和さん。しかし、17年半も刑務所に入っていた菅家さんが、足利での幼女殺害に無関係だったのなら、真犯人はどこにいるのか。群馬、栃木の県境付近の半径10キロ内で同様の幼女誘拐殺人が4件も相次いでいたことを両県警はどう捜査していたのか。『樋川ストーカー殺人事件』で調査報道の見事な手並みを見せた日本テレビの清水記者が、真犯人へのぢか当たりを含めて真相に肉薄します。迫力に満ちたルポルタージュです。

■グレゴワール・ドラクール/中島さおり訳 『私の欲しいものリスト』(2014年2月、早川書房)

フランスの広告マン上がりの作家が創作した、田舎町に住む40代後半の女性手芸店主のお話。気まぐれで買った1枚の宝くじで1800万ユーロ(1ユーロ120円として21億6000万円)を当てた主人公は自問自答します。私が本当に欲しいものは何か? フランスでベストセラーになった軽快な独白体小説で、後半少しツイストが効いていて楽しめました。

■丸谷才一 『軽いつづら』(1993年8月、新潮社)

故人となった丸谷さんのエッセイ集は相当数を読んでおり、この1冊も既読のような、そうでないような。92年10月〜93年3月の半年、夕刊フジに連載していた短文のうち92本を編んだ、となっています。ネギマ、漱石、阿部定、電報、重量挙げ、カント等々、いつも通り話題は幅広く、それでいて掘り下げとひねりを忘れていません。この出来栄えを月に15編ですから、2日に1本のペースで密度の濃い、雅俗とり交ぜたエッセイを書いておられたという計算になります。脱帽です。

≪12月17日≫

■山本一力ほか編『人生を変えた時代小説傑作選』(文春文庫、2010年2月)

たいそうなタイトルです。作家・山本一力さん、読書好きの俳優・児玉清さん、文芸評論家・縄田一男さんの3人がそれぞれ2編ずつ選ぶ時代小説計6編を並べたアンソロジー。

国定忠治の逃避行を描いた菊池寛の「入れ札」、佐渡金山を舞台にした松本清張の「佐渡流人行」、徳川家光が召集した「寛永御前試合」を描く五味康祐の「桜を斬る」など。タイトルどおり人生が変わるほどの深読みもありえますし、寝転んで気楽に読み流すこともできるのが、時代小説の幅のあるところ。この短編集も粒ぞろいで、それぞれ楽しめます。

■島田荘司 『星籠(せいろ)の海(下)』(講談社文庫、2016年3月)

前回の上巻通過のまま、結末編に突入。島田作品では珍しく映画化されたようです(タイトルは同じ、御手洗潔役は玉木宏)。しかし、文庫上下で1000頁強の長尺モノながら、いつもの大掛かりなトリックの驚き、奇抜な発想の切れ味等はなく、正直、拍子抜けでした。

備後・福山の鞆(とも)の浦を主な舞台に、江戸末期の浦賀の沖に来たアメリカの黒船4隻、ときの老中で福山藩主の阿部正弘が考案した対黒船作戦、戦国村上水軍の秘密兵器、さらに島に本拠を構える新興宗教、女優目指して東京に移りながら事故で挫折した若い女など、多数の人物とエピソードが並びますが、それらは一本に収束することなく、拡散したまま。プロット展開や描写もギクシャクしており、老いたり島田荘司、ということでしょうか。

≪12月2日≫

■重松清 『十字架』(講談社文庫、2012年12月)

「家族」をテーマにした現代小説多数を書き続けている人気作家の長編です。中学校でのいじめを苦にして自殺した男子生徒。その遺書の中で「親友」と呼ばれた少年ら、残された同級生や遺族のその後を描いていきます。

当初は男子生徒が自殺に至るまでの経過が追われ、やがて日時が過ぎるにつれ、残された者たちが「彼に声をかけてやれなかった」「救えなかった」等と自問し、自責を繰り返す展開になっていきます。

作者はこの長編を2週間かけ他のことは何もせずに没頭して書いた、といいます。ストーリー展開はシンプルで、描写は平明。私自身は小さい頃から、ヒトをいじめたことも、いじめられたこともないので(私らの世代は牧歌的でした)、強い切実感はなかったものの、やはり傑作では、と思います。吉川英治文学賞受賞。

■しんぶん赤旗日曜版編集部 『追及! ブラック企業』(新日本出版社、2014年11月)

本業とどこかで関連する「赤旗日曜版」の連載リポート集です。ワタミ、ユニクロ、ロッテリア、ラーメンの来来亭など、雇入れた若者を慣れない長時間労働で酷使し、使い捨てていくというブラック企業の労働現場を調べ上げた、という体裁になっています。

私は「しんぶん赤旗」にも日本共産党にも共感するところ少なく、一度もプラスの関心を持ったことがない、という偏屈者ですが、そんなバイアスを抜きにしてみれば、このリポートは分かりやすく、しかしいかにも政党機関紙の報告でした。

■島田荘司 『星籠(せいろ)の海(上)』(講談社文庫、2016年3月)

作者の生まれ故郷、広島県福山市と瀬戸内海に面した良港、鞆(とも)の浦を主な舞台にした長編本格推理小説の上巻。時間の関係で下巻には入れないまま、いつもの通り、どこがどうつながるか見当のつかない不可思議で派手な事件がいくつも並行して発生していきます。

私は、福山も鞆の浦も数回出向いたことがあり、読んでいて情景が目に浮かんできました。特に、メインの舞台になる「鞆の浦」は雰囲気のある港です。探偵役の御手洗潔が下巻で、これらごちゃまぜの事件群をどう論理立てて解明していくのか、情景描写と併せ、楽しみです。

≪11月17日≫

■原田宏二 『警察内部告発者』(講談社、2005年3月)

メルマガのコメントで紹介した1冊。余談ながら、私は著者を知っています。前職時代の最初の赴任地は熊本で、20代前半の駆け出し・青二才だった私がサツ回りのときの県警本部捜査二課長が原田さんでした(40年近く過ぎても私は青二才のままで、情けなく思います)。

道警を遠く離れ、熊本の街中で単身の官舎住まいだった二課長宅には2、3回「夜回り」をかけた覚えがあります。温厚な原田さんはタタキ上げの刑事なのに、キャリアみたいに口が堅く、ネタはくれなかったので(ヒントはもらったように思います)お付き合いはそれきりだったものの、知的で冷静な語り口は今も印象に残っています。

■奥田英朗 『用もないのに』(文春文庫、2012年1月)

スポーツと旅行と音楽を主に取り上げた軽いタッチのエッセイ集。著者はアテネ五輪(2004年)で銅メダルに終わった野球を観戦し、名リポート「泳いで帰れ」を書いて評判になりましたが、本作では、その4年後の北京五輪でも野球(結局4位)を観戦し、「再び、泳いで帰れ」を記しています。内外の野球のことをよく調べ、タッチは軽快、趣旨は明快です。

他にも、ニューヨーク滞在記、恐怖のジェットコースター搭乗記、東北楽天イーグルス観察記などもあって面白く読めます。毎年夏、苗場でやっているらしい「フジロックフェスティバル」(2005年)に、20世紀有数の一発屋、ザ・ナックが登場して「マイ・シャローナ」を歌った、というくだりには笑いました。著者は数歳下のほぼ同世代。私は「ワオ!」なんて、恥ずかしくて原稿の中には書けませんが。

≪11月2日≫

■宮脇俊三 『終着駅』(河出書房新社、2009年9月)

2003年に76歳で亡くなった鉄道紀行作家、宮脇さんの遺族が書籍未収録のエッセイ等を集めた1冊。むかし軽めの鉄道ファンだったので、宮脇さんの鉄道紀行等はコレクションとして揃え、30冊ほどは読んでいます。このいわば最後の作品集は古本屋で見つけ、懐かしくかつ楽しく読めました。

中央公論社の常務編集局長を辞し、『時刻表2万キロ』や『最長片道切符の旅』で一躍人気になった宮脇さんの紀行文は、軽めのユーモアをまぶした飄々とした味わいのものばかり。しかも、自ら鉄道を使って内外のあちこちに出掛けた、という現地歴訪のルポが大半で、体験に基づいて具体的。むかし味わった宮脇さんのそんな安定した、シブいスタイルを思い出させる遺稿集でした。


■内田樹 『内田樹の大市民講座』(朝日新聞出版、2014年11月) 

ひところ割と追い掛けた武闘家、思想家、元大学教授が週刊アエラに連載しているコラムをまとめた1冊です。この方のは10冊目ぐらいになるでしょうか。時折、何を書いているのか分からなくなりますが、社会時評としてバランスがとれ、おおむね気楽に読めます。

しかし、この「大市民講座」はコラムの1本々々が短いためか、切れ味が中途半端。とくに、収めたコラムの発表時期、大阪の自治体のリーダーだった橋下徹さんを繰り返し批判しており、しかも何を批判したいのか判然としない箇所も多く、やや興ざめでした。

≪10月17日≫

■井上靖 『後白河院』(新潮文庫、1975年9月)

故人となったこの作家の熱心な読者であったことはなく、この長編もたまたま手に取って読み始めただけ。しかし、武家勢力が台頭する平安末期、平家も源氏も手玉にとったという後白河院(天皇・上皇)の生涯を、そばにいた男女4人の回顧・独白を連ねて浮かび上がらせる、という、新鮮で野心的な1冊。格調のある、興趣に富んだ歴史小説でした。さすがにうまいものです。

■歌野晶午 『Dの殺人事件、まことに恐ろしきは』(角川書店、2016年10月) 

江戸川乱歩へのオマージュそのままの短編小説が7本。オマージュは「尊敬を込めた模倣」みたいな意味合いで使われますが、この1冊も芸達者で、面白く読めました。乱歩のオリジナルにうかがえる怪奇趣味とはまた違った、今風の工夫が凝らしてあります。

「人間椅子」を踏まえた「椅子? 人間!」、「押絵と旅する男」を現代風に換骨奪胎した「スマホと旅する男」、「お勢登場」に対する「『お勢登場』を読んだ男」、「人でなしの恋」をベースにした「人でなしの恋からはじまる物語」など。

明智小五郎と少年探偵団だけでなく、私も10代のころ江戸川乱歩の長短編を(こっそりと)読み漁った覚えがあり、それが今に至る本格ミステリー好きにどこかでつながっていることは確かです。しかし、歌野さんは、ただの今風の模倣ではなく、2つも3つもひねっています。こちらも、うまいものでした。


≪10月1日≫

■飯嶋和一 『始祖鳥記』(小学館文庫、2002年12月)

ブログにも書いたように、江戸後期に実在したとされる「鳥人幸吉」の生涯を虚実ないまぜで再現した傑作長編小説です。

とくに、岡山で飛んだ後の幸吉が、駿府に移り住む前、3年ほどを水夫として廻船に乗り込んでいたという逸話(創作?)が効いており、陸に上がった後、20年ほどの間をおいてなぜ再び駿府で飛行に挑戦したのか、というストーリーが自然で、うまい展開に仕立てていると感心しました。


■米澤穂信 『追想五断章』(集英社文庫、2012年4月)

古書店でバイトする大学生が、とある女性に「死んだ父が書いたリドルストーリー5編を探して欲しい」と依頼されます。リドルストーリーは「結末のない物語」ということのようですが、その5編を探すうちに昔この父親が関わった事件の真相が浮かび上がってくる、といったふうの長編推理小説です。

構成は凝っているものの、なぜ死んだ父親は「結末のない物語」を書いたのか、あたりが分かりづらく、パンチ力の窺えないままで読み終わりました。2010年度の各種国内ミステリーベストテンで上位に入っただけの迫力は、当方には感じられなかった次第です。


≪9月17日≫

■奥田英朗 『ナオミとカナコ』(幻冬舎、2014年11月)

3年ほど前にテレビドラマ化されたということです。私はあまりテレビを観ないのでそれは知らず、偶々ブックオフで見つけ、奥田さんならハズレはないはずと買い込み、文字通りの一気読み。よく出来た現代風の長編サスペンス小説です。

ナオミ(直美)とカナコ(加奈子)は学生時代からの親友。百貨店の外商部員として働く独身のナオミは、結婚したばかりのカナコが銀行勤めの夫からひどい暴力を受けていることを知り、やがてカナコに持ち掛けます。「いっそ二人で殺そうか、あんたのダンナ」。完全犯罪風のシナリオ通りにコトは進むのか、犯行が露見しかけたとき、二人はどう行動するのか。

後半になって加速するストーリーは描写が具体的で、何より細部にリアリティがあります。書評サイトをみていると、読み手の女性陣も「女のことがよく描けている」と高評価。結末については触れませんが、最後までどうなるか分からず、先を読ませない展開力はさすがです。


≪9月2日≫

■池井戸潤 『仇敵』(2016年4月、実業之日本社文庫)

例によって、銀行員を主人公に据えた連作8本の短編集で、それぞれ個々に発表された短編ながら、全体として一つの長編仕立てになっているという構成です。主人公は元大手都銀のエリートで、行内の不正案件に顔を突っ込み、逆襲されて辞職、別の地銀に「庶務行員」として再雇用されているという設定。作者の他の作品からも予想される通り、主人公はあるきっかけからかつて自らを離職に追いやった勢力に再接近し、紆余曲折の果てについに悪を懲らしめる、という予想された展開です。

但し、率直なところ、8編それぞれはこじんまりとまとまっていながら、長編としての結末部分はあっさりしていて、いつものクライマックス感がなく、薄味です。


■浅田次郎 『わが心のジェニファー』(2015年10月、小学館)

日本好きのブロンドのフィアンセから「日本を見てきて欲しい。それが結婚の条件」と求められたニューヨーク在住の米国青年が東京、京都、大阪、別府、東京、釧路と移動して人との出会いを重ねる長編小説。作者は在京の複数の米国人から話を聞いて物語を仕立てたらしく、かつて激しく交戦し、今は同盟関係を結ぶ日米の違いや共有可能な部分などを明快に描いています。

但し、それは外形上のこと。意余って力及ばず、というか、ストーリーはいたるところに不自然かつ無理な箇所があり、国内各地の描写も割と表面的で、薄味でした。浅田さんらしくない、という言い方が無難でしょうか。


≪8月16日≫

■池井戸潤 『下町ロケット ゴースト』(2018年7月、小学館)

テレビドラマで有名になった精密機械加工の中小企業「佃(つくだ)製作所」を舞台にした長編企業小説の第3弾です。

ロケット部品、医療用機器に続く今回のテーマは農機具のトランスミッション(変速機)。どうやら第4弾『下町ロケット ヤタガラス』と合わせて一本となっており、前編のこの『ゴースト』はストーリーの起伏こそあるものの、大団円には至らず、後編の『ヤタガラス』に続く趣向のようです。

ただ、例によって本書も、ストーリーは勧善懲悪風の展開からはみ出ることなく、安心して読み通せますし、クライマックスとなる知財訴訟の口頭弁論の場面は2回読み返しても面白く、うまいものだと感心しました。


■池井戸潤 『かばん屋の相続』(2011年4月、文春文庫)

『下町ロケット』と同じ作者による、今風の銀行マンを主役に据えた短編小説が6編。文春の「オール読物」に発表されたものを1冊にまとめており、いずれも趣向が凝らしてあって退屈はしません。

とくに、標題作や「手形の行方」などは面白く読めました。ただ、やや(締切前に?)追われて書いた、という印象も残したたままのようです。


■山田風太郎 『室町少年倶楽部』(1998年8月、文春文庫)

室町期の足利将軍家を舞台にした、標題作と「室町の大予言」の中編歴史伝奇小説2本。いずれも楽しく読めます。

「大予言」は足利4代将軍、義持が死のまぎわ「あみだくじ」で決めることを指示した後継候補の弟4人の中から選ばれた5代将軍・義教の生涯と、赤松満祐による白昼の惨殺までを描いた1編。ここに架空の「予言書」をからめて不思議で奇妙な伝奇モノの気配を出しています。

「少年倶楽部」は8代将軍、義政が政治に関心をなくし、銀閣寺などの別荘を造ることに熱中、やがて応仁の乱が始まってしまうまでの様子を描いた1編。当時の幕府の財政を仕切った正室・日野富子の雰囲気もよく出ています。少年倶楽部というのは、義政が10歳で将軍を継ぎ、将軍を補佐する管領(いわば首相)となった細川勝元も16歳だったという史実に基づくあたりから。虚実ないまぜの変幻自在な語り口が楽しめます。


≪8月3日≫

■二宮敦人 『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』(2016年9月、新潮社)

東京芸術大学にはいかに変わった人間が多いか、についての長編ルポ。芸大の音楽学部は「音校」、美術学部は「美校」と呼ばれているらしく、変人が多いのは美校。いろいろなエピソードや証言が多数あってそれなりに面白く読めます(音校の学生は多くがすでに競争社会の渦中にあり、美校ほど変人はいないということです)。

とはいえ、みごとな芸術作品を創り上げる才能と、珍奇な生活や言動を結び付ける、あるいは珍奇な生活や言動のあげくに作品が生まれてその「天才性」が裏付けられる、という見立てが多く、その辺り、事大主義または一種の権威主義の気配があって白々しくも映りました。

わけの分からない虚実ないまぜの思いつき、あるいは理屈だらけの芸術もどきを現代アートだと自己主張するうさん臭さと似通っており、だから東京芸大は別格だ、とは思えないまま。すごい、または素晴らしいアートは個々の作者が生み出すもので、芸大という場が生み出すものではなく、しかも高い倍率の試験を通った芸大生イコール天才だなんて誰も思っていませんから(秀才はいるかもしれません)。


■井上夢人 『プラスティック』(2004年9月、講談社文庫)

円熟の域にあったコンビのミステリー作家「岡嶋二人」が解散したのが1989年。もう30年も前ですが、片割れの井上さんはその後もユニークな作品を順次刊行しておられます。この長編は、ワープロの記憶媒体としてむかし使われていたフロッピーディスクが収める多数の、互いに因縁のある人間の手記をつないだ、という体裁になっています。

ナゾ解きの仕掛けは4文字。その漢字4文字を示すだけでネタバレになりますので、うかつな説明は避けます。私は3分の2あたりでやっと仕掛けの見当がつきましたが、それでも先へ先へと読ませるテンポの良さがあり、おしまいまで退屈せずに読み通せました。変わったミステリーです。


■島田荘司 『屋上の道化たち』(2016年4月、講談社)

御手洗潔シリーズ50冊目ということです。自殺なんかしません、と笑いながら日を開けてビルの屋上に上がった銀行勤めの男女が、その直後、連続して転落死。屋上には無数の盆栽が並び、その間に簀の子が敷いてあり、男女は盆栽に水を掛け始めてすぐあお向けで頭から地上へ。

伏線らしいエピソードや小物を次々に繰り出し、どこがどうつながるか分からないまま、破天荒なストーリーが続きます。今回はあまり変人っぽくない御手洗潔がタネ明かしに入ると、アクロバットのような爆笑モノのトリック解明が続きます。ムリムリの仕掛けを強引に取り込んだ駄作とみるか、読者サービス満点の怪作とみるか。

私は「ありえない大技トリック」に笑いながら呆れつつも楽しんだ、同じ作者の『北の夕鶴2/3殺人事件』や『暗闇坂の人喰いの木』を思い出しました。『占星術』や『斜め屋敷』とは別種というほかない「お笑い本格ミステリー」です。書評サイトでどれほど罵倒されようと、どんなナゾ解明をやってくれるのか、先を急がせる筆力は健在です。


≪7月17日≫

■岩井三四二 『たいがいにせえ』(光文社時代小説文庫、2010年3月)

今回も1冊。よく売れたらしい『難儀でござる』の続編ともいうべき短編時代小説集で、室町から江戸初期までの武将モノなど計7編を収めています。信長、秀吉、家康ほかの主役格ではない、脇役クラスの武人らを取り上げ、資料に基づいて生き生きとその行状を描く、といういつものタッチです。

応仁の乱で33年も中断していた祇園祭の再興にかける室町幕府の役人の話、里見家と北条家が対峙する鎌倉の尼寺でのエピソード、フロイスほかのバテレンを瀬戸内海経由で東へと送る商人船と村上海賊の話、織田家による一族郎党皆殺しの最悪の結果を招いた荒木村重の謀反など、それぞれの史実(?)描写と趣向は多彩。ストーリー展開で起伏が乏しいという弱みは今回もうかがえるものの、退屈はしないままでした。

他の作者も含めた戦国モノで、織田信長が決まって口にしているひと言が、本作の『信長の逃げ道』にも出てきます。古文書として認定されている『信長公記』あたりで記されているのではないかと推測しますが、信長は機嫌のいい時の返事、相づちで決まったフレーズを口にします。「であるか」です。相手が何か新しいネタを告げると、信長は「であるか」で納得します。それともこれは時代小説業界における表記上の暗黙のルールでしょうか。


≪7月2日≫

■早瀬圭一 『大本(おおもと)襲撃 ― 出口すみとその時代』(2007年5月、毎日新聞社)

今回も1冊だけです。著者は前職時代の先輩記者で、私は福岡にいたころ、同僚を交え4人ほどで中洲にて呑んだ覚えもあります。本作は著者70歳の折に発刊されたノンフィクションで、昭和10年(1935年)の第二次大本事件の次第とその前後のことを調べ上げた労作です。

大本教は、出口なおという老女が突如、神がかり状態となり、「世直しのお筆先」などで信者を増やしていった明治以降の新興宗教。本部があるのは、今も昔も京都府綾部市と亀岡市。ときの内務省、特高警察がなおの娘出口すみと、その夫・出口王仁三郎ほかをマークし、ついには国体に反する危険宗教として本部施設を襲撃、破壊した推移が詳しく後付けられています。

事件自体は、終戦前に事実上の無罪となるものの、官憲による襲撃と関係者への取り調べは熾烈をきわめたようで、そのむごさには唖然とさせられます。しかし、著者は抑制の効いた筆致で淡々と動きをたどり、大本教をつぶすために府警特高課長に着いたエリート官僚の様子も冷静に描いています。


≪6月17日≫

■中山七里 『七色の毒』(角川書店、2013年7月)

割と小器用な短編ミステリーが7編。色んな「毒」を虹の七色に分けてタイトルにした現代モノで、楽しく読めました。作者(男性)は48歳で本格デビューし、さまざまな作風の長短のミステリーを多数発刊しておられるようです。特に「どんでん返し」が好きらしく、この7編でも、前半と後半でがらりと気配を変えるパターンが目立つようです。


≪6月1日≫

■エドワード・ドルニック/河野純治訳 『ムンクを追え! − 「叫び」奪還にかけたロンドン警視庁美術特捜班の100日』(2006年1月、光文社)

5月に読めたのは1冊だけ。情けなく思います。ともあれ、合間々々に読み継いだので読後感は散漫ながら、仮に一気に読めば、映画のように面白い1冊だったことは確かなように思います。

リレハンメル冬季五輪の開会式があった1994年2月12日の早朝、開催国ノルウェーの首都オスロにある国立美術館から、エドヴァルト・ムンクの代表作『叫び』が盗まれます。頭髪のない、性別不明の人間が橋の上で立ち往生し、両耳をふさいで叫んでいるようにみえる、インパクトの強いあの絵です。時価何十億、何百億円もの値打ちを持ち、しかし有名過ぎてセリ市場にも出せない『叫び』を盗み出したのは誰か、どんなグループか。

『ムンクを追え!』は英国ロンドン警視庁のベテラン特捜班がおとり捜査を介して『叫び』を回収するまでの経過を追ったノンフィクション。まず、ストーリー展開がほとんどサスペンス小説仕立てで息もつがせない、軽快で分かりやすい原文の読みやすさを残した翻訳がうまい、絵画盗難をめぐる犯罪者グループと警察当局の駆け引きが映画もどきでスリリング、といった具合で飽きさせません。こういう読本が月に3冊でもできれば、シアワセ間違いなしです。


≪4月16日≫

■横山秀夫 『出口のない海』(2004年8月、講談社)

長短の鮮やかな警察小説群で知られる推理作家の戦争モノ。大学野球部のエースだった主人公が学徒出陣し、人間魚雷「回天」に乗り込んで死ぬまで、およびおしまいは戦後の最近の様子を。筆力のある作家ですし、裏切られるところ少なく、うまく書けた長編だと思います。私は未見ですが、映画にもなったようです。

本作の2年後に出てヒットしたのが、零式艦上戦闘機の乗組員を主人公に据えた百田尚樹さんの『永遠のゼロ』。よく似ているようにも思える半面、タッチや志向は相当に違う、とも受け止めました。とはいえ、主人公が「回天という特攻兵器があったことを後世に伝えるために死ぬ」云々と述懐する場面があり、私はこんなことを考えて回天に乗り込んだ若者はいなかったのではないか、と怪しみました。


≪4月2日≫

■門田隆将 『死の淵を見た男 ― 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(2012年12月、PHP研究所)

2011年3月11日から1年半に及ぶ取材をまとめたノンフィクション。とくに大地震と大津波から1週間足らずの福島第一原発をめぐる動きを克明に追っていて、緊迫感があり、感銘を受けました。

「従業員の大多数が被災直後、所長の命令に反して第一原発から逃げた」というA紙の大誤報で有名な「吉田調書」の当事者、吉田昌郎所長(故人)を主人公に立てた記述。ただし、全体の流れは、豪快で部下思い、そして一本気な吉田所長だけでなく、群像劇風の展開になっていて、予想したほど吉田所長が前面に出ているふうではありません。その意味では淡々としています。

しかし、現場にいた700人近い作業員の大多数がリーダーの吉田所長の指示に従い、身を挺して原発の暴走を収束させようと奮闘する流れを追っていると、「命令に反して現場から大挙して脱走した」というA紙取材班の一方的な思い込みが、現場をいかに侮辱するものであったか、あの誤報騒ぎのときに感じたA紙に対する不快感を思い出しました(A紙に対する不快感はこの40年ほどずっとです)。


■垣根涼介 『迷子の王様 ― 君たちに明日はない5』(2014年5月、新潮社)

リストラ対象者に対する離職誘導を業とする社外からの派遣面接官を主役に据えた連作お仕事小説、リクルート小説の5冊目で、シリーズの最終巻。さまざまな業種のサラリーマンや技術者、総合職または一般職の女性など、タイプもばらばらの登場人物をきちんと取材して造形化する手並みは安定しており、4話からなる今回も安心して読み通せました。

シリーズで作者が扱ったリストラされる勤め人は20人ほど。似たような話にならないよう工夫している様子も窺えるものの、この5冊目ではさすがに疲れが出てきたようにも思えます。しかし、今もっぱら東京で過ごす勤め人老若男女の模様が映画のように活写されていて、退屈はしないままで終わりました。


≪3月17日≫

■一橋文哉 『餃子の王将社長射殺事件』(2014年11月、角川書店)

「いちはし・ふみや」と読むフリーライターによる長編ノンフィクション。2013年12月19日の早朝、京都市山科区の「王将フードサービス」本社前で、当時の大東(おおひがし)隆行社長が何者かに射殺された事件の「真相」に迫った、という触れ込みの1冊です。

グリコ森永事件を扱った「ドキュメント『かいじん21面相』の正体」でデビューした著者は「本名などの個人情報は非公開」を唱えつつ、府中3億円強奪事件、世田谷一家惨殺事件、宮崎勤事件などを取材し、「真犯人を突き止めた」「真相が分かった」式のノンフィクション多数を発表しています。とはいえ、他のメディアやジャーナリストがほとんど後を追わない、という独特なポジションにあることも周知の話。

この「餃子の王将社長射殺事件」では、企業トップを狙った闇社会の誰かが中国のヒットマンを雇って殺害した、という大方が推測している通りの複数のシナリオを立てています。しかしそれらを強弱をつけずに併記するだけで、正直、真相には迫れていないようです。

創業者が戦中、中国東北部で憲兵をしていたとか、「餃子の王将」の新人研修が過酷過ぎてそれに恨みを持っていた者は多いとか、中国・大連で店舗展開を始めたのにうまく行かず撤退したことが背景にあるとか、さまざまな予断を示している一方、予断の域を超えず、記述がどっちつかずで空回り。唯一目を引いたのは、雇われヒットマンは「抱きつきのリン」と呼ばれる「すご腕の女暗殺者」ではなかったか、という一点だけでした。


■東野圭吾 『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(2012年3月、角川書店)

「ナヤミごと」を聞く「ナミヤ雑貨店」の話ということで、中編に近い連作短編5本を編んだ1冊。不思議な雰囲気の、推理モノではなく、SFとも言えず、強いていえばタイムスリップの趣向を交えたファンタジー系の物語のようにみえます。

ナミヤ雑貨店があるのは、東京まで新幹線又は特急で2時間ほどの小さな街ということで、店はすでに空き家となって駅から離れた住宅街の一角に残っている。そこに忍び込んだ若い男3人が夜を明かし、店のポストに投函される(20年ほど前の)悩み事相談に触れ、それらに答えていく、といったうまく説明できない設定で5本のストーリーが続きます。

読ませる筆力があるのでつい読み終えましたが、作者は何が言いたくて、何を楽しんでもらいたくてこの連作短編を綴ったのか、よく分からないままでした。


≪3月2日≫

■荻原浩 『オロロ畑でつかまえて』(2001年10月、集英社文庫)

広告業を営んでいた作者41歳の折の小説デビュー作。福島あたりを思わせる東北の寒村を舞台にした「村おこしユーモア小説」で、第10回小説すばる新人賞を受賞したということです。

牛穴村(人口300人)の湖に出現させた恐竜「ウッシー」をネタに、東京の弱小広告代理店がいくつものイベントを仕掛けます。ウッシーは着ぐるみ風の作り物で、どこかで聞いたようなストーリーですが、全編で緩みなくユーモラスな場面が続き、しかも東京の広告業界やマスコミの気取った面々も、牛穴村の素朴な青年団の顔ぶれも、すべて同じ距離感で描いていてバランスが取れ、軽快に抵抗なく読み通せます。

結末に用意された予想外の「仕掛け」も効いています。作者の作品では、若年性の認知症をテーマにした『明日の記憶』が有名ですが、他の分を含めて作風に幅があり、安定感もあるようにも見受けます。


■池井戸潤 『シャイロックの子供たち』(2008年11月、文春文庫)

「半沢直樹」や「花咲舞」はいない大手都銀、東京第一銀行の支店に勤める銀行員の姿を描き分けた長編ミステリーです。

これまで読んだ作者の長編は、勧善懲悪のハッピーエンドが予感されるため、安心して通読できました。しかし、本作は「正義が最後に勝つ銀行内幕小説」というより、ミステリーとしてのナゾ解明の部分が強く、やや勝手が違います。とはいえ、テンポや情景描写はそれなりにうまく、楽しく読めることは確かです。


■河合隼雄+村上春樹 『村上春樹、河合隼雄に会いに行く』(1999年1月、新潮文庫)

京都在住だった臨床心理学の大家、河合さん(元文化庁長官、故人)を村上さんが訪問し、長時間にわたって交わした対話のテープ起こしを編集した1冊。やさしげな言葉による会話が続き、それなりに読めますが、残念ながら話が抽象的で、正直、体感として半分も呑み込めなかったようにも思います。

対談の時期は、村上さんが『ねじまき鳥クロニクル』を完結させた後で、話題もあの長編に対する村上さん自身の総括と、それに対する河合さんのコメントが軸。『ねじまき鳥』は私も読んでいますが、それでも本書は分かりにくいことは分かりにくい。対談する2人で納得し合っているだけのような気すらします。

『ねじまき鳥』はともかく、私は87年の刊行でベストセラーになった長編『ノルウェイの森』はカッコつけた、勿体ぶったポルノ小説としか思えず、いっとき春樹作品から離れていましたが、あの長編は「セックスと死のことだけを意図的に書いた」とご自身で認めるなど、多少は合点がいきました(改めて手に取る気はありませんが)。


≪2月16日≫

■ウ・ソックン著/古川綾子訳 『降りられない船 − セウォル号沈没事故からみた韓国』(2014年10月、CUON)

2014年4月、済州島に向けて航行中、何らかの原因で沈没した大型フェリー、セウォル号の海難事故を扱った経済学者によるノンフィクション。事故の経過や処理のされ方を追及する構えで書かれ、修学旅行中の高校生など300人を超える死者・行方不明者を対象にしたルポというより、韓国政府が事故をどう扱ったかを多少の時間をおいて考察した長編評論といえます。

著者はソウル在住で、長く韓国政府の経済分析のような仕事を担当し、目下、貧困問題などの時評を公刊するノンフィクション系のベテラン作家といった気配。内外の行政や社会事情に詳しく、セウォル号の事故に対しても各国の取り組み状況を踏まえ、感情を表に出すことも厭わず、記述を続けます(船長が有期契約のアルバイトだった、とか)。「あとがき」で著者が言うには「事件後、韓国社会と政治は悪化の一途をたどっており、今や韓国全体が巨大なセウォル号のようになった」ということです。

韓国各地の多数の地名が出てきますが、原著にあったかどうかはともかく、翻訳版では関連の地図は必須ではなかったか、と思います。読み応えがあるだけに、地図を載せなかったのは、訳者を含む日本の出版サイドの怠慢といっていいのでは?


■綿矢りさ 『手のひらの京』(2016年9月、新潮社)

女性作家の作品に手を出すのは私の場合、マレなこと。ただ、本作については「現代版『細雪(ささめゆき)』」というコメントがあったため、ブックオフで購入、一読しました。谷崎潤一郎の長編小説『細雪』はむかし通読し、あの4姉妹が関西各地の社会風俗に溶け込んで華やかに暮らしていく描写に感心した覚えがあります。

綿矢さんの本作は、ご自身の出身地で今も居住する京都が舞台。サラリーマン家庭の3姉妹を主人公に、足掛け2年ほどの一家の動きを描いています。一言でいうと、割ときめ細やかで、京都の風習と風景が上手に描かれているように見受けます。3姉妹の性格や言動は対照的でまちまち、しかも男の私にはほとんど感情移入できないものの、今どきの若い京都居住の方々の心理が丁寧に表現されているようで、退屈はしませんでした。


■おかんメール制作委員会編  『おかんメール』(2014年5月、扶桑社)

携帯電話のメールを使い始めた中高年のお母さんと、娘・息子のメッセージのやり取りを収集した1冊。いわく「母の愛と破壊力に満ちた爆笑メッセージ集」。ネットには特集のサイトもあるようで、思わず笑ってしまう「おかんメール」をまとめるという編集サイドのカンの良さに感心します。

有名なところでは「いま小学校、占拠してるからあんたも来なさい!」という選挙投票所からの(テロ行為のお誘い)メールとか、「さむいからあたたかくしね!」とか。続編が出て、ブックオフで安く売ってたら、また読み継ぐつもりです。


≪2月1日≫

■竹脇無我 『凄絶な生還 うつ病になってよかった』(2003年7月、マキノ出版)

二枚目俳優として活躍した著者は、59歳でこの「うつ病闘病記」を出版した8年後の2011年、脳内出血で倒れ、67歳で急死しています。ウィキによると、出版後、順調に回復していたものの、「オヤジ」と慕った森繁久彌さんの死去(2009年)にショックを受け、飲酒・喫煙を再開し、高血圧症になって衰弱していたことが死因のようだ、とのこと。「うつ病になってよかった」のは数年だけだった、ということのようです。

ともあれ、私は芸能界に詳しくはありませんが、著者が出る映画やテレビドラマはむかしときどき観た覚えもあり、この闘病記もどことなく懐かしい気分で読み通せました。


■日本経済新聞社編 『UFJ三菱東京統合 スーパーメガバンク誕生の舞台裏』(2004年10月、日本経済新聞社)

三菱東京UFJ銀行が登場するまでの動きを追ったノンフィクションです。正式には2006年1月に東京三菱(三菱銀行+東京銀行)とUFJ(三和銀行+東海銀行)が合併していますが、その2年近く前からの再編劇を細かな取材でフォローしていて読ませます。

私は前職時代、長く経済畑におり、金融関係も少しかじっていたものの、三菱東京UFJの合併劇の折はアサッテの方でウロウロしており、推移は細切れのニュースで知るだけ。UFJ信託と住友信託の統合話が破談になったり、東京三菱による統合提案の後、三井住友が横やりのようにUFJに近づくなどの騒ぎの背景はよく分からないままでした。

その辺りが、本書では割と明快に説明されていて、腑に落ちることが多数あります。特にUFJというより、三和銀行出身者が金融庁に抵抗し、「検査忌避」というみっともない所業のあげくに追い込まれていく過程の描写には、迫力がありました。


≪1月16日≫

■村上春樹 『海辺のカフカ(下)』(新潮社、2002年9月刊)

四国は高松をフィールドに、田村カフカなる15歳の少年と、ナカタさんという知的障害のおじさんが磁石に引き寄せられるように交錯し、それぞれ個性的な人物をそばに配してストーリーはおかしな方へ、奇妙な方へと予測のできない展開を続けます。

文章は明快で、何を書いているか分からないという難解さはないようです。代わりに、大抵のことが勿体ぶった思いつきではないか、知ったかぶりで奇をてらっているのではないか、むかしと同様いつまで経っても気取り過ぎではないか、という軽さ、ずるさ、調子の良さも見え隠れしてきて、おしまいの方はくたびれました(「カラスと呼ばれる少年」とは一体、何なのか)。

村上春樹さんの長編では、大ヒットした『1Q84』と『騎士団長殺し』あたりが未読。続けさまに手を伸ばすより、この辺でちょっと一服した方がいいのかもしれません。


■黒岩重吾 『斑鳩宮(いかるがのみや)始末記』(文春文庫、2003年1月)

聖徳太子に仕える、文武に優れた若手役人、調首子麻呂(つぎのおびと・ねまろ)を主役に据えた「連作古代捕物帳」です。仏教と律令による国家建設に奔走する精悍な理想主義者の太子、太子に心酔する役人の行動を描く、というだけでも珍しい設定ですし、しかも舞台は私が住む奈良・生駒のすぐそば。短編7本が入っていて、どれも面白く読めました。

各編のストーリーは、飛鳥に住む推古天皇や蘇我馬子らから離れ、今の法隆寺あたりにあった聖徳太子の皇宮に持ち込まれる難事件に子麻呂が巻き込まれたり、行動力で解決したり。その合間、貴族・豪族や木っ端役人、庶民の暮らしぶりと心の持ちようを想像の可能な範囲で描こうとしているようです。

作家生活の途中から古代モノに手を広げた黒岩さんには、聖徳太子、蘇我入鹿、弓削道鏡、さらには卑弥呼をも主人公にした長編があります。古代史最大の内戦、壬申の乱を描いた作品もあり、むかしある程度手を出しましたが、現代モノを含む黒岩さんの小説類はもはや新刊書店の店頭では見かけることすら少なくなりました。


≪1月5日≫

■浅田次郎 『カッシーノ2! アフリカ・ラスベガス編』(ダイヤモンド社、2004年4月)

ヨーロッパを回ったシリーズ第一作に続き、第二作はエジプト、南アフリカ、チュニジア、モロッコの南北アフリカと米国ラスベガスのカジノ巡り。リゾート地に併設されていることが多いカジノを飽かずに転戦し、そのほとんどで負けている様子を第一作と同様、楽しげにリポートしています。

ただ、タッチもトーンもあまり変わらず、南アフリカやチュニジアのカジノの成り立っている所以を説明する口ぶりも似ていて、シリーズが二作目で中断しているわけも見えてくる気がします。私もむかしギャンブルは好きでしたが、ヘタでしたし、すでに賭けごとに没入する山っ気も失せています。


■草薙厚子 『僕はパパを殺すことに決めた 奈良エリート少年自宅放火事件の真実』(講談社、2007年5月刊)

小さいころから父親に殴られながら受験勉強を強制され、有名私立中学に合格。入学後も父親が連日、学習机の向こうに座って勉強の監視を続け、ことあるごとに暴力を振るう。虐待され続けたこの長男は高校1年の初夏の早朝、自宅に灯油をまいて火をつけ、自らは京都方面へ家出する。殺したいと思った父親の不在と、火事になったら継母と弟妹が逃げ出せないことを知りながら。

2006年6月、奈良県田原本町で起きた東大寺学園高校1年生による自宅放火事件(継母と弟妹の3人が焼死)の経過を追ったノンフィクションです。事件を再現するに際し、捜査当局による供述調書を鑑定医の元から複写して持ち出し、それを事件再現の中心に据えたことで物議をかもしました。メンツをつぶされた検察が茶番のような捜査に踏み切り、講談社側が折れてこの本も絶版。私はブックオフで偶然見つけ、鑑定医が複写に合意した調書を下敷きにした同書に一定の迫力を体感しました。おしまい部分で「少年は広汎性発達障害だった」というくくりに逃げ込んでいるような印象は残りましたが。


■村上春樹 『海辺のカフカ(上)』(新潮社、2002年9月刊)

作者10作目の長編小説。田村カフカと名乗る15歳の少年の家出と、戦争中の不思議な事故で知的障害を被ったナカタさんの行動を交錯させるファンタジーです。

東京都中野区の自宅を出るカフカ少年が目指すのは、四国は高松。うまそうにうどんを食べます。ナカタさんも中野区に住み、やはり西をめざします。いつも通り記述は安定し、表現と発想は自在、先が読めないミステリー風味の筆致が先を急がせます。何より、上記の『僕はパパを殺すことに決めた』の高校1年生とカフカ少年はほぼ同年の家出という一点で重なり、偶然でしょうが、興味津々で読み始めました。


■黒川博行 『破門』(角川書店、2014年1月)

暴力団の桑原と、半カタギの二宮のコンビによる関西エンタメ極道小説「疫病神」シリーズの5作目。作者はこれでやっと直木賞を受賞した、ということです。シリーズの中でいうと地味で、喧嘩沙汰ばかり起こしているイケイケの桑原も今回は大けがを負ったこともあって大人しくなっています。

大阪、京都、奈良と愛媛の今治を舞台に、映画制作のプロジェクト詐欺を巡る暴力団同士の騙し合い、詐欺犯の誘拐監禁騒ぎなどの荒っぽいストーリー。それでいてストーリー構成はきっちりし、桑原・二宮の掛け合い漫才のような、テンポのいい大阪弁の会話がほぼ全編をカバーしていて楽しめます。

……………2019年……………

≪12月16日≫

■浅田次郎 『黒書院の六兵衛(上・下)』(文春文庫、2017年1月刊)

西郷隆盛と勝海舟の合議で実現した江戸城の無血明け渡し。薩長がいただく天皇の入城を前に一人の旗本が城内に出仕し、しかも正座のまま眠って朝昼夜と居座り続ける。差し出されるにぎりめし、自由に使える厠と風呂。それ以外はテコでも動かない「的矢六兵衛」なる旗本の正体、そして居座り続ける理由は? 

という、幕末を舞台にした作者ならではのファンタジーめいた作り話です。例によって語りがうまく、西郷隆盛や勝海舟、福地源一郎(桜痴)らの様子も面白く、ほとんど口をきかない六兵衛の描写の冴えもあって上下巻、楽しく読み通せました。話は地味ながらも、よく出来ているように思います。


■岩井三四二 『月ノ浦惣庄公事置書(つきのうらそうしょう・くじのおきがき)』(文春文庫、2006年4月)

こちらも地味な話。室町後期、近江の国は琵琶湖北岸の二つの村の土地争いが山門(比叡山延暦寺)や京在住の領主に持ち込まれ、双方の村の名代らがあの手この手でその裁判(公事)を自分たちに有利に進めるべく陳情と駆け引きを繰り返します。

『黒書院の六兵衛』とは異なり、当時の騒動を扱った「菅浦文書」なる古文書が素材になった、いわば現実の記録に基づく創作ということのようです。その分、伝奇モノめいた要素は少なく、時代モノというより歴史モノに近い感触。室町時代、百姓の土地争い、知られた登場人物ゼロ、という娯楽読物としてのハンディ(?)をものともせず、適度にチャンバラも交えて、ほぼ破たんなく長い物語に仕立てた作者の力量がみえてきます。第10回松本清張賞受賞。


■村上龍 『希望の国のエクソダス』(文春文庫、2002年5月刊)

約20年前に上梓された、当時からすれば近未来SFタッチの長編小説。国内の中学生が集団で突然不登校を始め、インターネットでつながった100万人近い彼ら彼女らはやがてさまざまなネットビジネスに乗り出して成功していきます。巨額の資金を手にした彼らの一部は北海道・札幌そばの広大なエリアに集団で移住し、新たな世界を作り上げていく――。

20世紀末に認知され始めたインターネットの広がりと、そこから生まれるネットビジネスの可能性を取り込んだ一種のファンタジー小説で、当時の観測のなかで手探りで期待し、想像を交えたエピソードをいくつも盛り込んでいます。

村上龍さんの近未来小説でいうと、『半島を出でよ』『歌うクジラ』などより地味な出来かも知れません。柔軟な発想ができる「中学生」に託してネット社会の未来を探る、という狙いはうかがえるものの、今も昔も「中学生」には、現実からエクソダス(脱出)できるほどの力量はない、としか思えませんので、文字通り絵空事の長編にとどまるような気がします。


■伊東潤 『天地雷動』(角川文庫、2016年10月刊)

再び戦国時代を舞台にした長編歴史小説。信玄なきあとの武田家を率いる勝頼と、織田信長と徳川家康の連合軍が西遠州で激突した「長篠の戦」(1575年)を素材にしています。

教科書風にいえば、勇猛な騎馬隊で知られた武田軍に、三段構えの鉄砲隊を押し出した織田・徳川連合軍が対峙し、武田側の敗北に終わったのが「長篠の戦」。この合戦に至るまでの三者、つまり信玄子飼いの猛将を束ねようと難儀する武田勝頼、信長の命で3000挺もの鉄砲の調達に奔走する羽柴秀吉、信長に反感を持ちながらも服従せざるをえない家康それぞれの立場からの動きと思惑を分かり良くまとめています。クライマックスとなる合戦シーンも面白く読めました。


■伊東潤 『城を噛ませた男』(光文社、2011年10月)

ついでに同じ作者の戦国モノの短編が計5本。
北条につくか、上杉になびくか、さらに織田方に従うかで揺れ続けた関東の国侍、佐野家の去就を描く「見えすぎた物見」、伊豆半島の捕鯨の基地の利を生かした「鯨のくる城」、信州の知謀の将、真田真幸のはかりごとを伝える表題作、尼寺にこもった武田家中今福家の娘のその後を教える「椿の咲く寺」、関ケ原で小早川秀秋の寝返りを画策した僧籍の謀将・江雪の去就を記した「江雪左文字」の5編。

いずれもいわば戦国期ドラマの脇役どころにスポットライトをあてた小編ばかりで、派手さはないものの、それぞれ興に乗って読めます。


■船戸与一 『満州国演義9 残夢の骸』(新潮文庫、2016年8月刊)

ようやく最終巻です。「大東亜戦争」も末期を迎え、ナチス・ドイツの降伏、サイパン陥落・硫黄島玉砕の果ての沖縄戦、原爆投下とポツダム宣言受諾、ソ連の満州侵攻となだれを打って昭和20年8月を迎えるまでを、病床の作者はペースを落とすことなく書き綴っていきます。

また、この巻だけで言っても、辻政信や瀬島龍三に対し、「現地の戦況を知ろうともしない、陸軍事大主義の一方的で偏狭・頑迷な参謀に過ぎない」と断罪していることや、ソ連が不可侵条約を破って満州に攻め込むことは半年も前にスターリンから予告されていたことなど、新しく知ることもいくつかありました。

外務官僚、元馬賊、憲兵、元学生という敷島4兄弟を配置し、全9巻の中で自在に動かしながらも歴史的事実にはタッチさせず、それでも4人のうち3人が死ぬという帳尻合わせ。完結後、作者は1年も経たずに他界されたためか、おしまい近くの「通化事件」や、シベリア収容所の描写がこころもち駆け足風にみえますが、巻末の「あとがき」と「参考文献」に至り、その駆け足は読了の充実感を損ねるものではなかったようにも思えます。


■トマス・ハリス/菊池光訳 『羊たちの沈黙』(新潮文庫、1989年9月刊)

入院した後、前から読もうとして機会がなかった本数冊を自宅から持って来させて読んだうちの1冊。映画化されたのが有名なようですが、なぞ解きミステリーの要素は少なく、現代風のホラーらしい恐さもなく(何せ30年ほど前の刊行です)、サスペンスというほどの緊迫感もなくといった塩梅で、拍子抜けでした。

ただし、訳のうまさもあって、雰囲気だけは伝わってきます。映画の方は大ヒットしたようなので、もしかすると原作以上の出来だったのかもしれません。


■吉田修一 『路(ルウ)』(文春文庫、2015年5月刊)

日本の新幹線が台湾を走る――。2001年の着工から2006年の開通式典までの実際の動きをバックに、日本の総合商社の担当、台湾出身の青年建築家、台湾で生まれて日本に引き揚げた老人ら複数の(架空の)人物を交錯させてドラマは進みます。

新幹線が台北から台南までを貫いて建設され、車両が搬入され、試運転されていく模様と、主だった登場人物の言動はダイレクトには関係せず、双方を並べて物語化するのはそれなりに難しかったのでは、と思われます。しかし、筆達者な作者のこと、そうした無理、不自然さを感じさせることなく、双方を明るく綾なして長編に仕上げています。相変わらずうまいものだ、と実感しました。


■貫井徳郎 『慟哭』(創元推理文庫、1999年3月刊)

警察を舞台にした本格推理小説で、ロングセラーとなっていると聞く作者のデビュー作です。むかし読んだと思っていて、念のため本棚にあった文庫を持ち込んだところ、未読と分かって勇んで読み通しました。

幼女連続誘拐殺人をテーマにした一種の叙述トリックミステリー。半分を過ぎたあたりでトリックが分かりかけたので、しかもトリック自体、どこかで読んだ記憶のあるものだったため、後は速足で片付けました。デビュー作らしい熱気、緊迫感があり、読んでつまらなかった、とは思いませんが。


■白田 『府中三億円事件を計画・実行したのは私です。』(ポプラ社、2018年12月刊)

入院中、発語面でのリハビリを受けた言語聴覚士から勧められ、退院前、ひと晩借りて読了しました。1968年、東京府中で起きた3億円強奪事件。迷宮入りし、時効も過ぎたあの事件の「真犯人」と称する高齢男性がネット上に投稿し、騒ぎとなった後、ポプラ社が1冊に仕立てて発刊した、ということのようです。

犯人しか知らないはずの事実が二、三入っているため、真犯人にしか書けないものだ、という評もあるようです。ただ、類書は事件から50年のうちに多数刊行されており、そこに事実として既に示されているものかも知れず、また当局がその事実を公開していない限り、事実かどうかを確かめる手段もない、ということで、真犯人の手記と言えるのかどうかは何ともいえません。

むしろ、この「白田」なる男性が、ある大学の学園紛争に加わっていたという述懐や、そこでの男女関係が犯行に至る伏線として介在していた、などのくだりが、シロウトの手記とはいえ、いささか安っぽく、最後までその調子が変わらなかったのは残念でした。同書の「奥付」には小さな活字で「この作品はフィクションです」とあります。「真犯人の手記」だという触れ込みの「創作」ということでしょうか。真偽不明です。


≪12月1日≫

■折原一 『遭難者』(文春文庫、2014年5月刊)

「叙述トリック」の多い推理小説作家による、割と読みやすい「山岳ミステリー」です。北アルプス白馬三山と唐松岳に挟まれた後立山連峰の難所「不帰の嶮(かえらずのけん)」。濃霧のなか、職場山岳会のパーティーの1人がこの難所から転落死してしまう。事故か自殺か他殺か? 

単行本のときは箱入りの2分冊で、それぞれ『笹村雪彦追悼集 不帰に消える』と『笹村雪彦追悼集・別冊 不帰の嶮、再び』に分かれていたようですが、文庫では2冊を一つにまとめています。それでも300頁足らずで、苦もなく読み通せます。

叙述トリックはない代わりに、メインの仕掛けはオーソドックスで、どこかで読んだことがあるような。という次第で大傑作とは言えないように思えるものの、私自身、白馬岳には2回、唐松岳(から五竜岳方面に南下)も1回登っており、作中の山の描写にもそれなりにリアリティーがあって楽しめました。


≪11月16日≫

■船戸与一 『満州国演義8 ―― 南冥の雫』(新潮文庫、2016年7月刊)

長く読み継いでいる大長編もラスマエ。年内には最後の9巻を踏破の予定です。

この巻は、1941年暮れの対連合国開戦後の状況を描き、ミッドウェー海戦を境にしたインドシナ半島での南方戦略に巻き込まれていく敷島4兄弟の動きを主に追っていきます。おしまいの方では、多数あった「大東亜戦争」の悲劇的な戦役のなかでも最悪の一つ、インパール作戦に元馬賊の敷島次郎がいやおうなく入り込んでいったところまで。文庫裏表紙のコピーには「食い破られてゆく絶対国防圏。白骨連なる第8巻」とあります。

作者は2015年2月に単行本の第9巻を上梓し、直後の4月に肺がんで他界されたので、エンピツで書き綴ったというこの長編の完結が絶筆。生前の作者もそうだったように、登場するほぼ全部の男が意地を張るように喫煙し、少なからずのアルコールを摂取するシーンがずっと連続して出てきます。


■神田桂一、菊池良 『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社、2017年6月刊)

タイトル通りのパスティーシュ(文体模倣)集で、編集者の著者2人が、計100編のパスティーシュを試みています。私はヒマではありませんが、無理してヒマを作って読み、笑いながらページを繰りました。

夏目漱石の『坊っちゃん』の模倣では「湯を沸かしてカップの蓋を開けると、かやくとソースを取り出す。これが面倒臭い。おれにはなぜ最初から混ぜておかないのか、ちっとも分からない」。村上春樹さんは『きみがカップ焼きそばを作ろうとしている事実について、僕は何も興味を持っていないし、何かを言う権利もない。エレベーターの階数表示を眺めるように、ただ見ているだけだ』。

吉本隆明さんのは『カップ焼きそばに現在性があるとすれば、その変成のイメージにある。沸騰したお湯を容器のメルクマークまで注げば、完成後のイメージが、如実感を以て表出してくる』。三島由紀夫は『幼時から父は、私によく、戸棚にカップ焼きそばがあることを語った。私がその官能的な馨香、ゆらゆらと反射する麺の輝き、濃厚なテイストの捕虜となり、熱烈な崇拝者となるのに時間はかからなかった』。

キリがないので、4つにとどめます。原作者のものをよほど読みこなしていないと出来ない芸当で、よくやるなあというか、あっぱれというか。


■葉室麟 『川あかり』(双葉文庫、2014年2月)

昨年末、66歳で他界された作者の世話物風の武家小説です。「藩一番の臆病者」と自他ともに認める18歳の伊東七十郎が主人公。家督を継いだばかりの七十郎は、藩内の派閥争いに巻き込まれ、属しているとされる派閥の敵、家老を成敗する刺客として放たれます。

橋のない川の渡しの手前で、江戸屋敷から戻る家老を待つ七十郎。折からの長雨で渡しが止まり、木賃宿に逗留するうち、知り合ったクセのある浪人や坊主、猿回し芸人らにイジられながら、やがて川を渡ってくる家老の殺害という役目に戦々恐々。結末はネタばらしになるので控えますが、同じ作者の『蜩(ひぐらし)ノ記』などにみられる、武家物らしい硬質な文体ではなく、筆致はくだけていて、ユーモアもあります。


■浅田次郎 『カッシーノ!』(ダイヤモンド社、2003年6月)

流行作家による欧州のカジノ巡り漫遊記。作者は極道物、戦記物、幕末物、中国物、現代物等で多作かつ人気ですが、執筆の合間、息抜きを兼ねて内外を旅行し、好きなギャンブルに的を絞った体験記をいくつも書いています。

イタリア語でカジノを意味する「カッシーノ!」が選んだ行き先はフランス、英国、ドイツなど。作者は各地にあるカジノのルーレットとスロットマシーンで遊び、まれに大当たりするほかは、惨敗に惨敗を重ねます。しかし、筆致はユーモラスでカラっとしており、挟間でみせる英仏独の国民性の違いや料理の味比べが楽しく、同行するカメラマン久保吉暉さんの写真もシブく撮れています。


≪11月1日≫

■百田尚樹 『海賊とよばれた男(上)』(講談社、2012年7月刊)

出光興産の創業者、出光佐三をモデルにした「歴史経済小説」という触れ込みの上下分冊。ベストセラーになった、と聞きます。確かに、割と面白く読めました。

上巻は、敗戦の昭和20年から22年までの国岡鉄造(出光佐三)の再起を追い、さらに鉄造の生まれ育ちと創業をフォローした明治18年から敗戦まで。国岡商店店主の鉄造は敗戦時、60歳。家族主義経営の商店ではカリスマ店主、鉄造の教育を受けた店員が、他社を圧倒する働きをみせ、進出する石油販売等でシェアを取ります。戦前の創業とはいえ、出勤簿も定年も就業規則もないという独特の経営を長く続け、上から下まで働きまくる、という社風が作られていきます。

それはそれで面白いのですが、店主から新入社員まで一致団結、一丸となって猛烈に働いた、という物語には、大人の童話みたいな一面があるような気がします。経済小説作家の高杉良さんが、デビュー作でモデルにしたのも出光興産で、その長編のタイトルは『虚構の城』。私もはるか昔に読んだものの、もう手元になく、ストーリーも覚えておらず、『海賊とよばれた男』との比較はできません。ただ、若い店員が店主のひと声で奮い立ち、がむしゃらに働き始めた、みたいな場面は一面、気味が悪くも思えてきます。


■百田尚樹 『海賊とよばれた男(下)』(講談社、2012年7月刊)

下巻は、イランから正面突破で石油を輸入したタンカー日章丸の事件(昭和28年)をメインに、戦後の国岡商店の発展の軌跡を描いていきます。ここでも国岡鉄造のリーダーシップのもと、日本政府や欧米の石油メジャーに挑む民族系石油会社としての果敢な闘いぶりが再現され、それなりに迫力があって楽しく読めます。

上巻と同じ読後感を避けるなら、下巻は戦後の経済復興の足取りを石油の輸入という角度から後付けたという意味で、戦後日本経済史の断面の記録という読み方もできるようです。出光佐三が死んだのは、石油危機の騒ぎが過ぎた昭和56(1981)年。確かに一代の傑物だったのかも知れません。


■池井戸潤 『銀翼のイカロス』(ダイヤモンド社、2014年7月)

安心して楽しめる半沢直樹シリーズの4冊目。東京中央銀行に勤める主人公が今回、担当を命じられたのは、苦境に陥ったナショナルフラッグの帝国航空。政権交代のあおりで、その帝国航空の再建計画が白紙に戻され、新政権は新たな再建計画をもとに、巨額の債権を持つ融資銀行団に7割の債権放棄を強要する。さて、頭取はじめ、東京中央銀行ほかの銀行員たちはどう動くのか。

帝国航空は日本航空、東京中央銀行は三菱東京UFJ銀行、開発投資銀行は日本興業銀行、など、多少のズレはうかがえるものの、21世紀入って以降の金融再編や日航の再建劇をベースに、島耕作のようにいずれは経営トップになるだろう銀行員、半沢直樹の弁舌は歯切れよく、ストーリーもドライブ感があって面白く読めます。


≪10月17日≫

■村上春樹 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文芸春秋、2013年4月刊)

ファンタジーめいた物語が多い村上さんの作品の中では、割とリアリティーがあり、面白く読めました。名古屋の高校で同級生だった男女の友人グループに入っていた主人公「多崎つくる」が他の4人から突如、排除されてしまうという発端から、十数年後、多崎自身がなぜ排除されたのかを探る、という流れでストーリーが進みます。

青春ミステリーといったタッチで、ナゾの解明の一方、主な舞台となる名古屋の独特な風土の描写が興味深く、読み手をストーリーに引き込む村上さんの文体の吸引力も健在。例によって、意表をつく比喩もたくさん出てきます。失敗作だという批評もあるようですが、他の作品群とは風合いの異なる小ぶりな1冊のように思います。

また、村上さんには珍しく「和食」を摂るシーンもあって、意外。『ねじまき鳥クロニクル』などでは「白米」を食べる場面は(読み落としでなければ)皆無でしたし、他の作品でも、登場人物が食べるのはパンかサラダかパスタかビスケットなんかの洋食系ばっかりですから。


■結城五郎 『心室細動』(文春文庫、2001年6月刊)

現役の医師によるミステリーは結構あります。こちらは千葉で開業する内科医が本業の合間に書いたとおぼしき長編ミステリー。使うべき注射の取り違えによる医療過誤事件を扱ったもので、医療ミスの原因や経緯を現場感覚に立って描き出じているようです。その分、臨場感があります。

ただし、サントリーミステリー大賞の受賞作にはなぜかありがちなことながら、ストーリーはよく考案されていても、書きぶりがどこかアマチュアっぽく、プロットの展開もぎくしゃくして、全体の構成も不完全なようにみえます。医学部教授のポストを狙う主人公の描写も迫力不足で、山崎豊子さんが『白い巨塔』で描いた事実上の主人公、財前五郎の黒々とした野心家ぶり、悪漢ぶりには及ばないように思います。


■土屋賢二 『無理難題が多すぎる』(文春文庫、2016年9月)

「笑う哲学者」の文春文庫23冊目のコラム集。お茶の水女子大の哲学の教授として長らく勤め、定年後、神戸に移住してからも連載を続けておられる週刊文春のコラムを編んだ1冊です。

シリーズはそのひねくれた文体、しょぼい身辺雑記、天敵の「妻」や「助手」にやり込められている様子が面白く、さらに神戸に転居された後は「苦悩の年金生活」「戦慄の年金生活」を過ごされながらも余裕がうかがえ、ひところのマンネリから抜け出されたようにもみえます。以前は単行本を出しても出しても「爆発的に売れ残っている」とぼやいておられましたが。

さらに、過去の文春文庫22冊の「解説」を読み比べた「みずほ情報総研社長(西澤順一氏)」の「解説」もケッサクで、楽しい仕上がりになっています。


≪10月1日≫

■船戸与一 『満州国演義7 ―― 雷の波涛』(新潮文庫、2016年6月刊)

しばらくぶりの再開です。船戸さん最後の大長編全9巻の7巻目。架空の敷島4兄弟は長く中国東北部、つまり満州国をフィールドにうごめいていましたが、時代の転変に沿う1941年12月、日本はついに米英ほかを相手にする太平洋戦争に突入、敷島次郎と三郎は中国本土からシンガポールに移って「昭南島」の陥落に立ち会います。

文庫本で各巻600頁を超え、それが7冊まで。故人となった作者は満州事変から満州国の建国、ドロ沼と化した日中戦争、ノモンハン事変などの膨大な史料に拠りながら、外交官、元馬賊、憲兵隊、元学生の4兄弟を自在に動かし、しかし歴史にはタッチさせることなく、満州国の歴史を辿ります。

1941年12月の太平洋戦争の開戦を、当時の日本人はどう捉えたか。戦争モノの本や映画に触れるたびに思うのは、ABCD包囲網を打破するための対米英戦争のスタートを「曇天が一気に晴れ上がったような」期待感をもって歓迎した大多数の日本人のことです。ひと昔前まで「日米開戦でついに暗黒の時代に突入した」と「心ある多数の日本人が嘆い」という、無理なウソを並べる左翼がいましたが、歴史はそんな後知恵風のシンプルなものではない、と私は思います。


■伊東潤 『峠越え』(講談社文庫、2016年8月刊)

『関ケ原』の東の主役、徳川家康を十数年若返らせ、織田信長に翻弄されていたころの様子を描く長編歴史小説です。

隆慶一郎さんが「影武者・家康」を作り上げた、本能寺の変直後の逃避行(伊賀越え)をかっちりした構成で再現しています。凡庸なためか、家臣から軽んじられ、「そんなことは分かっておる」が口癖だったという家康と、本能寺の変の関わりを想像し、作者は一つの仮説を立てます。

本能寺の変では、信長からのパワハラが重なってついに我慢できなくなった光秀が「敵は本能寺」と叫んで軍勢を東に向けたという教科書的な解釈のほか、ときのミカドと取り巻きの公家の策略説、足利義昭が糸を引いたというあやつり説、あるいは実は秀吉が仕組んだというマッチポンプ説およびそれらの組み合わせを聞いた(読んだ)ことがあります。しかし、本書の推理(創作)はまた別モノ。ネタバレになるので触れませんが、そうだったかも知れないという印象は残ります。


≪9月16日≫

■NHKスペシャル取材班 『老後破産――長寿という悪夢』(新潮社、2015年7月刊)

2014年9月の放映というNHKスペシャル『老人漂流社会 ― 老後破産の現実』で紹介された事例をベースにしたルポルタージュ。私はこの特番は観ていないので、映像や音声を交えた番組の出来不出来は分からないものの、取材記録を活字にまとめたこの1冊だけでも、取材班の誠実な姿勢と制度改革・運用上の切実な提言が伝わり、年金に関わる仕事柄もあって、興味深く読み通すことができました。

番組が示す「老後破産」は、国民年金にしか入っていない、または厚生年金が加わっても月額換算で10万円前後の年金しか受給できていない70代・80代の一人暮らしの高齢者が1割負担の医療費が怖くて病院に行けない、介護保険のサービスを受けることにも二の足を踏む。あるいは、年金受給者でも一定の生活保護の受給権があり、医療費・介護費も無料になるのに、昔からの持ち家住まいであるために保護の対象から外れてしまう、などの厳しい事例がリポートされています。

社会保障制度の挟間で身動きできない高齢者は百万の単位で残されていると言われ、その困窮のパターンは千差万別です。本書もさまざまな個人史の果てに制度の挟間に落ち込んだ例を拾い上げ、他人事ではない切迫感がうかがえます。「持ち家保有でも生活保護の対象」に含まれるという、一部自治体での弾力的な運用などにも言及されており、理想論(空論)に逃げ込まないスタンスは現実的、実際的です。


■藤原智美 『暴走老人!』(文芸春秋、2007年8月刊)

かつて『運転士』で芥川賞をとった作家(男性)による長編社会評論。「暴走老人」は税務署受付などの公共の場でいきなり怒り出したり、暴れたりする、こらえ性のない凶暴な高齢者のことで、本書でも最初のうちにいくつかの著者自身の見聞例が示されています。

しかし、そうした高齢者の例を挙げるだけでなく、なぜ暴走老人が目立ってきたのかという背景に思いを巡らせている点がユニーク。「暴走老人が増えている」というのは統計では示せず(高齢者の犯罪は増えていますが)、むしろ「待たされること」が我慢できない、「マニュアル通りの要求」に対応できない、そしてネット技術が使えないと排除されかねない社会のデジタル化に抵抗し、反発せざるをえないアナログ老人のみじめな姿を浮き彫りにしています。

理屈っぽい1冊ですが、語りは平明で、私と同年代の著者の指摘はおおむね納得できます。こらえ性のない老人は昔からいたように思うものの、ここ10年ほどの社会の変化は著しく、しかも人数の多い団塊世代が大挙して70代を迎えつつある今、「暴走老人」はさらに実数として増えそうな雲行きともいえます。


■石原慎太郎 『老いてこそ人生』(幻冬舎文庫、2003年6月刊)

もう15年前、著者71歳の折のエッセイで、よく売れた由。私はブックオフの108円の古本で購入し、一読しました。思った通り、望んだ通りのことを行動に移し、作家・政治家として言いたい放題、やりたい放題だった著者の「老化」に対する抵抗の軌跡とでも言えばいいのでしょうか。

自慢話の多い、いつもの石原節が続きます。ご本人は若いころからの肝炎と腰痛にあらがい、ヨットやダイビングで始終ケガをし、あまたの健康法や漢方療法を取り入れ、あげく「自分がどの程度老いたかということは、決して他人との比較の中でのことではなしに、結局、自分自身の内側の問題だということ」(あとがき)という、至極当たり前の言葉で1冊を終えています。

弟・石原裕次郎も大酒飲みで有名でしたが、若い頃、2人が朝まで飲み続けてウイスキーのボトル8本を空けた、などというエピソードも出てきます。ウソではないのでしょう。しかし、1人で4本でも、そんなに飲むと普通なら死んでしまいます。


≪9月2日≫

■安田浩一 『ネットと愛国 ―― 在特会の「闇」を追いかけて』(講談社、2012年4月刊)

2006年末に生まれた「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の足取りと、桜井誠・前会長を軸にした会幹部たちの言動を追う、フリーライターのルポルタージュです。

在特会はネット経由で募った1万5千を超える「会員」を有すとされ、大きな日章旗を林立させてのデモ、在日韓国人・朝鮮人らに関わる学校や施設への抗議、とくに口汚いアジテーション、ヘイトスピーチで知られています。私も一度、在日の多い大阪・鶴橋に到来した在特会のデモに偶然、出くわしたことがあります(黙ってじっと見ていました)。

在特会の主張は、著者および対立するグループらによってほぼ全部が論破されており、ルポルタージュの主眼は、街頭活動に参加する在特会のメンバーに接触することで彼ら彼女らの素顔と私的な思いをあぶり出そうとしている点にあります。

在特会のメンバーは、保守系の市民活動家や既存の右翼とは異なり、街頭活動以外の場面では、ごく普通のおとなしい若者が多いとされ、デモや集会や抗議に参加する時になって豹変する、ということのようです(中には若い頃からの暴れん坊もいるようですが)。同時に、彼ら彼女らの大多数は、行政やマスコミは内外の政治的圧力に屈しており、提供する情報はウソばかり、仲間うちのネット空間にしか真実はない、と思い込んでいるようだ、ともいいます。

ルポでは、著者本人が在特会の面々と語り合うだけでなく、互いにののしったり、絶縁したり、という場面も拾い上げて人間くさい一面もあり、全体として読ませます。京都朝鮮学校への在特会の抗議活動も詳しく紹介・論評されており、その辺り、とくに興味を引かれました。第34回講談社ノンフィクション賞と第55回日本ジャーナリスト会議賞を受賞。


≪8月17日≫

■堀田佳男 『エイズ治療薬を発見した男 満屋裕明』(文春文庫、2015年9月)

発症すると高い確率で死に至る、と恐れられた「エイズ」(後天性免疫不全症候群)。不治の難病とされたこのウイルス感染症がいつしか治療可能、あるいは症状の悪化に歯止めをかけられる病気になった、という話はよく聞きます。すでに30種を超える薬剤が発見・開発され、世界中で使用されている、とも。

この長編ノンフィクションは、熊本大学医学部から米国のNIH(国立衛生研究所)に移り、1980年代後半以降、エイズの最初および2、3番目の治療薬を発見・開発した九州男児の半生を描いたものです。確かに、エイズ患者の急増が話題になり始めたころ、日本人研究者がエイズに関わる画期的な研究開発に成功した、というニュースを耳にした、おぼろげな記憶はあります。

その満屋博士は今もずっとエイズ治療薬の研究に携わり、熊大を拠点に東奔西走の日々を過ごしておられる、とのこと。その足取りがフリーライターの達者な筆さばきで生き生きと再現されています。

長らくノーベル生理学・医学賞の候補として注目されているということですが、村上春樹さんになかなか文学賞が授与されない半面、いつかは取るだろう、という期待は続いているのと同じ意味合いで、満屋博士にも、30代以降のあくなき探究心、エイズウイルスを間近で扱うという勇気ある奮闘が報われる時が来るはず、という楽しみ方はできそうです。


■吉田修一 『さよなら渓谷』(新潮文庫、2010年12月)

筆力のある作家による、暑苦しい長編小説です。ネタばれを避けるため概略だけ記すと、奥多摩あたりの渓流沿いの市営住宅で同棲する男女は、ある事件の加害者と被害者だった。2人と2人に関わる面々が動くのは、夏のさなか。ちょうど今年のような猛暑が背景に据え置かれ、ストーリーとともに、細かな暮らしや心理の描写には、ムッとするような熱気と湿度がうかがえます。

実際、なまじ描写がリアルなだけに、こじれた物語の設定ともども、読んでいて心地よくはありません。涼しい渓流の場面も出てくるものの、それは一部で、2回と読み返す気をなくさしめるほどに難解。くどいようですが、暑苦しいフィクションでした。うまいと言えば、うまい書きぶりですが。


≪8月2日≫

■百田尚樹 『夢を売る男』(太田出版、2013年2月)

自分の生きざまを本にしたい、という夢を持った男女をカモに仕立て、出版社と本人が費用を分担して書籍を作り、本屋の店頭に並べるスキームを提案。そんなあざとい出版ビジネスを仕掛ける編集部長を主役に据えた連作風の短編小説集です。自分史などの自費出版と、このジョイント・プレスと名付けた商法の微妙な違いなど、割と器用に書けています。

本人のいないところで「クズ本」とか「カス原稿」とかの悪口を言いつつ、相手の自惚れや錯覚を誉め立てて自己顕示欲をくすぐり、安くない金を巻き上げる、という詐欺まがいの話ばかりで、ストーリーにはクセというかアクがあります。最後の最後でヒネリを用意しているものの、読後感は複雑。構造的な出版不況のただなかで、本を売るための業界の模索の一端を教える1冊だとはいえそうです。


≪7月16日≫

■和田竜 『村上海賊の娘(下)』(新潮社、2013年10月)

室町末期に活躍した能島村上の首領、村上武吉の長女で、創作上のじゃじゃ馬「景」の活躍を描いた長編の下巻。大坂本願寺に兵糧を運ぼうとする毛利側(村上海賊)と、それを認めない織田側(真鍋海賊)が激突した大阪湾岸・木津川合戦の再現が中心になっています。

村上、真鍋の両海賊集団に鉄砲部隊・雑賀党の鈴木孫市ら多数が絡み、物語は破たんなく進み、おしまいは予想通りの大団円。ところどころオーバーな描写も出てきますが、戦国娯楽大作として読めば、それなりに楽しめます。

村上海賊が本拠とした芸予諸島はいま「しまなみ海道」が南北を貫き、海賊を祖先に持つ島々は海運業が盛んです。能島や大三島、来島などの一帯は「しまなみ海道」付設のサイクリングコースが有名ですが、私は自転車とは関係なく、むかし用向きがあって3回現地に出向いています。なので、大小の島々が多数連なる一帯の風景の描写は懐かしく楽しめました。


■三浦しをん 『舟を編む』(光文社 2011年9月)

遠方の友人に勧められて一読。辞書づくりに執念を燃やす研究者や名門出版社編集部員らの群像を軽快に描き上げています。「舟を編む」とは「言葉の大海に乗り出すための小船=辞書」の編さんの意。10年以上の歳月をかけ、「大渡海」という大型の国語辞典を編さんするまでの出版社の努力と没入ぶりが分かりよく表現されています。

辞書の紙質(ぬめり感など)をめぐる製紙会社との交渉など、編集部を超えた領域での人々の仕事に賭ける心意気も伝わってきて楽しめます。女性作家ならではのソフトなタッチもほどよくキープ。映画にもなったようなので、いずれレンタルで観てみようか、と考えています。


≪7月2日≫

■和田竜 『村上海賊の娘(上)』(新潮社、2013年10月)

本屋大賞を受賞し、累計で100万部超えのベストセラーになった長編時代小説の上巻。織田信長が大坂本願寺を攻撃した室町末期、瀬戸内海を支配していたという村上海賊の首領の長女を主人公に仕立てた「戦国活劇娯楽大作」です。

読みやすく、海賊や武将の描き方もうまく、楽しい読み物になっていることは確か。ただ、今風というか、全体にタッチが劇画調で、『のぼうの城』と同様、よく言えば軽快、悪くいえば軽薄な気味があって、従来型の戦国モノに慣れた目からすれば、重みに欠けるようにも思えます。「泉州侍」の言葉遣いや発想は、笑ってしまうほどに楽しく表現されていて、感心しましたが。


■百田尚樹 『輝く夜』(講談社文庫 2010年11月)

クリスマスイブを迎えた男女間の奇跡が5つ。普通ならまず敬遠する恋愛短編小説集です。ブックオフで見つけて読んだのは、ゼロ戦を取り上げた長編『永遠の0』で作家デビューした作者の第2作品集という触れ込みだったため。さほど期待せず、半身に構えて読み進め、しかし見込んだ以上の面白さでした。

作者はタカ派らしく、保守反動に近い言動で批判されることが多いようですが、私は、政治的な言動と創作活動をごっちゃにして判断する偏見は持ち合わせていないので、気にすることなく読み終えました。大人のメルヘンみたいなもので、筋立てはこじゃれているし、意外に上品で、気楽に読み通せます。ただし、後に残るものは、わずかです。


≪6月16日≫

■森見登美彦 『宵山万華鏡』(集英社文庫、2012年6月)

祇園祭の宵山(7月16日)を舞台にした短編ファンタジー小説が計6編。山鉾巡行の前日、人波でむせ返る四条烏丸あたりの様子が、現実と幻想の入り交じった不思議なタッチで描かれていきます。

「宵山劇場」「宵山回廊」「宵山迷宮」など迫り方はさまざまなれど、同じ登場人物が各編に出没するところをみれば、連作風ともいえます。『四畳半』シリーズと同様、作者のボキャブラリーは多彩かつ豊富で、情景描写もカラフルなため、宵山独特の雰囲気がそこはかとなく伝わってくるようです。

祇園祭も宵山も直に観たことがない人には、つかみどころのない短編集ともいえます(どんなものか分からない描写が多いので)。今年も宵山まであと1カ月。久し振りにあの暑苦しい、ヒトだらけの雑踏に足を運んでみようか、という気にもなりました。


■綾辻行人 『深泥丘奇談・続々』(角川書店、2016年7月)

こちらも京都モノ。というか、幻のなかの「裏京都」、空想のなかの「もうひとつの京都」を舞台にした連作奇談シリーズの3冊目で、今回も夢かうつつか定かならぬ奇譚が計9編。それぞれ面白く読めます。

『館』シリーズなどの本格ミステリー群とホラー小説群で一家をなした作者は今も京都市内に居を構え、この『深泥丘奇談』シリーズの語り手は、作者さながらの設定です。「裏京都」なので、比叡山の代わりに「紅叡山」がそびえ、深泥池ではなく「深泥丘(みどろがおか)」に語り手が通う病院がある、といった具合。

雰囲気のある文体はいつも通りで、とくに「けけけ」「ちちち」「ずずず」などの擬音表現とその配置がユニークで、やっぱりうまいなあ、と感心させられます。


≪6月1日≫

■村上春樹 『紀行文集――ラオスにいったい何があるというんですか?』(文春文庫、2018年4月)

20年ほどの間にたまったという世界内外への旅行記11本をまとめた1冊。かつて著者が一時的に住んでいたという米国東部、イタリア、ギリシャと、初めて訪問したアイスランド、米国東西のポートランド、フィンランド、ラオスなど、そして国内では熊本。いずれも自在闊達なタッチで、楽しく旅の時間を過ごした様子が描かれていきます。観察と表現と発想が面白いので、読みながら、まるで自分もその先々に旅しているような気分になります(→なりません)。

書名の「ラオスにいったい何が」は、著者がベトナムで聞いたというベトナム人の一言。訪れたのはラオスの古都ルアンプラバンで、そこには無数の仏教寺院とメコン川と魚料理があった、ということで、このラオス編に限らず、著者の好奇心と行動力には感心させられます。

熊本編は地震の前と後の2回。私は若いころ3年半を熊本で暮らし、現地調達で所帯を持ったので、転勤後も数限りなく熊本に行き来しています。熊本には書店が多い、とか、市民の誰もが熊本城を大事に思っているとか。ただ、著者がきちんと探訪している夏目漱石の借家跡などは昔も今も行ったことがなく、その意味では新鮮でした。


■清水潔 『「南京事件」を調査せよ』(文春文庫、2017年12月)

当メルマガ106号のコメントで触れた文庫本。1937年の中国本土での「南京事件」に迫った日本テレビの特番(2015年10月放送)の取材記録という体裁です。特番は計7つの賞を受け、同時に事件否定派のS紙から批判され、文庫では批判に対する反論も追記されています。

被災した中国の軍民30万人という数字は確証できないにせよ、日本陸軍の兵士たちの多数の日記をよりどころに、投降した国民党軍を虐殺した12月の現場を特定するなどの手法で事実の解明に挑んでいます。前回のコメントで記したことを繰り返す気はありませんが、全体として的確にまとめられており、読み応えはあります。

もっとも、著者は日露戦争に従軍して砲撃の指揮をとっていたという自身の祖父のことをとやかく書いており、これはなくても構わないくだりでは、とも思えました。


■浅田次郎 『帰郷』(集英社、2016年6月)

こちらも戦争もの。赤紙で徴集された男たちが、北千島・占守(シュムシュ)島でのソ連軍の終戦後の侵攻に向き合った長編小説『終わらざる夏』の系列に連なる短編が計6編。それぞれ読ませます。

玉砕したテニアンからの復員兵の話、ニューブリテン島での対空迫撃砲部隊の話、自衛隊の訓練部隊に紛れ込んだ陸軍上等兵の話(怪談)、白い病衣の傷痍軍人の話、潜水艦の中で死に絶えていく学徒動員兵の話など。戦後生まれの作者が目いっぱいの想像力を駆使した情景描写、心理描写にはほんの少し「もっとひどかったのでは?」と思わせる部分もありますが、それでもここまで「創れた」のは立派だと思います。

6編のうち「金鵄のもとに」に出てくる傷痍軍人は、私も子供のころ、人通りの多い街角やお祭りの露店そばなどで何回も目撃しています。アコーディオンを抱えて。終戦から10数年経っていましたから、あの傷痍軍人たちは恐らくその頃までずっと人の集まる場所に姿を現していたことになります。


≪5月16日≫

■船戸与一 『満州国演義6 大地の牙』(新潮文庫、2016年3月)

南京事件の後、物語の舞台はいったん満州に戻り、舞台回しの敷島4兄弟の動きも錯綜の度を強めていきます。背景にあるのは、ドロ沼化する日華事変と第二次国共合作以降の動きで、この第6巻は極東ロシアに集結するソ連軍との「ノモンハン」事件までを詳細に、かつ執拗に描いていきます。

ノモンハンは日ソ両軍で3万人前後の戦死者を出しているので、事件とか事変ではなく、単に戦争と呼んでもいいようにも思われます。ただ、作者の筆致は、敷島4兄弟だけでなく、陸軍の個々のキャリア組、士官、憲兵などの物語上の架空の人物に状況を語らせ、一方で、石原莞爾や川島芳子ら実在の人物にはセリフを与えない、という創作と史実を峻別したスタンスで描かれています。


■伊東潤ほか 『決戦!関ケ原』(講談社 2014年11月)

7人の歴史・時代小説作家による「関ケ原モノ」の短編競作集。それぞれ割と面白く読めました。

伊東潤さんが、東軍を率いて勝利した「徳川家康」、吉川永青さんが東軍先鋒・福島正則旗下の「可児才蔵」、天野純希さんが信長の弟ながら長く生き延びた茶人「織田有楽斎」、上田秀人さんが西軍の総大将格「宇喜多秀家」、矢野隆さんが合戦後、敵中突破して故国に戻った「島津義弘」、冲方丁さんが寝返りの「小早川秀秋」、そして葉室麟さんが最後に「石田三成」を取り上げています。

7編のうちいくつかで気づいたのは、東軍に寝返った小早川秀秋の描かれ方の違いです。秀秋は内通していた家康から「督促」を受けて西軍を裏切り、戦後、家康から備前岡山を褒賞として与えられたものの、裏切りの汚名が付いて回り、やがて病的な精神状態に陥り、ついには狂い死にに近い最期を迎えた、とするのが、司馬遼太郎さんらの解釈でした。

ところが『決戦!関ケ原』で出てくる秀秋は、下剋上の室町・戦国の気風さながら、利害の計算で東軍に寝返ったことに何のためらいも反省もなく、むしろしてやったり、とほくそ笑んでいた、というつくりになっています。


■貫井徳郎 『崩れる――結婚にまつわる八つの風景』(角川文庫、2011年3月)

このミステリー作家は構成のしっかりした長編が多いように見受けますが、こちらはショートショートに近い短編が8本。割と器用に、結婚、というか男女のカップルにまつわるホラーめいた、オカルトめいたミステリーをさまざまに描き分けています。

とはいえ、ストーリーやトリックはどうも作りモノめいたところが多く、リアリティーという面でいまいち、という印象も残ります。結婚にまつわるミステリーとなっていて、私も結婚しているので、自分の知らない「結婚の闇(?)」をめぐるどれほどのインパクトが得られるか、期待しましたが、さほどでもなかったようです。この手の短編なら、阿刀田高さんの方が格段にうまいようにも思われます。


≪5月1日≫

■船戸与一 『満州国演義5 灰塵の暦』(新潮文庫、2016年2月)

中断していた長編近現代史小説の通読を再開しました。第5巻は、1936(昭和11)年に起きた2・26事件が抑えられた後、陸軍の統制派が、事件を主謀した皇道派を排除し始めるところから。それが建国されたばかりの満州国に及ぼす余波、とくに陸軍幹部の動きを左右していく複雑な変転が描かれていきます。

物語は依然、快調。作者が舞台回しに据えているのは、敷島4兄弟。満州駐在外務官僚の一郎、馬賊から足を洗った後も似たようなことを続けている風来坊の二郎、憲兵隊のエースにのし上がった三郎、周りに動かされてふらふらしている元学生の四郎。

この架空の4人が中国本土の各地で交錯するなか、西安事件、通州事件、第2次上海事変、そして南京攻略(南京大虐殺)へと歴史は動いていきます。


■河北新報社編 『河北(かほく)新報のいちばん長い日――震災下の地元紙』(文藝春秋、2011年10月)

3月に読んで当欄でも紹介したノンフィクション作家、門田隆将さんのルポ『記者たちは海に向かった――津波と放射能と福島民友新聞』に続いて手に取りました。

こちらは仙台に本社を構える地元紙の編集委員が3・11直後の被災現場と社内の動きを軸に当時の報道現場と社内外の当事者に取材してまとめ上げた、という体裁です。福島民友新聞の門田ルポと同様、読み応えがあります。

とくに目を引いたのは、震災当日の新聞発行を新潟日報の支援で成し遂げたくだり、店に残ったために津波に襲われた新聞販売店主の妻の手記の紹介、物資調達で後方支援に徹した山形総局の動き、社員の安全優先のため福島からの撤退を指示したことで原発取材の空白が生じたこと、などでした。


≪4月16日≫

■帝国データバンク情報部/藤森徹 『あの会社はこうして潰れた』(日経プレミアシリーズ、2017年4月)

民間信用調査機関大手の帝国データバンクに長く勤める調査マンによる「経営破たんした企業」の実例リポート。2015年5月から日経新聞電子版に連載が始まったというコラム「企業信用調査マンの目」をまとめたものらしく、有名無名の破たん企業の事例が、固有名詞入りで報告されています。

登場するのは、和菓子の「駿河屋」、大B反市の「京都きものプラザ」、ビフテキの「スエヒロ商事」(スエヒログループの1社)、「第一中央汽船」、ジュエリーマキの「三貴」、パラゾールの「白元」、ジーンズの「エドウィン」、池袋の「芳林堂書店」など、この10年ほどの間に経営破たんし、民事再生や自己破産などの手続きに追い込まれた40社近く。

放漫経営や過大な事業計画、強引な財務戦略など、破たんに至るまでの経過・原因はさまざまですが、それらが「構造変化に呑まれた企業はこうなる」「ベンチャー企業はどこでつまずいたか」「闇経済、不正、詐欺の舞台裏」などのアングルごとに分けられ、リポートの手並みも上々です。文体に体言止めが多いのが少し気になるものの、読み応えのあるノンフィクションでした。


■貫井徳郎 『ミハスの落日』(新潮文庫、2010年4月)

短編というより中編に近いミステリーが計5編。舞台になるのは、スペインのバルセロナとミハス、スウェーデンのストックホルム、米国サンフランシスコ、インドネシアのジャカルタ、エジプトのカイロ。いずれもミステリーとしての趣向を変えていて、楽しく読めます。

作者はいずれも現地で取材しているとのことで、それぞれの雰囲気もよく再現されているように思えます。どんでん返しのトリックや現地警察の内情をベースに、シリアスに、ときどきコメディタッチでそれらをおおむね破綻なく描き、ストーリーに咬み合っていて退屈させません。5編いずれも、ただのパズルミステリーになっていない点は、さすがです。


≪3月16日≫

■門田隆将 『記者たちは海に向かった ― 津波と放射能と福島民友新聞』(角川書店、2014年3月)

東北大地震・大津波のただなかにあった福島県の地元紙「福島民友新聞」の群像を描いたノンフィクションです。大いに感銘を受けました。

門田さんが本作で主人公に据えているのは、地震後、津波が来ると分かって海に向かい、人を助け、しかし自分は波に襲われて死んだ、まだ若かった熊田由貴生記者。彼を取り巻く人々の動きとその後、さらに震災当日の停電で発行も危ぶまれた新聞社の混乱と、ついには印刷と配送にこぎつけた模様などが生き生きとリポートされています。

現場があり、そこに入れるなら、どこまでも入って行こうとする。入って行かずに逃げたら、必ず後悔する。とにかく現場の写真を撮りたい。そんな記者の習性を思い出させてくれた、上質のノンフィクションでした。


≪3月1日≫

■垣根涼介 『光秀の公理(レンマ)』(角川書店、2013年8月刊)

『ワイルドソウル』や『君たちに明日はない』シリーズほか、現代風のシャープな小説で人気の垣根さんが、初めて挑戦した歴史モノ。安土桃山時代に活躍し、「本能寺の変」で主君・織田信長を襲った明智光秀を中心に据える、虚実ないまぜの長編です。面白く読めます。

美濃源氏の嫡流を自任し、武勇と知恵と行動力で一族を束ね、「途中入社」した織田家で頭角を現した十兵衛光秀の姿を楽しげに描いています。本能寺の変は光秀の野心だけではなく、誰かが仕組んだシナリオに光秀が従ったものではないか、とするナゾの解明には直接踏み込まず、複数の仮説をいずれも認めるような筋立て。そこに新九郎と愚息という、光秀の親友を絡め、全体の構成はなかなかによくできています。

私らの世代は、NHKの日曜大河ドラマ『太閤記』(1965年放映)を楽しみに観ていたクチ。平均視聴率31%に及んだといいますから、50年以上前の放映ながらも、覚えている中高年は少なくないのでは、と思います。そこでは、秀吉役は緒形拳、信長役は高橋幸治、光秀役は、あの影のある佐藤慶。その光秀=佐藤慶の印象が今も少し残ったままです。しかし『光秀の公理』に登場する明智光秀は、やや鬱屈した雰囲気もある半面、文武兼ね備えた、力量のある颯爽とした武士だったと造形されていて、それが実相に近いのでは、とも思えてきます。


≪2月16日≫

■野村進 『解放老人 認知症の豊かな体験世界』(講談社、2015年3月)

ノンフィクション作家兼大学教授による長編ルポです。舞台は、山形県にある精神科病院の「重度認知症治療病棟」。そこに何度も通い、またはしばらく滞在して多数の認知症高齢者の様子を観察し、ときには意思疎通不十分ながらも彼らお年寄りと交流した記録ともいえます。

いきなり発病して暴れ出した、つまり急性の精神病患者を治療する千葉県の病院を取材した『救急精神病棟』に続くもので、ノンフィクションとしてはそれなりに読ませます。まとめ風にいえば、認知症の高齢者は、仮にがんなどの重い病気を患っていても、ご本人はあまり苦痛を感じることなく、老衰に近い最期を迎えることが多いということのようでした。周囲からは窺えない認知症患者はもしかすると「解放された老人」なのかもしれない、という仮説に立っているようです。

しかし、それをもって「認知症の豊かな体験世界」と言えるのかどうか。外部にいる著者にはそうみえる、というだけで、認知症の厳しい内実にまでは迫れていないようにも思えます。


■船戸与一 『満州国演義4 炎の回廊』(新潮文庫、2016年1月)

清朝最後の皇帝・溥儀を迎えて作り上げても「五族協和」が実現するあてはなく、各地に抗日戦線がうごめく不穏な空気のまま、満州国は立ち上がり、関東軍をバックに統治を始めようとします。この物語も半ば近くに差し掛かり、正直なところ、複雑さが増してきて、細かなところにこだわっていると、前後関係、因果関係が見えにくくなってしまいます。

ややこしい気配を抑えているのが、敷島太郎(外務官僚)、二郎(馬賊)、三郎(憲兵隊)、四郎(元学生)の架空の4兄弟の動き。中国本土で続発する上海事変などの史実に対し、4兄弟はストーリーに直接関わることはなく(太郎以外は何人も人を殺しますが)、いわば脇役にとどまり続け、石原莞爾や川島芳子などの実在の人物がそのまま登場する場面もありません。第4巻の後半は2・26事件に差し掛かるものの、それはニュースとしての扱いにとどまります。


≪2月1日≫

■船戸与一 『満州国演義3 群狼の舞』(新潮文庫、2015年10月)

前巻「事変の夜」は満州事変、上海事変と続いた昭和初期の中国本土での史実がメインで、第3巻は、その中国東北部に「満州国」が創建される、という流れに入っていきます。ストーリーをたどるのはともかく、第3巻でも架空の敷島4兄弟が中国本土のあちこちに生息して日中間の駆け引きと戦闘に巻き込まれていく、という展開。その4兄弟の造形が依然みごとです。

大長編の冒険小説を読み継ぐという経験でいえば、近年では、北方謙三さんの『三国志』以来です。『三国志』以上に面白いと聞く、北方さんの『水滸伝』は未読。読んでいる間は冒険活劇にとりあえず没入できて楽しい時間が持てますが、この『満州国演義』は、強引な手法で事変を拡大させる関東軍を中心に、戦前の軍部のひどさを教えて余すところなく、時々やりきれない気分にさせられます。


■東海林さだお自選 『ショージ君の旅行鞄』(文芸春秋、2001年6月)

漫画家というより、エッセイストとして多彩な業績を残している東海林さんの旅行がらみのエッセイが計55編。単行本23冊の中から自選したというだけあって、いずれも非常に面白く読めます。

章立てでいくと、「ゴージャス海外旅行」「日本全国グルメ巡り」「乗物大好き」「温泉でのんびり」「旅は果てしなく」「散歩の達人」「旅の友、駅弁」。漫画家という自由業を貫いておられるとはいえ、行き先や旅の目的が至って幅広く、しかもそれぞれを絶妙のリズムを持った文章で再現していく力量には目を見張るべきものがあります。

スペインの闘牛の模様をビビッドに伝える「スペイン昼寝旅」の描写力のすごさ。私が京都とともに足場を置く「奈良よ!」という短いエッセイでは、「札幌ラーメン」「仙台ラーメン」「横浜ラーメン」「京都ラーメン」「神戸ラーメン」「広島ラーメン」など、実際の有る無しは別にして、地名を付けたラーメンはどれも雰囲気があってうまそうに思える。ところが「奈良ラーメン」だけは、なぜかおいしそうには聞こえない、というスルドイ指摘があったりして、ほとんど退屈することなく、全編を読み通せました。


≪1月16日≫

■船戸与一 『満州国演義2 事変の夜』(新潮社、2007年4月)

全9巻のシリーズ第2巻。張作霖爆殺事件(満州某重大事件)の後、関東軍が昭和6年(1931年)9月に柳条溝(湖)事件を起こし、短期間のうちに満州全体を占領するに至るまでの「満州事変」を主なイベントとして扱っています。

冒険活劇風のペースは快調。満州事変が勃発するまでの関東軍、軍部中央、満鉄、外務省のせめぎ合い、さらに中国、朝鮮のさまざまな勢力が入り乱れる、史実に沿ったという複雑な展開が興味深く続きます。

カーキ色のザラザラした感触の戦争モノになっていないのは、具体的な情景描写と、作者がどちらの側にもくみしない足場を守っており、架空の敷島4兄弟の動きを絡めてストーリーに群像劇風の幅を持たせているからのように思えます。


■小林よしのり 『ゴーマニズム宣言 国防論』(小学館、2011年9月)

自衛隊を軍隊と認め、憲法に明記すべし、と主張しているらしい人気漫画家の「マンガ国防論」です。東北大地震・大津波の救援活動で当初、約10万人が現地入りした自衛隊の活動を賞賛する前半が割と読ませます。とくに、太平洋側の被災の模様を克明に描いたページは迫力がありました。

後半は潜水艦やTPP、女系天皇論など。話がばらばらになり、全体の論旨もややちぐはぐで、素通りする読み方。私は選挙では、公明、共産、社民以外の政党に是々非々で投票していますし、政治的な判断や良し悪しは意識的に持ち出さないようにしていますので、作者のようなウルトラ保守めいた立場にはさほどの関心もありません。という次第で、後半は感想もパス。


≪1月6日≫

■鈴木修 『俺は、中小企業のおやじ』(日本経済新聞出版社、2009年2月)

スズキ(旧鈴木自動車工業)を売上高3兆円企業にまで育て上げた中興ワンマン経営者の半生記。日経新聞朝刊最終面の「私の履歴書」への登場を断り、代わりに自らペンを執って書き下ろした、ということです。分かりやすく、かつ楽しく読めました。

断るまでもなく、スズキは海外での売上が連結の7割を占める巨大企業。その会長兼社長が自らを「中小企業のおやじ」と名乗るのは、どうやら三つほどの理由から。一つは現場第一主義、二つは内外の変化に機敏に柔軟に対応するという事態即応主義、三つには現状に満足せず、常に目標を掲げて前進しようとする理想追求主義、のように読み取れます。これら中小企業の持ち味ともいえる小回りの利いた経営のあり方、方向を重視しているということのようです。

報告は具体的で、示唆に富んでいます。とくに、外資系では最大の自動車販売シェアを取るに至ったインドでの現地生産までの経過は面白く読めました。自動車の販売に限らず「営業は、断られた瞬間から始まる」なんて、シブいコメントも出てきます。


■船戸与一 『満州国演義1 風の払暁』(新潮社、2007年4月)

3年前にがんで死んだ船戸さんの最後の長編冒険小説の第1巻。亡くなる直前に完結したシリーズは全9巻で、第1巻の「風の払暁」は会津での戊辰戦争から幕開け。例によってスケールの大きな冒険小説に仕上がっているようで、期待できそうです。

架空の敷島4兄弟の動きを、昭和初期以降の近現代史に絡め、史実と想像(創作)をないまぜにしてテンポよく物語を進めていきます。メインの舞台は当然、中国は満州。「満州某重大事件」(張作霖爆殺事件)が第1巻のメインイベントです。

『山猫の夏』『猛き箱舟』『虹の谷の五月』など、オーソドックスでスケールの大きな冒険活劇を語らせたら止まらなかった船戸さん最後の大長編。第2巻以降にまた楽しみが増えました。


■岩井三四二 『難儀でござる』(光文社、2006年7月)

戦国時代の実在の武将や禅坊主をそれぞれ主役にした短編歴史小説が計8編。実在といっても、武田家の重臣・甘利備前守や、織田信長に近づいた公家・山科言継、斎藤道三に仕えた美濃三人衆のひとり・稲葉彦六、関ケ原で東軍についた京極高次など、戦国時代の脇役めいた男たちにスポットライトを当てて話を広げているところに趣向があります。

それぞれ歴史小説を書き慣れているといったふうで、読ませます。主役が結末で死んでしまう話もあるものの、全体として明るく、どことなくおかしみが感じられる辺りも一興。作者の書きものを手に取ったのは初めて。引き続き面白そうなのを探してみたい、と考えています。


■池上永一 『トロイメライ 唄う都は雨のち晴れ』(角川書店、2011年5月)

時代はどうやら19世紀。那覇や首里で起こる「事件」に対面するのは、琉球王府が雇う岡っ引きの武太。連作短編6話からなる本書は、第1作の「トロイメライ」に続くもので、一言でいえば、日本の支配下に入る前の琉球王国を舞台にした連作人情時代小説。珍しいといえば珍しいシリーズです。

琉球王国の末期に活躍する天才少女を主人公にした長編『テンペスト』の余話ともいえる雰囲気があります。風水師や芭蕉布、間切倒(村落経営の破たん)など、琉球独特のユニークな話題が続々と出てきて、飽きさせません。

岡っ引きの武太は今回は狂言回しのような立場で、あまり前面には出て来ず、同時に連作も捕物帳の体裁は備えておらず、パンチ力には欠けます。しかし、沖縄出身の作者の風土色の強い、器用なプロットづくりが効いていて、楽しめました。


■樋口毅宏 『民宿雪国』(祥伝社文庫、2013年10月)

97歳で死んだ国民的洋画家の裏の顔を暴く、という設定の一種の長編ミステリーでしょうか。文庫裏表紙には「小説界が驚倒した空前絶後、衝撃の大傑作」とあるものの、残念ながら、私にはとてもそうは思えず、アラばかりが見えてがっかりでした。当欄は基本的に、読者にお勧めしたくなる作品を紹介しているつもり。しかし、本作は「無理が目立つ、少し変わった、中途半端にグロテスクなミステリー」というにとどまります。

イニシャルだけという抑え方をしているものの、野坂昭如や山下清、麻原彰晃、坂本龍一、安部公房らが間に顔を出したりします。しかし、だからどうした? という印象は越えず、何よりこの、国葬をもって送られたという老画家の作品全部が何らかの模倣作、贋作だったという説明に説得力がないため、読みながら徐々にシラケてしまいました。

作者は元編集者で、他には新潮新書で『タモリ論』も書いている由。この新書に対するアマゾンのレビューをみていると、「タモリのことはわずか」「論になっていない」「久しぶりにみる最低ランクの詐欺本」「金返せ!」みたいな評が並んでいます。推して知るべし。

……………2018年……………

≪12月16日≫

■浅田次郎・文藝春秋編 『新選組読本』(文春文庫、2007年9月)

若い頃から新選組ファンだった浅田さんは、作家になって『壬生義士伝』『輪違屋糸里』、さらに『一刀斎夢録』(こちらは未読)の新選組3部作を完成させ、その合間に新選組絡みの対談やエッセイを雑誌などに発表しています。『読本』はそれらを文春の編集部がまとめたもの。コンパクトながら、楽しい雰囲気に仕上がっています。

目にとまったのは、病弱の美少年だったという通説(?)が広まっている沖田総司は、実はヒラメのような顔の大男だったらしいということ。漫画家・黒鉄ヒロシさんとの対談では、新選組の集合写真があったら面白い、という話が出てきます。近藤勇や土方歳三の写真は残っていますから、屯所の玄関で永倉新八あたりが「おう、ちょっと皆で撮ってもらおうぜ」みたいに声掛けしていてもおかしくはありません。写真が見つかったらニュースです。

他にもいろんな話題が出てきて気楽に読めます。なお、この『読本』にも出てくる話で、いまだに想像できないのは、近藤勇は自分のこぶしをまるごと口に入れることができた、というエピソードというか、伝説です。剣術の鍛練を積んできた新選組隊長ですから、げんこつも大きかったはず。それが口に入るとは……。 


■筒井康隆 『ヘル』(文藝春秋、2003年11月)

筒井さんは昔から好きですが、『虚構船団』や『虚人たち』辺りからえらく抽象的(メタフィクション?)になってきて手が遠のいていました。久しぶりに読んだのがこの長編。やっぱり難しげな1冊ではあるものの、インパクトはありました。

小学校同級の3人の男が生者と死者に分かれて登場しつつ、それぞれが「悪夢」の中をさまよい、さらに悪夢から地続きでつながっている「ヘル(地獄)」の模様まで執拗に描いていきます。夢かうつつか、正気か狂気か、時間の前後も入り乱れ、込み入ったストーリーや表現の分かりにくさを、後半になって続々と出てくる七五調の文体が和らげていきます。

『ヘル』を発表したのは断筆解除後、筒井さん69歳のとき(今は83歳)。荒唐無稽で、秩序もへったくれもない異世界の物語ながら、全体の構成は計算されているようにみえ、やはりさすがだと思います。人によって好き嫌いはあるでしょうが。


■嵐山光三郎編 『山口瞳「男性自身」傑作選 熟年篇』(新潮文庫、2003年4月)

22年前に他界された山口さんは、週刊新潮に31年もコラム「男性自身」を連載されていました。その膨大な蓄積のなかから、嵐山さんが50編を選んでいます。

山口さんは「江分利満氏モノ」で登場し、流行作家となり、しかし今や新刊書店の書棚でもほとんどその作品を見かけなくなった方です。ルポ集『世相講談』なんて傑作でしたが、もうブックオフでも見当たらない。そんな「過去のモノ書き」となった山口さんと生前親しかった嵐山さんが厳選したコラム群ですから、面白くないはずがありません。

江戸っ子で好き嫌いが激しく、頑固おやじ風ながらも洒脱で人情味があり、私らの世代ではファンも多かった方です。この文庫本ですら14年前の刊行。しかし、いずれは再編集のうえ再々刊されるのではないでしょうか。時代の移り変わりに左右されない、値打ちのあるコラム集だと思えますので。


≪12月1日≫

■司馬遼太郎 『関ケ原(中)』(新潮文庫、1974年6月)

前回に続いての「中巻」。話は雑談風にゆるゆると続き、それでも面白さはキープされています。天下分け目の合戦は始まっておらず、そこに至るまでの石田三成と徳川家康の駆け引きがさまざまな形で繰り返されていきます。

司馬さんのエッセイと実録を兼ねたような歴史小説は、一気に読み通さず、断続的に読み継いでいてもすぐ中に入っていける読みやすさがあります。語り口が平易ですし、雑談風のようにみえても冗長な部分がほとんどなく、やはり『関ケ原』に限らず、みごとな作品群を遺された、と思いたくなります。

それにしても、私自身、西日本の出自のせいか、家康という大名は演技だらけで実に腹黒く、謀略にたけた、得体の知れない、イヤな野郎だったのだな、とつくづく思わせられます。というか、司馬さんが、基本的に陽性だった秀吉とは対照的な、そんな家康像に仕立てています(鳴くまで待とうホトトギス、なんて大ウソです)。

思い出せば、大坂夏の陣・冬の陣を描いた司馬さんの『城塞』も、西軍(?)の側からみると、真田幸村らの活躍を別にすれば、家康にしてやられた、後味の悪い歴史小説だったようにも思えてきます。


■三崎亜記 『鼓笛隊の襲来』(集英社文庫、2011年2月)

赤道直下で発生した戦後最大級の鼓笛隊が、勢力を強めながら日本列島に接近し、悪夢のような行進曲を演奏しながら上陸する。あるいは、本物のゾウがつながれている公園の「象さんすべり台」の顛末。あるいは、背中やうなじにボタンのある女がごくまれにいて、誰もそのボタンを押せないまま、その特別な女たちを行政が追跡する話など、奇想天外な短編9編を収めています。

この短編集の他にも、作者(男性)は、バス乗っ取りがブームになった社会を描く短編「バスジャック」や、隣り合った町が静かな戦争を始め、戦死者数の公報だけが積み上がっていく中編「となり町戦争」など、ジャンルでいえばSFに区分けできる作品群をコンスタントに発表しているようです。

ただ、文体がいつもほとんど同じで、乙一さんや筒井康隆さんのような変幻自在な書き分けがない分、作風が単調に思えてきます。そのためか、売れっ子になったとは聞き及びません。とはいえ、いつか大化けの傑作を上梓される見込みはありそうです。


≪11月16日≫

■司馬遼太郎 『関ケ原(上)』(新潮文庫、1974年6月)

という次第で、今回の映画の原作にもなったという、司馬さんらしい長編歴史小説です。話のうまいおじさんと公園を散歩しているような雰囲気で物語はゆっくりと進んでいきます。

上巻は関ケ原の合戦に至るまでの三成と家康の動きをたどる展開で、いつも通り、司馬さんの淡々とした滋味のある講釈と、登場人物の動きや会話という小説仕立てのフィクションが混在した流れになっています。

安土桃山時代(安土伏見時代と言わないのは、語呂が悪いから?)とその前後を主題にした司馬さんの作品は多数あります。その中で『関ケ原』は古文書を踏まえた創作というより、ほとんど歴史エッセイのタッチで、円熟味を感じさせます。中巻、下巻を交えた読後感は、また後日。


■青山文平 『白樫の樹の下で』(文春文庫、2013年12月)

こちらも、なかなかに味のある武家小説。「社会派推理」が対象になる第18回松本清張賞の受賞作で、なぜこの江戸中期の物語が選ばれたのか、最初は怪訝に思いました。しかし、読むにつれ「時代推理小説」ともいえるストーリー展開に納得、おしまいまで引き込まれた次第です。

舞台は、田沼意次から「寛政の改革」の松平定信へと移るころの江戸、登場するのは、出口のない窮屈な暮らしを強いられる若い貧乏武士たち。いずれも道場仲間で、木刀による形の鍛練に明け暮れています。

そんななか、凶悪な辻斬り事件が続発して、江戸の街は騒然と。書名の「白樫の樹」は、武士たちの青春群像のシンボルということらしく、それでいてトーンは抑え気味です。梶井基次郎は「桜の樹の下には死体が埋まっている」という印象的な短文を残しましたが、白樫の樹にはそんな妖しい気配はないようです。


≪11月1日≫

■伊東潤 『巨鯨の海』(光文社文庫、2015年9月)

江戸時代から本式に始まった和歌山の漁村・太地での「組織捕鯨」にテーマを絞った時代小説の連作短編が全6作。江戸後期から明治初期まで時代背景を順に押さえ、なかなかに面白く、読み応えがあります。

黒潮に乗って近づく、体長20メートル前後のセミ、ゴンドウ、マッコウ、ナガスなどのクジラ各種。それらを発見するや100人を超える編成の漁船団が追いかけ、誘い込み、網をかけ、銛を突いて殺し、浜まで連れ戻り、解体して処理していく。その太地の組織捕鯨の詳細を、まるで映画を観るような躍動感、臨場感で描いています。

しかも、クジラとの闘いだけでなく、新宮藩の支配から半ば独立した太地の浜には、自然発生的な厳しい掟が生まれ、近代捕鯨にとって代わられるまで浜を支配する「組織」のなかで連綿と語り継がれていったようです。男っぽい、骨のある連作時代小説でした。


■広川純 『一応の推定』(文春文庫、2009年6月)

松本清張賞を受賞した社会派推理小説。「一応の推定」とは、事故死したとき遺族に大きな保険金が出る傷害保険被保険者の死因を確かめる折、それが自殺だったら保険金は出ない。自殺だったという直接の証明がないときは、事故の状況や当人の直前の様子から、自殺だったようだという「一応の推定」を立てればいい、という調査が依拠する基準のことを指します。

作者は元保険調査員。プロとしての経験をもとに、現地調査や遺族らへの聞き取りなどを地道に積み上げ、「事実」に迫ろうとする姿を描いていきます。なぞ解きの要素もあって、最後まで読ませます。

事故が起きたのはJR東海道線・大津駅の次の膳所(ぜぜ)駅で、調査は大阪、京都、滋賀のあちこちが舞台になります。関西人が改まった席では標準語を使おうとし、興奮すると関西弁が交ざってくる、という変化をうまくとらえていて、その辺りも面白く読めました。


■東川篤哉 『謎解きはディナーのあとで 2』(小学館、2011年11月)

前回の書評で紹介した人気シリーズの2冊目。警視庁国立署に勤める刑事兼富豪の令嬢・宝生麗子と、その執事で麗子嬢に事件のナゾ解明で入れ知恵する影山のコンビを主役にした連作ミステリーです。全6編所収。

ただ、やっぱりというか、全体として1冊目より薄味になっていることは否めません。ユーモアミステリーという性格は変わらない半面、ミステリーとしての仕掛けに感心させられる場面が少なくなっているように思えます。とくに、第6話「完全な密室などございません」には無理が目立つ。売れっ子になって、追われて原稿を仕上げたのでしょうか。


≪10月16日≫

■日本経済新聞社編 『シャープ崩壊 名門企業を壊したのは誰か』(日本経済新聞出版社、2016年2月)

鴻海精密工業(台湾)の傘下に入る直前までのシャープ経営陣の動きを追ったドキュメンタリーです。創業社長と2代目はともかく、3代目の辻晴雄、4代目の町田勝彦以降の経営トップを名指しで批判するスタンスを貫いており、読み応えのある記録になっています。

「液晶のシャープ」という自信が過ぎて莫大な設備投資(堺工場)に踏み出したものの、海外の後発メーカーの攻勢と液晶市況の軟化のあおりなどで立ち往生。液晶にこだわった5代目の片山幹雄社長を軸とする「お家騒動」のあげく、後手後手の対策しか打てなかったがために、百戦錬磨のホンハイの創業社長にしてやられた、という流れを描いています。

面白いといえば面白いドキュメンタリーです。しかし、取材班のシャープに対する視線の冷ややかなこと。私も前職時代の一時期、松下電器産業、三洋電機、シャープの関西家電3社を取材で回っていましたが、対外的な広報活動、または単に親しみやすさという点では、シャープは3社の中で点数が低かったのは確か。とはいえ「水に落ちた犬を打つ」さながらの書きぶりです。


■又吉直樹 『火花』(文藝春秋、2015年3月)

お笑い芸人初の芥川賞受賞ということで一昨年、人気になった中編小説です。単行本は250万部も売れた由。発刊から2年を過ぎてようやく一読しました。可もなく不可もなくといった程度の読後感です。

文章は割と達者です。売れない漫才師が数少ないステージを夢中でこなしつつ、合間に知り合った先輩芸人に「弟子入り」して以降の交情をたどっていく、という展開。「面白い芸人」をめざす主人公の熱意や、売れることを夢見る一群の芸人候補の意気込みも伝わってきます。

とは言いながら、漫才師を目指す若手芸人は「漫才とは何か」をめぐる、こんなに深刻でしんどい思索に日夜、はまり込んでいるものなのかどうか、やや言葉が過剰なような気がします。知らない世界なので、何ともいえませんが。


■東川篤哉 『謎解きはディナーのあとで』(小学館文庫、2012年10月)

こちらも累計で200万部以上が売れた、という連作ミステリー集(全6話)。警視庁国立(くにたち)署に勤務する女性刑事は実は大富豪の令嬢で、その執事兼運転手が事件解決に難渋する刑事兼令嬢に入れ知恵して毎度、事件のナゾを解いてしまう、という設定です。

富豪の令嬢にかしずく執事、という組み合わせは少女漫画(?)では珍しくない、とのことで、テレビドラマでは刑事兼令嬢に北川景子、執事に櫻井翔、脇役の風祭警部に椎名桔平が扮していた由。私はほとんどテレビを観ないので、シリーズがテレビドラマ化されていることも知らないままでした。ただ、原作はよく出来ていると思います。伏線の示し方がうまく、解決編で多数の伏線がきれいに解決の説明に収まっていく手際が鮮やかです。

舞台の大半は国立市で、私もむかし4年間を過ごした街。旭通りや谷保天満宮など、懐かしい場所が出てくるのも一興でした。


■石原慎太郎 『天才』(幻冬舎、2016年1月)

元首相、田中角栄の政治家としての軌跡・本質を独白スタイルでまとめた1冊です。書籍広告によれば、昨年、大いに話題になり、売れ行きもよかったとのこと。石原元都知事が政治家として直接見知った田中角栄の素顔と言い分を、多数の評伝やノンフィクションも参照しながら描き出した、という作りになっています。

確かに田中角栄は政治の天才だったのかもしれず、「コンピューター付きのブルドーザー」と呼ばれた頭の切れと行動力にはすごいものがあった、とも思われます。ロッキード裁判の審理の「危うさ」も、竹下登らが離反していった経緯も、それなりに呑み込めます。しかし「俺」を主語にした独白タッチの記述は、どうみても作家・石原慎太郎の文体そのもの。田中角栄の天才としての、隠された凄みもあまり窺えず、全体として驚きや発見が少なかったように思います。

田中角栄が大蔵大臣だったとき、入省したばかりの官僚のたまご20人ほどの名前と顔、趣味・特技などを全部ソラで覚え、入省式の会場で名札のないひとりひとりに「具体的・個人的」な激励の声をかけた。官僚のたまごたちは感激し、小学校出の田中角栄に心酔するに至った、などの、よく知られた劇画風のエピソードはないまま。描かれなかったのは、有名過ぎるためか、あるいはただの伝説だったためか、は不明です。


≪10月1日≫

■早見和真 『イノセント・デイズ』(新潮社、2014年8月)

2015年の日本推理作家協会賞(長編部門)受賞。推理作家協会賞の受賞作は、江戸川乱歩賞などに比べると正直ムラがありますが、こちらは割と力のこもった長編ミステリーになっているように思います。

確定死刑囚の女主人公30歳は、母子3人が死んだ放火殺人事件の犯人だったのか――。そんな設定でストーリーが形作られ、主人公に関わった多数の人間を描き分けながら「事件前夜」と「判決以後」の2部構成で物語を進めていきます。

真相についてはネタばらしになるので、控えます。しかし、そこに持っていくまでの展開はそれなりにうまく、同時にもうヒトヒネリをという気分になったのも確か。面白く読めましたが、決定的な大傑作とまでは言いにくいのが、残念なところです。


■北森鴻 『裏京都ミステリー ― ぶぶ漬け伝説の謎』(光文社、2006年4月)

こちらは京都を舞台にした連作ミステリーが計6編。『花の下にて春死なむ』でやはり日本推理作家協会賞を受賞した作者は7年前、48歳で急死。私はそれ以外のことは知らず、本書もブックオフで書名に目にとまり、安価だったので買った、という流れです。

京都人の家を訪問し、帰り際に「ぶぶ漬け(お茶漬け)でも」と言われたら、実は「もう用は済んだのだから帰れ」というサイン。本気で「ぶぶ漬け」を待っていると笑われて恥をかく――。上方落語でもよくネタになる「京都独特の風習」です。本書のタイトルになった第2話では「ぶぶ漬け」は都市伝説に過ぎず、今は誰もそんなことは言わない、という仕切りになっています。

とはいえ、昔からウソの風評だったわけではないはず。中学生の頃、堀川御池にあった遠い親戚の家に行った折、確かに親戚のおばさんから笑顔でそう言われた記憶があります(真に受けて「ぶぶ漬け」を待っていたような気もします。市外に住むアホな中学生でしたから)。

それやこれや、京都の寺社や食べ物のウンチクなども交えた1冊。ただ、真面目ななぞ解きミステリーというより、いわゆる「バカミス」の部類に入る、コミカルで軽く読める薄味の連作モノと言った方がいいかもしれません。京都言葉の使い方は堂に入っています。


≪9月16日≫

■門田隆将 『この命、義に捧ぐ ーー 台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(集英社、2010年4月刊)

台湾(中華民国)から台湾海峡を隔てた中国・厦門(アモイ)の東に「金門島」があります。国共内戦の末に中華人民共和国が成立した直後の1949年10月、人民解放軍(共産党軍)2万が島に陣取る国民党軍を撃滅し、勢いで台湾本島に攻め込もうとした。しかし、上陸した人民解放軍との攻防は意外にも兵力に劣る国民党軍の勝利となり、その後も衝突があったとはいえ、金門島は台湾の実効支配が及ぶ領土であり続けています。この「金門島戦役」を軍事面で指導したのが、旧帝国陸軍の駐蒙司令官を務めた根本博中将だった、という次第です。

というような紹介が必要なほど、金門島戦役は日本では知られていないように思います(私は漠然としか知らなかった)。ところが、台湾にとっては、中国本土のすぐそばに金門島を残せたという意味で戦役は重要視され、戦役の参謀役として戦術や軍の配置などを指導した根本中将の評価が近年高まってきた、ということのようです。

なぜ根本中将は、敗戦国・日本から密出国して台湾の国民党を助けようとしたのか。それは、駐蒙司令官として敗戦を迎えた折、内蒙古にいた日本人4万人の安全な帰国を認めた北京の蒋介石への恩義を忘れなかったからだ、というのです(満州とは大違いです)。ソ連の支援を受けて侵攻する人民解放軍に対し、国民党軍は敗戦に次ぐ敗戦。もし金門島戦役でも敗退していたら、繰り返しますが、今の中華民国はなかったかもしれません。

ノンフィクション作家として地歩を固めた門田さんの、情理そなえた丁寧な本書の取材で、根本中将の果敢な行動がほとんど初めて跡付けられたように思います。充実した通読でした。


■楠木建 『「好き嫌い」と経営』(東洋経済新報社、2014年7月)

人気の経営学者が、14人の経営者にインタビューを試みた対談集。面白く読めたのは、お金の使い方を中心にした経営判断の「良し悪し」ではなく、個々の経営者の「好き嫌い」に話を絞っている点にあります。

出てくる経営者は、ユニクロ、日本電産、ユナイテッドアローズ、星野リゾートなど。個人の好き嫌いなので、出てくる話はまちまち。ゴルフは「大好き」と「くだらない」がほぼ半々で、予想通りですが、他にも「フォークで巻いたスパゲティーをスプーンに載せて食べるヤツが嫌いだ」とか、「カミナリと大雨が大好きだ」とか、面白いこだわりがたくさん出てきます。楠木さんの話の聞き出し方がうまく、まとめ方も上手です。

楠木さんは15本目のインタビューで編集部からインタビューされる立場に転じ、こんな意味のことを言っています。社会や企業は「良し悪し」だけでは動かない。とくに企業経営者では「良し悪し」の合理的な判断より、直観で決定を下し、それが思わぬ転機になることが多い。直観をもたらすのが、個々の好き嫌いに基づく人間的な強い思い入れなのではないか、云々。


■斉藤光政 『偽書「東日流外三郡誌」事件』(新人物往来社、2006年12月)

なかなかに面白いノンフィクションです。著者は青森県の地元紙「東奥日報」の編集委員。「つがる・そとさんぐんし」と読むこの「偽書」は、津軽半島に大昔、大和政権に匹敵する強大な政治権力があったことを伝える、でっち上げの疑いが濃厚な大量の古文書群を指します。それらは戦後、ある人物が独りでせっせと自作しては「家の天井から落ちて来た」と称して、有償で少しずつ発表していたということのようです。

興味深いのは、古代史論争で有名な元大学教授らがこの古文書群を真正な記録文書だと言い張り、今もそれを信じるグループが存在することです。しかし著者は冷静なバランス感覚で、彼らを問題視しつつも、批判したりせず、フェアに扱っています。

また、偽書「外三郡誌」が当初注目された背景には、東北人の恨みや妬み、劣等感が潜んでいる、と著者は言います。しかし、青森で縄文時代の「三内(さんない)丸山遺跡」が発掘されたことで、地元には「外三郡誌」に頼る気運はなくなった、と総括しているのが印象的でした。


≪9月1日≫

■高村薫 『四人組がいた。』(文芸春秋、2014年8月刊)

高村さん初のコメディータッチの連作小説ということです。北関東あたりと思われる寒村で暮らす高齢の元村長、元助役、郵便局長とおばさんらが、いろんな「村おこし」の騒動を起こしてはしくじる様子を楽しげなタッチで描いています。

連作は「四人組、村史を語る」「四人組、伝説になる」など計12編。理屈に走っている面もなくはないにせよ、国道バイパス沿いのファッションホテルにするつもりが実現しなかった仕出し弁当屋「ルイ13世」とか、笑える場面もあり、退屈はしません。

とはいえ、高村さんの小説は『マークスの山』にせよ『レディ・ジョーカー』にせよ、描写の細かさが時折くどくて、通読に時間がかかります。残念ながら、この『四人組』も読みやすいとは言えないように思います。


≪8月16日≫

■東野圭吾 『白夜行』(集英社文庫、2002年5月刊)

文庫で850頁ほどの長編ミステリーです。なぞ解きの推理小説という目で読むと、中途から徐々に真相がみえてきます。むしろ、第一次石油危機の1973年から20世紀末に至るまでの時代・社会の動きをバックに、精密でムリなく組み立てた、大掛かりなストーリー展開が鮮やかです。

1973年に起きた大阪での質屋店主殺人事件。被害者の息子と、容疑者の娘のその後の足取りが交錯し、定年後も事件を追う刑事が合間に出てきて、真相に近づくために事件の因果関係を探っていきます。

発刊後、200万部も売れているロングセラー。東野さんのプロットづくりは手慣れたもので、いつのまにか850頁を読ませる吸引力があります。少しシナリオが違うというテレビドラマや映画化作品は知らないものの、原作は確かに傑作だと受け止めました。


■野中郁次郎・勝見明 『イノベーションの作法 リーダーに学ぶ革新の人間学』(日本経済新聞出版社、2007年1月)

サントリーの「伊右衛門」が伊藤園の「おーい、お茶」をシェアで猛追できた理由、マツダの2シートスポーツカー「ロードスター」開発のこだわり、北海道・帯広に健在だという「北の屋台」の成功の秘訣、シャープの「水で焼く電子レンジ・ヘルシオ」がヒットしたワケ、サッポロビールの麦を使わずにエンドウ豆を使った第三のビール「ドラフトワン」(私はこれが好きですが、なぜか既に小売の店頭では見られなくなりました)――。

経営学の野中先生と、ジャーナリストの勝見さんが13のケーススタディで国内のイノベーション(経営革新)の典型例を実地に取材し、詳細な分析を試みた、読みどころたっぷりの経済ルポルタージュです。

需要分析や競合他社との差別化戦略といった米国流の経営学が指し示すイノベーションではなく、強い思い入れ、主観的な固執が経営を変えていく、といったふうの人間味たっぷりの実例が多数リポートされていて、面白く読めます。


■吉村昭 『海馬(トド)』(新潮文庫、1992年6月)

動物と人間をテーマにした吉村さんの短編7本を編んだ1冊。出てくるのは、ウナギ、闘牛、ホタル、鴨、ヒグマ、ニシキゴイ、そして標題作の海馬(トド)。いずれも丹念な取材に基づく動物小説で、相変わらずうまいというほかありません。

吉村さんは『魚影の群れ』『鯨の絵巻』『羆(ひぐま)』などの短編動物小説集をいくつも遺しておられます。動物を主題に据え、もの言わぬ動物に関わる人間のドラマを絡めた作品が多いようです。ただ、本書を含めた上記の4冊は中短編ばかりで、物語にアヤを付けるため(?)の鬱屈した人間の喜怒哀楽は後景に引き、動物の姿が前面に出てくる展開のものが大半のように思えてきます。


≪8月1日≫

■乙川優三郎 『霧の橋』(講談社、1997年3月刊)

時代小説大賞を受賞した乙川さんの長編デビュー作です。武家の出ながら、父の仇討ちを果たした末に町人となり、江戸の街で紅花の商売に励む主人公と、彼を支える町家の出のお内儀の交情を軸にした物語です。なかなかに読ませます。

乙川さんの時代小説は、町人ものより武家ものに読みどころがあるように思います。しかし、本作では、町人から見た「武家の恐さ、窮屈さ」をうまく描いており、武家ものが好きな私にも新鮮でした。

乙川さんは季節感あふれる情感細やかな文体で、故藤沢周平さんに近いものがあります。しかも、昨今は女流を含め、多彩な新人・中堅が活躍していてそのにぎやかさはミステリー業界と遜色ないところ。まだまだこれからも楽しみです。


≪7月16日≫

■浅田次郎 『珍妃(ちんぴ)の井戸』(講談社、1997年12月刊)

1900年の清国・義和団事件を題材にした浅田さんの近代中国モノの一編です。単行本で320頁ほどの虚実ないまぜの歴史小説。よく出来た大長編『蒼穹の昴(そうきゅうのすばる)』と、同じく長編の『中原の虹(ちゅうげんのにじ)』(こちらは未読)の挟間にある作品ということで、作りはシンプルながらも、面白く読み通せました。

珍妃は、清朝第11代光緒帝の側室で、北京を襲った義和団事件のさなか、西太妃の命で王宮内の井戸に投げ込まれて殺された、ということになっている悲劇的な女性です。作者は史実の探索を踏まえ、この珍妃の生涯をいくつもの仮説を交えて描き分けていきます。その手管の鮮やかなこと。

日独露英の貴族がにわか探偵団となって珍妃の死因を調べる、というストーリーは心なし無理があるような気もしますが、登場人物の造形のうまさがその無理な気配をカバーしています。さすが、と言いたくなります。


≪7月1日≫

■浅田次郎 『沙高樓綺譚(さこうろうきたん)』(徳間書店、2002年5月)

見てきたようなウソを書かせたら天下一品、浅田さんの連作怪談話です。「沙高樓」という高層マンションの一室で各界一流の人士による「秘密クラブ」が定期的に開かれ、そこで語られる体験談が5つ、という体裁。当たり外れがあまりなく、それぞれ趣向が凝らしてあって面白く読めます。

また、生粋の江戸っ子であるはずの浅田さんの小説では、なぜか京都がテーマになることが多く(大阪はほとんどないように見受けます)、その点でも楽しめます。この連作怪談話で最も迫力があった『立花新兵衛只今罷越候(たちばなしんべえただいままかりこしそうろう)』も戦後すぐの太秦の映画撮影所が舞台で、種明かしは我慢するとしても、なかなかに雰囲気のある恐い作り話でした。
■村上春樹 『女のいない男たち』(文芸春秋、2014年4月)

 男女の関わりばかりをテーマにした短編小説が計6編。雑誌への発表は今から8〜9
年前で、作者60代半ばごろ。書きぶりは例によって達者というほかない水準にあります
が、それだけ。作者は男女のことに最大の関心を持っているようにも見え、全体として
、あのカッコばかりつけた、くだらない長編ポルノ小説『ノルウェーの森』(ロングセ
ラーなのはポルノだから?)を思い出させました。

 もっとも、この短編集巻頭の「ドライブ・マイ・カー」は濱口竜介監督によって映画
化され、直近の米国アカデミー賞国際長編映画賞、カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞する
など、傑作の誉れ高く、こちらは素直にいずれ観てみたいものだと考えています。


■浅田次郎 『おもかげ』(毎日新聞出版、2017年12月)

 65歳の元商社マンが出向先での自分の送別会の帰途、地下鉄車内にて脳内出血を発症
して昏倒。運ばれた病院の緊急治療室で生死の境目をさまよい、いくつもの夢を見ます
。作者と同じ昭和26年生まれの主人公は孤児の施設で育ち、長じて総合商社へ。作者初
期の長編『地下鉄に乗って』にどこか似た筋立てで、語り口はマイルドかつ明快で、心
地よく読めます。

 江戸っ子の作者は東京の地下鉄が好きなようで、今回のは銀座線と丸の内線、さらに
日比谷線、東西線あたりがつながり始めた頃から語り出し。新聞に連載したのを推敲し
たものらしく、いつも通りのうまい仕上がりです。


■大和ハジメ 『交通事故で頭を強打したらどうなるか?』(株式会社KADOKAWA、2019
年3月)

 20代男性による長編マンガ。ブックオフで見つけ、何の話か、と興味を持って110円
で買って開いたら、歩行中に車にはねられ、転倒して頭を打った事故から徐々に回復す
る過程を描いた、タイトルどおりの体験話でした。

 絵もコマ割りも吹き出しも分かりやすく、事故から回復までの流れも呑み込めます。
脳に障害が残ったことに対する葛藤を示し、さらに「漫画にまとめたことで、事故を克
服できた」そして「事故にあってよかった」という境地にまで至ったというあたり、切
実・緊迫した気配がうかがえます。


■東海林さだお/聞き手:藤原あつこ 『超優良企業「さだお商事」――ショウジ君の
イキイキ快適仕事術』(東洋経済新報社、2002年12月)

 好きな漫画家・エッセイストの東海林さんにフリーライターが連続インタビューして
採録した1冊。「立志・創業」「情報収集」「商品開発」「生活管理」「健康とお洒落
」「人生の終焉について」の6つに分かれ、20年前の刊行ながら、いずれも面白く共感
を持って読み進めました。

 インタビューに対する東海林さんの応答で引用したい箇所は多数あります。一つだけ
抜き出すなら、30代を過ぎてから直面した「内臓脂肪の蓄積による腹部膨満」、つまり
私もいまなお苦悩している「デバラ」の解消法。それによれば、食品のカロリー表をに
らみながら1日の摂取カロリーを2400キロカロリー以下に抑えること、そのためにカロ
リーゼロのコンニャクを大量に食いつないで10キロ減量した、ということでした。マネ
しようと思います。


■望月麻衣 『京都寺町三条のホームズ』(双葉文庫、2015年4月)

 北海道出身で、10年近く前から京都に住む女性の連作ライトミステリー集1作目。寺
町三条の骨董屋「蔵」の後継ぎ風の京大院生がホームズ役で、ここに埼玉から引っ越し
て「蔵」でバイトを始めた女子高生が絡みます。ヒトが死なない、ソフトな短編推理が
多く、ためにライトミステリーといわれる次第。

 とはいえ、京都の行事や風物について割としっかり調べ、器用に話を進めており、退
屈はせず、楽しめました。不思議だったのは、登場人物のほぼ全員がそれぞれ「クスク
ス笑う」場面がやたら多いこと。ジュブナイルらしいとも思いました。
■村上春樹 『女のいない男たち』(文芸春秋、2014年4月)

 男女の関わりばかりをテーマにした短編小説が計6編。雑誌への発表は今から8〜9
年前で、作者60代半ばごろ。書きぶりは例によって達者というほかない水準にあります
が、それだけ。作者は男女のことに最大の関心を持っているようにも見え、全体として
、あのカッコばかりつけた、くだらない長編ポルノ小説『ノルウェーの森』(ロングセ
ラーなのはポルノだから?)を思い出させました。

 もっとも、この短編集巻頭の「ドライブ・マイ・カー」は濱口竜介監督によって映画
化され、直近の米国アカデミー賞国際長編映画賞、カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞する
など、傑作の誉れ高く、こちらは素直にいずれ観てみたいものだと考えています。


■浅田次郎 『おもかげ』(毎日新聞出版、2017年12月)

 65歳の元商社マンが出向先での自分の送別会の帰途、地下鉄車内にて脳内出血を発症
して昏倒。運ばれた病院の緊急治療室で生死の境目をさまよい、いくつもの夢を見ます
。作者と同じ昭和26年生まれの主人公は孤児の施設で育ち、長じて総合商社へ。作者初
期の長編『地下鉄に乗って』にどこか似た筋立てで、語り口はマイルドかつ明快で、心
地よく読めます。

 江戸っ子の作者は東京の地下鉄が好きなようで、今回のは銀座線と丸の内線、さらに
日比谷線、東西線あたりがつながり始めた頃から語り出し。新聞に連載したのを推敲し
たものらしく、いつも通りのうまい仕上がりです。


■大和ハジメ 『交通事故で頭を強打したらどうなるか?』(株式会社KADOKAWA、2019
年3月)

 20代男性による長編マンガ。ブックオフで見つけ、何の話か、と興味を持って110円
で買って開いたら、歩行中に車にはねられ、転倒して頭を打った事故から徐々に回復す
る過程を描いた、タイトルどおりの体験話でした。

 絵もコマ割りも吹き出しも分かりやすく、事故から回復までの流れも呑み込めます。
脳に障害が残ったことに対する葛藤を示し、さらに「漫画にまとめたことで、事故を克
服できた」そして「事故にあってよかった」という境地にまで至ったというあたり、切
実・緊迫した気配がうかがえます。


■東海林さだお/聞き手:藤原あつこ 『超優良企業「さだお商事」――ショウジ君の
イキイキ快適仕事術』(東洋経済新報社、2002年12月)

 好きな漫画家・エッセイストの東海林さんにフリーライターが連続インタビューして
採録した1冊。「立志・創業」「情報収集」「商品開発」「生活管理」「健康とお洒落
」「人生の終焉について」の6つに分かれ、20年前の刊行ながら、いずれも面白く共感
を持って読み進めました。

 インタビューに対する東海林さんの応答で引用したい箇所は多数あります。一つだけ
抜き出すなら、30代を過ぎてから直面した「内臓脂肪の蓄積による腹部膨満」、つまり
私もいまなお苦悩している「デバラ」の解消法。それによれば、食品のカロリー表をに
らみながら1日の摂取カロリーを2400キロカロリー以下に抑えること、そのためにカロ
リーゼロのコンニャクを大量に食いつないで10キロ減量した、ということでした。マネ
しようと思います。


■望月麻衣 『京都寺町三条のホームズ』(双葉文庫、2015年4月)

 北海道出身で、10年近く前から京都に住む女性の連作ライトミステリー集1作目。寺
町三条の骨董屋「蔵」の後継ぎ風の京大院生がホームズ役で、ここに埼玉から引っ越し
て「蔵」でバイトを始めた女子高生が絡みます。ヒトが死なない、ソフトな短編推理が
多く、ためにライトミステリーといわれる次第。

 とはいえ、京都の行事や風物について割としっかり調べ、器用に話を進めており、退
屈はせず、楽しめました。不思議だったのは、登場人物のほぼ全員がそれぞれ「クスク
ス笑う」場面がやたら多いこと。ジュブナイルらしいとも思いました。
■村上春樹 『女のいない男たち』(文芸春秋、2014年4月)

 男女の関わりばかりをテーマにした短編小説が計6編。雑誌への発表は今から8〜9
年前で、作者60代半ばごろ。書きぶりは例によって達者というほかない水準にあります
が、それだけ。作者は男女のことに最大の関心を持っているようにも見え、全体として
、あのカッコばかりつけた、くだらない長編ポルノ小説『ノルウェーの森』(ロングセ
ラーなのはポルノだから?)を思い出させました。

 もっとも、この短編集巻頭の「ドライブ・マイ・カー」は濱口竜介監督によって映画
化され、直近の米国アカデミー賞国際長編映画賞、カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞する
など、傑作の誉れ高く、こちらは素直にいずれ観てみたいものだと考えています。


■浅田次郎 『おもかげ』(毎日新聞出版、2017年12月)

 65歳の元商社マンが出向先での自分の送別会の帰途、地下鉄車内にて脳内出血を発症
して昏倒。運ばれた病院の緊急治療室で生死の境目をさまよい、いくつもの夢を見ます
。作者と同じ昭和26年生まれの主人公は孤児の施設で育ち、長じて総合商社へ。作者初
期の長編『地下鉄に乗って』にどこか似た筋立てで、語り口はマイルドかつ明快で、心
地よく読めます。

 江戸っ子の作者は東京の地下鉄が好きなようで、今回のは銀座線と丸の内線、さらに
日比谷線、東西線あたりがつながり始めた頃から語り出し。新聞に連載したのを推敲し
たものらしく、いつも通りのうまい仕上がりです。


■大和ハジメ 『交通事故で頭を強打したらどうなるか?』(株式会社KADOKAWA、2019
年3月)

 20代男性による長編マンガ。ブックオフで見つけ、何の話か、と興味を持って110円
で買って開いたら、歩行中に車にはねられ、転倒して頭を打った事故から徐々に回復す
る過程を描いた、タイトルどおりの体験話でした。

 絵もコマ割りも吹き出しも分かりやすく、事故から回復までの流れも呑み込めます。
脳に障害が残ったことに対する葛藤を示し、さらに「漫画にまとめたことで、事故を克
服できた」そして「事故にあってよかった」という境地にまで至ったというあたり、切
実・緊迫した気配がうかがえます。


■東海林さだお/聞き手:藤原あつこ 『超優良企業「さだお商事」――ショウジ君の
イキイキ快適仕事術』(東洋経済新報社、2002年12月)

 好きな漫画家・エッセイストの東海林さんにフリーライターが連続インタビューして
採録した1冊。「立志・創業」「情報収集」「商品開発」「生活管理」「健康とお洒落
」「人生の終焉について」の6つに分かれ、20年前の刊行ながら、いずれも面白く共感
を持って読み進めました。

 インタビューに対する東海林さんの応答で引用したい箇所は多数あります。一つだけ
抜き出すなら、30代を過ぎてから直面した「内臓脂肪の蓄積による腹部膨満」、つまり
私もいまなお苦悩している「デバラ」の解消法。それによれば、食品のカロリー表をに
らみながら1日の摂取カロリーを2400キロカロリー以下に抑えること、そのためにカロ
リーゼロのコンニャクを大量に食いつないで10キロ減量した、ということでした。マネ
しようと思います。


■望月麻衣 『京都寺町三条のホームズ』(双葉文庫、2015年4月)

 北海道出身で、10年近く前から京都に住む女性の連作ライトミステリー集1作目。寺
町三条の骨董屋「蔵」の後継ぎ風の京大院生がホームズ役で、ここに埼玉から引っ越し
て「蔵」でバイトを始めた女子高生が絡みます。ヒトが死なない、ソフトな短編推理が
多く、ためにライトミステリーといわれる次第。

 とはいえ、京都の行事や風物について割としっかり調べ、器用に話を進めており、退
屈はせず、楽しめました。不思議だったのは、登場人物のほぼ全員がそれぞれ「クスク
ス笑う」場面がやたら多いこと。ジュブナイルらしいとも思いました。
■村上春樹 『女のいない男たち』(文芸春秋、2014年4月)

 男女の関わりばかりをテーマにした短編小説が計6編。雑誌への発表は今から8〜9
年前で、作者60代半ばごろ。書きぶりは例によって達者というほかない水準にあります
が、それだけ。作者は男女のことに最大の関心を持っているようにも見え、全体として
、あのカッコばかりつけた、くだらない長編ポルノ小説『ノルウェーの森』(ロングセ
ラーなのはポルノだから?)を思い出させました。

 もっとも、この短編集巻頭の「ドライブ・マイ・カー」は濱口竜介監督によって映画
化され、直近の米国アカデミー賞国際長編映画賞、カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞する
など、傑作の誉れ高く、こちらは素直にいずれ観てみたいものだと考えています。


■浅田次郎 『おもかげ』(毎日新聞出版、2017年12月)

 65歳の元商社マンが出向先での自分の送別会の帰途、地下鉄車内にて脳内出血を発症
して昏倒。運ばれた病院の緊急治療室で生死の境目をさまよい、いくつもの夢を見ます
。作者と同じ昭和26年生まれの主人公は孤児の施設で育ち、長じて総合商社へ。作者初
期の長編『地下鉄に乗って』にどこか似た筋立てで、語り口はマイルドかつ明快で、心
地よく読めます。

 江戸っ子の作者は東京の地下鉄が好きなようで、今回のは銀座線と丸の内線、さらに
日比谷線、東西線あたりがつながり始めた頃から語り出し。新聞に連載したのを推敲し
たものらしく、いつも通りのうまい仕上がりです。


■大和ハジメ 『交通事故で頭を強打したらどうなるか?』(株式会社KADOKAWA、2019
年3月)

 20代男性による長編マンガ。ブックオフで見つけ、何の話か、と興味を持って110円
で買って開いたら、歩行中に車にはねられ、転倒して頭を打った事故から徐々に回復す
る過程を描いた、タイトルどおりの体験話でした。

 絵もコマ割りも吹き出しも分かりやすく、事故から回復までの流れも呑み込めます。
脳に障害が残ったことに対する葛藤を示し、さらに「漫画にまとめたことで、事故を克
服できた」そして「事故にあってよかった」という境地にまで至ったというあたり、切
実・緊迫した気配がうかがえます。


■東海林さだお/聞き手:藤原あつこ 『超優良企業「さだお商事」――ショウジ君の
イキイキ快適仕事術』(東洋経済新報社、2002年12月)

 好きな漫画家・エッセイストの東海林さんにフリーライターが連続インタビューして
採録した1冊。「立志・創業」「情報収集」「商品開発」「生活管理」「健康とお洒落
」「人生の終焉について」の6つに分かれ、20年前の刊行ながら、いずれも面白く共感
を持って読み進めました。

 インタビューに対する東海林さんの応答で引用したい箇所は多数あります。一つだけ
抜き出すなら、30代を過ぎてから直面した「内臓脂肪の蓄積による腹部膨満」、つまり
私もいまなお苦悩している「デバラ」の解消法。それによれば、食品のカロリー表をに
らみながら1日の摂取カロリーを2400キロカロリー以下に抑えること、そのためにカロ
リーゼロのコンニャクを大量に食いつないで10キロ減量した、ということでした。マネ
しようと思います。


■望月麻衣 『京都寺町三条のホームズ』(双葉文庫、2015年4月)

 北海道出身で、10年近く前から京都に住む女性の連作ライトミステリー集1作目。寺
町三条の骨董屋「蔵」の後継ぎ風の京大院生がホームズ役で、ここに埼玉から引っ越し
て「蔵」でバイトを始めた女子高生が絡みます。ヒトが死なない、ソフトな短編推理が
多く、ためにライトミステリーといわれる次第。

 とはいえ、京都の行事や風物について割としっかり調べ、器用に話を進めており、退
屈はせず、楽しめました。不思議だったのは、登場人物のほぼ全員がそれぞれ「クスク
ス笑う」場面がやたら多いこと。ジュブナイルらしいとも思いました。
■村上春樹 『女のいない男たち』(文芸春秋、2014年4月)

 男女の関わりばかりをテーマにした短編小説が計6編。雑誌への発表は今から8〜9
年前で、作者60代半ばごろ。書きぶりは例によって達者というほかない水準にあります
が、それだけ。作者は男女のことに最大の関心を持っているようにも見え、全体として
、あのカッコばかりつけた、くだらない長編ポルノ小説『ノルウェーの森』(ロングセ
ラーなのはポルノだから?)を思い出させました。

 もっとも、この短編集巻頭の「ドライブ・マイ・カー」は濱口竜介監督によって映画
化され、直近の米国アカデミー賞国際長編映画賞、カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞する
など、傑作の誉れ高く、こちらは素直にいずれ観てみたいものだと考えています。


■浅田次郎 『おもかげ』(毎日新聞出版、2017年12月)

 65歳の元商社マンが出向先での自分の送別会の帰途、地下鉄車内にて脳内出血を発症
して昏倒。運ばれた病院の緊急治療室で生死の境目をさまよい、いくつもの夢を見ます
。作者と同じ昭和26年生まれの主人公は孤児の施設で育ち、長じて総合商社へ。作者初
期の長編『地下鉄に乗って』にどこか似た筋立てで、語り口はマイルドかつ明快で、心
地よく読めます。

 江戸っ子の作者は東京の地下鉄が好きなようで、今回のは銀座線と丸の内線、さらに
日比谷線、東西線あたりがつながり始めた頃から語り出し。新聞に連載したのを推敲し
たものらしく、いつも通りのうまい仕上がりです。


■大和ハジメ 『交通事故で頭を強打したらどうなるか?』(株式会社KADOKAWA、2019
年3月)

 20代男性による長編マンガ。ブックオフで見つけ、何の話か、と興味を持って110円
で買って開いたら、歩行中に車にはねられ、転倒して頭を打った事故から徐々に回復す
る過程を描いた、タイトルどおりの体験話でした。

 絵もコマ割りも吹き出しも分かりやすく、事故から回復までの流れも呑み込めます。
脳に障害が残ったことに対する葛藤を示し、さらに「漫画にまとめたことで、事故を克
服できた」そして「事故にあってよかった」という境地にまで至ったというあたり、切
実・緊迫した気配がうかがえます。


■東海林さだお/聞き手:藤原あつこ 『超優良企業「さだお商事」――ショウジ君の
イキイキ快適仕事術』(東洋経済新報社、2002年12月)

 好きな漫画家・エッセイストの東海林さんにフリーライターが連続インタビューして
採録した1冊。「立志・創業」「情報収集」「商品開発」「生活管理」「健康とお洒落
」「人生の終焉について」の6つに分かれ、20年前の刊行ながら、いずれも面白く共感
を持って読み進めました。

 インタビューに対する東海林さんの応答で引用したい箇所は多数あります。一つだけ
抜き出すなら、30代を過ぎてから直面した「内臓脂肪の蓄積による腹部膨満」、つまり
私もいまなお苦悩している「デバラ」の解消法。それによれば、食品のカロリー表をに
らみながら1日の摂取カロリーを2400キロカロリー以下に抑えること、そのためにカロ
リーゼロのコンニャクを大量に食いつないで10キロ減量した、ということでした。マネ
しようと思います。


■望月麻衣 『京都寺町三条のホームズ』(双葉文庫、2015年4月)

 北海道出身で、10年近く前から京都に住む女性の連作ライトミステリー集1作目。寺
町三条の骨董屋「蔵」の後継ぎ風の京大院生がホームズ役で、ここに埼玉から引っ越し
て「蔵」でバイトを始めた女子高生が絡みます。ヒトが死なない、ソフトな短編推理が
多く、ためにライトミステリーといわれる次第。

 とはいえ、京都の行事や風物について割としっかり調べ、器用に話を進めており、退
屈はせず、楽しめました。不思議だったのは、登場人物のほぼ全員がそれぞれ「クスク
ス笑う」場面がやたら多いこと。ジュブナイルらしいとも思いました。
■村上春樹 『女のいない男たち』(文芸春秋、2014年4月)

 男女の関わりばかりをテーマにした短編小説が計6編。雑誌への発表は今から8〜9
年前で、作者60代半ばごろ。書きぶりは例によって達者というほかない水準にあります
が、それだけ。作者は男女のことに最大の関心を持っているようにも見え、全体として
、あのカッコばかりつけた、くだらない長編ポルノ小説『ノルウェーの森』(ロングセ
ラーなのはポルノだから?)を思い出させました。

 もっとも、この短編集巻頭の「ドライブ・マイ・カー」は濱口竜介監督によって映画
化され、直近の米国アカデミー賞国際長編映画賞、カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞する
など、傑作の誉れ高く、こちらは素直にいずれ観てみたいものだと考えています。


■浅田次郎 『おもかげ』(毎日新聞出版、2017年12月)

 65歳の元商社マンが出向先での自分の送別会の帰途、地下鉄車内にて脳内出血を発症
して昏倒。運ばれた病院の緊急治療室で生死の境目をさまよい、いくつもの夢を見ます
。作者と同じ昭和26年生まれの主人公は孤児の施設で育ち、長じて総合商社へ。作者初
期の長編『地下鉄に乗って』にどこか似た筋立てで、語り口はマイルドかつ明快で、心
地よく読めます。

 江戸っ子の作者は東京の地下鉄が好きなようで、今回のは銀座線と丸の内線、さらに
日比谷線、東西線あたりがつながり始めた頃から語り出し。新聞に連載したのを推敲し
たものらしく、いつも通りのうまい仕上がりです。


■大和ハジメ 『交通事故で頭を強打したらどうなるか?』(株式会社KADOKAWA、2019
年3月)

 20代男性による長編マンガ。ブックオフで見つけ、何の話か、と興味を持って110円
で買って開いたら、歩行中に車にはねられ、転倒して頭を打った事故から徐々に回復す
る過程を描いた、タイトルどおりの体験話でした。

 絵もコマ割りも吹き出しも分かりやすく、事故から回復までの流れも呑み込めます。
脳に障害が残ったことに対する葛藤を示し、さらに「漫画にまとめたことで、事故を克
服できた」そして「事故にあってよかった」という境地にまで至ったというあたり、切
実・緊迫した気配がうかがえます。


■東海林さだお/聞き手:藤原あつこ 『超優良企業「さだお商事」――ショウジ君の
イキイキ快適仕事術』(東洋経済新報社、2002年12月)

 好きな漫画家・エッセイストの東海林さんにフリーライターが連続インタビューして
採録した1冊。「立志・創業」「情報収集」「商品開発」「生活管理」「健康とお洒落
」「人生の終焉について」の6つに分かれ、20年前の刊行ながら、いずれも面白く共感
を持って読み進めました。

 インタビューに対する東海林さんの応答で引用したい箇所は多数あります。一つだけ
抜き出すなら、30代を過ぎてから直面した「内臓脂肪の蓄積による腹部膨満」、つまり
私もいまなお苦悩している「デバラ」の解消法。それによれば、食品のカロリー表をに
らみながら1日の摂取カロリーを2400キロカロリー以下に抑えること、そのためにカロ
リーゼロのコンニャクを大量に食いつないで10キロ減量した、ということでした。マネ
しようと思います。


■望月麻衣 『京都寺町三条のホームズ』(双葉文庫、2015年4月)

 北海道出身で、10年近く前から京都に住む女性の連作ライトミステリー集1作目。寺
町三条の骨董屋「蔵」の後継ぎ風の京大院生がホームズ役で、ここに埼玉から引っ越し
て「蔵」でバイトを始めた女子高生が絡みます。ヒトが死なない、ソフトな短編推理が
多く、ためにライトミステリーといわれる次第。

 とはいえ、京都の行事や風物について割としっかり調べ、器用に話を進めており、退
屈はせず、楽しめました。不思議だったのは、登場人物のほぼ全員がそれぞれ「クスク
ス笑う」場面がやたら多いこと。ジュブナイルらしいとも思いました。
■村上春樹 『女のいない男たち』(文芸春秋、2014年4月)

 男女の関わりばかりをテーマにした短編小説が計6編。雑誌への発表は今から8〜9
年前で、作者60代半ばごろ。書きぶりは例によって達者というほかない水準にあります
が、それだけ。作者は男女のことに最大の関心を持っているようにも見え、全体として
、あのカッコばかりつけた、くだらない長編ポルノ小説『ノルウェーの森』(ロングセ
ラーなのはポルノだから?)を思い出させました。

 もっとも、この短編集巻頭の「ドライブ・マイ・カー」は濱口竜介監督によって映画
化され、直近の米国アカデミー賞国際長編映画賞、カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞する
など、傑作の誉れ高く、こちらは素直にいずれ観てみたいものだと考えています。


■浅田次郎 『おもかげ』(毎日新聞出版、2017年12月)

 65歳の元商社マンが出向先での自分の送別会の帰途、地下鉄車内にて脳内出血を発症
して昏倒。運ばれた病院の緊急治療室で生死の境目をさまよい、いくつもの夢を見ます
。作者と同じ昭和26年生まれの主人公は孤児の施設で育ち、長じて総合商社へ。作者初
期の長編『地下鉄に乗って』にどこか似た筋立てで、語り口はマイルドかつ明快で、心
地よく読めます。

 江戸っ子の作者は東京の地下鉄が好きなようで、今回のは銀座線と丸の内線、さらに
日比谷線、東西線あたりがつながり始めた頃から語り出し。新聞に連載したのを推敲し
たものらしく、いつも通りのうまい仕上がりです。


■大和ハジメ 『交通事故で頭を強打したらどうなるか?』(株式会社KADOKAWA、2019
年3月)

 20代男性による長編マンガ。ブックオフで見つけ、何の話か、と興味を持って110円
で買って開いたら、歩行中に車にはねられ、転倒して頭を打った事故から徐々に回復す
る過程を描いた、タイトルどおりの体験話でした。

 絵もコマ割りも吹き出しも分かりやすく、事故から回復までの流れも呑み込めます。
脳に障害が残ったことに対する葛藤を示し、さらに「漫画にまとめたことで、事故を克
服できた」そして「事故にあってよかった」という境地にまで至ったというあたり、切
実・緊迫した気配がうかがえます。


■東海林さだお/聞き手:藤原あつこ 『超優良企業「さだお商事」――ショウジ君の
イキイキ快適仕事術』(東洋経済新報社、2002年12月)

 好きな漫画家・エッセイストの東海林さんにフリーライターが連続インタビューして
採録した1冊。「立志・創業」「情報収集」「商品開発」「生活管理」「健康とお洒落
」「人生の終焉について」の6つに分かれ、20年前の刊行ながら、いずれも面白く共感
を持って読み進めました。

 インタビューに対する東海林さんの応答で引用したい箇所は多数あります。一つだけ
抜き出すなら、30代を過ぎてから直面した「内臓脂肪の蓄積による腹部膨満」、つまり
私もいまなお苦悩している「デバラ」の解消法。それによれば、食品のカロリー表をに
らみながら1日の摂取カロリーを2400キロカロリー以下に抑えること、そのためにカロ
リーゼロのコンニャクを大量に食いつないで10キロ減量した、ということでした。マネ
しようと思います。


■望月麻衣 『京都寺町三条のホームズ』(双葉文庫、2015年4月)

 北海道出身で、10年近く前から京都に住む女性の連作ライトミステリー集1作目。寺
町三条の骨董屋「蔵」の後継ぎ風の京大院生がホームズ役で、ここに埼玉から引っ越し
て「蔵」でバイトを始めた女子高生が絡みます。ヒトが死なない、ソフトな短編推理が
多く、ためにライトミステリーといわれる次第。

 とはいえ、京都の行事や風物について割としっかり調べ、器用に話を進めており、退
屈はせず、楽しめました。不思議だったのは、登場人物のほぼ全員がそれぞれ「クスク
ス笑う」場面がやたら多いこと。ジュブナイルらしいとも思いました。
■村上春樹 『女のいない男たち』(文芸春秋、2014年4月)

 男女の関わりばかりをテーマにした短編小説が計6編。雑誌への発表は今から8〜9
年前で、作者60代半ばごろ。書きぶりは例によって達者というほかない水準にあります
が、それだけ。作者は男女のことに最大の関心を持っているようにも見え、全体として
、あのカッコばかりつけた、くだらない長編ポルノ小説『ノルウェーの森』(ロングセ
ラーなのはポルノだから?)を思い出させました。

 もっとも、この短編集巻頭の「ドライブ・マイ・カー」は濱口竜介監督によって映画
化され、直近の米国アカデミー賞国際長編映画賞、カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞する
など、傑作の誉れ高く、こちらは素直にいずれ観てみたいものだと考えています。


■浅田次郎 『おもかげ』(毎日新聞出版、2017年12月)

 65歳の元商社マンが出向先での自分の送別会の帰途、地下鉄車内にて脳内出血を発症
して昏倒。運ばれた病院の緊急治療室で生死の境目をさまよい、いくつもの夢を見ます
。作者と同じ昭和26年生まれの主人公は孤児の施設で育ち、長じて総合商社へ。作者初
期の長編『地下鉄に乗って』にどこか似た筋立てで、語り口はマイルドかつ明快で、心
地よく読めます。

 江戸っ子の作者は東京の地下鉄が好きなようで、今回のは銀座線と丸の内線、さらに
日比谷線、東西線あたりがつながり始めた頃から語り出し。新聞に連載したのを推敲し
たものらしく、いつも通りのうまい仕上がりです。


■大和ハジメ 『交通事故で頭を強打したらどうなるか?』(株式会社KADOKAWA、2019
年3月)

 20代男性による長編マンガ。ブックオフで見つけ、何の話か、と興味を持って110円
で買って開いたら、歩行中に車にはねられ、転倒して頭を打った事故から徐々に回復す
る過程を描いた、タイトルどおりの体験話でした。

 絵もコマ割りも吹き出しも分かりやすく、事故から回復までの流れも呑み込めます。
脳に障害が残ったことに対する葛藤を示し、さらに「漫画にまとめたことで、事故を克
服できた」そして「事故にあってよかった」という境地にまで至ったというあたり、切
実・緊迫した気配がうかがえます。


■東海林さだお/聞き手:藤原あつこ 『超優良企業「さだお商事」――ショウジ君の
イキイキ快適仕事術』(東洋経済新報社、2002年12月)

 好きな漫画家・エッセイストの東海林さんにフリーライターが連続インタビューして
採録した1冊。「立志・創業」「情報収集」「商品開発」「生活管理」「健康とお洒落
」「人生の終焉について」の6つに分かれ、20年前の刊行ながら、いずれも面白く共感
を持って読み進めました。

 インタビューに対する東海林さんの応答で引用したい箇所は多数あります。一つだけ
抜き出すなら、30代を過ぎてから直面した「内臓脂肪の蓄積による腹部膨満」、つまり
私もいまなお苦悩している「デバラ」の解消法。それによれば、食品のカロリー表をに
らみながら1日の摂取カロリーを2400キロカロリー以下に抑えること、そのためにカロ
リーゼロのコンニャクを大量に食いつないで10キロ減量した、ということでした。マネ
しようと思います。


■望月麻衣 『京都寺町三条のホームズ』(双葉文庫、2015年4月)

 北海道出身で、10年近く前から京都に住む女性の連作ライトミステリー集1作目。寺
町三条の骨董屋「蔵」の後継ぎ風の京大院生がホームズ役で、ここに埼玉から引っ越し
て「蔵」でバイトを始めた女子高生が絡みます。ヒトが死なない、ソフトな短編推理が
多く、ためにライトミステリーといわれる次第。

 とはいえ、京都の行事や風物について割としっかり調べ、器用に話を進めており、退
屈はせず、楽しめました。不思議だったのは、登場人物のほぼ全員がそれぞれ「クスク
ス笑う」場面がやたら多いこと。ジュブナイルらしいとも思いました。
■門田隆将 『疫病2020』(産経新聞出版、2020年6月)

 中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が公式に発見されたのが2019(令和元)
年の12月。「週刊新潮」出身のこのノンフィクション作家はその後の半年ほどの経過を
追い、東京五輪の1年延期が決まるあたりまでを順序立てて解析しています。

 新型コロナ肺炎に対する、当初の政治及び厚労省の「風邪みたいな軽度の感染症で、
たいしたものではない」とタカをくくった様子をまずリポート。そんな中国への配慮(
忖度)と、五輪開催及び経済への悪影響を意識した消極的な構えから、やがて旅客船「
ダイヤモンドプリンセス」号での船内感染を境にした混乱と狼狽、さらに台湾が当時水
際でウイルスの国内侵入を最小限に食い止めた素早い対応ぶりなどを、分かりやすいタ
ッチで押さえていきます。

 面白いのは、2020年春の時点で、武漢の病毒研究所から新型コロナウイルスが外部に
(恐らく過失で)漏れ出たのが、そもそもの根本的な原因であること、そのウイルスは
人工的な改変操作の痕跡が色濃く窺われ、うわさされたコウモリその他のゲテモノから
自然に発生したものではない、とほぼ確定的に指弾していることです。

 中国は当時、トランプ前米国大統領らからの非難に対し、「米国の陰謀」説まで持ち
出して「研究所からの漏出」説を否定しましたが、腰砕けのWHOはともかく、調査報道
の世界ではすでに有力な仮説として語られていることを窺わせました。コロナ禍では医
療専門家らの説明・リポートが多く出回り、それはそれとして意義はあったものの、ノ
ンフィクション作家ならではの冷静で客観的で、理解の届きやすい作品に仕上がってい
るのでは、と感心しました。『2021』『2022』も読みたくなります。

 
■葉室麟 『あおなり道場始末』(双葉社、2016年11月)

 息抜き風の、葉室さんのソフトタッチの長編武家小説。不慮の死を遂げた父の仇討ち
を誓う、まだ若い長男、長女、二男の3人が家業の剣術道場を守りながら、父の仇を探
します。長男は父から伝授された「神妙活殺」なる秘技を使って迫りくるナゾの討っ手
を退散させるのが、物語のキモ。ただし、一つ二つと数えながら「いろは」を描くとい
う「神妙活殺」剣の様子が呑み込みにくい。筋立ても正直、やっつけ風でしたが、軽く
読めたので良し、ということにします。
■門田隆将 『疫病2020』(産経新聞出版、2020年6月)

 中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が公式に発見されたのが2019(令和元)
年の12月。「週刊新潮」出身のこのノンフィクション作家はその後の半年ほどの経過を
追い、東京五輪の1年延期が決まるあたりまでを順序立てて解析しています。

 新型コロナ肺炎に対する、当初の政治及び厚労省の「風邪みたいな軽度の感染症で、
たいしたものではない」とタカをくくった様子をまずリポート。そんな中国への配慮(
忖度)と、五輪開催及び経済への悪影響を意識した消極的な構えから、やがて旅客船「
ダイヤモンドプリンセス」号での船内感染を境にした混乱と狼狽、さらに台湾が当時水
際でウイルスの国内侵入を最小限に食い止めた素早い対応ぶりなどを、分かりやすいタ
ッチで押さえていきます。

 面白いのは、2020年春の時点で、武漢の病毒研究所から新型コロナウイルスが外部に
(恐らく過失で)漏れ出たのが、そもそもの根本的な原因であること、そのウイルスは
人工的な改変操作の痕跡が色濃く窺われ、うわさされたコウモリその他のゲテモノから
自然に発生したものではない、とほぼ確定的に指弾していることです。

 中国は当時、トランプ前米国大統領らからの非難に対し、「米国の陰謀」説まで持ち
出して「研究所からの漏出」説を否定しましたが、腰砕けのWHOはともかく、調査報道
の世界ではすでに有力な仮説として語られていることを窺わせました。コロナ禍では医
療専門家らの説明・リポートが多く出回り、それはそれとして意義はあったものの、ノ
ンフィクション作家ならではの冷静で客観的で、理解の届きやすい作品に仕上がってい
るのでは、と感心しました。『2021』『2022』も読みたくなります。

 
■葉室麟 『あおなり道場始末』(双葉社、2016年11月)

 息抜き風の、葉室さんのソフトタッチの長編武家小説。不慮の死を遂げた父の仇討ち
を誓う、まだ若い長男、長女、二男の3人が家業の剣術道場を守りながら、父の仇を探
します。長男は父から伝授された「神妙活殺」なる秘技を使って迫りくるナゾの討っ手
を退散させるのが、物語のキモ。ただし、一つ二つと数えながら「いろは」を描くとい
う「神妙活殺」剣の様子が呑み込みにくい。筋立ても正直、やっつけ風でしたが、軽く
読めたので良し、ということにします。
■門田隆将 『疫病2020』(産経新聞出版、2020年6月)

 中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が公式に発見されたのが2019(令和元)
年の12月。「週刊新潮」出身のこのノンフィクション作家はその後の半年ほどの経過を
追い、東京五輪の1年延期が決まるあたりまでを順序立てて解析しています。

 新型コロナ肺炎に対する、当初の政治及び厚労省の「風邪みたいな軽度の感染症で、
たいしたものではない」とタカをくくった様子をまずリポート。そんな中国への配慮(
忖度)と、五輪開催及び経済への悪影響を意識した消極的な構えから、やがて旅客船「
ダイヤモンドプリンセス」号での船内感染を境にした混乱と狼狽、さらに台湾が当時水
際でウイルスの国内侵入を最小限に食い止めた素早い対応ぶりなどを、分かりやすいタ
ッチで押さえていきます。

 面白いのは、2020年春の時点で、武漢の病毒研究所から新型コロナウイルスが外部に
(恐らく過失で)漏れ出たのが、そもそもの根本的な原因であること、そのウイルスは
人工的な改変操作の痕跡が色濃く窺われ、うわさされたコウモリその他のゲテモノから
自然に発生したものではない、とほぼ確定的に指弾していることです。

 中国は当時、トランプ前米国大統領らからの非難に対し、「米国の陰謀」説まで持ち
出して「研究所からの漏出」説を否定しましたが、腰砕けのWHOはともかく、調査報道
の世界ではすでに有力な仮説として語られていることを窺わせました。コロナ禍では医
療専門家らの説明・リポートが多く出回り、それはそれとして意義はあったものの、ノ
ンフィクション作家ならではの冷静で客観的で、理解の届きやすい作品に仕上がってい
るのでは、と感心しました。『2021』『2022』も読みたくなります。

 
■葉室麟 『あおなり道場始末』(双葉社、2016年11月)

 息抜き風の、葉室さんのソフトタッチの長編武家小説。不慮の死を遂げた父の仇討ち
を誓う、まだ若い長男、長女、二男の3人が家業の剣術道場を守りながら、父の仇を探
します。長男は父から伝授された「神妙活殺」なる秘技を使って迫りくるナゾの討っ手
を退散させるのが、物語のキモ。ただし、一つ二つと数えながら「いろは」を描くとい
う「神妙活殺」剣の様子が呑み込みにくい。筋立ても正直、やっつけ風でしたが、軽く
読めたので良し、ということにします。
■門田隆将 『疫病2020』(産経新聞出版、2020年6月)

 中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が公式に発見されたのが2019(令和元)
年の12月。「週刊新潮」出身のこのノンフィクション作家はその後の半年ほどの経過を
追い、東京五輪の1年延期が決まるあたりまでを順序立てて解析しています。

 新型コロナ肺炎に対する、当初の政治及び厚労省の「風邪みたいな軽度の感染症で、
たいしたものではない」とタカをくくった様子をまずリポート。そんな中国への配慮(
忖度)と、五輪開催及び経済への悪影響を意識した消極的な構えから、やがて旅客船「
ダイヤモンドプリンセス」号での船内感染を境にした混乱と狼狽、さらに台湾が当時水
際でウイルスの国内侵入を最小限に食い止めた素早い対応ぶりなどを、分かりやすいタ
ッチで押さえていきます。

 面白いのは、2020年春の時点で、武漢の病毒研究所から新型コロナウイルスが外部に
(恐らく過失で)漏れ出たのが、そもそもの根本的な原因であること、そのウイルスは
人工的な改変操作の痕跡が色濃く窺われ、うわさされたコウモリその他のゲテモノから
自然に発生したものではない、とほぼ確定的に指弾していることです。

 中国は当時、トランプ前米国大統領らからの非難に対し、「米国の陰謀」説まで持ち
出して「研究所からの漏出」説を否定しましたが、腰砕けのWHOはともかく、調査報道
の世界ではすでに有力な仮説として語られていることを窺わせました。コロナ禍では医
療専門家らの説明・リポートが多く出回り、それはそれとして意義はあったものの、ノ
ンフィクション作家ならではの冷静で客観的で、理解の届きやすい作品に仕上がってい
るのでは、と感心しました。『2021』『2022』も読みたくなります。

 
■葉室麟 『あおなり道場始末』(双葉社、2016年11月)

 息抜き風の、葉室さんのソフトタッチの長編武家小説。不慮の死を遂げた父の仇討ち
を誓う、まだ若い長男、長女、二男の3人が家業の剣術道場を守りながら、父の仇を探
します。長男は父から伝授された「神妙活殺」なる秘技を使って迫りくるナゾの討っ手
を退散させるのが、物語のキモ。ただし、一つ二つと数えながら「いろは」を描くとい
う「神妙活殺」剣の様子が呑み込みにくい。筋立ても正直、やっつけ風でしたが、軽く
読めたので良し、ということにします。
■門田隆将 『疫病2020』(産経新聞出版、2020年6月)

 中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が公式に発見されたのが2019(令和元)
年の12月。「週刊新潮」出身のこのノンフィクション作家はその後の半年ほどの経過を
追い、東京五輪の1年延期が決まるあたりまでを順序立てて解析しています。

 新型コロナ肺炎に対する、当初の政治及び厚労省の「風邪みたいな軽度の感染症で、
たいしたものではない」とタカをくくった様子をまずリポート。そんな中国への配慮(
忖度)と、五輪開催及び経済への悪影響を意識した消極的な構えから、やがて旅客船「
ダイヤモンドプリンセス」号での船内感染を境にした混乱と狼狽、さらに台湾が当時水
際でウイルスの国内侵入を最小限に食い止めた素早い対応ぶりなどを、分かりやすいタ
ッチで押さえていきます。

 面白いのは、2020年春の時点で、武漢の病毒研究所から新型コロナウイルスが外部に
(恐らく過失で)漏れ出たのが、そもそもの根本的な原因であること、そのウイルスは
人工的な改変操作の痕跡が色濃く窺われ、うわさされたコウモリその他のゲテモノから
自然に発生したものではない、とほぼ確定的に指弾していることです。

 中国は当時、トランプ前米国大統領らからの非難に対し、「米国の陰謀」説まで持ち
出して「研究所からの漏出」説を否定しましたが、腰砕けのWHOはともかく、調査報道
の世界ではすでに有力な仮説として語られていることを窺わせました。コロナ禍では医
療専門家らの説明・リポートが多く出回り、それはそれとして意義はあったものの、ノ
ンフィクション作家ならではの冷静で客観的で、理解の届きやすい作品に仕上がってい
るのでは、と感心しました。『2021』『2022』も読みたくなります。

 
■葉室麟 『あおなり道場始末』(双葉社、2016年11月)

 息抜き風の、葉室さんのソフトタッチの長編武家小説。不慮の死を遂げた父の仇討ち
を誓う、まだ若い長男、長女、二男の3人が家業の剣術道場を守りながら、父の仇を探
します。長男は父から伝授された「神妙活殺」なる秘技を使って迫りくるナゾの討っ手
を退散させるのが、物語のキモ。ただし、一つ二つと数えながら「いろは」を描くとい
う「神妙活殺」剣の様子が呑み込みにくい。筋立ても正直、やっつけ風でしたが、軽く
読めたので良し、ということにします。
■門田隆将 『疫病2020』(産経新聞出版、2020年6月)

 中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が公式に発見されたのが2019(令和元)
年の12月。「週刊新潮」出身のこのノンフィクション作家はその後の半年ほどの経過を
追い、東京五輪の1年延期が決まるあたりまでを順序立てて解析しています。

 新型コロナ肺炎に対する、当初の政治及び厚労省の「風邪みたいな軽度の感染症で、
たいしたものではない」とタカをくくった様子をまずリポート。そんな中国への配慮(
忖度)と、五輪開催及び経済への悪影響を意識した消極的な構えから、やがて旅客船「
ダイヤモンドプリンセス」号での船内感染を境にした混乱と狼狽、さらに台湾が当時水
際でウイルスの国内侵入を最小限に食い止めた素早い対応ぶりなどを、分かりやすいタ
ッチで押さえていきます。

 面白いのは、2020年春の時点で、武漢の病毒研究所から新型コロナウイルスが外部に
(恐らく過失で)漏れ出たのが、そもそもの根本的な原因であること、そのウイルスは
人工的な改変操作の痕跡が色濃く窺われ、うわさされたコウモリその他のゲテモノから
自然に発生したものではない、とほぼ確定的に指弾していることです。

 中国は当時、トランプ前米国大統領らからの非難に対し、「米国の陰謀」説まで持ち
出して「研究所からの漏出」説を否定しましたが、腰砕けのWHOはともかく、調査報道
の世界ではすでに有力な仮説として語られていることを窺わせました。コロナ禍では医
療専門家らの説明・リポートが多く出回り、それはそれとして意義はあったものの、ノ
ンフィクション作家ならではの冷静で客観的で、理解の届きやすい作品に仕上がってい
るのでは、と感心しました。『2021』『2022』も読みたくなります。

 
■葉室麟 『あおなり道場始末』(双葉社、2016年11月)

 息抜き風の、葉室さんのソフトタッチの長編武家小説。不慮の死を遂げた父の仇討ち
を誓う、まだ若い長男、長女、二男の3人が家業の剣術道場を守りながら、父の仇を探
します。長男は父から伝授された「神妙活殺」なる秘技を使って迫りくるナゾの討っ手
を退散させるのが、物語のキモ。ただし、一つ二つと数えながら「いろは」を描くとい
う「神妙活殺」剣の様子が呑み込みにくい。筋立ても正直、やっつけ風でしたが、軽く
読めたので良し、ということにします。
■門田隆将 『疫病2020』(産経新聞出版、2020年6月)

 中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が公式に発見されたのが2019(令和元)
年の12月。「週刊新潮」出身のこのノンフィクション作家はその後の半年ほどの経過を
追い、東京五輪の1年延期が決まるあたりまでを順序立てて解析しています。

 新型コロナ肺炎に対する、当初の政治及び厚労省の「風邪みたいな軽度の感染症で、
たいしたものではない」とタカをくくった様子をまずリポート。そんな中国への配慮(
忖度)と、五輪開催及び経済への悪影響を意識した消極的な構えから、やがて旅客船「
ダイヤモンドプリンセス」号での船内感染を境にした混乱と狼狽、さらに台湾が当時水
際でウイルスの国内侵入を最小限に食い止めた素早い対応ぶりなどを、分かりやすいタ
ッチで押さえていきます。

 面白いのは、2020年春の時点で、武漢の病毒研究所から新型コロナウイルスが外部に
(恐らく過失で)漏れ出たのが、そもそもの根本的な原因であること、そのウイルスは
人工的な改変操作の痕跡が色濃く窺われ、うわさされたコウモリその他のゲテモノから
自然に発生したものではない、とほぼ確定的に指弾していることです。

 中国は当時、トランプ前米国大統領らからの非難に対し、「米国の陰謀」説まで持ち
出して「研究所からの漏出」説を否定しましたが、腰砕けのWHOはともかく、調査報道
の世界ではすでに有力な仮説として語られていることを窺わせました。コロナ禍では医
療専門家らの説明・リポートが多く出回り、それはそれとして意義はあったものの、ノ
ンフィクション作家ならではの冷静で客観的で、理解の届きやすい作品に仕上がってい
るのでは、と感心しました。『2021』『2022』も読みたくなります。

 
■葉室麟 『あおなり道場始末』(双葉社、2016年11月)

 息抜き風の、葉室さんのソフトタッチの長編武家小説。不慮の死を遂げた父の仇討ち
を誓う、まだ若い長男、長女、二男の3人が家業の剣術道場を守りながら、父の仇を探
します。長男は父から伝授された「神妙活殺」なる秘技を使って迫りくるナゾの討っ手
を退散させるのが、物語のキモ。ただし、一つ二つと数えながら「いろは」を描くとい
う「神妙活殺」剣の様子が呑み込みにくい。筋立ても正直、やっつけ風でしたが、軽く
読めたので良し、ということにします。
■門田隆将 『疫病2020』(産経新聞出版、2020年6月)

 中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が公式に発見されたのが2019(令和元)
年の12月。「週刊新潮」出身のこのノンフィクション作家はその後の半年ほどの経過を
追い、東京五輪の1年延期が決まるあたりまでを順序立てて解析しています。

 新型コロナ肺炎に対する、当初の政治及び厚労省の「風邪みたいな軽度の感染症で、
たいしたものではない」とタカをくくった様子をまずリポート。そんな中国への配慮(
忖度)と、五輪開催及び経済への悪影響を意識した消極的な構えから、やがて旅客船「
ダイヤモンドプリンセス」号での船内感染を境にした混乱と狼狽、さらに台湾が当時水
際でウイルスの国内侵入を最小限に食い止めた素早い対応ぶりなどを、分かりやすいタ
ッチで押さえていきます。

 面白いのは、2020年春の時点で、武漢の病毒研究所から新型コロナウイルスが外部に
(恐らく過失で)漏れ出たのが、そもそもの根本的な原因であること、そのウイルスは
人工的な改変操作の痕跡が色濃く窺われ、うわさされたコウモリその他のゲテモノから
自然に発生したものではない、とほぼ確定的に指弾していることです。

 中国は当時、トランプ前米国大統領らからの非難に対し、「米国の陰謀」説まで持ち
出して「研究所からの漏出」説を否定しましたが、腰砕けのWHOはともかく、調査報道
の世界ではすでに有力な仮説として語られていることを窺わせました。コロナ禍では医
療専門家らの説明・リポートが多く出回り、それはそれとして意義はあったものの、ノ
ンフィクション作家ならではの冷静で客観的で、理解の届きやすい作品に仕上がってい
るのでは、と感心しました。『2021』『2022』も読みたくなります。

 
■葉室麟 『あおなり道場始末』(双葉社、2016年11月)

 息抜き風の、葉室さんのソフトタッチの長編武家小説。不慮の死を遂げた父の仇討ち
を誓う、まだ若い長男、長女、二男の3人が家業の剣術道場を守りながら、父の仇を探
します。長男は父から伝授された「神妙活殺」なる秘技を使って迫りくるナゾの討っ手
を退散させるのが、物語のキモ。ただし、一つ二つと数えながら「いろは」を描くとい
う「神妙活殺」剣の様子が呑み込みにくい。筋立ても正直、やっつけ風でしたが、軽く
読めたので良し、ということにします。
■門田隆将 『疫病2020』(産経新聞出版、2020年6月)

 中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が公式に発見されたのが2019(令和元)
年の12月。「週刊新潮」出身のこのノンフィクション作家はその後の半年ほどの経過を
追い、東京五輪の1年延期が決まるあたりまでを順序立てて解析しています。

 新型コロナ肺炎に対する、当初の政治及び厚労省の「風邪みたいな軽度の感染症で、
たいしたものではない」とタカをくくった様子をまずリポート。そんな中国への配慮(
忖度)と、五輪開催及び経済への悪影響を意識した消極的な構えから、やがて旅客船「
ダイヤモンドプリンセス」号での船内感染を境にした混乱と狼狽、さらに台湾が当時水
際でウイルスの国内侵入を最小限に食い止めた素早い対応ぶりなどを、分かりやすいタ
ッチで押さえていきます。

 面白いのは、2020年春の時点で、武漢の病毒研究所から新型コロナウイルスが外部に
(恐らく過失で)漏れ出たのが、そもそもの根本的な原因であること、そのウイルスは
人工的な改変操作の痕跡が色濃く窺われ、うわさされたコウモリその他のゲテモノから
自然に発生したものではない、とほぼ確定的に指弾していることです。

 中国は当時、トランプ前米国大統領らからの非難に対し、「米国の陰謀」説まで持ち
出して「研究所からの漏出」説を否定しましたが、腰砕けのWHOはともかく、調査報道
の世界ではすでに有力な仮説として語られていることを窺わせました。コロナ禍では医
療専門家らの説明・リポートが多く出回り、それはそれとして意義はあったものの、ノ
ンフィクション作家ならではの冷静で客観的で、理解の届きやすい作品に仕上がってい
るのでは、と感心しました。『2021』『2022』も読みたくなります。

 
■葉室麟 『あおなり道場始末』(双葉社、2016年11月)

 息抜き風の、葉室さんのソフトタッチの長編武家小説。不慮の死を遂げた父の仇討ち
を誓う、まだ若い長男、長女、二男の3人が家業の剣術道場を守りながら、父の仇を探
します。長男は父から伝授された「神妙活殺」なる秘技を使って迫りくるナゾの討っ手
を退散させるのが、物語のキモ。ただし、一つ二つと数えながら「いろは」を描くとい
う「神妙活殺」剣の様子が呑み込みにくい。筋立ても正直、やっつけ風でしたが、軽く
読めたので良し、ということにします。
■門田隆将 『疫病2020』(産経新聞出版、2020年6月)

 中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が公式に発見されたのが2019(令和元)
年の12月。「週刊新潮」出身のこのノンフィクション作家はその後の半年ほどの経過を
追い、東京五輪の1年延期が決まるあたりまでを順序立てて解析しています。

 新型コロナ肺炎に対する、当初の政治及び厚労省の「風邪みたいな軽度の感染症で、
たいしたものではない」とタカをくくった様子をまずリポート。そんな中国への配慮(
忖度)と、五輪開催及び経済への悪影響を意識した消極的な構えから、やがて旅客船「
ダイヤモンドプリンセス」号での船内感染を境にした混乱と狼狽、さらに台湾が当時水
際でウイルスの国内侵入を最小限に食い止めた素早い対応ぶりなどを、分かりやすいタ
ッチで押さえていきます。

 面白いのは、2020年春の時点で、武漢の病毒研究所から新型コロナウイルスが外部に
(恐らく過失で)漏れ出たのが、そもそもの根本的な原因であること、そのウイルスは
人工的な改変操作の痕跡が色濃く窺われ、うわさされたコウモリその他のゲテモノから
自然に発生したものではない、とほぼ確定的に指弾していることです。

 中国は当時、トランプ前米国大統領らからの非難に対し、「米国の陰謀」説まで持ち
出して「研究所からの漏出」説を否定しましたが、腰砕けのWHOはともかく、調査報道
の世界ではすでに有力な仮説として語られていることを窺わせました。コロナ禍では医
療専門家らの説明・リポートが多く出回り、それはそれとして意義はあったものの、ノ
ンフィクション作家ならではの冷静で客観的で、理解の届きやすい作品に仕上がってい
るのでは、と感心しました。『2021』『2022』も読みたくなります。

 
■葉室麟 『あおなり道場始末』(双葉社、2016年11月)

 息抜き風の、葉室さんのソフトタッチの長編武家小説。不慮の死を遂げた父の仇討ち
を誓う、まだ若い長男、長女、二男の3人が家業の剣術道場を守りながら、父の仇を探
します。長男は父から伝授された「神妙活殺」なる秘技を使って迫りくるナゾの討っ手
を退散させるのが、物語のキモ。ただし、一つ二つと数えながら「いろは」を描くとい
う「神妙活殺」剣の様子が呑み込みにくい。筋立ても正直、やっつけ風でしたが、軽く
読めたので良し、ということにします。
■門田隆将 『疫病2020』(産経新聞出版、2020年6月)

 中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が公式に発見されたのが2019(令和元)
年の12月。「週刊新潮」出身のこのノンフィクション作家はその後の半年ほどの経過を
追い、東京五輪の1年延期が決まるあたりまでを順序立てて解析しています。

 新型コロナ肺炎に対する、当初の政治及び厚労省の「風邪みたいな軽度の感染症で、
たいしたものではない」とタカをくくった様子をまずリポート。そんな中国への配慮(
忖度)と、五輪開催及び経済への悪影響を意識した消極的な構えから、やがて旅客船「
ダイヤモンドプリンセス」号での船内感染を境にした混乱と狼狽、さらに台湾が当時水
際でウイルスの国内侵入を最小限に食い止めた素早い対応ぶりなどを、分かりやすいタ
ッチで押さえていきます。

 面白いのは、2020年春の時点で、武漢の病毒研究所から新型コロナウイルスが外部に
(恐らく過失で)漏れ出たのが、そもそもの根本的な原因であること、そのウイルスは
人工的な改変操作の痕跡が色濃く窺われ、うわさされたコウモリその他のゲテモノから
自然に発生したものではない、とほぼ確定的に指弾していることです。

 中国は当時、トランプ前米国大統領らからの非難に対し、「米国の陰謀」説まで持ち
出して「研究所からの漏出」説を否定しましたが、腰砕けのWHOはともかく、調査報道
の世界ではすでに有力な仮説として語られていることを窺わせました。コロナ禍では医
療専門家らの説明・リポートが多く出回り、それはそれとして意義はあったものの、ノ
ンフィクション作家ならではの冷静で客観的で、理解の届きやすい作品に仕上がってい
るのでは、と感心しました。『2021』『2022』も読みたくなります。

 
■葉室麟 『あおなり道場始末』(双葉社、2016年11月)

 息抜き風の、葉室さんのソフトタッチの長編武家小説。不慮の死を遂げた父の仇討ち
を誓う、まだ若い長男、長女、二男の3人が家業の剣術道場を守りながら、父の仇を探
します。長男は父から伝授された「神妙活殺」なる秘技を使って迫りくるナゾの討っ手
を退散させるのが、物語のキモ。ただし、一つ二つと数えながら「いろは」を描くとい
う「神妙活殺」剣の様子が呑み込みにくい。筋立ても正直、やっつけ風でしたが、軽く
読めたので良し、ということにします。
■門田隆将 『疫病2020』(産経新聞出版、2020年6月)

 中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が公式に発見されたのが2019(令和元)
年の12月。「週刊新潮」出身のこのノンフィクション作家はその後の半年ほどの経過を
追い、東京五輪の1年延期が決まるあたりまでを順序立てて解析しています。

 新型コロナ肺炎に対する、当初の政治及び厚労省の「風邪みたいな軽度の感染症で、
たいしたものではない」とタカをくくった様子をまずリポート。そんな中国への配慮(
忖度)と、五輪開催及び経済への悪影響を意識した消極的な構えから、やがて旅客船「
ダイヤモンドプリンセス」号での船内感染を境にした混乱と狼狽、さらに台湾が当時水
際でウイルスの国内侵入を最小限に食い止めた素早い対応ぶりなどを、分かりやすいタ
ッチで押さえていきます。

 面白いのは、2020年春の時点で、武漢の病毒研究所から新型コロナウイルスが外部に
(恐らく過失で)漏れ出たのが、そもそもの根本的な原因であること、そのウイルスは
人工的な改変操作の痕跡が色濃く窺われ、うわさされたコウモリその他のゲテモノから
自然に発生したものではない、とほぼ確定的に指弾していることです。

 中国は当時、トランプ前米国大統領らからの非難に対し、「米国の陰謀」説まで持ち
出して「研究所からの漏出」説を否定しましたが、腰砕けのWHOはともかく、調査報道
の世界ではすでに有力な仮説として語られていることを窺わせました。コロナ禍では医
療専門家らの説明・リポートが多く出回り、それはそれとして意義はあったものの、ノ
ンフィクション作家ならではの冷静で客観的で、理解の届きやすい作品に仕上がってい
るのでは、と感心しました。『2021』『2022』も読みたくなります。

 
■葉室麟 『あおなり道場始末』(双葉社、2016年11月)

 息抜き風の、葉室さんのソフトタッチの長編武家小説。不慮の死を遂げた父の仇討ち
を誓う、まだ若い長男、長女、二男の3人が家業の剣術道場を守りながら、父の仇を探
します。長男は父から伝授された「神妙活殺」なる秘技を使って迫りくるナゾの討っ手
を退散させるのが、物語のキモ。ただし、一つ二つと数えながら「いろは」を描くとい
う「神妙活殺」剣の様子が呑み込みにくい。筋立ても正直、やっつけ風でしたが、軽く
読めたので良し、ということにします。
■門田隆将 『疫病2020』(産経新聞出版、2020年6月)

 中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が公式に発見されたのが2019(令和元)
年の12月。「週刊新潮」出身のこのノンフィクション作家はその後の半年ほどの経過を
追い、東京五輪の1年延期が決まるあたりまでを順序立てて解析しています。

 新型コロナ肺炎に対する、当初の政治及び厚労省の「風邪みたいな軽度の感染症で、
たいしたものではない」とタカをくくった様子をまずリポート。そんな中国への配慮(
忖度)と、五輪開催及び経済への悪影響を意識した消極的な構えから、やがて旅客船「
ダイヤモンドプリンセス」号での船内感染を境にした混乱と狼狽、さらに台湾が当時水
際でウイルスの国内侵入を最小限に食い止めた素早い対応ぶりなどを、分かりやすいタ
ッチで押さえていきます。

 面白いのは、2020年春の時点で、武漢の病毒研究所から新型コロナウイルスが外部に
(恐らく過失で)漏れ出たのが、そもそもの根本的な原因であること、そのウイルスは
人工的な改変操作の痕跡が色濃く窺われ、うわさされたコウモリその他のゲテモノから
自然に発生したものではない、とほぼ確定的に指弾していることです。

 中国は当時、トランプ前米国大統領らからの非難に対し、「米国の陰謀」説まで持ち
出して「研究所からの漏出」説を否定しましたが、腰砕けのWHOはともかく、調査報道
の世界ではすでに有力な仮説として語られていることを窺わせました。コロナ禍では医
療専門家らの説明・リポートが多く出回り、それはそれとして意義はあったものの、ノ
ンフィクション作家ならではの冷静で客観的で、理解の届きやすい作品に仕上がってい
るのでは、と感心しました。『2021』『2022』も読みたくなります。

 
■葉室麟 『あおなり道場始末』(双葉社、2016年11月)

 息抜き風の、葉室さんのソフトタッチの長編武家小説。不慮の死を遂げた父の仇討ち
を誓う、まだ若い長男、長女、二男の3人が家業の剣術道場を守りながら、父の仇を探
します。長男は父から伝授された「神妙活殺」なる秘技を使って迫りくるナゾの討っ手
を退散させるのが、物語のキモ。ただし、一つ二つと数えながら「いろは」を描くとい
う「神妙活殺」剣の様子が呑み込みにくい。筋立ても正直、やっつけ風でしたが、軽く
読めたので良し、ということにします。
■門田隆将 『疫病2020』(産経新聞出版、2020年6月)

 中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が公式に発見されたのが2019(令和元)
年の12月。「週刊新潮」出身のこのノンフィクション作家はその後の半年ほどの経過を
追い、東京五輪の1年延期が決まるあたりまでを順序立てて解析しています。

 新型コロナ肺炎に対する、当初の政治及び厚労省の「風邪みたいな軽度の感染症で、
たいしたものではない」とタカをくくった様子をまずリポート。そんな中国への配慮(
忖度)と、五輪開催及び経済への悪影響を意識した消極的な構えから、やがて旅客船「
ダイヤモンドプリンセス」号での船内感染を境にした混乱と狼狽、さらに台湾が当時水
際でウイルスの国内侵入を最小限に食い止めた素早い対応ぶりなどを、分かりやすいタ
ッチで押さえていきます。

 面白いのは、2020年春の時点で、武漢の病毒研究所から新型コロナウイルスが外部に
(恐らく過失で)漏れ出たのが、そもそもの根本的な原因であること、そのウイルスは
人工的な改変操作の痕跡が色濃く窺われ、うわさされたコウモリその他のゲテモノから
自然に発生したものではない、とほぼ確定的に指弾していることです。

 中国は当時、トランプ前米国大統領らからの非難に対し、「米国の陰謀」説まで持ち
出して「研究所からの漏出」説を否定しましたが、腰砕けのWHOはともかく、調査報道
の世界ではすでに有力な仮説として語られていることを窺わせました。コロナ禍では医
療専門家らの説明・リポートが多く出回り、それはそれとして意義はあったものの、ノ
ンフィクション作家ならではの冷静で客観的で、理解の届きやすい作品に仕上がってい
るのでは、と感心しました。『2021』『2022』も読みたくなります。

 
■葉室麟 『あおなり道場始末』(双葉社、2016年11月)

 息抜き風の、葉室さんのソフトタッチの長編武家小説。不慮の死を遂げた父の仇討ち
を誓う、まだ若い長男、長女、二男の3人が家業の剣術道場を守りながら、父の仇を探
します。長男は父から伝授された「神妙活殺」なる秘技を使って迫りくるナゾの討っ手
を退散させるのが、物語のキモ。ただし、一つ二つと数えながら「いろは」を描くとい
う「神妙活殺」剣の様子が呑み込みにくい。筋立ても正直、やっつけ風でしたが、軽く
読めたので良し、ということにします。
■金田信一郎 『失敗の研究 巨大組織が崩れるとき』(日本経済新聞出版社、2016年
6月)

 トラブル多発の大企業群に対するリポートをまとめた1冊。理研、代々木ゼミナール
、ベネッセ、東洋ゴム、化血研、三井不動産、雪印乳業、ロッテなど、2010年代に日経
ビジネス等の記者だった著者取材の「大手企業の失敗」をめぐる記事を編んでいます。
隠された事実に迫るというより、後知恵風の理屈を並べた気配が強く、正直あまり勉強
にも参考にもならなかった。

 呆れたのは「取材を申し込んだのに返事がない」など、一部を除き、記事執筆が進ま
ない言い訳が多いこと。関係者の自宅に出向く、逃げている宿泊先を割り出す、知人ら
を通じて接触を試みるなど、相手に肉薄する泥くさい努力もないまま泣き言を言うのは
、アマチュアです。そんな及び腰が目立つので、出来上がったのはルポでもドキュメン
トでもノンフィクションでもない、ただのリポート。


■浅田次郎 『 一刀斎夢録(下) 』(文芸春秋、2011年1月)

 明治維新後も生き延びた新選組助勤、斎藤一(逆さに読んで一刀斎)が大正初期、陸
軍中尉に自らの半生を伝える物語の後編。語りのうまさに変わりはない半面、維新後、
一刀斎が警視庁に採用され、西南戦争(明治10年)に「抜刀隊」として参画するまでを
描いています。

 しかし、語り口は好調とはいえ、一刀斎が100人を超える人斬りの冷酷無残な悪漢役
を演じ続けながら、おしまい近くに突如、妙に湿っぽい人情噺めいたシーンが出てくる
のには困惑しました。新選組及び徳川方の動静と時代背景はうまくリポートされている
ものの、上下巻の統一性という点では整合性が取れていないようにみえた次第です。


■千田理緒 『五色の殺人者』(東京創元社、2020年10月)

 第30回鮎川哲也賞受賞の本格推理小説。老人介護施設の利用者が日中、何者かに撲殺
され、施設内の5人が廊下を走り去る犯人を目撃します。しかし、犯人が着ていた服の
色の証言は5人それぞれが「赤」「緑」「白」「黒」「青」とバラバラ。なぜこうも違
うのか、犯人は誰か? という謎解きを施設で働く女性ヘルパー2人が追及していきま
す。

 作者は介護施設のヘルパーも経験した女性フリーターだとのこと。老人介護施設の現
状に詳しく、殺人事件を扱う割には明るいタッチです。謎解きも合理的で、最後のどん
でん返しも面白い。久しぶりに「あれれ?」ということで、前の方のページに戻って伏
線を探す、ミステリーの楽しみ方を味わいました。■金田信一郎 『失敗の研究 巨大組織が崩れるとき』(日本経済新聞出版社、2016年
6月)

 トラブル多発の大企業群に対するリポートをまとめた1冊。理研、代々木ゼミナール
、ベネッセ、東洋ゴム、化血研、三井不動産、雪印乳業、ロッテなど、2010年代に日経
ビジネス等の記者だった著者取材の「大手企業の失敗」をめぐる記事を編んでいます。
隠された事実に迫るというより、後知恵風の理屈を並べた気配が強く、正直あまり勉強
にも参考にもならなかった。

 呆れたのは「取材を申し込んだのに返事がない」など、一部を除き、記事執筆が進ま
ない言い訳が多いこと。関係者の自宅に出向く、逃げている宿泊先を割り出す、知人ら
を通じて接触を試みるなど、相手に肉薄する泥くさい努力もないまま泣き言を言うのは
、アマチュアです。そんな及び腰が目立つので、出来上がったのはルポでもドキュメン
トでもノンフィクションでもない、ただのリポート。


■浅田次郎 『 一刀斎夢録(下) 』(文芸春秋、2011年1月)

 明治維新後も生き延びた新選組助勤、斎藤一(逆さに読んで一刀斎)が大正初期、陸
軍中尉に自らの半生を伝える物語の後編。語りのうまさに変わりはない半面、維新後、
一刀斎が警視庁に採用され、西南戦争(明治10年)に「抜刀隊」として参画するまでを
描いています。

 しかし、語り口は好調とはいえ、一刀斎が100人を超える人斬りの冷酷無残な悪漢役
を演じ続けながら、おしまい近くに突如、妙に湿っぽい人情噺めいたシーンが出てくる
のには困惑しました。新選組及び徳川方の動静と時代背景はうまくリポートされている
ものの、上下巻の統一性という点では整合性が取れていないようにみえた次第です。


■千田理緒 『五色の殺人者』(東京創元社、2020年10月)

 第30回鮎川哲也賞受賞の本格推理小説。老人介護施設の利用者が日中、何者かに撲殺
され、施設内の5人が廊下を走り去る犯人を目撃します。しかし、犯人が着ていた服の
色の証言は5人それぞれが「赤」「緑」「白」「黒」「青」とバラバラ。なぜこうも違
うのか、犯人は誰か? という謎解きを施設で働く女性ヘルパー2人が追及していきま
す。

 作者は介護施設のヘルパーも経験した女性フリーターだとのこと。老人介護施設の現
状に詳しく、殺人事件を扱う割には明るいタッチです。謎解きも合理的で、最後のどん
でん返しも面白い。久しぶりに「あれれ?」ということで、前の方のページに戻って伏
線を探す、ミステリーの楽しみ方を味わいました。■金田信一郎 『失敗の研究 巨大組織が崩れるとき』(日本経済新聞出版社、2016年
6月)

 トラブル多発の大企業群に対するリポートをまとめた1冊。理研、代々木ゼミナール
、ベネッセ、東洋ゴム、化血研、三井不動産、雪印乳業、ロッテなど、2010年代に日経
ビジネス等の記者だった著者取材の「大手企業の失敗」をめぐる記事を編んでいます。
隠された事実に迫るというより、後知恵風の理屈を並べた気配が強く、正直あまり勉強
にも参考にもならなかった。

 呆れたのは「取材を申し込んだのに返事がない」など、一部を除き、記事執筆が進ま
ない言い訳が多いこと。関係者の自宅に出向く、逃げている宿泊先を割り出す、知人ら
を通じて接触を試みるなど、相手に肉薄する泥くさい努力もないまま泣き言を言うのは
、アマチュアです。そんな及び腰が目立つので、出来上がったのはルポでもドキュメン
トでもノンフィクションでもない、ただのリポート。


■浅田次郎 『 一刀斎夢録(下) 』(文芸春秋、2011年1月)

 明治維新後も生き延びた新選組助勤、斎藤一(逆さに読んで一刀斎)が大正初期、陸
軍中尉に自らの半生を伝える物語の後編。語りのうまさに変わりはない半面、維新後、
一刀斎が警視庁に採用され、西南戦争(明治10年)に「抜刀隊」として参画するまでを
描いています。

 しかし、語り口は好調とはいえ、一刀斎が100人を超える人斬りの冷酷無残な悪漢役
を演じ続けながら、おしまい近くに突如、妙に湿っぽい人情噺めいたシーンが出てくる
のには困惑しました。新選組及び徳川方の動静と時代背景はうまくリポートされている
ものの、上下巻の統一性という点では整合性が取れていないようにみえた次第です。


■千田理緒 『五色の殺人者』(東京創元社、2020年10月)

 第30回鮎川哲也賞受賞の本格推理小説。老人介護施設の利用者が日中、何者かに撲殺
され、施設内の5人が廊下を走り去る犯人を目撃します。しかし、犯人が着ていた服の
色の証言は5人それぞれが「赤」「緑」「白」「黒」「青」とバラバラ。なぜこうも違
うのか、犯人は誰か? という謎解きを施設で働く女性ヘルパー2人が追及していきま
す。

 作者は介護施設のヘルパーも経験した女性フリーターだとのこと。老人介護施設の現
状に詳しく、殺人事件を扱う割には明るいタッチです。謎解きも合理的で、最後のどん
でん返しも面白い。久しぶりに「あれれ?」ということで、前の方のページに戻って伏
線を探す、ミステリーの楽しみ方を味わいました。■金田信一郎 『失敗の研究 巨大組織が崩れるとき』(日本経済新聞出版社、2016年
6月)

 トラブル多発の大企業群に対するリポートをまとめた1冊。理研、代々木ゼミナール
、ベネッセ、東洋ゴム、化血研、三井不動産、雪印乳業、ロッテなど、2010年代に日経
ビジネス等の記者だった著者取材の「大手企業の失敗」をめぐる記事を編んでいます。
隠された事実に迫るというより、後知恵風の理屈を並べた気配が強く、正直あまり勉強
にも参考にもならなかった。

 呆れたのは「取材を申し込んだのに返事がない」など、一部を除き、記事執筆が進ま
ない言い訳が多いこと。関係者の自宅に出向く、逃げている宿泊先を割り出す、知人ら
を通じて接触を試みるなど、相手に肉薄する泥くさい努力もないまま泣き言を言うのは
、アマチュアです。そんな及び腰が目立つので、出来上がったのはルポでもドキュメン
トでもノンフィクションでもない、ただのリポート。


■浅田次郎 『 一刀斎夢録(下) 』(文芸春秋、2011年1月)

 明治維新後も生き延びた新選組助勤、斎藤一(逆さに読んで一刀斎)が大正初期、陸
軍中尉に自らの半生を伝える物語の後編。語りのうまさに変わりはない半面、維新後、
一刀斎が警視庁に採用され、西南戦争(明治10年)に「抜刀隊」として参画するまでを
描いています。

 しかし、語り口は好調とはいえ、一刀斎が100人を超える人斬りの冷酷無残な悪漢役
を演じ続けながら、おしまい近くに突如、妙に湿っぽい人情噺めいたシーンが出てくる
のには困惑しました。新選組及び徳川方の動静と時代背景はうまくリポートされている
ものの、上下巻の統一性という点では整合性が取れていないようにみえた次第です。


■千田理緒 『五色の殺人者』(東京創元社、2020年10月)

 第30回鮎川哲也賞受賞の本格推理小説。老人介護施設の利用者が日中、何者かに撲殺
され、施設内の5人が廊下を走り去る犯人を目撃します。しかし、犯人が着ていた服の
色の証言は5人それぞれが「赤」「緑」「白」「黒」「青」とバラバラ。なぜこうも違
うのか、犯人は誰か? という謎解きを施設で働く女性ヘルパー2人が追及していきま
す。

 作者は介護施設のヘルパーも経験した女性フリーターだとのこと。老人介護施設の現
状に詳しく、殺人事件を扱う割には明るいタッチです。謎解きも合理的で、最後のどん
でん返しも面白い。久しぶりに「あれれ?」ということで、前の方のページに戻って伏
線を探す、ミステリーの楽しみ方を味わいました。■金田信一郎 『失敗の研究 巨大組織が崩れるとき』(日本経済新聞出版社、2016年
6月)

 トラブル多発の大企業群に対するリポートをまとめた1冊。理研、代々木ゼミナール
、ベネッセ、東洋ゴム、化血研、三井不動産、雪印乳業、ロッテなど、2010年代に日経
ビジネス等の記者だった著者取材の「大手企業の失敗」をめぐる記事を編んでいます。
隠された事実に迫るというより、後知恵風の理屈を並べた気配が強く、正直あまり勉強
にも参考にもならなかった。

 呆れたのは「取材を申し込んだのに返事がない」など、一部を除き、記事執筆が進ま
ない言い訳が多いこと。関係者の自宅に出向く、逃げている宿泊先を割り出す、知人ら
を通じて接触を試みるなど、相手に肉薄する泥くさい努力もないまま泣き言を言うのは
、アマチュアです。そんな及び腰が目立つので、出来上がったのはルポでもドキュメン
トでもノンフィクションでもない、ただのリポート。


■浅田次郎 『 一刀斎夢録(下) 』(文芸春秋、2011年1月)

 明治維新後も生き延びた新選組助勤、斎藤一(逆さに読んで一刀斎)が大正初期、陸
軍中尉に自らの半生を伝える物語の後編。語りのうまさに変わりはない半面、維新後、
一刀斎が警視庁に採用され、西南戦争(明治10年)に「抜刀隊」として参画するまでを
描いています。

 しかし、語り口は好調とはいえ、一刀斎が100人を超える人斬りの冷酷無残な悪漢役
を演じ続けながら、おしまい近くに突如、妙に湿っぽい人情噺めいたシーンが出てくる
のには困惑しました。新選組及び徳川方の動静と時代背景はうまくリポートされている
ものの、上下巻の統一性という点では整合性が取れていないようにみえた次第です。


■千田理緒 『五色の殺人者』(東京創元社、2020年10月)

 第30回鮎川哲也賞受賞の本格推理小説。老人介護施設の利用者が日中、何者かに撲殺
され、施設内の5人が廊下を走り去る犯人を目撃します。しかし、犯人が着ていた服の
色の証言は5人それぞれが「赤」「緑」「白」「黒」「青」とバラバラ。なぜこうも違
うのか、犯人は誰か? という謎解きを施設で働く女性ヘルパー2人が追及していきま
す。

 作者は介護施設のヘルパーも経験した女性フリーターだとのこと。老人介護施設の現
状に詳しく、殺人事件を扱う割には明るいタッチです。謎解きも合理的で、最後のどん
でん返しも面白い。久しぶりに「あれれ?」ということで、前の方のページに戻って伏
線を探す、ミステリーの楽しみ方を味わいました。■金田信一郎 『失敗の研究 巨大組織が崩れるとき』(日本経済新聞出版社、2016年
6月)

 トラブル多発の大企業群に対するリポートをまとめた1冊。理研、代々木ゼミナール
、ベネッセ、東洋ゴム、化血研、三井不動産、雪印乳業、ロッテなど、2010年代に日経
ビジネス等の記者だった著者取材の「大手企業の失敗」をめぐる記事を編んでいます。
隠された事実に迫るというより、後知恵風の理屈を並べた気配が強く、正直あまり勉強
にも参考にもならなかった。

 呆れたのは「取材を申し込んだのに返事がない」など、一部を除き、記事執筆が進ま
ない言い訳が多いこと。関係者の自宅に出向く、逃げている宿泊先を割り出す、知人ら
を通じて接触を試みるなど、相手に肉薄する泥くさい努力もないまま泣き言を言うのは
、アマチュアです。そんな及び腰が目立つので、出来上がったのはルポでもドキュメン
トでもノンフィクションでもない、ただのリポート。


■浅田次郎 『 一刀斎夢録(下) 』(文芸春秋、2011年1月)

 明治維新後も生き延びた新選組助勤、斎藤一(逆さに読んで一刀斎)が大正初期、陸
軍中尉に自らの半生を伝える物語の後編。語りのうまさに変わりはない半面、維新後、
一刀斎が警視庁に採用され、西南戦争(明治10年)に「抜刀隊」として参画するまでを
描いています。

 しかし、語り口は好調とはいえ、一刀斎が100人を超える人斬りの冷酷無残な悪漢役
を演じ続けながら、おしまい近くに突如、妙に湿っぽい人情噺めいたシーンが出てくる
のには困惑しました。新選組及び徳川方の動静と時代背景はうまくリポートされている
ものの、上下巻の統一性という点では整合性が取れていないようにみえた次第です。


■千田理緒 『五色の殺人者』(東京創元社、2020年10月)

 第30回鮎川哲也賞受賞の本格推理小説。老人介護施設の利用者が日中、何者かに撲殺
され、施設内の5人が廊下を走り去る犯人を目撃します。しかし、犯人が着ていた服の
色の証言は5人それぞれが「赤」「緑」「白」「黒」「青」とバラバラ。なぜこうも違
うのか、犯人は誰か? という謎解きを施設で働く女性ヘルパー2人が追及していきま
す。

 作者は介護施設のヘルパーも経験した女性フリーターだとのこと。老人介護施設の現
状に詳しく、殺人事件を扱う割には明るいタッチです。謎解きも合理的で、最後のどん
でん返しも面白い。久しぶりに「あれれ?」ということで、前の方のページに戻って伏
線を探す、ミステリーの楽しみ方を味わいました。■金田信一郎 『失敗の研究 巨大組織が崩れるとき』(日本経済新聞出版社、2016年
6月)

 トラブル多発の大企業群に対するリポートをまとめた1冊。理研、代々木ゼミナール
、ベネッセ、東洋ゴム、化血研、三井不動産、雪印乳業、ロッテなど、2010年代に日経
ビジネス等の記者だった著者取材の「大手企業の失敗」をめぐる記事を編んでいます。
隠された事実に迫るというより、後知恵風の理屈を並べた気配が強く、正直あまり勉強
にも参考にもならなかった。

 呆れたのは「取材を申し込んだのに返事がない」など、一部を除き、記事執筆が進ま
ない言い訳が多いこと。関係者の自宅に出向く、逃げている宿泊先を割り出す、知人ら
を通じて接触を試みるなど、相手に肉薄する泥くさい努力もないまま泣き言を言うのは
、アマチュアです。そんな及び腰が目立つので、出来上がったのはルポでもドキュメン
トでもノンフィクションでもない、ただのリポート。


■浅田次郎 『 一刀斎夢録(下) 』(文芸春秋、2011年1月)

 明治維新後も生き延びた新選組助勤、斎藤一(逆さに読んで一刀斎)が大正初期、陸
軍中尉に自らの半生を伝える物語の後編。語りのうまさに変わりはない半面、維新後、
一刀斎が警視庁に採用され、西南戦争(明治10年)に「抜刀隊」として参画するまでを
描いています。

 しかし、語り口は好調とはいえ、一刀斎が100人を超える人斬りの冷酷無残な悪漢役
を演じ続けながら、おしまい近くに突如、妙に湿っぽい人情噺めいたシーンが出てくる
のには困惑しました。新選組及び徳川方の動静と時代背景はうまくリポートされている
ものの、上下巻の統一性という点では整合性が取れていないようにみえた次第です。


■千田理緒 『五色の殺人者』(東京創元社、2020年10月)

 第30回鮎川哲也賞受賞の本格推理小説。老人介護施設の利用者が日中、何者かに撲殺
され、施設内の5人が廊下を走り去る犯人を目撃します。しかし、犯人が着ていた服の
色の証言は5人それぞれが「赤」「緑」「白」「黒」「青」とバラバラ。なぜこうも違
うのか、犯人は誰か? という謎解きを施設で働く女性ヘルパー2人が追及していきま
す。

 作者は介護施設のヘルパーも経験した女性フリーターだとのこと。老人介護施設の現
状に詳しく、殺人事件を扱う割には明るいタッチです。謎解きも合理的で、最後のどん
でん返しも面白い。久しぶりに「あれれ?」ということで、前の方のページに戻って伏
線を探す、ミステリーの楽しみ方を味わいました。■金田信一郎 『失敗の研究 巨大組織が崩れるとき』(日本経済新聞出版社、2016年
6月)

 トラブル多発の大企業群に対するリポートをまとめた1冊。理研、代々木ゼミナール
、ベネッセ、東洋ゴム、化血研、三井不動産、雪印乳業、ロッテなど、2010年代に日経
ビジネス等の記者だった著者取材の「大手企業の失敗」をめぐる記事を編んでいます。
隠された事実に迫るというより、後知恵風の理屈を並べた気配が強く、正直あまり勉強
にも参考にもならなかった。

 呆れたのは「取材を申し込んだのに返事がない」など、一部を除き、記事執筆が進ま
ない言い訳が多いこと。関係者の自宅に出向く、逃げている宿泊先を割り出す、知人ら
を通じて接触を試みるなど、相手に肉薄する泥くさい努力もないまま泣き言を言うのは
、アマチュアです。そんな及び腰が目立つので、出来上がったのはルポでもドキュメン
トでもノンフィクションでもない、ただのリポート。


■浅田次郎 『 一刀斎夢録(下) 』(文芸春秋、2011年1月)

 明治維新後も生き延びた新選組助勤、斎藤一(逆さに読んで一刀斎)が大正初期、陸
軍中尉に自らの半生を伝える物語の後編。語りのうまさに変わりはない半面、維新後、
一刀斎が警視庁に採用され、西南戦争(明治10年)に「抜刀隊」として参画するまでを
描いています。

 しかし、語り口は好調とはいえ、一刀斎が100人を超える人斬りの冷酷無残な悪漢役
を演じ続けながら、おしまい近くに突如、妙に湿っぽい人情噺めいたシーンが出てくる
のには困惑しました。新選組及び徳川方の動静と時代背景はうまくリポートされている
ものの、上下巻の統一性という点では整合性が取れていないようにみえた次第です。


■千田理緒 『五色の殺人者』(東京創元社、2020年10月)

 第30回鮎川哲也賞受賞の本格推理小説。老人介護施設の利用者が日中、何者かに撲殺
され、施設内の5人が廊下を走り去る犯人を目撃します。しかし、犯人が着ていた服の
色の証言は5人それぞれが「赤」「緑」「白」「黒」「青」とバラバラ。なぜこうも違
うのか、犯人は誰か? という謎解きを施設で働く女性ヘルパー2人が追及していきま
す。

 作者は介護施設のヘルパーも経験した女性フリーターだとのこと。老人介護施設の現
状に詳しく、殺人事件を扱う割には明るいタッチです。謎解きも合理的で、最後のどん
でん返しも面白い。久しぶりに「あれれ?」ということで、前の方のページに戻って伏
線を探す、ミステリーの楽しみ方を味わいました。■金田信一郎 『失敗の研究 巨大組織が崩れるとき』(日本経済新聞出版社、2016年
6月)

 トラブル多発の大企業群に対するリポートをまとめた1冊。理研、代々木ゼミナール
、ベネッセ、東洋ゴム、化血研、三井不動産、雪印乳業、ロッテなど、2010年代に日経
ビジネス等の記者だった著者取材の「大手企業の失敗」をめぐる記事を編んでいます。
隠された事実に迫るというより、後知恵風の理屈を並べた気配が強く、正直あまり勉強
にも参考にもならなかった。

 呆れたのは「取材を申し込んだのに返事がない」など、一部を除き、記事執筆が進ま
ない言い訳が多いこと。関係者の自宅に出向く、逃げている宿泊先を割り出す、知人ら
を通じて接触を試みるなど、相手に肉薄する泥くさい努力もないまま泣き言を言うのは
、アマチュアです。そんな及び腰が目立つので、出来上がったのはルポでもドキュメン
トでもノンフィクションでもない、ただのリポート。


■浅田次郎 『 一刀斎夢録(下) 』(文芸春秋、2011年1月)

 明治維新後も生き延びた新選組助勤、斎藤一(逆さに読んで一刀斎)が大正初期、陸
軍中尉に自らの半生を伝える物語の後編。語りのうまさに変わりはない半面、維新後、
一刀斎が警視庁に採用され、西南戦争(明治10年)に「抜刀隊」として参画するまでを
描いています。

 しかし、語り口は好調とはいえ、一刀斎が100人を超える人斬りの冷酷無残な悪漢役
を演じ続けながら、おしまい近くに突如、妙に湿っぽい人情噺めいたシーンが出てくる
のには困惑しました。新選組及び徳川方の動静と時代背景はうまくリポートされている
ものの、上下巻の統一性という点では整合性が取れていないようにみえた次第です。


■千田理緒 『五色の殺人者』(東京創元社、2020年10月)

 第30回鮎川哲也賞受賞の本格推理小説。老人介護施設の利用者が日中、何者かに撲殺
され、施設内の5人が廊下を走り去る犯人を目撃します。しかし、犯人が着ていた服の
色の証言は5人それぞれが「赤」「緑」「白」「黒」「青」とバラバラ。なぜこうも違
うのか、犯人は誰か? という謎解きを施設で働く女性ヘルパー2人が追及していきま
す。

 作者は介護施設のヘルパーも経験した女性フリーターだとのこと。老人介護施設の現
状に詳しく、殺人事件を扱う割には明るいタッチです。謎解きも合理的で、最後のどん
でん返しも面白い。久しぶりに「あれれ?」ということで、前の方のページに戻って伏
線を探す、ミステリーの楽しみ方を味わいました。■金田信一郎 『失敗の研究 巨大組織が崩れるとき』(日本経済新聞出版社、2016年
6月)

 トラブル多発の大企業群に対するリポートをまとめた1冊。理研、代々木ゼミナール
、ベネッセ、東洋ゴム、化血研、三井不動産、雪印乳業、ロッテなど、2010年代に日経
ビジネス等の記者だった著者取材の「大手企業の失敗」をめぐる記事を編んでいます。
隠された事実に迫るというより、後知恵風の理屈を並べた気配が強く、正直あまり勉強
にも参考にもならなかった。

 呆れたのは「取材を申し込んだのに返事がない」など、一部を除き、記事執筆が進ま
ない言い訳が多いこと。関係者の自宅に出向く、逃げている宿泊先を割り出す、知人ら
を通じて接触を試みるなど、相手に肉薄する泥くさい努力もないまま泣き言を言うのは
、アマチュアです。そんな及び腰が目立つので、出来上がったのはルポでもドキュメン
トでもノンフィクションでもない、ただのリポート。


■浅田次郎 『 一刀斎夢録(下) 』(文芸春秋、2011年1月)

 明治維新後も生き延びた新選組助勤、斎藤一(逆さに読んで一刀斎)が大正初期、陸
軍中尉に自らの半生を伝える物語の後編。語りのうまさに変わりはない半面、維新後、
一刀斎が警視庁に採用され、西南戦争(明治10年)に「抜刀隊」として参画するまでを
描いています。

 しかし、語り口は好調とはいえ、一刀斎が100人を超える人斬りの冷酷無残な悪漢役
を演じ続けながら、おしまい近くに突如、妙に湿っぽい人情噺めいたシーンが出てくる
のには困惑しました。新選組及び徳川方の動静と時代背景はうまくリポートされている
ものの、上下巻の統一性という点では整合性が取れていないようにみえた次第です。


■千田理緒 『五色の殺人者』(東京創元社、2020年10月)

 第30回鮎川哲也賞受賞の本格推理小説。老人介護施設の利用者が日中、何者かに撲殺
され、施設内の5人が廊下を走り去る犯人を目撃します。しかし、犯人が着ていた服の
色の証言は5人それぞれが「赤」「緑」「白」「黒」「青」とバラバラ。なぜこうも違
うのか、犯人は誰か? という謎解きを施設で働く女性ヘルパー2人が追及していきま
す。

 作者は介護施設のヘルパーも経験した女性フリーターだとのこと。老人介護施設の現
状に詳しく、殺人事件を扱う割には明るいタッチです。謎解きも合理的で、最後のどん
でん返しも面白い。久しぶりに「あれれ?」ということで、前の方のページに戻って伏
線を探す、ミステリーの楽しみ方を味わいました。
■吉村昭 『彰義隊』(新潮文庫、2009年1月)

 2006年7月、自ら点滴等の管を引き抜いて自死(尊厳死)した作者最後の長編歴史小
説。死の6年前の新聞連載時73歳だった作者の筆は、文字通り円熟の域にあるように思
われ、地味ながらも興味深く通読できました。

 鳥羽伏見の戦いで敗れ、会津、桑名などの幕府軍は江戸に戻り、大政奉還した将軍慶
喜は謹慎。ところが、血気盛んな御家人ら3000人が上野の寛永寺にこもり、迫り来る朝
廷軍を迎撃せんとします。その寛永寺山主だったのが、明治天皇の叔父にあたる主人公
、輪王寺宮能久親王。

 輪王寺宮は1日で終わった彰義隊の敗退を受けて寛永寺から脱出し、佐幕勢力が残る
東北に逃れ、やがて奥羽越列藩同盟の盟主にかつがれます。しかし、会津藩の降伏を最
後に同盟は瓦解し、宮は謹慎生活へ。許されて、皇族の1人として新政府の陸軍に加わ
り、ドイツ留学の後、台湾に侵出する陸軍部隊の先頭に立ち、台南で病死します。

 これら一連の経過を史料に基づいて淡々と記述。作者は第1回司馬遼太郎賞の受賞を
辞退したことで知られていますが、本作はじめ作者の幕末モノには幕府寄り、反薩長の
気配が色濃くうかがえます。明治維新を肯定的に描く司馬さんとは異なり、一部相容れ
ないところがあり、すんなりと受賞できなかったのもうなずけてきます。


■池井戸潤 『民王(たみおう)』(ポプラ社、2010年5月)

 本作は刊行後テレビドラマ化され、その連作ドラマは放送業界内の多数の賞を受けた
ということで、原作も同様に「傑作ベストセラー」ということのようです。

 一方、私は日ごろほとんどテレビを観ず、親子で人間が入れ替わるというSFチック
な長編近未来政治小説という角度からみると、本作の展開も描写も結末も無理が多くて
正直、読み通すのに時間がかかりました。

 半沢直樹シリーズなど企業小説で勧善懲悪型の面白い作品の多い作者が、慣れない政
治小説に入り込んでしくじった、と思ったほど。脳波が何らかの影響を受けて親子の人
格が入れ替わるという設定は、活字では裏付け・根拠が見えてこないので「なんだこれ
?」となります。ところが、テレビドラマ化すると、視聴者も娯楽モノとしてすぐ入り
込めたのかもしれません。あるいは余程脚本がうまかったのか。
■吉村昭 『彰義隊』(新潮文庫、2009年1月)

 2006年7月、自ら点滴等の管を引き抜いて自死(尊厳死)した作者最後の長編歴史小
説。死の6年前の新聞連載時73歳だった作者の筆は、文字通り円熟の域にあるように思
われ、地味ながらも興味深く通読できました。

 鳥羽伏見の戦いで敗れ、会津、桑名などの幕府軍は江戸に戻り、大政奉還した将軍慶
喜は謹慎。ところが、血気盛んな御家人ら3000人が上野の寛永寺にこもり、迫り来る朝
廷軍を迎撃せんとします。その寛永寺山主だったのが、明治天皇の叔父にあたる主人公
、輪王寺宮能久親王。

 輪王寺宮は1日で終わった彰義隊の敗退を受けて寛永寺から脱出し、佐幕勢力が残る
東北に逃れ、やがて奥羽越列藩同盟の盟主にかつがれます。しかし、会津藩の降伏を最
後に同盟は瓦解し、宮は謹慎生活へ。許されて、皇族の1人として新政府の陸軍に加わ
り、ドイツ留学の後、台湾に侵出する陸軍部隊の先頭に立ち、台南で病死します。

 これら一連の経過を史料に基づいて淡々と記述。作者は第1回司馬遼太郎賞の受賞を
辞退したことで知られていますが、本作はじめ作者の幕末モノには幕府寄り、反薩長の
気配が色濃くうかがえます。明治維新を肯定的に描く司馬さんとは異なり、一部相容れ
ないところがあり、すんなりと受賞できなかったのもうなずけてきます。


■池井戸潤 『民王(たみおう)』(ポプラ社、2010年5月)

 本作は刊行後テレビドラマ化され、その連作ドラマは放送業界内の多数の賞を受けた
ということで、原作も同様に「傑作ベストセラー」ということのようです。

 一方、私は日ごろほとんどテレビを観ず、親子で人間が入れ替わるというSFチック
な長編近未来政治小説という角度からみると、本作の展開も描写も結末も無理が多くて
正直、読み通すのに時間がかかりました。

 半沢直樹シリーズなど企業小説で勧善懲悪型の面白い作品の多い作者が、慣れない政
治小説に入り込んでしくじった、と思ったほど。脳波が何らかの影響を受けて親子の人
格が入れ替わるという設定は、活字では裏付け・根拠が見えてこないので「なんだこれ
?」となります。ところが、テレビドラマ化すると、視聴者も娯楽モノとしてすぐ入り
込めたのかもしれません。あるいは余程脚本がうまかったのか。
■吉村昭 『彰義隊』(新潮文庫、2009年1月)

 2006年7月、自ら点滴等の管を引き抜いて自死(尊厳死)した作者最後の長編歴史小
説。死の6年前の新聞連載時73歳だった作者の筆は、文字通り円熟の域にあるように思
われ、地味ながらも興味深く通読できました。

 鳥羽伏見の戦いで敗れ、会津、桑名などの幕府軍は江戸に戻り、大政奉還した将軍慶
喜は謹慎。ところが、血気盛んな御家人ら3000人が上野の寛永寺にこもり、迫り来る朝
廷軍を迎撃せんとします。その寛永寺山主だったのが、明治天皇の叔父にあたる主人公
、輪王寺宮能久親王。

 輪王寺宮は1日で終わった彰義隊の敗退を受けて寛永寺から脱出し、佐幕勢力が残る
東北に逃れ、やがて奥羽越列藩同盟の盟主にかつがれます。しかし、会津藩の降伏を最
後に同盟は瓦解し、宮は謹慎生活へ。許されて、皇族の1人として新政府の陸軍に加わ
り、ドイツ留学の後、台湾に侵出する陸軍部隊の先頭に立ち、台南で病死します。

 これら一連の経過を史料に基づいて淡々と記述。作者は第1回司馬遼太郎賞の受賞を
辞退したことで知られていますが、本作はじめ作者の幕末モノには幕府寄り、反薩長の
気配が色濃くうかがえます。明治維新を肯定的に描く司馬さんとは異なり、一部相容れ
ないところがあり、すんなりと受賞できなかったのもうなずけてきます。


■池井戸潤 『民王(たみおう)』(ポプラ社、2010年5月)

 本作は刊行後テレビドラマ化され、その連作ドラマは放送業界内の多数の賞を受けた
ということで、原作も同様に「傑作ベストセラー」ということのようです。

 一方、私は日ごろほとんどテレビを観ず、親子で人間が入れ替わるというSFチック
な長編近未来政治小説という角度からみると、本作の展開も描写も結末も無理が多くて
正直、読み通すのに時間がかかりました。

 半沢直樹シリーズなど企業小説で勧善懲悪型の面白い作品の多い作者が、慣れない政
治小説に入り込んでしくじった、と思ったほど。脳波が何らかの影響を受けて親子の人
格が入れ替わるという設定は、活字では裏付け・根拠が見えてこないので「なんだこれ
?」となります。ところが、テレビドラマ化すると、視聴者も娯楽モノとしてすぐ入り
込めたのかもしれません。あるいは余程脚本がうまかったのか。
■吉村昭 『彰義隊』(新潮文庫、2009年1月)

 2006年7月、自ら点滴等の管を引き抜いて自死(尊厳死)した作者最後の長編歴史小
説。死の6年前の新聞連載時73歳だった作者の筆は、文字通り円熟の域にあるように思
われ、地味ながらも興味深く通読できました。

 鳥羽伏見の戦いで敗れ、会津、桑名などの幕府軍は江戸に戻り、大政奉還した将軍慶
喜は謹慎。ところが、血気盛んな御家人ら3000人が上野の寛永寺にこもり、迫り来る朝
廷軍を迎撃せんとします。その寛永寺山主だったのが、明治天皇の叔父にあたる主人公
、輪王寺宮能久親王。

 輪王寺宮は1日で終わった彰義隊の敗退を受けて寛永寺から脱出し、佐幕勢力が残る
東北に逃れ、やがて奥羽越列藩同盟の盟主にかつがれます。しかし、会津藩の降伏を最
後に同盟は瓦解し、宮は謹慎生活へ。許されて、皇族の1人として新政府の陸軍に加わ
り、ドイツ留学の後、台湾に侵出する陸軍部隊の先頭に立ち、台南で病死します。

 これら一連の経過を史料に基づいて淡々と記述。作者は第1回司馬遼太郎賞の受賞を
辞退したことで知られていますが、本作はじめ作者の幕末モノには幕府寄り、反薩長の
気配が色濃くうかがえます。明治維新を肯定的に描く司馬さんとは異なり、一部相容れ
ないところがあり、すんなりと受賞できなかったのもうなずけてきます。


■池井戸潤 『民王(たみおう)』(ポプラ社、2010年5月)

 本作は刊行後テレビドラマ化され、その連作ドラマは放送業界内の多数の賞を受けた
ということで、原作も同様に「傑作ベストセラー」ということのようです。

 一方、私は日ごろほとんどテレビを観ず、親子で人間が入れ替わるというSFチック
な長編近未来政治小説という角度からみると、本作の展開も描写も結末も無理が多くて
正直、読み通すのに時間がかかりました。

 半沢直樹シリーズなど企業小説で勧善懲悪型の面白い作品の多い作者が、慣れない政
治小説に入り込んでしくじった、と思ったほど。脳波が何らかの影響を受けて親子の人
格が入れ替わるという設定は、活字では裏付け・根拠が見えてこないので「なんだこれ
?」となります。ところが、テレビドラマ化すると、視聴者も娯楽モノとしてすぐ入り
込めたのかもしれません。あるいは余程脚本がうまかったのか。
■吉村昭 『彰義隊』(新潮文庫、2009年1月)

 2006年7月、自ら点滴等の管を引き抜いて自死(尊厳死)した作者最後の長編歴史小
説。死の6年前の新聞連載時73歳だった作者の筆は、文字通り円熟の域にあるように思
われ、地味ながらも興味深く通読できました。

 鳥羽伏見の戦いで敗れ、会津、桑名などの幕府軍は江戸に戻り、大政奉還した将軍慶
喜は謹慎。ところが、血気盛んな御家人ら3000人が上野の寛永寺にこもり、迫り来る朝
廷軍を迎撃せんとします。その寛永寺山主だったのが、明治天皇の叔父にあたる主人公
、輪王寺宮能久親王。

 輪王寺宮は1日で終わった彰義隊の敗退を受けて寛永寺から脱出し、佐幕勢力が残る
東北に逃れ、やがて奥羽越列藩同盟の盟主にかつがれます。しかし、会津藩の降伏を最
後に同盟は瓦解し、宮は謹慎生活へ。許されて、皇族の1人として新政府の陸軍に加わ
り、ドイツ留学の後、台湾に侵出する陸軍部隊の先頭に立ち、台南で病死します。

 これら一連の経過を史料に基づいて淡々と記述。作者は第1回司馬遼太郎賞の受賞を
辞退したことで知られていますが、本作はじめ作者の幕末モノには幕府寄り、反薩長の
気配が色濃くうかがえます。明治維新を肯定的に描く司馬さんとは異なり、一部相容れ
ないところがあり、すんなりと受賞できなかったのもうなずけてきます。


■池井戸潤 『民王(たみおう)』(ポプラ社、2010年5月)

 本作は刊行後テレビドラマ化され、その連作ドラマは放送業界内の多数の賞を受けた
ということで、原作も同様に「傑作ベストセラー」ということのようです。

 一方、私は日ごろほとんどテレビを観ず、親子で人間が入れ替わるというSFチック
な長編近未来政治小説という角度からみると、本作の展開も描写も結末も無理が多くて
正直、読み通すのに時間がかかりました。

 半沢直樹シリーズなど企業小説で勧善懲悪型の面白い作品の多い作者が、慣れない政
治小説に入り込んでしくじった、と思ったほど。脳波が何らかの影響を受けて親子の人
格が入れ替わるという設定は、活字では裏付け・根拠が見えてこないので「なんだこれ
?」となります。ところが、テレビドラマ化すると、視聴者も娯楽モノとしてすぐ入り
込めたのかもしれません。あるいは余程脚本がうまかったのか。
■吉村昭 『彰義隊』(新潮文庫、2009年1月)

 2006年7月、自ら点滴等の管を引き抜いて自死(尊厳死)した作者最後の長編歴史小
説。死の6年前の新聞連載時73歳だった作者の筆は、文字通り円熟の域にあるように思
われ、地味ながらも興味深く通読できました。

 鳥羽伏見の戦いで敗れ、会津、桑名などの幕府軍は江戸に戻り、大政奉還した将軍慶
喜は謹慎。ところが、血気盛んな御家人ら3000人が上野の寛永寺にこもり、迫り来る朝
廷軍を迎撃せんとします。その寛永寺山主だったのが、明治天皇の叔父にあたる主人公
、輪王寺宮能久親王。

 輪王寺宮は1日で終わった彰義隊の敗退を受けて寛永寺から脱出し、佐幕勢力が残る
東北に逃れ、やがて奥羽越列藩同盟の盟主にかつがれます。しかし、会津藩の降伏を最
後に同盟は瓦解し、宮は謹慎生活へ。許されて、皇族の1人として新政府の陸軍に加わ
り、ドイツ留学の後、台湾に侵出する陸軍部隊の先頭に立ち、台南で病死します。

 これら一連の経過を史料に基づいて淡々と記述。作者は第1回司馬遼太郎賞の受賞を
辞退したことで知られていますが、本作はじめ作者の幕末モノには幕府寄り、反薩長の
気配が色濃くうかがえます。明治維新を肯定的に描く司馬さんとは異なり、一部相容れ
ないところがあり、すんなりと受賞できなかったのもうなずけてきます。


■池井戸潤 『民王(たみおう)』(ポプラ社、2010年5月)

 本作は刊行後テレビドラマ化され、その連作ドラマは放送業界内の多数の賞を受けた
ということで、原作も同様に「傑作ベストセラー」ということのようです。

 一方、私は日ごろほとんどテレビを観ず、親子で人間が入れ替わるというSFチック
な長編近未来政治小説という角度からみると、本作の展開も描写も結末も無理が多くて
正直、読み通すのに時間がかかりました。

 半沢直樹シリーズなど企業小説で勧善懲悪型の面白い作品の多い作者が、慣れない政
治小説に入り込んでしくじった、と思ったほど。脳波が何らかの影響を受けて親子の人
格が入れ替わるという設定は、活字では裏付け・根拠が見えてこないので「なんだこれ
?」となります。ところが、テレビドラマ化すると、視聴者も娯楽モノとしてすぐ入り
込めたのかもしれません。あるいは余程脚本がうまかったのか。
■吉村昭 『彰義隊』(新潮文庫、2009年1月)

 2006年7月、自ら点滴等の管を引き抜いて自死(尊厳死)した作者最後の長編歴史小
説。死の6年前の新聞連載時73歳だった作者の筆は、文字通り円熟の域にあるように思
われ、地味ながらも興味深く通読できました。

 鳥羽伏見の戦いで敗れ、会津、桑名などの幕府軍は江戸に戻り、大政奉還した将軍慶
喜は謹慎。ところが、血気盛んな御家人ら3000人が上野の寛永寺にこもり、迫り来る朝
廷軍を迎撃せんとします。その寛永寺山主だったのが、明治天皇の叔父にあたる主人公
、輪王寺宮能久親王。

 輪王寺宮は1日で終わった彰義隊の敗退を受けて寛永寺から脱出し、佐幕勢力が残る
東北に逃れ、やがて奥羽越列藩同盟の盟主にかつがれます。しかし、会津藩の降伏を最
後に同盟は瓦解し、宮は謹慎生活へ。許されて、皇族の1人として新政府の陸軍に加わ
り、ドイツ留学の後、台湾に侵出する陸軍部隊の先頭に立ち、台南で病死します。

 これら一連の経過を史料に基づいて淡々と記述。作者は第1回司馬遼太郎賞の受賞を
辞退したことで知られていますが、本作はじめ作者の幕末モノには幕府寄り、反薩長の
気配が色濃くうかがえます。明治維新を肯定的に描く司馬さんとは異なり、一部相容れ
ないところがあり、すんなりと受賞できなかったのもうなずけてきます。


■池井戸潤 『民王(たみおう)』(ポプラ社、2010年5月)

 本作は刊行後テレビドラマ化され、その連作ドラマは放送業界内の多数の賞を受けた
ということで、原作も同様に「傑作ベストセラー」ということのようです。

 一方、私は日ごろほとんどテレビを観ず、親子で人間が入れ替わるというSFチック
な長編近未来政治小説という角度からみると、本作の展開も描写も結末も無理が多くて
正直、読み通すのに時間がかかりました。

 半沢直樹シリーズなど企業小説で勧善懲悪型の面白い作品の多い作者が、慣れない政
治小説に入り込んでしくじった、と思ったほど。脳波が何らかの影響を受けて親子の人
格が入れ替わるという設定は、活字では裏付け・根拠が見えてこないので「なんだこれ
?」となります。ところが、テレビドラマ化すると、視聴者も娯楽モノとしてすぐ入り
込めたのかもしれません。あるいは余程脚本がうまかったのか。
■吉村昭 『彰義隊』(新潮文庫、2009年1月)

 2006年7月、自ら点滴等の管を引き抜いて自死(尊厳死)した作者最後の長編歴史小
説。死の6年前の新聞連載時73歳だった作者の筆は、文字通り円熟の域にあるように思
われ、地味ながらも興味深く通読できました。

 鳥羽伏見の戦いで敗れ、会津、桑名などの幕府軍は江戸に戻り、大政奉還した将軍慶
喜は謹慎。ところが、血気盛んな御家人ら3000人が上野の寛永寺にこもり、迫り来る朝
廷軍を迎撃せんとします。その寛永寺山主だったのが、明治天皇の叔父にあたる主人公
、輪王寺宮能久親王。

 輪王寺宮は1日で終わった彰義隊の敗退を受けて寛永寺から脱出し、佐幕勢力が残る
東北に逃れ、やがて奥羽越列藩同盟の盟主にかつがれます。しかし、会津藩の降伏を最
後に同盟は瓦解し、宮は謹慎生活へ。許されて、皇族の1人として新政府の陸軍に加わ
り、ドイツ留学の後、台湾に侵出する陸軍部隊の先頭に立ち、台南で病死します。

 これら一連の経過を史料に基づいて淡々と記述。作者は第1回司馬遼太郎賞の受賞を
辞退したことで知られていますが、本作はじめ作者の幕末モノには幕府寄り、反薩長の
気配が色濃くうかがえます。明治維新を肯定的に描く司馬さんとは異なり、一部相容れ
ないところがあり、すんなりと受賞できなかったのもうなずけてきます。


■池井戸潤 『民王(たみおう)』(ポプラ社、2010年5月)

 本作は刊行後テレビドラマ化され、その連作ドラマは放送業界内の多数の賞を受けた
ということで、原作も同様に「傑作ベストセラー」ということのようです。

 一方、私は日ごろほとんどテレビを観ず、親子で人間が入れ替わるというSFチック
な長編近未来政治小説という角度からみると、本作の展開も描写も結末も無理が多くて
正直、読み通すのに時間がかかりました。

 半沢直樹シリーズなど企業小説で勧善懲悪型の面白い作品の多い作者が、慣れない政
治小説に入り込んでしくじった、と思ったほど。脳波が何らかの影響を受けて親子の人
格が入れ替わるという設定は、活字では裏付け・根拠が見えてこないので「なんだこれ
?」となります。ところが、テレビドラマ化すると、視聴者も娯楽モノとしてすぐ入り
込めたのかもしれません。あるいは余程脚本がうまかったのか。
■吉村昭 『彰義隊』(新潮文庫、2009年1月)

 2006年7月、自ら点滴等の管を引き抜いて自死(尊厳死)した作者最後の長編歴史小
説。死の6年前の新聞連載時73歳だった作者の筆は、文字通り円熟の域にあるように思
われ、地味ながらも興味深く通読できました。

 鳥羽伏見の戦いで敗れ、会津、桑名などの幕府軍は江戸に戻り、大政奉還した将軍慶
喜は謹慎。ところが、血気盛んな御家人ら3000人が上野の寛永寺にこもり、迫り来る朝
廷軍を迎撃せんとします。その寛永寺山主だったのが、明治天皇の叔父にあたる主人公
、輪王寺宮能久親王。

 輪王寺宮は1日で終わった彰義隊の敗退を受けて寛永寺から脱出し、佐幕勢力が残る
東北に逃れ、やがて奥羽越列藩同盟の盟主にかつがれます。しかし、会津藩の降伏を最
後に同盟は瓦解し、宮は謹慎生活へ。許されて、皇族の1人として新政府の陸軍に加わ
り、ドイツ留学の後、台湾に侵出する陸軍部隊の先頭に立ち、台南で病死します。

 これら一連の経過を史料に基づいて淡々と記述。作者は第1回司馬遼太郎賞の受賞を
辞退したことで知られていますが、本作はじめ作者の幕末モノには幕府寄り、反薩長の
気配が色濃くうかがえます。明治維新を肯定的に描く司馬さんとは異なり、一部相容れ
ないところがあり、すんなりと受賞できなかったのもうなずけてきます。


■池井戸潤 『民王(たみおう)』(ポプラ社、2010年5月)

 本作は刊行後テレビドラマ化され、その連作ドラマは放送業界内の多数の賞を受けた
ということで、原作も同様に「傑作ベストセラー」ということのようです。

 一方、私は日ごろほとんどテレビを観ず、親子で人間が入れ替わるというSFチック
な長編近未来政治小説という角度からみると、本作の展開も描写も結末も無理が多くて
正直、読み通すのに時間がかかりました。

 半沢直樹シリーズなど企業小説で勧善懲悪型の面白い作品の多い作者が、慣れない政
治小説に入り込んでしくじった、と思ったほど。脳波が何らかの影響を受けて親子の人
格が入れ替わるという設定は、活字では裏付け・根拠が見えてこないので「なんだこれ
?」となります。ところが、テレビドラマ化すると、視聴者も娯楽モノとしてすぐ入り
込めたのかもしれません。あるいは余程脚本がうまかったのか。
■吉村昭 『彰義隊』(新潮文庫、2009年1月)

 2006年7月、自ら点滴等の管を引き抜いて自死(尊厳死)した作者最後の長編歴史小
説。死の6年前の新聞連載時73歳だった作者の筆は、文字通り円熟の域にあるように思
われ、地味ながらも興味深く通読できました。

 鳥羽伏見の戦いで敗れ、会津、桑名などの幕府軍は江戸に戻り、大政奉還した将軍慶
喜は謹慎。ところが、血気盛んな御家人ら3000人が上野の寛永寺にこもり、迫り来る朝
廷軍を迎撃せんとします。その寛永寺山主だったのが、明治天皇の叔父にあたる主人公
、輪王寺宮能久親王。

 輪王寺宮は1日で終わった彰義隊の敗退を受けて寛永寺から脱出し、佐幕勢力が残る
東北に逃れ、やがて奥羽越列藩同盟の盟主にかつがれます。しかし、会津藩の降伏を最
後に同盟は瓦解し、宮は謹慎生活へ。許されて、皇族の1人として新政府の陸軍に加わ
り、ドイツ留学の後、台湾に侵出する陸軍部隊の先頭に立ち、台南で病死します。

 これら一連の経過を史料に基づいて淡々と記述。作者は第1回司馬遼太郎賞の受賞を
辞退したことで知られていますが、本作はじめ作者の幕末モノには幕府寄り、反薩長の
気配が色濃くうかがえます。明治維新を肯定的に描く司馬さんとは異なり、一部相容れ
ないところがあり、すんなりと受賞できなかったのもうなずけてきます。


■池井戸潤 『民王(たみおう)』(ポプラ社、2010年5月)

 本作は刊行後テレビドラマ化され、その連作ドラマは放送業界内の多数の賞を受けた
ということで、原作も同様に「傑作ベストセラー」ということのようです。

 一方、私は日ごろほとんどテレビを観ず、親子で人間が入れ替わるというSFチック
な長編近未来政治小説という角度からみると、本作の展開も描写も結末も無理が多くて
正直、読み通すのに時間がかかりました。

 半沢直樹シリーズなど企業小説で勧善懲悪型の面白い作品の多い作者が、慣れない政
治小説に入り込んでしくじった、と思ったほど。脳波が何らかの影響を受けて親子の人
格が入れ替わるという設定は、活字では裏付け・根拠が見えてこないので「なんだこれ
?」となります。ところが、テレビドラマ化すると、視聴者も娯楽モノとしてすぐ入り
込めたのかもしれません。あるいは余程脚本がうまかったのか。
■吉村昭 『彰義隊』(新潮文庫、2009年1月)

 2006年7月、自ら点滴等の管を引き抜いて自死(尊厳死)した作者最後の長編歴史小
説。死の6年前の新聞連載時73歳だった作者の筆は、文字通り円熟の域にあるように思
われ、地味ながらも興味深く通読できました。

 鳥羽伏見の戦いで敗れ、会津、桑名などの幕府軍は江戸に戻り、大政奉還した将軍慶
喜は謹慎。ところが、血気盛んな御家人ら3000人が上野の寛永寺にこもり、迫り来る朝
廷軍を迎撃せんとします。その寛永寺山主だったのが、明治天皇の叔父にあたる主人公
、輪王寺宮能久親王。

 輪王寺宮は1日で終わった彰義隊の敗退を受けて寛永寺から脱出し、佐幕勢力が残る
東北に逃れ、やがて奥羽越列藩同盟の盟主にかつがれます。しかし、会津藩の降伏を最
後に同盟は瓦解し、宮は謹慎生活へ。許されて、皇族の1人として新政府の陸軍に加わ
り、ドイツ留学の後、台湾に侵出する陸軍部隊の先頭に立ち、台南で病死します。

 これら一連の経過を史料に基づいて淡々と記述。作者は第1回司馬遼太郎賞の受賞を
辞退したことで知られていますが、本作はじめ作者の幕末モノには幕府寄り、反薩長の
気配が色濃くうかがえます。明治維新を肯定的に描く司馬さんとは異なり、一部相容れ
ないところがあり、すんなりと受賞できなかったのもうなずけてきます。


■池井戸潤 『民王(たみおう)』(ポプラ社、2010年5月)

 本作は刊行後テレビドラマ化され、その連作ドラマは放送業界内の多数の賞を受けた
ということで、原作も同様に「傑作ベストセラー」ということのようです。

 一方、私は日ごろほとんどテレビを観ず、親子で人間が入れ替わるというSFチック
な長編近未来政治小説という角度からみると、本作の展開も描写も結末も無理が多くて
正直、読み通すのに時間がかかりました。

 半沢直樹シリーズなど企業小説で勧善懲悪型の面白い作品の多い作者が、慣れない政
治小説に入り込んでしくじった、と思ったほど。脳波が何らかの影響を受けて親子の人
格が入れ替わるという設定は、活字では裏付け・根拠が見えてこないので「なんだこれ
?」となります。ところが、テレビドラマ化すると、視聴者も娯楽モノとしてすぐ入り
込めたのかもしれません。あるいは余程脚本がうまかったのか。
■ドナルド・キーン/角地幸男訳 『作家の日記を読む 日本人の戦争』(文芸春秋、
2009年7月)

 著者は4年前、96歳で亡くなった日本文学研究者(2011年に日本に帰化)。戦争中、
米国海軍の情報士官として日本語の通訳を務め、やがて日米を往復しながら研究と評論
活動で活躍します。本書は対英米開戦(1941年)から敗戦1年後(1946年)までの日本
の文学者の日記を参照しながら、彼らが太平洋戦争にどう向き合ったかを観察していき
ます。

 主に引用されるのは高見順、伊藤整、永井荷風、山田風太郎、内田百けんらの公刊済
みの日記。対英米開戦の折の高揚した気分、戦中の大本営発表に対する興奮と猜疑、敗
戦を告げる玉音放送などにつき、米国人らしい醒めた感覚で冷静に評定を続けていきま
す。読みでがあるのは確か。但し、引用される作家は10人足らずと多くはなく、もの足
りない気もしました。


■絲山秋子 『御社のチャラ男』(講談社、2020年1月)

 関東エリアとおぼしき中堅都市にある食料品卸売会社に勤める10数人の社員男女の独
白からなる現代連作短編小説集といったところ。「チャラ男」とバカにされるのは、縁
故で中途入社した自称・辣腕の部長(44)で、その部長を軸にした社内のお互いに対す
る批判、ウワサ話、陰口・悪口、裏話、誇張話が延々と続く、不思議な連作集です。

 チャラ男とは軽薄で、自分勝手で、見栄っ張りで、すぐ感情的になる、中身のない中
年男といった意味合いでしょうか。しかし私はむしろ、会社組織の狭い空間で交錯する
人間関係のわずらわしさに目が向き、うんざりしました。文学賞多数を受賞している作
者だけあって、文章表現はさすがに達者。とはいえ、読みながら、組織内でヒトに使わ
れたり、ヒトを使ったりするのはもう結構です、フリーランスで十分です、と痛感した
次第です。


■岩井三四二 『清佑、ただいま在庄』(集英社、2007年8月)

 室町中期と思われる時代、和泉(今の大阪府中南部)の国の東寄りの山麓の村、逆巻
庄は京のとある大寺の「荘園」。そこに任期つきで代官として赴任したのが若い僧侶、
清佑です。この生真面目な坊さんが表に出たり、後ろに引いたりして村での年貢取り立
て、争いごとの解決、日照りと雨ごいなど、荘園内の多彩な逸話をつなげた連作短編時
代小説集です。

 琵琶湖北岸の農村を舞台にした、同じ作者の長編『月ノ浦惣庄公事置書』(松本清張
賞受賞)と似たような設定で、地味ながらも楽しく読めます。作者の歴史小説はいつも
ユニークな素材を選び、入念な時代背景を踏まえ、丹念な人物造形に入り込んでいて面
白い。メリハリに乏しいようにみえるのが残念です。


■北村薫 『鷺と雪』(文芸春秋、2009年4月)

 2・26事件(1936年)前夜の帝都を舞台にした、華族ら上流階層の若い男女が登場す
る、戦前型の中編推理小説が3本。行方不明になった男爵帝大生、日本橋三越にあるラ
イオン像にまつわる都市伝説、女子学習院に通う気位の高い女子生徒のお話。ミステリ
ー界では重鎮といったお立場の作者。とはいうものの、鼻持ちならない貴族趣味が充満
し、こうした世界にほとんど関心を持たない読み手には、通読するのがやっとでした。
ナゾ解きの面白さもいま一つ。
■ドナルド・キーン/角地幸男訳 『作家の日記を読む 日本人の戦争』(文芸春秋、
2009年7月)

 著者は4年前、96歳で亡くなった日本文学研究者(2011年に日本に帰化)。戦争中、
米国海軍の情報士官として日本語の通訳を務め、やがて日米を往復しながら研究と評論
活動で活躍します。本書は対英米開戦(1941年)から敗戦1年後(1946年)までの日本
の文学者の日記を参照しながら、彼らが太平洋戦争にどう向き合ったかを観察していき
ます。

 主に引用されるのは高見順、伊藤整、永井荷風、山田風太郎、内田百けんらの公刊済
みの日記。対英米開戦の折の高揚した気分、戦中の大本営発表に対する興奮と猜疑、敗
戦を告げる玉音放送などにつき、米国人らしい醒めた感覚で冷静に評定を続けていきま
す。読みでがあるのは確か。但し、引用される作家は10人足らずと多くはなく、もの足
りない気もしました。


■絲山秋子 『御社のチャラ男』(講談社、2020年1月)

 関東エリアとおぼしき中堅都市にある食料品卸売会社に勤める10数人の社員男女の独
白からなる現代連作短編小説集といったところ。「チャラ男」とバカにされるのは、縁
故で中途入社した自称・辣腕の部長(44)で、その部長を軸にした社内のお互いに対す
る批判、ウワサ話、陰口・悪口、裏話、誇張話が延々と続く、不思議な連作集です。

 チャラ男とは軽薄で、自分勝手で、見栄っ張りで、すぐ感情的になる、中身のない中
年男といった意味合いでしょうか。しかし私はむしろ、会社組織の狭い空間で交錯する
人間関係のわずらわしさに目が向き、うんざりしました。文学賞多数を受賞している作
者だけあって、文章表現はさすがに達者。とはいえ、読みながら、組織内でヒトに使わ
れたり、ヒトを使ったりするのはもう結構です、フリーランスで十分です、と痛感した
次第です。


■岩井三四二 『清佑、ただいま在庄』(集英社、2007年8月)

 室町中期と思われる時代、和泉(今の大阪府中南部)の国の東寄りの山麓の村、逆巻
庄は京のとある大寺の「荘園」。そこに任期つきで代官として赴任したのが若い僧侶、
清佑です。この生真面目な坊さんが表に出たり、後ろに引いたりして村での年貢取り立
て、争いごとの解決、日照りと雨ごいなど、荘園内の多彩な逸話をつなげた連作短編時
代小説集です。

 琵琶湖北岸の農村を舞台にした、同じ作者の長編『月ノ浦惣庄公事置書』(松本清張
賞受賞)と似たような設定で、地味ながらも楽しく読めます。作者の歴史小説はいつも
ユニークな素材を選び、入念な時代背景を踏まえ、丹念な人物造形に入り込んでいて面
白い。メリハリに乏しいようにみえるのが残念です。


■北村薫 『鷺と雪』(文芸春秋、2009年4月)

 2・26事件(1936年)前夜の帝都を舞台にした、華族ら上流階層の若い男女が登場す
る、戦前型の中編推理小説が3本。行方不明になった男爵帝大生、日本橋三越にあるラ
イオン像にまつわる都市伝説、女子学習院に通う気位の高い女子生徒のお話。ミステリ
ー界では重鎮といったお立場の作者。とはいうものの、鼻持ちならない貴族趣味が充満
し、こうした世界にほとんど関心を持たない読み手には、通読するのがやっとでした。
ナゾ解きの面白さもいま一つ。
■ドナルド・キーン/角地幸男訳 『作家の日記を読む 日本人の戦争』(文芸春秋、
2009年7月)

 著者は4年前、96歳で亡くなった日本文学研究者(2011年に日本に帰化)。戦争中、
米国海軍の情報士官として日本語の通訳を務め、やがて日米を往復しながら研究と評論
活動で活躍します。本書は対英米開戦(1941年)から敗戦1年後(1946年)までの日本
の文学者の日記を参照しながら、彼らが太平洋戦争にどう向き合ったかを観察していき
ます。

 主に引用されるのは高見順、伊藤整、永井荷風、山田風太郎、内田百けんらの公刊済
みの日記。対英米開戦の折の高揚した気分、戦中の大本営発表に対する興奮と猜疑、敗
戦を告げる玉音放送などにつき、米国人らしい醒めた感覚で冷静に評定を続けていきま
す。読みでがあるのは確か。但し、引用される作家は10人足らずと多くはなく、もの足
りない気もしました。


■絲山秋子 『御社のチャラ男』(講談社、2020年1月)

 関東エリアとおぼしき中堅都市にある食料品卸売会社に勤める10数人の社員男女の独
白からなる現代連作短編小説集といったところ。「チャラ男」とバカにされるのは、縁
故で中途入社した自称・辣腕の部長(44)で、その部長を軸にした社内のお互いに対す
る批判、ウワサ話、陰口・悪口、裏話、誇張話が延々と続く、不思議な連作集です。

 チャラ男とは軽薄で、自分勝手で、見栄っ張りで、すぐ感情的になる、中身のない中
年男といった意味合いでしょうか。しかし私はむしろ、会社組織の狭い空間で交錯する
人間関係のわずらわしさに目が向き、うんざりしました。文学賞多数を受賞している作
者だけあって、文章表現はさすがに達者。とはいえ、読みながら、組織内でヒトに使わ
れたり、ヒトを使ったりするのはもう結構です、フリーランスで十分です、と痛感した
次第です。


■岩井三四二 『清佑、ただいま在庄』(集英社、2007年8月)

 室町中期と思われる時代、和泉(今の大阪府中南部)の国の東寄りの山麓の村、逆巻
庄は京のとある大寺の「荘園」。そこに任期つきで代官として赴任したのが若い僧侶、
清佑です。この生真面目な坊さんが表に出たり、後ろに引いたりして村での年貢取り立
て、争いごとの解決、日照りと雨ごいなど、荘園内の多彩な逸話をつなげた連作短編時
代小説集です。

 琵琶湖北岸の農村を舞台にした、同じ作者の長編『月ノ浦惣庄公事置書』(松本清張
賞受賞)と似たような設定で、地味ながらも楽しく読めます。作者の歴史小説はいつも
ユニークな素材を選び、入念な時代背景を踏まえ、丹念な人物造形に入り込んでいて面
白い。メリハリに乏しいようにみえるのが残念です。


■北村薫 『鷺と雪』(文芸春秋、2009年4月)

 2・26事件(1936年)前夜の帝都を舞台にした、華族ら上流階層の若い男女が登場す
る、戦前型の中編推理小説が3本。行方不明になった男爵帝大生、日本橋三越にあるラ
イオン像にまつわる都市伝説、女子学習院に通う気位の高い女子生徒のお話。ミステリ
ー界では重鎮といったお立場の作者。とはいうものの、鼻持ちならない貴族趣味が充満
し、こうした世界にほとんど関心を持たない読み手には、通読するのがやっとでした。
ナゾ解きの面白さもいま一つ。
■ドナルド・キーン/角地幸男訳 『作家の日記を読む 日本人の戦争』(文芸春秋、
2009年7月)

 著者は4年前、96歳で亡くなった日本文学研究者(2011年に日本に帰化)。戦争中、
米国海軍の情報士官として日本語の通訳を務め、やがて日米を往復しながら研究と評論
活動で活躍します。本書は対英米開戦(1941年)から敗戦1年後(1946年)までの日本
の文学者の日記を参照しながら、彼らが太平洋戦争にどう向き合ったかを観察していき
ます。

 主に引用されるのは高見順、伊藤整、永井荷風、山田風太郎、内田百けんらの公刊済
みの日記。対英米開戦の折の高揚した気分、戦中の大本営発表に対する興奮と猜疑、敗
戦を告げる玉音放送などにつき、米国人らしい醒めた感覚で冷静に評定を続けていきま
す。読みでがあるのは確か。但し、引用される作家は10人足らずと多くはなく、もの足
りない気もしました。


■絲山秋子 『御社のチャラ男』(講談社、2020年1月)

 関東エリアとおぼしき中堅都市にある食料品卸売会社に勤める10数人の社員男女の独
白からなる現代連作短編小説集といったところ。「チャラ男」とバカにされるのは、縁
故で中途入社した自称・辣腕の部長(44)で、その部長を軸にした社内のお互いに対す
る批判、ウワサ話、陰口・悪口、裏話、誇張話が延々と続く、不思議な連作集です。

 チャラ男とは軽薄で、自分勝手で、見栄っ張りで、すぐ感情的になる、中身のない中
年男といった意味合いでしょうか。しかし私はむしろ、会社組織の狭い空間で交錯する
人間関係のわずらわしさに目が向き、うんざりしました。文学賞多数を受賞している作
者だけあって、文章表現はさすがに達者。とはいえ、読みながら、組織内でヒトに使わ
れたり、ヒトを使ったりするのはもう結構です、フリーランスで十分です、と痛感した
次第です。


■岩井三四二 『清佑、ただいま在庄』(集英社、2007年8月)

 室町中期と思われる時代、和泉(今の大阪府中南部)の国の東寄りの山麓の村、逆巻
庄は京のとある大寺の「荘園」。そこに任期つきで代官として赴任したのが若い僧侶、
清佑です。この生真面目な坊さんが表に出たり、後ろに引いたりして村での年貢取り立
て、争いごとの解決、日照りと雨ごいなど、荘園内の多彩な逸話をつなげた連作短編時
代小説集です。

 琵琶湖北岸の農村を舞台にした、同じ作者の長編『月ノ浦惣庄公事置書』(松本清張
賞受賞)と似たような設定で、地味ながらも楽しく読めます。作者の歴史小説はいつも
ユニークな素材を選び、入念な時代背景を踏まえ、丹念な人物造形に入り込んでいて面
白い。メリハリに乏しいようにみえるのが残念です。


■北村薫 『鷺と雪』(文芸春秋、2009年4月)

 2・26事件(1936年)前夜の帝都を舞台にした、華族ら上流階層の若い男女が登場す
る、戦前型の中編推理小説が3本。行方不明になった男爵帝大生、日本橋三越にあるラ
イオン像にまつわる都市伝説、女子学習院に通う気位の高い女子生徒のお話。ミステリ
ー界では重鎮といったお立場の作者。とはいうものの、鼻持ちならない貴族趣味が充満
し、こうした世界にほとんど関心を持たない読み手には、通読するのがやっとでした。
ナゾ解きの面白さもいま一つ。
■ドナルド・キーン/角地幸男訳 『作家の日記を読む 日本人の戦争』(文芸春秋、
2009年7月)

 著者は4年前、96歳で亡くなった日本文学研究者(2011年に日本に帰化)。戦争中、
米国海軍の情報士官として日本語の通訳を務め、やがて日米を往復しながら研究と評論
活動で活躍します。本書は対英米開戦(1941年)から敗戦1年後(1946年)までの日本
の文学者の日記を参照しながら、彼らが太平洋戦争にどう向き合ったかを観察していき
ます。

 主に引用されるのは高見順、伊藤整、永井荷風、山田風太郎、内田百けんらの公刊済
みの日記。対英米開戦の折の高揚した気分、戦中の大本営発表に対する興奮と猜疑、敗
戦を告げる玉音放送などにつき、米国人らしい醒めた感覚で冷静に評定を続けていきま
す。読みでがあるのは確か。但し、引用される作家は10人足らずと多くはなく、もの足
りない気もしました。


■絲山秋子 『御社のチャラ男』(講談社、2020年1月)

 関東エリアとおぼしき中堅都市にある食料品卸売会社に勤める10数人の社員男女の独
白からなる現代連作短編小説集といったところ。「チャラ男」とバカにされるのは、縁
故で中途入社した自称・辣腕の部長(44)で、その部長を軸にした社内のお互いに対す
る批判、ウワサ話、陰口・悪口、裏話、誇張話が延々と続く、不思議な連作集です。

 チャラ男とは軽薄で、自分勝手で、見栄っ張りで、すぐ感情的になる、中身のない中
年男といった意味合いでしょうか。しかし私はむしろ、会社組織の狭い空間で交錯する
人間関係のわずらわしさに目が向き、うんざりしました。文学賞多数を受賞している作
者だけあって、文章表現はさすがに達者。とはいえ、読みながら、組織内でヒトに使わ
れたり、ヒトを使ったりするのはもう結構です、フリーランスで十分です、と痛感した
次第です。


■岩井三四二 『清佑、ただいま在庄』(集英社、2007年8月)

 室町中期と思われる時代、和泉(今の大阪府中南部)の国の東寄りの山麓の村、逆巻
庄は京のとある大寺の「荘園」。そこに任期つきで代官として赴任したのが若い僧侶、
清佑です。この生真面目な坊さんが表に出たり、後ろに引いたりして村での年貢取り立
て、争いごとの解決、日照りと雨ごいなど、荘園内の多彩な逸話をつなげた連作短編時
代小説集です。

 琵琶湖北岸の農村を舞台にした、同じ作者の長編『月ノ浦惣庄公事置書』(松本清張
賞受賞)と似たような設定で、地味ながらも楽しく読めます。作者の歴史小説はいつも
ユニークな素材を選び、入念な時代背景を踏まえ、丹念な人物造形に入り込んでいて面
白い。メリハリに乏しいようにみえるのが残念です。


■北村薫 『鷺と雪』(文芸春秋、2009年4月)

 2・26事件(1936年)前夜の帝都を舞台にした、華族ら上流階層の若い男女が登場す
る、戦前型の中編推理小説が3本。行方不明になった男爵帝大生、日本橋三越にあるラ
イオン像にまつわる都市伝説、女子学習院に通う気位の高い女子生徒のお話。ミステリ
ー界では重鎮といったお立場の作者。とはいうものの、鼻持ちならない貴族趣味が充満
し、こうした世界にほとんど関心を持たない読み手には、通読するのがやっとでした。
ナゾ解きの面白さもいま一つ。
■ドナルド・キーン/角地幸男訳 『作家の日記を読む 日本人の戦争』(文芸春秋、
2009年7月)

 著者は4年前、96歳で亡くなった日本文学研究者(2011年に日本に帰化)。戦争中、
米国海軍の情報士官として日本語の通訳を務め、やがて日米を往復しながら研究と評論
活動で活躍します。本書は対英米開戦(1941年)から敗戦1年後(1946年)までの日本
の文学者の日記を参照しながら、彼らが太平洋戦争にどう向き合ったかを観察していき
ます。

 主に引用されるのは高見順、伊藤整、永井荷風、山田風太郎、内田百けんらの公刊済
みの日記。対英米開戦の折の高揚した気分、戦中の大本営発表に対する興奮と猜疑、敗
戦を告げる玉音放送などにつき、米国人らしい醒めた感覚で冷静に評定を続けていきま
す。読みでがあるのは確か。但し、引用される作家は10人足らずと多くはなく、もの足
りない気もしました。


■絲山秋子 『御社のチャラ男』(講談社、2020年1月)

 関東エリアとおぼしき中堅都市にある食料品卸売会社に勤める10数人の社員男女の独
白からなる現代連作短編小説集といったところ。「チャラ男」とバカにされるのは、縁
故で中途入社した自称・辣腕の部長(44)で、その部長を軸にした社内のお互いに対す
る批判、ウワサ話、陰口・悪口、裏話、誇張話が延々と続く、不思議な連作集です。

 チャラ男とは軽薄で、自分勝手で、見栄っ張りで、すぐ感情的になる、中身のない中
年男といった意味合いでしょうか。しかし私はむしろ、会社組織の狭い空間で交錯する
人間関係のわずらわしさに目が向き、うんざりしました。文学賞多数を受賞している作
者だけあって、文章表現はさすがに達者。とはいえ、読みながら、組織内でヒトに使わ
れたり、ヒトを使ったりするのはもう結構です、フリーランスで十分です、と痛感した
次第です。


■岩井三四二 『清佑、ただいま在庄』(集英社、2007年8月)

 室町中期と思われる時代、和泉(今の大阪府中南部)の国の東寄りの山麓の村、逆巻
庄は京のとある大寺の「荘園」。そこに任期つきで代官として赴任したのが若い僧侶、
清佑です。この生真面目な坊さんが表に出たり、後ろに引いたりして村での年貢取り立
て、争いごとの解決、日照りと雨ごいなど、荘園内の多彩な逸話をつなげた連作短編時
代小説集です。

 琵琶湖北岸の農村を舞台にした、同じ作者の長編『月ノ浦惣庄公事置書』(松本清張
賞受賞)と似たような設定で、地味ながらも楽しく読めます。作者の歴史小説はいつも
ユニークな素材を選び、入念な時代背景を踏まえ、丹念な人物造形に入り込んでいて面
白い。メリハリに乏しいようにみえるのが残念です。


■北村薫 『鷺と雪』(文芸春秋、2009年4月)

 2・26事件(1936年)前夜の帝都を舞台にした、華族ら上流階層の若い男女が登場す
る、戦前型の中編推理小説が3本。行方不明になった男爵帝大生、日本橋三越にあるラ
イオン像にまつわる都市伝説、女子学習院に通う気位の高い女子生徒のお話。ミステリ
ー界では重鎮といったお立場の作者。とはいうものの、鼻持ちならない貴族趣味が充満
し、こうした世界にほとんど関心を持たない読み手には、通読するのがやっとでした。
ナゾ解きの面白さもいま一つ。
■ドナルド・キーン/角地幸男訳 『作家の日記を読む 日本人の戦争』(文芸春秋、
2009年7月)

 著者は4年前、96歳で亡くなった日本文学研究者(2011年に日本に帰化)。戦争中、
米国海軍の情報士官として日本語の通訳を務め、やがて日米を往復しながら研究と評論
活動で活躍します。本書は対英米開戦(1941年)から敗戦1年後(1946年)までの日本
の文学者の日記を参照しながら、彼らが太平洋戦争にどう向き合ったかを観察していき
ます。

 主に引用されるのは高見順、伊藤整、永井荷風、山田風太郎、内田百けんらの公刊済
みの日記。対英米開戦の折の高揚した気分、戦中の大本営発表に対する興奮と猜疑、敗
戦を告げる玉音放送などにつき、米国人らしい醒めた感覚で冷静に評定を続けていきま
す。読みでがあるのは確か。但し、引用される作家は10人足らずと多くはなく、もの足
りない気もしました。


■絲山秋子 『御社のチャラ男』(講談社、2020年1月)

 関東エリアとおぼしき中堅都市にある食料品卸売会社に勤める10数人の社員男女の独
白からなる現代連作短編小説集といったところ。「チャラ男」とバカにされるのは、縁
故で中途入社した自称・辣腕の部長(44)で、その部長を軸にした社内のお互いに対す
る批判、ウワサ話、陰口・悪口、裏話、誇張話が延々と続く、不思議な連作集です。

 チャラ男とは軽薄で、自分勝手で、見栄っ張りで、すぐ感情的になる、中身のない中
年男といった意味合いでしょうか。しかし私はむしろ、会社組織の狭い空間で交錯する
人間関係のわずらわしさに目が向き、うんざりしました。文学賞多数を受賞している作
者だけあって、文章表現はさすがに達者。とはいえ、読みながら、組織内でヒトに使わ
れたり、ヒトを使ったりするのはもう結構です、フリーランスで十分です、と痛感した
次第です。


■岩井三四二 『清佑、ただいま在庄』(集英社、2007年8月)

 室町中期と思われる時代、和泉(今の大阪府中南部)の国の東寄りの山麓の村、逆巻
庄は京のとある大寺の「荘園」。そこに任期つきで代官として赴任したのが若い僧侶、
清佑です。この生真面目な坊さんが表に出たり、後ろに引いたりして村での年貢取り立
て、争いごとの解決、日照りと雨ごいなど、荘園内の多彩な逸話をつなげた連作短編時
代小説集です。

 琵琶湖北岸の農村を舞台にした、同じ作者の長編『月ノ浦惣庄公事置書』(松本清張
賞受賞)と似たような設定で、地味ながらも楽しく読めます。作者の歴史小説はいつも
ユニークな素材を選び、入念な時代背景を踏まえ、丹念な人物造形に入り込んでいて面
白い。メリハリに乏しいようにみえるのが残念です。


■北村薫 『鷺と雪』(文芸春秋、2009年4月)

 2・26事件(1936年)前夜の帝都を舞台にした、華族ら上流階層の若い男女が登場す
る、戦前型の中編推理小説が3本。行方不明になった男爵帝大生、日本橋三越にあるラ
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ー界では重鎮といったお立場の作者。とはいうものの、鼻持ちならない貴族趣味が充満
し、こうした世界にほとんど関心を持たない読み手には、通読するのがやっとでした。
ナゾ解きの面白さもいま一つ。
■ドナルド・キーン/角地幸男訳 『作家の日記を読む 日本人の戦争』(文芸春秋、
2009年7月)

 著者は4年前、96歳で亡くなった日本文学研究者(2011年に日本に帰化)。戦争中、
米国海軍の情報士官として日本語の通訳を務め、やがて日米を往復しながら研究と評論
活動で活躍します。本書は対英米開戦(1941年)から敗戦1年後(1946年)までの日本
の文学者の日記を参照しながら、彼らが太平洋戦争にどう向き合ったかを観察していき
ます。

 主に引用されるのは高見順、伊藤整、永井荷風、山田風太郎、内田百けんらの公刊済
みの日記。対英米開戦の折の高揚した気分、戦中の大本営発表に対する興奮と猜疑、敗
戦を告げる玉音放送などにつき、米国人らしい醒めた感覚で冷静に評定を続けていきま
す。読みでがあるのは確か。但し、引用される作家は10人足らずと多くはなく、もの足
りない気もしました。


■絲山秋子 『御社のチャラ男』(講談社、2020年1月)

 関東エリアとおぼしき中堅都市にある食料品卸売会社に勤める10数人の社員男女の独
白からなる現代連作短編小説集といったところ。「チャラ男」とバカにされるのは、縁
故で中途入社した自称・辣腕の部長(44)で、その部長を軸にした社内のお互いに対す
る批判、ウワサ話、陰口・悪口、裏話、誇張話が延々と続く、不思議な連作集です。

 チャラ男とは軽薄で、自分勝手で、見栄っ張りで、すぐ感情的になる、中身のない中
年男といった意味合いでしょうか。しかし私はむしろ、会社組織の狭い空間で交錯する
人間関係のわずらわしさに目が向き、うんざりしました。文学賞多数を受賞している作
者だけあって、文章表現はさすがに達者。とはいえ、読みながら、組織内でヒトに使わ
れたり、ヒトを使ったりするのはもう結構です、フリーランスで十分です、と痛感した
次第です。


■岩井三四二 『清佑、ただいま在庄』(集英社、2007年8月)

 室町中期と思われる時代、和泉(今の大阪府中南部)の国の東寄りの山麓の村、逆巻
庄は京のとある大寺の「荘園」。そこに任期つきで代官として赴任したのが若い僧侶、
清佑です。この生真面目な坊さんが表に出たり、後ろに引いたりして村での年貢取り立
て、争いごとの解決、日照りと雨ごいなど、荘園内の多彩な逸話をつなげた連作短編時
代小説集です。

 琵琶湖北岸の農村を舞台にした、同じ作者の長編『月ノ浦惣庄公事置書』(松本清張
賞受賞)と似たような設定で、地味ながらも楽しく読めます。作者の歴史小説はいつも
ユニークな素材を選び、入念な時代背景を踏まえ、丹念な人物造形に入り込んでいて面
白い。メリハリに乏しいようにみえるのが残念です。


■北村薫 『鷺と雪』(文芸春秋、2009年4月)

 2・26事件(1936年)前夜の帝都を舞台にした、華族ら上流階層の若い男女が登場す
る、戦前型の中編推理小説が3本。行方不明になった男爵帝大生、日本橋三越にあるラ
イオン像にまつわる都市伝説、女子学習院に通う気位の高い女子生徒のお話。ミステリ
ー界では重鎮といったお立場の作者。とはいうものの、鼻持ちならない貴族趣味が充満
し、こうした世界にほとんど関心を持たない読み手には、通読するのがやっとでした。
ナゾ解きの面白さもいま一つ。
■ドナルド・キーン/角地幸男訳 『作家の日記を読む 日本人の戦争』(文芸春秋、
2009年7月)

 著者は4年前、96歳で亡くなった日本文学研究者(2011年に日本に帰化)。戦争中、
米国海軍の情報士官として日本語の通訳を務め、やがて日米を往復しながら研究と評論
活動で活躍します。本書は対英米開戦(1941年)から敗戦1年後(1946年)までの日本
の文学者の日記を参照しながら、彼らが太平洋戦争にどう向き合ったかを観察していき
ます。

 主に引用されるのは高見順、伊藤整、永井荷風、山田風太郎、内田百けんらの公刊済
みの日記。対英米開戦の折の高揚した気分、戦中の大本営発表に対する興奮と猜疑、敗
戦を告げる玉音放送などにつき、米国人らしい醒めた感覚で冷静に評定を続けていきま
す。読みでがあるのは確か。但し、引用される作家は10人足らずと多くはなく、もの足
りない気もしました。


■絲山秋子 『御社のチャラ男』(講談社、2020年1月)

 関東エリアとおぼしき中堅都市にある食料品卸売会社に勤める10数人の社員男女の独
白からなる現代連作短編小説集といったところ。「チャラ男」とバカにされるのは、縁
故で中途入社した自称・辣腕の部長(44)で、その部長を軸にした社内のお互いに対す
る批判、ウワサ話、陰口・悪口、裏話、誇張話が延々と続く、不思議な連作集です。

 チャラ男とは軽薄で、自分勝手で、見栄っ張りで、すぐ感情的になる、中身のない中
年男といった意味合いでしょうか。しかし私はむしろ、会社組織の狭い空間で交錯する
人間関係のわずらわしさに目が向き、うんざりしました。文学賞多数を受賞している作
者だけあって、文章表現はさすがに達者。とはいえ、読みながら、組織内でヒトに使わ
れたり、ヒトを使ったりするのはもう結構です、フリーランスで十分です、と痛感した
次第です。


■岩井三四二 『清佑、ただいま在庄』(集英社、2007年8月)

 室町中期と思われる時代、和泉(今の大阪府中南部)の国の東寄りの山麓の村、逆巻
庄は京のとある大寺の「荘園」。そこに任期つきで代官として赴任したのが若い僧侶、
清佑です。この生真面目な坊さんが表に出たり、後ろに引いたりして村での年貢取り立
て、争いごとの解決、日照りと雨ごいなど、荘園内の多彩な逸話をつなげた連作短編時
代小説集です。

 琵琶湖北岸の農村を舞台にした、同じ作者の長編『月ノ浦惣庄公事置書』(松本清張
賞受賞)と似たような設定で、地味ながらも楽しく読めます。作者の歴史小説はいつも
ユニークな素材を選び、入念な時代背景を踏まえ、丹念な人物造形に入り込んでいて面
白い。メリハリに乏しいようにみえるのが残念です。


■北村薫 『鷺と雪』(文芸春秋、2009年4月)

 2・26事件(1936年)前夜の帝都を舞台にした、華族ら上流階層の若い男女が登場す
る、戦前型の中編推理小説が3本。行方不明になった男爵帝大生、日本橋三越にあるラ
イオン像にまつわる都市伝説、女子学習院に通う気位の高い女子生徒のお話。ミステリ
ー界では重鎮といったお立場の作者。とはいうものの、鼻持ちならない貴族趣味が充満
し、こうした世界にほとんど関心を持たない読み手には、通読するのがやっとでした。
ナゾ解きの面白さもいま一つ。
■ドナルド・キーン/角地幸男訳 『作家の日記を読む 日本人の戦争』(文芸春秋、
2009年7月)

 著者は4年前、96歳で亡くなった日本文学研究者(2011年に日本に帰化)。戦争中、
米国海軍の情報士官として日本語の通訳を務め、やがて日米を往復しながら研究と評論
活動で活躍します。本書は対英米開戦(1941年)から敗戦1年後(1946年)までの日本
の文学者の日記を参照しながら、彼らが太平洋戦争にどう向き合ったかを観察していき
ます。

 主に引用されるのは高見順、伊藤整、永井荷風、山田風太郎、内田百けんらの公刊済
みの日記。対英米開戦の折の高揚した気分、戦中の大本営発表に対する興奮と猜疑、敗
戦を告げる玉音放送などにつき、米国人らしい醒めた感覚で冷静に評定を続けていきま
す。読みでがあるのは確か。但し、引用される作家は10人足らずと多くはなく、もの足
りない気もしました。


■絲山秋子 『御社のチャラ男』(講談社、2020年1月)

 関東エリアとおぼしき中堅都市にある食料品卸売会社に勤める10数人の社員男女の独
白からなる現代連作短編小説集といったところ。「チャラ男」とバカにされるのは、縁
故で中途入社した自称・辣腕の部長(44)で、その部長を軸にした社内のお互いに対す
る批判、ウワサ話、陰口・悪口、裏話、誇張話が延々と続く、不思議な連作集です。

 チャラ男とは軽薄で、自分勝手で、見栄っ張りで、すぐ感情的になる、中身のない中
年男といった意味合いでしょうか。しかし私はむしろ、会社組織の狭い空間で交錯する
人間関係のわずらわしさに目が向き、うんざりしました。文学賞多数を受賞している作
者だけあって、文章表現はさすがに達者。とはいえ、読みながら、組織内でヒトに使わ
れたり、ヒトを使ったりするのはもう結構です、フリーランスで十分です、と痛感した
次第です。


■岩井三四二 『清佑、ただいま在庄』(集英社、2007年8月)

 室町中期と思われる時代、和泉(今の大阪府中南部)の国の東寄りの山麓の村、逆巻
庄は京のとある大寺の「荘園」。そこに任期つきで代官として赴任したのが若い僧侶、
清佑です。この生真面目な坊さんが表に出たり、後ろに引いたりして村での年貢取り立
て、争いごとの解決、日照りと雨ごいなど、荘園内の多彩な逸話をつなげた連作短編時
代小説集です。

 琵琶湖北岸の農村を舞台にした、同じ作者の長編『月ノ浦惣庄公事置書』(松本清張
賞受賞)と似たような設定で、地味ながらも楽しく読めます。作者の歴史小説はいつも
ユニークな素材を選び、入念な時代背景を踏まえ、丹念な人物造形に入り込んでいて面
白い。メリハリに乏しいようにみえるのが残念です。


■北村薫 『鷺と雪』(文芸春秋、2009年4月)

 2・26事件(1936年)前夜の帝都を舞台にした、華族ら上流階層の若い男女が登場す
る、戦前型の中編推理小説が3本。行方不明になった男爵帝大生、日本橋三越にあるラ
イオン像にまつわる都市伝説、女子学習院に通う気位の高い女子生徒のお話。ミステリ
ー界では重鎮といったお立場の作者。とはいうものの、鼻持ちならない貴族趣味が充満
し、こうした世界にほとんど関心を持たない読み手には、通読するのがやっとでした。
ナゾ解きの面白さもいま一つ。
■ドナルド・キーン/角地幸男訳 『作家の日記を読む 日本人の戦争』(文芸春秋、
2009年7月)

 著者は4年前、96歳で亡くなった日本文学研究者(2011年に日本に帰化)。戦争中、
米国海軍の情報士官として日本語の通訳を務め、やがて日米を往復しながら研究と評論
活動で活躍します。本書は対英米開戦(1941年)から敗戦1年後(1946年)までの日本
の文学者の日記を参照しながら、彼らが太平洋戦争にどう向き合ったかを観察していき
ます。

 主に引用されるのは高見順、伊藤整、永井荷風、山田風太郎、内田百けんらの公刊済
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戦を告げる玉音放送などにつき、米国人らしい醒めた感覚で冷静に評定を続けていきま
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りない気もしました。


■絲山秋子 『御社のチャラ男』(講談社、2020年1月)

 関東エリアとおぼしき中堅都市にある食料品卸売会社に勤める10数人の社員男女の独
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故で中途入社した自称・辣腕の部長(44)で、その部長を軸にした社内のお互いに対す
る批判、ウワサ話、陰口・悪口、裏話、誇張話が延々と続く、不思議な連作集です。

 チャラ男とは軽薄で、自分勝手で、見栄っ張りで、すぐ感情的になる、中身のない中
年男といった意味合いでしょうか。しかし私はむしろ、会社組織の狭い空間で交錯する
人間関係のわずらわしさに目が向き、うんざりしました。文学賞多数を受賞している作
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■岩井三四二 『清佑、ただいま在庄』(集英社、2007年8月)

 室町中期と思われる時代、和泉(今の大阪府中南部)の国の東寄りの山麓の村、逆巻
庄は京のとある大寺の「荘園」。そこに任期つきで代官として赴任したのが若い僧侶、
清佑です。この生真面目な坊さんが表に出たり、後ろに引いたりして村での年貢取り立
て、争いごとの解決、日照りと雨ごいなど、荘園内の多彩な逸話をつなげた連作短編時
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 琵琶湖北岸の農村を舞台にした、同じ作者の長編『月ノ浦惣庄公事置書』(松本清張
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白い。メリハリに乏しいようにみえるのが残念です。


■北村薫 『鷺と雪』(文芸春秋、2009年4月)

 2・26事件(1936年)前夜の帝都を舞台にした、華族ら上流階層の若い男女が登場す
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ナゾ解きの面白さもいま一つ。
■ドナルド・キーン/角地幸男訳 『作家の日記を読む 日本人の戦争』(文芸春秋、
2009年7月)

 著者は4年前、96歳で亡くなった日本文学研究者(2011年に日本に帰化)。戦争中、
米国海軍の情報士官として日本語の通訳を務め、やがて日米を往復しながら研究と評論
活動で活躍します。本書は対英米開戦(1941年)から敗戦1年後(1946年)までの日本
の文学者の日記を参照しながら、彼らが太平洋戦争にどう向き合ったかを観察していき
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 主に引用されるのは高見順、伊藤整、永井荷風、山田風太郎、内田百けんらの公刊済
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■絲山秋子 『御社のチャラ男』(講談社、2020年1月)

 関東エリアとおぼしき中堅都市にある食料品卸売会社に勤める10数人の社員男女の独
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故で中途入社した自称・辣腕の部長(44)で、その部長を軸にした社内のお互いに対す
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 チャラ男とは軽薄で、自分勝手で、見栄っ張りで、すぐ感情的になる、中身のない中
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■岩井三四二 『清佑、ただいま在庄』(集英社、2007年8月)

 室町中期と思われる時代、和泉(今の大阪府中南部)の国の東寄りの山麓の村、逆巻
庄は京のとある大寺の「荘園」。そこに任期つきで代官として赴任したのが若い僧侶、
清佑です。この生真面目な坊さんが表に出たり、後ろに引いたりして村での年貢取り立
て、争いごとの解決、日照りと雨ごいなど、荘園内の多彩な逸話をつなげた連作短編時
代小説集です。

 琵琶湖北岸の農村を舞台にした、同じ作者の長編『月ノ浦惣庄公事置書』(松本清張
賞受賞)と似たような設定で、地味ながらも楽しく読めます。作者の歴史小説はいつも
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■北村薫 『鷺と雪』(文芸春秋、2009年4月)

 2・26事件(1936年)前夜の帝都を舞台にした、華族ら上流階層の若い男女が登場す
る、戦前型の中編推理小説が3本。行方不明になった男爵帝大生、日本橋三越にあるラ
イオン像にまつわる都市伝説、女子学習院に通う気位の高い女子生徒のお話。ミステリ
ー界では重鎮といったお立場の作者。とはいうものの、鼻持ちならない貴族趣味が充満
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ナゾ解きの面白さもいま一つ。
■ドナルド・キーン/角地幸男訳 『作家の日記を読む 日本人の戦争』(文芸春秋、
2009年7月)

 著者は4年前、96歳で亡くなった日本文学研究者(2011年に日本に帰化)。戦争中、
米国海軍の情報士官として日本語の通訳を務め、やがて日米を往復しながら研究と評論
活動で活躍します。本書は対英米開戦(1941年)から敗戦1年後(1946年)までの日本
の文学者の日記を参照しながら、彼らが太平洋戦争にどう向き合ったかを観察していき
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 主に引用されるのは高見順、伊藤整、永井荷風、山田風太郎、内田百けんらの公刊済
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りない気もしました。


■絲山秋子 『御社のチャラ男』(講談社、2020年1月)

 関東エリアとおぼしき中堅都市にある食料品卸売会社に勤める10数人の社員男女の独
白からなる現代連作短編小説集といったところ。「チャラ男」とバカにされるのは、縁
故で中途入社した自称・辣腕の部長(44)で、その部長を軸にした社内のお互いに対す
る批判、ウワサ話、陰口・悪口、裏話、誇張話が延々と続く、不思議な連作集です。

 チャラ男とは軽薄で、自分勝手で、見栄っ張りで、すぐ感情的になる、中身のない中
年男といった意味合いでしょうか。しかし私はむしろ、会社組織の狭い空間で交錯する
人間関係のわずらわしさに目が向き、うんざりしました。文学賞多数を受賞している作
者だけあって、文章表現はさすがに達者。とはいえ、読みながら、組織内でヒトに使わ
れたり、ヒトを使ったりするのはもう結構です、フリーランスで十分です、と痛感した
次第です。


■岩井三四二 『清佑、ただいま在庄』(集英社、2007年8月)

 室町中期と思われる時代、和泉(今の大阪府中南部)の国の東寄りの山麓の村、逆巻
庄は京のとある大寺の「荘園」。そこに任期つきで代官として赴任したのが若い僧侶、
清佑です。この生真面目な坊さんが表に出たり、後ろに引いたりして村での年貢取り立
て、争いごとの解決、日照りと雨ごいなど、荘園内の多彩な逸話をつなげた連作短編時
代小説集です。

 琵琶湖北岸の農村を舞台にした、同じ作者の長編『月ノ浦惣庄公事置書』(松本清張
賞受賞)と似たような設定で、地味ながらも楽しく読めます。作者の歴史小説はいつも
ユニークな素材を選び、入念な時代背景を踏まえ、丹念な人物造形に入り込んでいて面
白い。メリハリに乏しいようにみえるのが残念です。


■北村薫 『鷺と雪』(文芸春秋、2009年4月)

 2・26事件(1936年)前夜の帝都を舞台にした、華族ら上流階層の若い男女が登場す
る、戦前型の中編推理小説が3本。行方不明になった男爵帝大生、日本橋三越にあるラ
イオン像にまつわる都市伝説、女子学習院に通う気位の高い女子生徒のお話。ミステリ
ー界では重鎮といったお立場の作者。とはいうものの、鼻持ちならない貴族趣味が充満
し、こうした世界にほとんど関心を持たない読み手には、通読するのがやっとでした。
ナゾ解きの面白さもいま一つ。
■ドナルド・キーン/角地幸男訳 『作家の日記を読む 日本人の戦争』(文芸春秋、
2009年7月)

 著者は4年前、96歳で亡くなった日本文学研究者(2011年に日本に帰化)。戦争中、
米国海軍の情報士官として日本語の通訳を務め、やがて日米を往復しながら研究と評論
活動で活躍します。本書は対英米開戦(1941年)から敗戦1年後(1946年)までの日本
の文学者の日記を参照しながら、彼らが太平洋戦争にどう向き合ったかを観察していき
ます。

 主に引用されるのは高見順、伊藤整、永井荷風、山田風太郎、内田百けんらの公刊済
みの日記。対英米開戦の折の高揚した気分、戦中の大本営発表に対する興奮と猜疑、敗
戦を告げる玉音放送などにつき、米国人らしい醒めた感覚で冷静に評定を続けていきま
す。読みでがあるのは確か。但し、引用される作家は10人足らずと多くはなく、もの足
りない気もしました。


■絲山秋子 『御社のチャラ男』(講談社、2020年1月)

 関東エリアとおぼしき中堅都市にある食料品卸売会社に勤める10数人の社員男女の独
白からなる現代連作短編小説集といったところ。「チャラ男」とバカにされるのは、縁
故で中途入社した自称・辣腕の部長(44)で、その部長を軸にした社内のお互いに対す
る批判、ウワサ話、陰口・悪口、裏話、誇張話が延々と続く、不思議な連作集です。

 チャラ男とは軽薄で、自分勝手で、見栄っ張りで、すぐ感情的になる、中身のない中
年男といった意味合いでしょうか。しかし私はむしろ、会社組織の狭い空間で交錯する
人間関係のわずらわしさに目が向き、うんざりしました。文学賞多数を受賞している作
者だけあって、文章表現はさすがに達者。とはいえ、読みながら、組織内でヒトに使わ
れたり、ヒトを使ったりするのはもう結構です、フリーランスで十分です、と痛感した
次第です。


■岩井三四二 『清佑、ただいま在庄』(集英社、2007年8月)

 室町中期と思われる時代、和泉(今の大阪府中南部)の国の東寄りの山麓の村、逆巻
庄は京のとある大寺の「荘園」。そこに任期つきで代官として赴任したのが若い僧侶、
清佑です。この生真面目な坊さんが表に出たり、後ろに引いたりして村での年貢取り立
て、争いごとの解決、日照りと雨ごいなど、荘園内の多彩な逸話をつなげた連作短編時
代小説集です。

 琵琶湖北岸の農村を舞台にした、同じ作者の長編『月ノ浦惣庄公事置書』(松本清張
賞受賞)と似たような設定で、地味ながらも楽しく読めます。作者の歴史小説はいつも
ユニークな素材を選び、入念な時代背景を踏まえ、丹念な人物造形に入り込んでいて面
白い。メリハリに乏しいようにみえるのが残念です。


■北村薫 『鷺と雪』(文芸春秋、2009年4月)

 2・26事件(1936年)前夜の帝都を舞台にした、華族ら上流階層の若い男女が登場す
る、戦前型の中編推理小説が3本。行方不明になった男爵帝大生、日本橋三越にあるラ
イオン像にまつわる都市伝説、女子学習院に通う気位の高い女子生徒のお話。ミステリ
ー界では重鎮といったお立場の作者。とはいうものの、鼻持ちならない貴族趣味が充満
し、こうした世界にほとんど関心を持たない読み手には、通読するのがやっとでした。
ナゾ解きの面白さもいま一つ。
■ドナルド・キーン/角地幸男訳 『作家の日記を読む 日本人の戦争』(文芸春秋、
2009年7月)

 著者は4年前、96歳で亡くなった日本文学研究者(2011年に日本に帰化)。戦争中、
米国海軍の情報士官として日本語の通訳を務め、やがて日米を往復しながら研究と評論
活動で活躍します。本書は対英米開戦(1941年)から敗戦1年後(1946年)までの日本
の文学者の日記を参照しながら、彼らが太平洋戦争にどう向き合ったかを観察していき
ます。

 主に引用されるのは高見順、伊藤整、永井荷風、山田風太郎、内田百けんらの公刊済
みの日記。対英米開戦の折の高揚した気分、戦中の大本営発表に対する興奮と猜疑、敗
戦を告げる玉音放送などにつき、米国人らしい醒めた感覚で冷静に評定を続けていきま
す。読みでがあるのは確か。但し、引用される作家は10人足らずと多くはなく、もの足
りない気もしました。


■絲山秋子 『御社のチャラ男』(講談社、2020年1月)

 関東エリアとおぼしき中堅都市にある食料品卸売会社に勤める10数人の社員男女の独
白からなる現代連作短編小説集といったところ。「チャラ男」とバカにされるのは、縁
故で中途入社した自称・辣腕の部長(44)で、その部長を軸にした社内のお互いに対す
る批判、ウワサ話、陰口・悪口、裏話、誇張話が延々と続く、不思議な連作集です。

 チャラ男とは軽薄で、自分勝手で、見栄っ張りで、すぐ感情的になる、中身のない中
年男といった意味合いでしょうか。しかし私はむしろ、会社組織の狭い空間で交錯する
人間関係のわずらわしさに目が向き、うんざりしました。文学賞多数を受賞している作
者だけあって、文章表現はさすがに達者。とはいえ、読みながら、組織内でヒトに使わ
れたり、ヒトを使ったりするのはもう結構です、フリーランスで十分です、と痛感した
次第です。


■岩井三四二 『清佑、ただいま在庄』(集英社、2007年8月)

 室町中期と思われる時代、和泉(今の大阪府中南部)の国の東寄りの山麓の村、逆巻
庄は京のとある大寺の「荘園」。そこに任期つきで代官として赴任したのが若い僧侶、
清佑です。この生真面目な坊さんが表に出たり、後ろに引いたりして村での年貢取り立
て、争いごとの解決、日照りと雨ごいなど、荘園内の多彩な逸話をつなげた連作短編時
代小説集です。

 琵琶湖北岸の農村を舞台にした、同じ作者の長編『月ノ浦惣庄公事置書』(松本清張
賞受賞)と似たような設定で、地味ながらも楽しく読めます。作者の歴史小説はいつも
ユニークな素材を選び、入念な時代背景を踏まえ、丹念な人物造形に入り込んでいて面
白い。メリハリに乏しいようにみえるのが残念です。


■北村薫 『鷺と雪』(文芸春秋、2009年4月)

 2・26事件(1936年)前夜の帝都を舞台にした、華族ら上流階層の若い男女が登場す
る、戦前型の中編推理小説が3本。行方不明になった男爵帝大生、日本橋三越にあるラ
イオン像にまつわる都市伝説、女子学習院に通う気位の高い女子生徒のお話。ミステリ
ー界では重鎮といったお立場の作者。とはいうものの、鼻持ちならない貴族趣味が充満
し、こうした世界にほとんど関心を持たない読み手には、通読するのがやっとでした。
ナゾ解きの面白さもいま一つ。
■ドナルド・キーン/角地幸男訳 『作家の日記を読む 日本人の戦争』(文芸春秋、
2009年7月)

 著者は4年前、96歳で亡くなった日本文学研究者(2011年に日本に帰化)。戦争中、
米国海軍の情報士官として日本語の通訳を務め、やがて日米を往復しながら研究と評論
活動で活躍します。本書は対英米開戦(1941年)から敗戦1年後(1946年)までの日本
の文学者の日記を参照しながら、彼らが太平洋戦争にどう向き合ったかを観察していき
ます。

 主に引用されるのは高見順、伊藤整、永井荷風、山田風太郎、内田百けんらの公刊済
みの日記。対英米開戦の折の高揚した気分、戦中の大本営発表に対する興奮と猜疑、敗
戦を告げる玉音放送などにつき、米国人らしい醒めた感覚で冷静に評定を続けていきま
す。読みでがあるのは確か。但し、引用される作家は10人足らずと多くはなく、もの足
りない気もしました。


■絲山秋子 『御社のチャラ男』(講談社、2020年1月)

 関東エリアとおぼしき中堅都市にある食料品卸売会社に勤める10数人の社員男女の独
白からなる現代連作短編小説集といったところ。「チャラ男」とバカにされるのは、縁
故で中途入社した自称・辣腕の部長(44)で、その部長を軸にした社内のお互いに対す
る批判、ウワサ話、陰口・悪口、裏話、誇張話が延々と続く、不思議な連作集です。

 チャラ男とは軽薄で、自分勝手で、見栄っ張りで、すぐ感情的になる、中身のない中
年男といった意味合いでしょうか。しかし私はむしろ、会社組織の狭い空間で交錯する
人間関係のわずらわしさに目が向き、うんざりしました。文学賞多数を受賞している作
者だけあって、文章表現はさすがに達者。とはいえ、読みながら、組織内でヒトに使わ
れたり、ヒトを使ったりするのはもう結構です、フリーランスで十分です、と痛感した
次第です。


■岩井三四二 『清佑、ただいま在庄』(集英社、2007年8月)

 室町中期と思われる時代、和泉(今の大阪府中南部)の国の東寄りの山麓の村、逆巻
庄は京のとある大寺の「荘園」。そこに任期つきで代官として赴任したのが若い僧侶、
清佑です。この生真面目な坊さんが表に出たり、後ろに引いたりして村での年貢取り立
て、争いごとの解決、日照りと雨ごいなど、荘園内の多彩な逸話をつなげた連作短編時
代小説集です。

 琵琶湖北岸の農村を舞台にした、同じ作者の長編『月ノ浦惣庄公事置書』(松本清張
賞受賞)と似たような設定で、地味ながらも楽しく読めます。作者の歴史小説はいつも
ユニークな素材を選び、入念な時代背景を踏まえ、丹念な人物造形に入り込んでいて面
白い。メリハリに乏しいようにみえるのが残念です。


■北村薫 『鷺と雪』(文芸春秋、2009年4月)

 2・26事件(1936年)前夜の帝都を舞台にした、華族ら上流階層の若い男女が登場す
る、戦前型の中編推理小説が3本。行方不明になった男爵帝大生、日本橋三越にあるラ
イオン像にまつわる都市伝説、女子学習院に通う気位の高い女子生徒のお話。ミステリ
ー界では重鎮といったお立場の作者。とはいうものの、鼻持ちならない貴族趣味が充満
し、こうした世界にほとんど関心を持たない読み手には、通読するのがやっとでした。
ナゾ解きの面白さもいま一つ。
■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)

 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
の大きな寺も3月末、関心が持ち上がるまま、桜見物を兼ねてお邪魔しました)。一方
、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
もみえてきます。

 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
のでは、と思わせる箇所もあります。しかし10代の頃から仏教、儒教、道教を比較した
空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い
のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
出しませんが、たまたま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読しました。司
馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
という期待もありました。

 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
人気だった「進歩的な歴史学者」らの解釈に寄り掛かった、みごとに党派的な論調に貫
かれていました。古色蒼然とした共産主義者なさがらの、オーソドックスな唯物史観に
基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論
類の全部がOKだとは思わないものの、本書によって気づかされた、感心した、納得で
きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)
 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
の大きな寺も3月末、関心が持ち上がるまま、桜見物を兼ねてお邪魔しました)。一方
、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
もみえてきます。

 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
のでは、と思わせる箇所もあります。しかし10代の頃から仏教、儒教、道教を比較した
空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い
のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
出しませんが、たまたま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読しました。司
馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
という期待もありました。

 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
人気だった「進歩的な歴史学者」らの解釈に寄り掛かった、みごとに党派的な論調に貫
かれていました。古色蒼然とした共産主義者なさがらの、オーソドックスな唯物史観に
基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論
類の全部がOKだとは思わないものの、本書によって気づかされた、感心した、納得で
きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)
 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
の大きな寺も3月末、関心が持ち上がるまま、桜見物を兼ねてお邪魔しました)。一方
、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
もみえてきます。

 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
のでは、と思わせる箇所もあります。しかし10代の頃から仏教、儒教、道教を比較した
空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い
のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
出しませんが、たまたま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読しました。司
馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
という期待もありました。

 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
人気だった「進歩的な歴史学者」らの解釈に寄り掛かった、みごとに党派的な論調に貫
かれていました。古色蒼然とした共産主義者なさがらの、オーソドックスな唯物史観に
基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論
類の全部がOKだとは思わないものの、本書によって気づかされた、感心した、納得で
きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)
 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
の大きな寺も3月末、関心が持ち上がるまま、桜見物を兼ねてお邪魔しました)。一方
、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
もみえてきます。

 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
のでは、と思わせる箇所もあります。しかし10代の頃から仏教、儒教、道教を比較した
空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い
のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
出しませんが、たまたま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読しました。司
馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
という期待もありました。

 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
人気だった「進歩的な歴史学者」らの解釈に寄り掛かった、みごとに党派的な論調に貫
かれていました。古色蒼然とした共産主義者なさがらの、オーソドックスな唯物史観に
基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論
類の全部がOKだとは思わないものの、本書によって気づかされた、感心した、納得で
きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)
 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
の大きな寺も3月末、関心が持ち上がるまま、桜見物を兼ねてお邪魔しました)。一方
、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
もみえてきます。

 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
のでは、と思わせる箇所もあります。しかし10代の頃から仏教、儒教、道教を比較した
空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い
のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
出しませんが、たまたま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読しました。司
馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
という期待もありました。

 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
人気だった「進歩的な歴史学者」らの解釈に寄り掛かった、みごとに党派的な論調に貫
かれていました。古色蒼然とした共産主義者なさがらの、オーソドックスな唯物史観に
基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論
類の全部がOKだとは思わないものの、本書によって気づかされた、感心した、納得で
きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)
 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
の大きな寺も3月末、関心が持ち上がるまま、桜見物を兼ねてお邪魔しました)。一方
、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
もみえてきます。

 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
のでは、と思わせる箇所もあります。しかし10代の頃から仏教、儒教、道教を比較した
空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い
のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
出しませんが、たまたま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読しました。司
馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
という期待もありました。

 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
人気だった「進歩的な歴史学者」らの解釈に寄り掛かった、みごとに党派的な論調に貫
かれていました。古色蒼然とした共産主義者なさがらの、オーソドックスな唯物史観に
基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論
類の全部がOKだとは思わないものの、本書によって気づかされた、感心した、納得で
きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)
 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
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 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
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、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
もみえてきます。

 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
のでは、と思わせる箇所もあります。しかし10代の頃から仏教、儒教、道教を比較した
空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い
のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
出しませんが、たまたま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読しました。司
馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
という期待もありました。

 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
人気だった「進歩的な歴史学者」らの解釈に寄り掛かった、みごとに党派的な論調に貫
かれていました。古色蒼然とした共産主義者なさがらの、オーソドックスな唯物史観に
基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論
類の全部がOKだとは思わないものの、本書によって気づかされた、感心した、納得で
きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)
 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
の大きな寺も3月末、関心が持ち上がるまま、桜見物を兼ねてお邪魔しました)。一方
、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
もみえてきます。

 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
のでは、と思わせる箇所もあります。しかし10代の頃から仏教、儒教、道教を比較した
空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い
のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
出しませんが、たまたま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読しました。司
馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
という期待もありました。

 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
人気だった「進歩的な歴史学者」らの解釈に寄り掛かった、みごとに党派的な論調に貫
かれていました。古色蒼然とした共産主義者なさがらの、オーソドックスな唯物史観に
基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論
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きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
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 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
の大きな寺も3月末、関心が持ち上がるまま、桜見物を兼ねてお邪魔しました)。一方
、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
もみえてきます。

 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
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空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い
のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
出しませんが、たまたま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読しました。司
馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
という期待もありました。

 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
人気だった「進歩的な歴史学者」らの解釈に寄り掛かった、みごとに党派的な論調に貫
かれていました。古色蒼然とした共産主義者なさがらの、オーソドックスな唯物史観に
基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論
類の全部がOKだとは思わないものの、本書によって気づかされた、感心した、納得で
きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)
 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
の大きな寺も3月末、関心が持ち上がるまま、桜見物を兼ねてお邪魔しました)。一方
、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
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 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
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空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
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のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
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 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
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 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
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空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
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 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
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最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
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 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
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■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
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馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
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きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)
 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
の大きな寺も3月末、関心が持ち上がるまま、桜見物を兼ねてお邪魔しました)。一方
、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
もみえてきます。

 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
のでは、と思わせる箇所もあります。しかし10代の頃から仏教、儒教、道教を比較した
空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い
のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
出しませんが、たまたま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読しました。司
馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
という期待もありました。

 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
人気だった「進歩的な歴史学者」らの解釈に寄り掛かった、みごとに党派的な論調に貫
かれていました。古色蒼然とした共産主義者なさがらの、オーソドックスな唯物史観に
基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論
類の全部がOKだとは思わないものの、本書によって気づかされた、感心した、納得で
きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)
 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
の大きな寺も3月末、関心が持ち上がるまま、桜見物を兼ねてお邪魔しました)。一方
、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
もみえてきます。

 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
のでは、と思わせる箇所もあります。しかし10代の頃から仏教、儒教、道教を比較した
空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い
のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
出しませんが、たまたま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読しました。司
馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
という期待もありました。

 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
人気だった「進歩的な歴史学者」らの解釈に寄り掛かった、みごとに党派的な論調に貫
かれていました。古色蒼然とした共産主義者なさがらの、オーソドックスな唯物史観に
基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論
類の全部がOKだとは思わないものの、本書によって気づかされた、感心した、納得で
きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)
 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
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 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
の大きな寺も3月末、関心が持ち上がるまま、桜見物を兼ねてお邪魔しました)。一方
、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
もみえてきます。

 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
のでは、と思わせる箇所もあります。しかし10代の頃から仏教、儒教、道教を比較した
空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い
のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
出しませんが、たまたま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読しました。司
馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
という期待もありました。

 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
人気だった「進歩的な歴史学者」らの解釈に寄り掛かった、みごとに党派的な論調に貫
かれていました。古色蒼然とした共産主義者なさがらの、オーソドックスな唯物史観に
基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論
類の全部がOKだとは思わないものの、本書によって気づかされた、感心した、納得で
きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)
 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
の大きな寺も3月末、関心が持ち上がるまま、桜見物を兼ねてお邪魔しました)。一方
、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
もみえてきます。

 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
のでは、と思わせる箇所もあります。しかし10代の頃から仏教、儒教、道教を比較した
空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い
のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
出しませんが、たまたま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読しました。司
馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
という期待もありました。

 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
人気だった「進歩的な歴史学者」らの解釈に寄り掛かった、みごとに党派的な論調に貫
かれていました。古色蒼然とした共産主義者なさがらの、オーソドックスな唯物史観に
基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論
類の全部がOKだとは思わないものの、本書によって気づかされた、感心した、納得で
きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)
 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
の大きな寺も3月末、関心が持ち上がるまま、桜見物を兼ねてお邪魔しました)。一方
、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
もみえてきます。

 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
のでは、と思わせる箇所もあります。しかし10代の頃から仏教、儒教、道教を比較した
空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い
のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
出しませんが、たまたま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読しました。司
馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
という期待もありました。

 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
人気だった「進歩的な歴史学者」らの解釈に寄り掛かった、みごとに党派的な論調に貫
かれていました。古色蒼然とした共産主義者なさがらの、オーソドックスな唯物史観に
基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論
類の全部がOKだとは思わないものの、本書によって気づかされた、感心した、納得で
きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)
 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
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、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
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 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
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空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
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み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い
のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
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馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
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 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
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きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)
 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
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国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
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、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
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 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
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空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
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 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
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■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
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のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
出しませんが、たまたま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読しました。司
馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
という期待もありました。

 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
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かれていました。古色蒼然とした共産主義者なさがらの、オーソドックスな唯物史観に
基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論
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きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)
 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
の大きな寺も3月末、関心が持ち上がるまま、桜見物を兼ねてお邪魔しました)。一方
、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
もみえてきます。

 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
のでは、と思わせる箇所もあります。しかし10代の頃から仏教、儒教、道教を比較した
空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い
のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
出しませんが、たまたま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読しました。司
馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
という期待もありました。

 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
人気だった「進歩的な歴史学者」らの解釈に寄り掛かった、みごとに党派的な論調に貫
かれていました。古色蒼然とした共産主義者なさがらの、オーソドックスな唯物史観に
基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論
類の全部がOKだとは思わないものの、本書によって気づかされた、感心した、納得で
きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)
 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
の大きな寺も3月末、関心が持ち上がるまま、桜見物を兼ねてお邪魔しました)。一方
、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
もみえてきます。

 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
のでは、と思わせる箇所もあります。しかし10代の頃から仏教、儒教、道教を比較した
空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い
のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
出しませんが、たまたま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読しました。司
馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
という期待もありました。

 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
人気だった「進歩的な歴史学者」らの解釈に寄り掛かった、みごとに党派的な論調に貫
かれていました。古色蒼然とした共産主義者なさがらの、オーソドックスな唯物史観に
基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論
類の全部がOKだとは思わないものの、本書によって気づかされた、感心した、納得で
きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。■司馬遼太郎 『空海の風景(下)』(中公文庫、1978年2月)
 遣唐使の一員として大陸に入り、空海はそこで印度由来の真言密教の後継者から(倭
人なのに)直伝を受けます。そのうえで、留学予定20年を2年に切り上げてさっさと帰
国。比叡山を開いた最澄との交流、駆け引き、対立を主な借景にして物語の後半も幅広
に進んでいきます。

 京都駅そばに今も残る東寺は、元々あった寺を空海が時の天皇から授かったもの(こ
の大きな寺も3月末、関心が持ち上がるまま、桜見物を兼ねてお邪魔しました)。一方
、高野山は空海が自ら情報を集めて朝廷に申し立てて下賜され、弟子たちを育てた山上
の宗教都市。本書下巻はその成り立ちと昭和期の威容を偲ばせる語り口です。天才空海
がやがて絶縁する秀才最澄は誠実で真摯な高僧として描かれ、その分空海の倨傲の一面
もみえてきます。

 司馬さんは空海の凄みについて多く語る半面、この天才のことはあまり好きではない
のでは、と思わせる箇所もあります。しかし10代の頃から仏教、儒教、道教を比較した
空海の『三教指帰』を読むのを好んだ、とのこと。いかに娯楽の少ない戦中期とはいえ
、若い頃からずっと拘りがあったのか、と思われます。

 
■岩井三四二 『銀閣建立』(講談社、2005年3月)

 足利8代将軍の義政が、祖父の3代将軍義満が建てた鹿苑寺金閣に負けじ、と東山に
企図した慈照寺銀閣の造設に携わった番匠(大工)一門の目で描いた長編歴史小説。応
仁の乱で上京と下京の間に人も住まぬエリアが広がっていた室町後期の幕府衰退、それ
でも贅を尽くした山荘を造ろうとする上様(義政)の様子が見てきたように描かれ、飽
きさせません。

 山上亭や持仏堂、観音殿などの建築について、資料に拠りながら細かく克明に描く手
並みは、同じ作者による鎌倉時代の東大寺大仏殿再建を描いた長編小説『南大門の墨壺
』などと同じで、地味ながらも面白い。番匠一門の人間模様もうまく描かれ、楽しく読
み通せました。


■佐野広美 『わたしが消える』(講談社、2020年9月)

 令和2年度の江戸川乱歩賞受賞作。特養ホームの門前に置き去りにされた認知症の老
人の身元を探すのは、やはり認知症の兆しが見え始めたマンション管理人(元刑事)。
最初は地味な幕開けが、徐々にナゾが示されつつ明かされ、やがて背後に大きな秘密と
陰謀があることが浮かんできます。

 ミステリーというよりサスペンスに近い筋立てで、それでも最後まで読ませるのは構
成の妙か、語りのうまさでしょうか。乱歩賞の公刊本では、審査の過程としてプロの推
理作家の選評が並んでいることが多く、そこには辛辣なコメントも含まれます。面白い
のは、作者はそうした注文、批判を受けて応募作をきちんと加筆・修正しているらしい
こと。それはそれでフェアな話だと思います。


■備仲臣道 『司馬遼太郎と朝鮮  「坂の上の雲」――もう一つの読み方』(批評社
、2007年10月)

 『竜馬がゆく』と並んで人気のある司馬さんの長編『坂の上の雲』をもっぱらの対象
にした、いわゆる「司馬史観」排撃の長編評論。この忙しいさなか、普段ならまず手を
出しませんが、たまたま古本屋で見つけ、書名が目にとまって購入し一読しました。司
馬さんを突き放した、私らが知らないユニークな視角、着想、新事実が出てくるかも、
という期待もありました。

 しかしながら読後感は、予想通りというか、トロツキーや羽仁五郎や、高度成長期に
人気だった「進歩的な歴史学者」らの解釈に寄り掛かった、みごとに党派的な論調に貫
かれていました。古色蒼然とした共産主義者なさがらの、オーソドックスな唯物史観に
基づいた、強引で一方的な司馬批判が繰り返されます。司馬さんの歴史小説、各種評論
類の全部がOKだとは思わないものの、本書によって気づかされた、感心した、納得で
きた箇所はゼロ。「偏狭な立場からケチをつけているだけ。なに言ってんだか」という
のが正直な感想です。
■池井戸潤 『不祥事』(実業之日本社、2004年8月)

 「半沢直樹」も在籍している東京第一銀行の女性総合職・花咲舞を主人公にした連作
短編が計8編。それぞれ短編のお話は異なりますが、全体がつながっており、いつもの
勧善懲悪の展開となって安心できます。語り口は例によってそつがなく、メリハリが効
いています。ただし、花咲舞の直属上司にあたる中年男子行員の描き方がいま少し漠然
としているのが残念です。

■真山仁 『それでも、陽は昇る』(祥伝社、2021年2月)

 東日本大震災・大津波の被災地を舞台にしたシリーズの第3作(連作短編8本)。阪
神大震災で妻子を失くした元小学校教諭を主人公または舞台回しに、遠間市という太平
洋岸の津波被災地の子供らとの交感を描くという設定と展開は前2作と同じ。もっとも
、作者よほどの多忙のゆえか、タッチも描写もプロットもぎくしゃくしており、やや残
念な読後となりました。あるいは課題の解決を先送りしているというか。

■司馬遼太郎 『司馬遼太郎と城を歩く』(光文社、2006年1月)

 司馬さんの死去(1996年)から10年後の発刊なので、ご本人ノータッチのガイドブッ
クのようです。函館・五稜郭から沖縄・首里城まで全国35の城を取り上げ、司馬作品に
登場した一節を原本から転載し、現地に足を運んだご本人ほかの写真多数も載せ、さら
に編集サイドが補足した城下町紹介ルポなどの一文を添えた手堅い構成。丁寧で手の込
んだ編集で、楽しく読み通せました。

■岩井三四二 『室町もののけ草紙  天魔の所業、もっての外なり』(淡交社、2017
年10月)

 応仁の乱前後の畿内を舞台にした伝奇モノの短編時代小説が7編。日野富子、足利義
尚、山名宗全、細川勝元、世阿弥、音阿弥らが前に出てきたり脇役に引いたり。ここに
得体の知れないもののけが絡んだりして、それぞれ興味深く読めます。同じ室町期の伝
奇時代モノで知られる山田風太郎のようなオドロオドロした気配は少なく、その分、描
写は淡々としていますが、各編工夫があります。

■綾辻行人 『人間じゃない  綾辻行人未収録作品集』(講談社、2017年2月)

 作者は新本格派の代表的な推理作家の一人。月刊誌等に発表しながら公刊しなかった
中短編小説5編を収録しています。長編『十角館の殺人』でデビューして以降、私はそ
の長中短編群をおおむねフォローしています。才気煥発でスマートだった作者もいつし
か還暦を過ぎました。5編のうち2編がミステリー、3編がホラー。私ですらむかし耳
にして覚え、ヒトにも話しておどかしてきた有名な怪談「赤いマント」をひねった同名
の短編など、楽しく読めました。
■池井戸潤 『不祥事』(実業之日本社、2004年8月)

 「半沢直樹」も在籍している東京第一銀行の女性総合職・花咲舞を主人公にした連作
短編が計8編。それぞれ短編のお話は異なりますが、全体がつながっており、いつもの
勧善懲悪の展開となって安心できます。語り口は例によってそつがなく、メリハリが効
いています。ただし、花咲舞の直属上司にあたる中年男子行員の描き方がいま少し漠然
としているのが残念です。

■真山仁 『それでも、陽は昇る』(祥伝社、2021年2月)

 東日本大震災・大津波の被災地を舞台にしたシリーズの第3作(連作短編8本)。阪
神大震災で妻子を失くした元小学校教諭を主人公または舞台回しに、遠間市という太平
洋岸の津波被災地の子供らとの交感を描くという設定と展開は前2作と同じ。もっとも
、作者よほどの多忙のゆえか、タッチも描写もプロットもぎくしゃくしており、やや残
念な読後となりました。あるいは課題の解決を先送りしているというか。

■司馬遼太郎 『司馬遼太郎と城を歩く』(光文社、2006年1月)

 司馬さんの死去(1996年)から10年後の発刊なので、ご本人ノータッチのガイドブッ
クのようです。函館・五稜郭から沖縄・首里城まで全国35の城を取り上げ、司馬作品に
登場した一節を原本から転載し、現地に足を運んだご本人ほかの写真多数も載せ、さら
に編集サイドが補足した城下町紹介ルポなどの一文を添えた手堅い構成。丁寧で手の込
んだ編集で、楽しく読み通せました。

■岩井三四二 『室町もののけ草紙  天魔の所業、もっての外なり』(淡交社、2017
年10月)

 応仁の乱前後の畿内を舞台にした伝奇モノの短編時代小説が7編。日野富子、足利義
尚、山名宗全、細川勝元、世阿弥、音阿弥らが前に出てきたり脇役に引いたり。ここに
得体の知れないもののけが絡んだりして、それぞれ興味深く読めます。同じ室町期の伝
奇時代モノで知られる山田風太郎のようなオドロオドロした気配は少なく、その分、描
写は淡々としていますが、各編工夫があります。

■綾辻行人 『人間じゃない  綾辻行人未収録作品集』(講談社、2017年2月)

 作者は新本格派の代表的な推理作家の一人。月刊誌等に発表しながら公刊しなかった
中短編小説5編を収録しています。長編『十角館の殺人』でデビューして以降、私はそ
の長中短編群をおおむねフォローしています。才気煥発でスマートだった作者もいつし
か還暦を過ぎました。5編のうち2編がミステリー、3編がホラー。私ですらむかし耳
にして覚え、ヒトにも話しておどかしてきた有名な怪談「赤いマント」をひねった同名
の短編など、楽しく読めました。
■池井戸潤 『不祥事』(実業之日本社、2004年8月)

 「半沢直樹」も在籍している東京第一銀行の女性総合職・花咲舞を主人公にした連作
短編が計8編。それぞれ短編のお話は異なりますが、全体がつながっており、いつもの
勧善懲悪の展開となって安心できます。語り口は例によってそつがなく、メリハリが効
いています。ただし、花咲舞の直属上司にあたる中年男子行員の描き方がいま少し漠然
としているのが残念です。

■真山仁 『それでも、陽は昇る』(祥伝社、2021年2月)

 東日本大震災・大津波の被災地を舞台にしたシリーズの第3作(連作短編8本)。阪
神大震災で妻子を失くした元小学校教諭を主人公または舞台回しに、遠間市という太平
洋岸の津波被災地の子供らとの交感を描くという設定と展開は前2作と同じ。もっとも
、作者よほどの多忙のゆえか、タッチも描写もプロットもぎくしゃくしており、やや残
念な読後となりました。あるいは課題の解決を先送りしているというか。

■司馬遼太郎 『司馬遼太郎と城を歩く』(光文社、2006年1月)

 司馬さんの死去(1996年)から10年後の発刊なので、ご本人ノータッチのガイドブッ
クのようです。函館・五稜郭から沖縄・首里城まで全国35の城を取り上げ、司馬作品に
登場した一節を原本から転載し、現地に足を運んだご本人ほかの写真多数も載せ、さら
に編集サイドが補足した城下町紹介ルポなどの一文を添えた手堅い構成。丁寧で手の込
んだ編集で、楽しく読み通せました。

■岩井三四二 『室町もののけ草紙  天魔の所業、もっての外なり』(淡交社、2017
年10月)

 応仁の乱前後の畿内を舞台にした伝奇モノの短編時代小説が7編。日野富子、足利義
尚、山名宗全、細川勝元、世阿弥、音阿弥らが前に出てきたり脇役に引いたり。ここに
得体の知れないもののけが絡んだりして、それぞれ興味深く読めます。同じ室町期の伝
奇時代モノで知られる山田風太郎のようなオドロオドロした気配は少なく、その分、描
写は淡々としていますが、各編工夫があります。

■綾辻行人 『人間じゃない  綾辻行人未収録作品集』(講談社、2017年2月)

 作者は新本格派の代表的な推理作家の一人。月刊誌等に発表しながら公刊しなかった
中短編小説5編を収録しています。長編『十角館の殺人』でデビューして以降、私はそ
の長中短編群をおおむねフォローしています。才気煥発でスマートだった作者もいつし
か還暦を過ぎました。5編のうち2編がミステリー、3編がホラー。私ですらむかし耳
にして覚え、ヒトにも話しておどかしてきた有名な怪談「赤いマント」をひねった同名
の短編など、楽しく読めました。
■池井戸潤 『不祥事』(実業之日本社、2004年8月)

 「半沢直樹」も在籍している東京第一銀行の女性総合職・花咲舞を主人公にした連作
短編が計8編。それぞれ短編のお話は異なりますが、全体がつながっており、いつもの
勧善懲悪の展開となって安心できます。語り口は例によってそつがなく、メリハリが効
いています。ただし、花咲舞の直属上司にあたる中年男子行員の描き方がいま少し漠然
としているのが残念です。

■真山仁 『それでも、陽は昇る』(祥伝社、2021年2月)

 東日本大震災・大津波の被災地を舞台にしたシリーズの第3作(連作短編8本)。阪
神大震災で妻子を失くした元小学校教諭を主人公または舞台回しに、遠間市という太平
洋岸の津波被災地の子供らとの交感を描くという設定と展開は前2作と同じ。もっとも
、作者よほどの多忙のゆえか、タッチも描写もプロットもぎくしゃくしており、やや残
念な読後となりました。あるいは課題の解決を先送りしているというか。

■司馬遼太郎 『司馬遼太郎と城を歩く』(光文社、2006年1月)

 司馬さんの死去(1996年)から10年後の発刊なので、ご本人ノータッチのガイドブッ
クのようです。函館・五稜郭から沖縄・首里城まで全国35の城を取り上げ、司馬作品に
登場した一節を原本から転載し、現地に足を運んだご本人ほかの写真多数も載せ、さら
に編集サイドが補足した城下町紹介ルポなどの一文を添えた手堅い構成。丁寧で手の込
んだ編集で、楽しく読み通せました。

■岩井三四二 『室町もののけ草紙  天魔の所業、もっての外なり』(淡交社、2017
年10月)

 応仁の乱前後の畿内を舞台にした伝奇モノの短編時代小説が7編。日野富子、足利義
尚、山名宗全、細川勝元、世阿弥、音阿弥らが前に出てきたり脇役に引いたり。ここに
得体の知れないもののけが絡んだりして、それぞれ興味深く読めます。同じ室町期の伝
奇時代モノで知られる山田風太郎のようなオドロオドロした気配は少なく、その分、描
写は淡々としていますが、各編工夫があります。

■綾辻行人 『人間じゃない  綾辻行人未収録作品集』(講談社、2017年2月)

 作者は新本格派の代表的な推理作家の一人。月刊誌等に発表しながら公刊しなかった
中短編小説5編を収録しています。長編『十角館の殺人』でデビューして以降、私はそ
の長中短編群をおおむねフォローしています。才気煥発でスマートだった作者もいつし
か還暦を過ぎました。5編のうち2編がミステリー、3編がホラー。私ですらむかし耳
にして覚え、ヒトにも話しておどかしてきた有名な怪談「赤いマント」をひねった同名
の短編など、楽しく読めました。
■池井戸潤 『不祥事』(実業之日本社、2004年8月)

 「半沢直樹」も在籍している東京第一銀行の女性総合職・花咲舞を主人公にした連作
短編が計8編。それぞれ短編のお話は異なりますが、全体がつながっており、いつもの
勧善懲悪の展開となって安心できます。語り口は例によってそつがなく、メリハリが効
いています。ただし、花咲舞の直属上司にあたる中年男子行員の描き方がいま少し漠然
としているのが残念です。

■真山仁 『それでも、陽は昇る』(祥伝社、2021年2月)

 東日本大震災・大津波の被災地を舞台にしたシリーズの第3作(連作短編8本)。阪
神大震災で妻子を失くした元小学校教諭を主人公または舞台回しに、遠間市という太平
洋岸の津波被災地の子供らとの交感を描くという設定と展開は前2作と同じ。もっとも
、作者よほどの多忙のゆえか、タッチも描写もプロットもぎくしゃくしており、やや残
念な読後となりました。あるいは課題の解決を先送りしているというか。

■司馬遼太郎 『司馬遼太郎と城を歩く』(光文社、2006年1月)

 司馬さんの死去(1996年)から10年後の発刊なので、ご本人ノータッチのガイドブッ
クのようです。函館・五稜郭から沖縄・首里城まで全国35の城を取り上げ、司馬作品に
登場した一節を原本から転載し、現地に足を運んだご本人ほかの写真多数も載せ、さら
に編集サイドが補足した城下町紹介ルポなどの一文を添えた手堅い構成。丁寧で手の込
んだ編集で、楽しく読み通せました。

■岩井三四二 『室町もののけ草紙  天魔の所業、もっての外なり』(淡交社、2017
年10月)

 応仁の乱前後の畿内を舞台にした伝奇モノの短編時代小説が7編。日野富子、足利義
尚、山名宗全、細川勝元、世阿弥、音阿弥らが前に出てきたり脇役に引いたり。ここに
得体の知れないもののけが絡んだりして、それぞれ興味深く読めます。同じ室町期の伝
奇時代モノで知られる山田風太郎のようなオドロオドロした気配は少なく、その分、描
写は淡々としていますが、各編工夫があります。

■綾辻行人 『人間じゃない  綾辻行人未収録作品集』(講談社、2017年2月)

 作者は新本格派の代表的な推理作家の一人。月刊誌等に発表しながら公刊しなかった
中短編小説5編を収録しています。長編『十角館の殺人』でデビューして以降、私はそ
の長中短編群をおおむねフォローしています。才気煥発でスマートだった作者もいつし
か還暦を過ぎました。5編のうち2編がミステリー、3編がホラー。私ですらむかし耳
にして覚え、ヒトにも話しておどかしてきた有名な怪談「赤いマント」をひねった同名
の短編など、楽しく読めました。
■池井戸潤 『不祥事』(実業之日本社、2004年8月)

 「半沢直樹」も在籍している東京第一銀行の女性総合職・花咲舞を主人公にした連作
短編が計8編。それぞれ短編のお話は異なりますが、全体がつながっており、いつもの
勧善懲悪の展開となって安心できます。語り口は例によってそつがなく、メリハリが効
いています。ただし、花咲舞の直属上司にあたる中年男子行員の描き方がいま少し漠然
としているのが残念です。

■真山仁 『それでも、陽は昇る』(祥伝社、2021年2月)

 東日本大震災・大津波の被災地を舞台にしたシリーズの第3作(連作短編8本)。阪
神大震災で妻子を失くした元小学校教諭を主人公または舞台回しに、遠間市という太平
洋岸の津波被災地の子供らとの交感を描くという設定と展開は前2作と同じ。もっとも
、作者よほどの多忙のゆえか、タッチも描写もプロットもぎくしゃくしており、やや残
念な読後となりました。あるいは課題の解決を先送りしているというか。

■司馬遼太郎 『司馬遼太郎と城を歩く』(光文社、2006年1月)

 司馬さんの死去(1996年)から10年後の発刊なので、ご本人ノータッチのガイドブッ
クのようです。函館・五稜郭から沖縄・首里城まで全国35の城を取り上げ、司馬作品に
登場した一節を原本から転載し、現地に足を運んだご本人ほかの写真多数も載せ、さら
に編集サイドが補足した城下町紹介ルポなどの一文を添えた手堅い構成。丁寧で手の込
んだ編集で、楽しく読み通せました。

■岩井三四二 『室町もののけ草紙  天魔の所業、もっての外なり』(淡交社、2017
年10月)

 応仁の乱前後の畿内を舞台にした伝奇モノの短編時代小説が7編。日野富子、足利義
尚、山名宗全、細川勝元、世阿弥、音阿弥らが前に出てきたり脇役に引いたり。ここに
得体の知れないもののけが絡んだりして、それぞれ興味深く読めます。同じ室町期の伝
奇時代モノで知られる山田風太郎のようなオドロオドロした気配は少なく、その分、描
写は淡々としていますが、各編工夫があります。

■綾辻行人 『人間じゃない  綾辻行人未収録作品集』(講談社、2017年2月)

 作者は新本格派の代表的な推理作家の一人。月刊誌等に発表しながら公刊しなかった
中短編小説5編を収録しています。長編『十角館の殺人』でデビューして以降、私はそ
の長中短編群をおおむねフォローしています。才気煥発でスマートだった作者もいつし
か還暦を過ぎました。5編のうち2編がミステリー、3編がホラー。私ですらむかし耳
にして覚え、ヒトにも話しておどかしてきた有名な怪談「赤いマント」をひねった同名
の短編など、楽しく読めました。
■池井戸潤 『不祥事』(実業之日本社、2004年8月)

 「半沢直樹」も在籍している東京第一銀行の女性総合職・花咲舞を主人公にした連作
短編が計8編。それぞれ短編のお話は異なりますが、全体がつながっており、いつもの
勧善懲悪の展開となって安心できます。語り口は例によってそつがなく、メリハリが効
いています。ただし、花咲舞の直属上司にあたる中年男子行員の描き方がいま少し漠然
としているのが残念です。

■真山仁 『それでも、陽は昇る』(祥伝社、2021年2月)

 東日本大震災・大津波の被災地を舞台にしたシリーズの第3作(連作短編8本)。阪
神大震災で妻子を失くした元小学校教諭を主人公または舞台回しに、遠間市という太平
洋岸の津波被災地の子供らとの交感を描くという設定と展開は前2作と同じ。もっとも
、作者よほどの多忙のゆえか、タッチも描写もプロットもぎくしゃくしており、やや残
念な読後となりました。あるいは課題の解決を先送りしているというか。

■司馬遼太郎 『司馬遼太郎と城を歩く』(光文社、2006年1月)

 司馬さんの死去(1996年)から10年後の発刊なので、ご本人ノータッチのガイドブッ
クのようです。函館・五稜郭から沖縄・首里城まで全国35の城を取り上げ、司馬作品に
登場した一節を原本から転載し、現地に足を運んだご本人ほかの写真多数も載せ、さら
に編集サイドが補足した城下町紹介ルポなどの一文を添えた手堅い構成。丁寧で手の込
んだ編集で、楽しく読み通せました。

■岩井三四二 『室町もののけ草紙  天魔の所業、もっての外なり』(淡交社、2017
年10月)

 応仁の乱前後の畿内を舞台にした伝奇モノの短編時代小説が7編。日野富子、足利義
尚、山名宗全、細川勝元、世阿弥、音阿弥らが前に出てきたり脇役に引いたり。ここに
得体の知れないもののけが絡んだりして、それぞれ興味深く読めます。同じ室町期の伝
奇時代モノで知られる山田風太郎のようなオドロオドロした気配は少なく、その分、描
写は淡々としていますが、各編工夫があります。

■綾辻行人 『人間じゃない  綾辻行人未収録作品集』(講談社、2017年2月)

 作者は新本格派の代表的な推理作家の一人。月刊誌等に発表しながら公刊しなかった
中短編小説5編を収録しています。長編『十角館の殺人』でデビューして以降、私はそ
の長中短編群をおおむねフォローしています。才気煥発でスマートだった作者もいつし
か還暦を過ぎました。5編のうち2編がミステリー、3編がホラー。私ですらむかし耳
にして覚え、ヒトにも話しておどかしてきた有名な怪談「赤いマント」をひねった同名
の短編など、楽しく読めました。
■池井戸潤 『不祥事』(実業之日本社、2004年8月)

 「半沢直樹」も在籍している東京第一銀行の女性総合職・花咲舞を主人公にした連作
短編が計8編。それぞれ短編のお話は異なりますが、全体がつながっており、いつもの
勧善懲悪の展開となって安心できます。語り口は例によってそつがなく、メリハリが効
いています。ただし、花咲舞の直属上司にあたる中年男子行員の描き方がいま少し漠然
としているのが残念です。

■真山仁 『それでも、陽は昇る』(祥伝社、2021年2月)

 東日本大震災・大津波の被災地を舞台にしたシリーズの第3作(連作短編8本)。阪
神大震災で妻子を失くした元小学校教諭を主人公または舞台回しに、遠間市という太平
洋岸の津波被災地の子供らとの交感を描くという設定と展開は前2作と同じ。もっとも
、作者よほどの多忙のゆえか、タッチも描写もプロットもぎくしゃくしており、やや残
念な読後となりました。あるいは課題の解決を先送りしているというか。

■司馬遼太郎 『司馬遼太郎と城を歩く』(光文社、2006年1月)

 司馬さんの死去(1996年)から10年後の発刊なので、ご本人ノータッチのガイドブッ
クのようです。函館・五稜郭から沖縄・首里城まで全国35の城を取り上げ、司馬作品に
登場した一節を原本から転載し、現地に足を運んだご本人ほかの写真多数も載せ、さら
に編集サイドが補足した城下町紹介ルポなどの一文を添えた手堅い構成。丁寧で手の込
んだ編集で、楽しく読み通せました。

■岩井三四二 『室町もののけ草紙  天魔の所業、もっての外なり』(淡交社、2017
年10月)

 応仁の乱前後の畿内を舞台にした伝奇モノの短編時代小説が7編。日野富子、足利義
尚、山名宗全、細川勝元、世阿弥、音阿弥らが前に出てきたり脇役に引いたり。ここに
得体の知れないもののけが絡んだりして、それぞれ興味深く読めます。同じ室町期の伝
奇時代モノで知られる山田風太郎のようなオドロオドロした気配は少なく、その分、描
写は淡々としていますが、各編工夫があります。

■綾辻行人 『人間じゃない  綾辻行人未収録作品集』(講談社、2017年2月)

 作者は新本格派の代表的な推理作家の一人。月刊誌等に発表しながら公刊しなかった
中短編小説5編を収録しています。長編『十角館の殺人』でデビューして以降、私はそ
の長中短編群をおおむねフォローしています。才気煥発でスマートだった作者もいつし
か還暦を過ぎました。5編のうち2編がミステリー、3編がホラー。私ですらむかし耳
にして覚え、ヒトにも話しておどかしてきた有名な怪談「赤いマント」をひねった同名
の短編など、楽しく読めました。
■池井戸潤 『不祥事』(実業之日本社、2004年8月)

 「半沢直樹」も在籍している東京第一銀行の女性総合職・花咲舞を主人公にした連作
短編が計8編。それぞれ短編のお話は異なりますが、全体がつながっており、いつもの
勧善懲悪の展開となって安心できます。語り口は例によってそつがなく、メリハリが効
いています。ただし、花咲舞の直属上司にあたる中年男子行員の描き方がいま少し漠然
としているのが残念です。

■真山仁 『それでも、陽は昇る』(祥伝社、2021年2月)

 東日本大震災・大津波の被災地を舞台にしたシリーズの第3作(連作短編8本)。阪
神大震災で妻子を失くした元小学校教諭を主人公または舞台回しに、遠間市という太平
洋岸の津波被災地の子供らとの交感を描くという設定と展開は前2作と同じ。もっとも
、作者よほどの多忙のゆえか、タッチも描写もプロットもぎくしゃくしており、やや残
念な読後となりました。あるいは課題の解決を先送りしているというか。

■司馬遼太郎 『司馬遼太郎と城を歩く』(光文社、2006年1月)

 司馬さんの死去(1996年)から10年後の発刊なので、ご本人ノータッチのガイドブッ
クのようです。函館・五稜郭から沖縄・首里城まで全国35の城を取り上げ、司馬作品に
登場した一節を原本から転載し、現地に足を運んだご本人ほかの写真多数も載せ、さら
に編集サイドが補足した城下町紹介ルポなどの一文を添えた手堅い構成。丁寧で手の込
んだ編集で、楽しく読み通せました。

■岩井三四二 『室町もののけ草紙  天魔の所業、もっての外なり』(淡交社、2017
年10月)

 応仁の乱前後の畿内を舞台にした伝奇モノの短編時代小説が7編。日野富子、足利義
尚、山名宗全、細川勝元、世阿弥、音阿弥らが前に出てきたり脇役に引いたり。ここに
得体の知れないもののけが絡んだりして、それぞれ興味深く読めます。同じ室町期の伝
奇時代モノで知られる山田風太郎のようなオドロオドロした気配は少なく、その分、描
写は淡々としていますが、各編工夫があります。

■綾辻行人 『人間じゃない  綾辻行人未収録作品集』(講談社、2017年2月)

 作者は新本格派の代表的な推理作家の一人。月刊誌等に発表しながら公刊しなかった
中短編小説5編を収録しています。長編『十角館の殺人』でデビューして以降、私はそ
の長中短編群をおおむねフォローしています。才気煥発でスマートだった作者もいつし
か還暦を過ぎました。5編のうち2編がミステリー、3編がホラー。私ですらむかし耳
にして覚え、ヒトにも話しておどかしてきた有名な怪談「赤いマント」をひねった同名
の短編など、楽しく読めました。
■池井戸潤 『不祥事』(実業之日本社、2004年8月)

 「半沢直樹」も在籍している東京第一銀行の女性総合職・花咲舞を主人公にした連作
短編が計8編。それぞれ短編のお話は異なりますが、全体がつながっており、いつもの
勧善懲悪の展開となって安心できます。語り口は例によってそつがなく、メリハリが効
いています。ただし、花咲舞の直属上司にあたる中年男子行員の描き方がいま少し漠然
としているのが残念です。

■真山仁 『それでも、陽は昇る』(祥伝社、2021年2月)

 東日本大震災・大津波の被災地を舞台にしたシリーズの第3作(連作短編8本)。阪
神大震災で妻子を失くした元小学校教諭を主人公または舞台回しに、遠間市という太平
洋岸の津波被災地の子供らとの交感を描くという設定と展開は前2作と同じ。もっとも
、作者よほどの多忙のゆえか、タッチも描写もプロットもぎくしゃくしており、やや残
念な読後となりました。あるいは課題の解決を先送りしているというか。

■司馬遼太郎 『司馬遼太郎と城を歩く』(光文社、2006年1月)

 司馬さんの死去(1996年)から10年後の発刊なので、ご本人ノータッチのガイドブッ
クのようです。函館・五稜郭から沖縄・首里城まで全国35の城を取り上げ、司馬作品に
登場した一節を原本から転載し、現地に足を運んだご本人ほかの写真多数も載せ、さら
に編集サイドが補足した城下町紹介ルポなどの一文を添えた手堅い構成。丁寧で手の込
んだ編集で、楽しく読み通せました。

■岩井三四二 『室町もののけ草紙  天魔の所業、もっての外なり』(淡交社、2017
年10月)

 応仁の乱前後の畿内を舞台にした伝奇モノの短編時代小説が7編。日野富子、足利義
尚、山名宗全、細川勝元、世阿弥、音阿弥らが前に出てきたり脇役に引いたり。ここに
得体の知れないもののけが絡んだりして、それぞれ興味深く読めます。同じ室町期の伝
奇時代モノで知られる山田風太郎のようなオドロオドロした気配は少なく、その分、描
写は淡々としていますが、各編工夫があります。

■綾辻行人 『人間じゃない  綾辻行人未収録作品集』(講談社、2017年2月)

 作者は新本格派の代表的な推理作家の一人。月刊誌等に発表しながら公刊しなかった
中短編小説5編を収録しています。長編『十角館の殺人』でデビューして以降、私はそ
の長中短編群をおおむねフォローしています。才気煥発でスマートだった作者もいつし
か還暦を過ぎました。5編のうち2編がミステリー、3編がホラー。私ですらむかし耳
にして覚え、ヒトにも話しておどかしてきた有名な怪談「赤いマント」をひねった同名
の短編など、楽しく読めました。
■池井戸潤 『不祥事』(実業之日本社、2004年8月)

 「半沢直樹」も在籍している東京第一銀行の女性総合職・花咲舞を主人公にした連作
短編が計8編。それぞれ短編のお話は異なりますが、全体がつながっており、いつもの
勧善懲悪の展開となって安心できます。語り口は例によってそつがなく、メリハリが効
いています。ただし、花咲舞の直属上司にあたる中年男子行員の描き方がいま少し漠然
としているのが残念です。

■真山仁 『それでも、陽は昇る』(祥伝社、2021年2月)

 東日本大震災・大津波の被災地を舞台にしたシリーズの第3作(連作短編8本)。阪
神大震災で妻子を失くした元小学校教諭を主人公または舞台回しに、遠間市という太平
洋岸の津波被災地の子供らとの交感を描くという設定と展開は前2作と同じ。もっとも
、作者よほどの多忙のゆえか、タッチも描写もプロットもぎくしゃくしており、やや残
念な読後となりました。あるいは課題の解決を先送りしているというか。

■司馬遼太郎 『司馬遼太郎と城を歩く』(光文社、2006年1月)

 司馬さんの死去(1996年)から10年後の発刊なので、ご本人ノータッチのガイドブッ
クのようです。函館・五稜郭から沖縄・首里城まで全国35の城を取り上げ、司馬作品に
登場した一節を原本から転載し、現地に足を運んだご本人ほかの写真多数も載せ、さら
に編集サイドが補足した城下町紹介ルポなどの一文を添えた手堅い構成。丁寧で手の込
んだ編集で、楽しく読み通せました。

■岩井三四二 『室町もののけ草紙  天魔の所業、もっての外なり』(淡交社、2017
年10月)

 応仁の乱前後の畿内を舞台にした伝奇モノの短編時代小説が7編。日野富子、足利義
尚、山名宗全、細川勝元、世阿弥、音阿弥らが前に出てきたり脇役に引いたり。ここに
得体の知れないもののけが絡んだりして、それぞれ興味深く読めます。同じ室町期の伝
奇時代モノで知られる山田風太郎のようなオドロオドロした気配は少なく、その分、描
写は淡々としていますが、各編工夫があります。

■綾辻行人 『人間じゃない  綾辻行人未収録作品集』(講談社、2017年2月)

 作者は新本格派の代表的な推理作家の一人。月刊誌等に発表しながら公刊しなかった
中短編小説5編を収録しています。長編『十角館の殺人』でデビューして以降、私はそ
の長中短編群をおおむねフォローしています。才気煥発でスマートだった作者もいつし
か還暦を過ぎました。5編のうち2編がミステリー、3編がホラー。私ですらむかし耳
にして覚え、ヒトにも話しておどかしてきた有名な怪談「赤いマント」をひねった同名
の短編など、楽しく読めました。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
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いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
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 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
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青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
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るようです。

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■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

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■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
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 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
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合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
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■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
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 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
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■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
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 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
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青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
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るようです。

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た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
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 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
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青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

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 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
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 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
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■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

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 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
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 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
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城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■柳広司 『ダブル・ジョーカー』(角川書店、2009年8月)

 日本推理作家協会賞受賞の『ジョーカー・ゲーム』の続編。昭和初期、帝国陸軍の結
城中佐率いる秘密諜報組織「D機関」の暗躍を伝える中編軍事ミステリー5編が並んで
います。前作同様、切れ味良好な「騙し騙され」のコンゲームめいた作りになっていて
、飽きさせません。アッと驚くようなトリック等は見かけないものの、各編ひねりが効
いていて前作以上に楽しめました。

■八木圭一 『一千兆円の身代金』(宝島社、2014年1月)

 大物政治家の孫を誘拐し、国の財政赤字1085兆円(2013年当時)と同額の身代金か、
財政再建のための抜本改革を要求する犯人グループからの犯行声明が届く。そんな幕開
けからシナリオが動いていく長編サスペンス小説です。第12回「このミステリーがすご
い!」大賞受賞作。

 ただし、国の巨額の借金は次世代への負担先送りに他ならない、と切迫感を訴えるの
はいいとしても、それを政治家の孫の誘拐や、抜本策の要求で打開しようとする犯行自
体にリアリティが感じられず、字面を追うのがやっと。好みによるとはいえ、この手の
青っぽいお話は、あらすじを聞くだけでも可、という気配でした。

■宮本輝 『田園発 港行き自転車(上)』(集英社、2015年4月)

 天性の物語作家が北日本新聞(富山市)日曜版に足かけ3年かけて連載した長編小説
。富山県東部の黒部川扇状地、東京、京都を舞台に10人を超える最初はバラバラの男女
の過去と現在が交錯し、富山エリアでの物語の最深部に収れんしていく展開になってい
るようです。

 作者の言によると、多数の男女は最初の設定だけを考え、あとは自在に動くのに任せ
た、とのこと。登場人物の大半が善人で、交錯のテンポがよいのはいいとしても、ご都
合主義の一歩手前で辛うじて不自然さを回避しているようにもみえます。もっとも、次
へ次へと読ませる筆力はいつもどおりです。
■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
細部は想像力でカバーしたという、作者得意の長編歴史小説です。

 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
のことで、作中では「孫氏」に対する細かな説明・解釈は少ないまま。むしろ斉の雑貨
商に生まれ、各地の古戦場から読み取れる戦争の経緯を調べることに夢中だった孫武が
、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
く描いていて飽きさせません。料理が得意で、孫武の押しかけ女房になった古女房(創
作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
した。

■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
を影の主役に据えた長編ミステリー。長編『64』以来ということで注目を集めたとお
り、緻密で上質な仕上がりになっています。

 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
る秘話を重ね、多くのナゾが示され、徐々に解明されていきます。書名は「北向きの窓
からの光」。たたみかけるような、作者得意の会話のやりとりが随所に出てきて先へ先
へと読ませられます。

■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
ら離婚までの節目の連なりを縦軸に、国内各地の鮮やかな旅ごとの点描を横軸に、達者
なストーリーをつむいでいきます。おしまい近くの元妻の転職と成功のくだりはご都合
主義的でいささか鼻白みましたが、それ以外は心理や旅情のさまざまをうまく描いてお
り、面白く読めました。
■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
細部は想像力でカバーしたという、作者得意の長編歴史小説です。

 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
のことで、作中では「孫氏」に対する細かな説明・解釈は少ないまま。むしろ斉の雑貨
商に生まれ、各地の古戦場から読み取れる戦争の経緯を調べることに夢中だった孫武が
、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
く描いていて飽きさせません。料理が得意で、孫武の押しかけ女房になった古女房(創
作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
した。

■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
を影の主役に据えた長編ミステリー。長編『64』以来ということで注目を集めたとお
り、緻密で上質な仕上がりになっています。

 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
る秘話を重ね、多くのナゾが示され、徐々に解明されていきます。書名は「北向きの窓
からの光」。たたみかけるような、作者得意の会話のやりとりが随所に出てきて先へ先
へと読ませられます。

■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
ら離婚までの節目の連なりを縦軸に、国内各地の鮮やかな旅ごとの点描を横軸に、達者
なストーリーをつむいでいきます。おしまい近くの元妻の転職と成功のくだりはご都合
主義的でいささか鼻白みましたが、それ以外は心理や旅情のさまざまをうまく描いてお
り、面白く読めました。
■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
細部は想像力でカバーしたという、作者得意の長編歴史小説です。

 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
のことで、作中では「孫氏」に対する細かな説明・解釈は少ないまま。むしろ斉の雑貨
商に生まれ、各地の古戦場から読み取れる戦争の経緯を調べることに夢中だった孫武が
、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
く描いていて飽きさせません。料理が得意で、孫武の押しかけ女房になった古女房(創
作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
した。

■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
を影の主役に据えた長編ミステリー。長編『64』以来ということで注目を集めたとお
り、緻密で上質な仕上がりになっています。

 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
る秘話を重ね、多くのナゾが示され、徐々に解明されていきます。書名は「北向きの窓
からの光」。たたみかけるような、作者得意の会話のやりとりが随所に出てきて先へ先
へと読ませられます。

■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
ら離婚までの節目の連なりを縦軸に、国内各地の鮮やかな旅ごとの点描を横軸に、達者
なストーリーをつむいでいきます。おしまい近くの元妻の転職と成功のくだりはご都合
主義的でいささか鼻白みましたが、それ以外は心理や旅情のさまざまをうまく描いてお
り、面白く読めました。
■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
細部は想像力でカバーしたという、作者得意の長編歴史小説です。

 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
のことで、作中では「孫氏」に対する細かな説明・解釈は少ないまま。むしろ斉の雑貨
商に生まれ、各地の古戦場から読み取れる戦争の経緯を調べることに夢中だった孫武が
、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
く描いていて飽きさせません。料理が得意で、孫武の押しかけ女房になった古女房(創
作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
した。

■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
を影の主役に据えた長編ミステリー。長編『64』以来ということで注目を集めたとお
り、緻密で上質な仕上がりになっています。

 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
る秘話を重ね、多くのナゾが示され、徐々に解明されていきます。書名は「北向きの窓
からの光」。たたみかけるような、作者得意の会話のやりとりが随所に出てきて先へ先
へと読ませられます。

■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
ら離婚までの節目の連なりを縦軸に、国内各地の鮮やかな旅ごとの点描を横軸に、達者
なストーリーをつむいでいきます。おしまい近くの元妻の転職と成功のくだりはご都合
主義的でいささか鼻白みましたが、それ以外は心理や旅情のさまざまをうまく描いてお
り、面白く読めました。
■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
細部は想像力でカバーしたという、作者得意の長編歴史小説です。

 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
のことで、作中では「孫氏」に対する細かな説明・解釈は少ないまま。むしろ斉の雑貨
商に生まれ、各地の古戦場から読み取れる戦争の経緯を調べることに夢中だった孫武が
、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
く描いていて飽きさせません。料理が得意で、孫武の押しかけ女房になった古女房(創
作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
した。

■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
を影の主役に据えた長編ミステリー。長編『64』以来ということで注目を集めたとお
り、緻密で上質な仕上がりになっています。

 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
る秘話を重ね、多くのナゾが示され、徐々に解明されていきます。書名は「北向きの窓
からの光」。たたみかけるような、作者得意の会話のやりとりが随所に出てきて先へ先
へと読ませられます。

■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
ら離婚までの節目の連なりを縦軸に、国内各地の鮮やかな旅ごとの点描を横軸に、達者
なストーリーをつむいでいきます。おしまい近くの元妻の転職と成功のくだりはご都合
主義的でいささか鼻白みましたが、それ以外は心理や旅情のさまざまをうまく描いてお
り、面白く読めました。
■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
細部は想像力でカバーしたという、作者得意の長編歴史小説です。

 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
のことで、作中では「孫氏」に対する細かな説明・解釈は少ないまま。むしろ斉の雑貨
商に生まれ、各地の古戦場から読み取れる戦争の経緯を調べることに夢中だった孫武が
、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
く描いていて飽きさせません。料理が得意で、孫武の押しかけ女房になった古女房(創
作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
した。

■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
を影の主役に据えた長編ミステリー。長編『64』以来ということで注目を集めたとお
り、緻密で上質な仕上がりになっています。

 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
る秘話を重ね、多くのナゾが示され、徐々に解明されていきます。書名は「北向きの窓
からの光」。たたみかけるような、作者得意の会話のやりとりが随所に出てきて先へ先
へと読ませられます。

■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
ら離婚までの節目の連なりを縦軸に、国内各地の鮮やかな旅ごとの点描を横軸に、達者
なストーリーをつむいでいきます。おしまい近くの元妻の転職と成功のくだりはご都合
主義的でいささか鼻白みましたが、それ以外は心理や旅情のさまざまをうまく描いてお
り、面白く読めました。
■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
細部は想像力でカバーしたという、作者得意の長編歴史小説です。

 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
のことで、作中では「孫氏」に対する細かな説明・解釈は少ないまま。むしろ斉の雑貨
商に生まれ、各地の古戦場から読み取れる戦争の経緯を調べることに夢中だった孫武が
、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
く描いていて飽きさせません。料理が得意で、孫武の押しかけ女房になった古女房(創
作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
した。

■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
を影の主役に据えた長編ミステリー。長編『64』以来ということで注目を集めたとお
り、緻密で上質な仕上がりになっています。

 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
る秘話を重ね、多くのナゾが示され、徐々に解明されていきます。書名は「北向きの窓
からの光」。たたみかけるような、作者得意の会話のやりとりが随所に出てきて先へ先
へと読ませられます。

■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
ら離婚までの節目の連なりを縦軸に、国内各地の鮮やかな旅ごとの点描を横軸に、達者
なストーリーをつむいでいきます。おしまい近くの元妻の転職と成功のくだりはご都合
主義的でいささか鼻白みましたが、それ以外は心理や旅情のさまざまをうまく描いてお
り、面白く読めました。
■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
細部は想像力でカバーしたという、作者得意の長編歴史小説です。

 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
のことで、作中では「孫氏」に対する細かな説明・解釈は少ないまま。むしろ斉の雑貨
商に生まれ、各地の古戦場から読み取れる戦争の経緯を調べることに夢中だった孫武が
、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
く描いていて飽きさせません。料理が得意で、孫武の押しかけ女房になった古女房(創
作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
した。

■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
を影の主役に据えた長編ミステリー。長編『64』以来ということで注目を集めたとお
り、緻密で上質な仕上がりになっています。

 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
る秘話を重ね、多くのナゾが示され、徐々に解明されていきます。書名は「北向きの窓
からの光」。たたみかけるような、作者得意の会話のやりとりが随所に出てきて先へ先
へと読ませられます。

■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
ら離婚までの節目の連なりを縦軸に、国内各地の鮮やかな旅ごとの点描を横軸に、達者
なストーリーをつむいでいきます。おしまい近くの元妻の転職と成功のくだりはご都合
主義的でいささか鼻白みましたが、それ以外は心理や旅情のさまざまをうまく描いてお
り、面白く読めました。
■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
細部は想像力でカバーしたという、作者得意の長編歴史小説です。

 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
のことで、作中では「孫氏」に対する細かな説明・解釈は少ないまま。むしろ斉の雑貨
商に生まれ、各地の古戦場から読み取れる戦争の経緯を調べることに夢中だった孫武が
、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
く描いていて飽きさせません。料理が得意で、孫武の押しかけ女房になった古女房(創
作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
した。

■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
を影の主役に据えた長編ミステリー。長編『64』以来ということで注目を集めたとお
り、緻密で上質な仕上がりになっています。

 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
る秘話を重ね、多くのナゾが示され、徐々に解明されていきます。書名は「北向きの窓
からの光」。たたみかけるような、作者得意の会話のやりとりが随所に出てきて先へ先
へと読ませられます。

■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
ら離婚までの節目の連なりを縦軸に、国内各地の鮮やかな旅ごとの点描を横軸に、達者
なストーリーをつむいでいきます。おしまい近くの元妻の転職と成功のくだりはご都合
主義的でいささか鼻白みましたが、それ以外は心理や旅情のさまざまをうまく描いてお
り、面白く読めました。
■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
細部は想像力でカバーしたという、作者得意の長編歴史小説です。

 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
のことで、作中では「孫氏」に対する細かな説明・解釈は少ないまま。むしろ斉の雑貨
商に生まれ、各地の古戦場から読み取れる戦争の経緯を調べることに夢中だった孫武が
、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
く描いていて飽きさせません。料理が得意で、孫武の押しかけ女房になった古女房(創
作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
した。

■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
を影の主役に据えた長編ミステリー。長編『64』以来ということで注目を集めたとお
り、緻密で上質な仕上がりになっています。

 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
る秘話を重ね、多くのナゾが示され、徐々に解明されていきます。書名は「北向きの窓
からの光」。たたみかけるような、作者得意の会話のやりとりが随所に出てきて先へ先
へと読ませられます。

■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
ら離婚までの節目の連なりを縦軸に、国内各地の鮮やかな旅ごとの点描を横軸に、達者
なストーリーをつむいでいきます。おしまい近くの元妻の転職と成功のくだりはご都合
主義的でいささか鼻白みましたが、それ以外は心理や旅情のさまざまをうまく描いてお
り、面白く読めました。
■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
細部は想像力でカバーしたという、作者得意の長編歴史小説です。

 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
のことで、作中では「孫氏」に対する細かな説明・解釈は少ないまま。むしろ斉の雑貨
商に生まれ、各地の古戦場から読み取れる戦争の経緯を調べることに夢中だった孫武が
、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
く描いていて飽きさせません。料理が得意で、孫武の押しかけ女房になった古女房(創
作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
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■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
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り、緻密で上質な仕上がりになっています。

 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
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■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

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 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
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、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
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作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
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■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

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 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
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■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
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 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
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 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
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■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

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 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
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■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

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束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
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■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

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り、面白く読めました。
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■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

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 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
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 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
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る秘話を重ね、多くのナゾが示され、徐々に解明されていきます。書名は「北向きの窓
からの光」。たたみかけるような、作者得意の会話のやりとりが随所に出てきて先へ先
へと読ませられます。

■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
ら離婚までの節目の連なりを縦軸に、国内各地の鮮やかな旅ごとの点描を横軸に、達者
なストーリーをつむいでいきます。おしまい近くの元妻の転職と成功のくだりはご都合
主義的でいささか鼻白みましたが、それ以外は心理や旅情のさまざまをうまく描いてお
り、面白く読めました。
■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
細部は想像力でカバーしたという、作者得意の長編歴史小説です。

 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
のことで、作中では「孫氏」に対する細かな説明・解釈は少ないまま。むしろ斉の雑貨
商に生まれ、各地の古戦場から読み取れる戦争の経緯を調べることに夢中だった孫武が
、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
く描いていて飽きさせません。料理が得意で、孫武の押しかけ女房になった古女房(創
作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
した。

■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
を影の主役に据えた長編ミステリー。長編『64』以来ということで注目を集めたとお
り、緻密で上質な仕上がりになっています。

 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
る秘話を重ね、多くのナゾが示され、徐々に解明されていきます。書名は「北向きの窓
からの光」。たたみかけるような、作者得意の会話のやりとりが随所に出てきて先へ先
へと読ませられます。

■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
ら離婚までの節目の連なりを縦軸に、国内各地の鮮やかな旅ごとの点描を横軸に、達者
なストーリーをつむいでいきます。おしまい近くの元妻の転職と成功のくだりはご都合
主義的でいささか鼻白みましたが、それ以外は心理や旅情のさまざまをうまく描いてお
り、面白く読めました。
■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
細部は想像力でカバーしたという、作者得意の長編歴史小説です。

 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
のことで、作中では「孫氏」に対する細かな説明・解釈は少ないまま。むしろ斉の雑貨
商に生まれ、各地の古戦場から読み取れる戦争の経緯を調べることに夢中だった孫武が
、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
く描いていて飽きさせません。料理が得意で、孫武の押しかけ女房になった古女房(創
作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
した。

■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
を影の主役に据えた長編ミステリー。長編『64』以来ということで注目を集めたとお
り、緻密で上質な仕上がりになっています。

 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
る秘話を重ね、多くのナゾが示され、徐々に解明されていきます。書名は「北向きの窓
からの光」。たたみかけるような、作者得意の会話のやりとりが随所に出てきて先へ先
へと読ませられます。

■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
ら離婚までの節目の連なりを縦軸に、国内各地の鮮やかな旅ごとの点描を横軸に、達者
なストーリーをつむいでいきます。おしまい近くの元妻の転職と成功のくだりはご都合
主義的でいささか鼻白みましたが、それ以外は心理や旅情のさまざまをうまく描いてお
り、面白く読めました。
■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
細部は想像力でカバーしたという、作者得意の長編歴史小説です。

 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
のことで、作中では「孫氏」に対する細かな説明・解釈は少ないまま。むしろ斉の雑貨
商に生まれ、各地の古戦場から読み取れる戦争の経緯を調べることに夢中だった孫武が
、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
く描いていて飽きさせません。料理が得意で、孫武の押しかけ女房になった古女房(創
作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
した。

■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
を影の主役に据えた長編ミステリー。長編『64』以来ということで注目を集めたとお
り、緻密で上質な仕上がりになっています。

 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
る秘話を重ね、多くのナゾが示され、徐々に解明されていきます。書名は「北向きの窓
からの光」。たたみかけるような、作者得意の会話のやりとりが随所に出てきて先へ先
へと読ませられます。

■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
ら離婚までの節目の連なりを縦軸に、国内各地の鮮やかな旅ごとの点描を横軸に、達者
なストーリーをつむいでいきます。おしまい近くの元妻の転職と成功のくだりはご都合
主義的でいささか鼻白みましたが、それ以外は心理や旅情のさまざまをうまく描いてお
り、面白く読めました。
■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
細部は想像力でカバーしたという、作者得意の長編歴史小説です。

 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
のことで、作中では「孫氏」に対する細かな説明・解釈は少ないまま。むしろ斉の雑貨
商に生まれ、各地の古戦場から読み取れる戦争の経緯を調べることに夢中だった孫武が
、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
く描いていて飽きさせません。料理が得意で、孫武の押しかけ女房になった古女房(創
作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
した。

■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
を影の主役に据えた長編ミステリー。長編『64』以来ということで注目を集めたとお
り、緻密で上質な仕上がりになっています。

 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
る秘話を重ね、多くのナゾが示され、徐々に解明されていきます。書名は「北向きの窓
からの光」。たたみかけるような、作者得意の会話のやりとりが随所に出てきて先へ先
へと読ませられます。

■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
ら離婚までの節目の連なりを縦軸に、国内各地の鮮やかな旅ごとの点描を横軸に、達者
なストーリーをつむいでいきます。おしまい近くの元妻の転職と成功のくだりはご都合
主義的でいささか鼻白みましたが、それ以外は心理や旅情のさまざまをうまく描いてお
り、面白く読めました。
■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
細部は想像力でカバーしたという、作者得意の長編歴史小説です。

 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
のことで、作中では「孫氏」に対する細かな説明・解釈は少ないまま。むしろ斉の雑貨
商に生まれ、各地の古戦場から読み取れる戦争の経緯を調べることに夢中だった孫武が
、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
く描いていて飽きさせません。料理が得意で、孫武の押しかけ女房になった古女房(創
作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
した。

■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
を影の主役に据えた長編ミステリー。長編『64』以来ということで注目を集めたとお
り、緻密で上質な仕上がりになっています。

 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
る秘話を重ね、多くのナゾが示され、徐々に解明されていきます。書名は「北向きの窓
からの光」。たたみかけるような、作者得意の会話のやりとりが随所に出てきて先へ先
へと読ませられます。

■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
ら離婚までの節目の連なりを縦軸に、国内各地の鮮やかな旅ごとの点描を横軸に、達者
なストーリーをつむいでいきます。おしまい近くの元妻の転職と成功のくだりはご都合
主義的でいささか鼻白みましたが、それ以外は心理や旅情のさまざまをうまく描いてお
り、面白く読めました。
■塚本青史 『孫氏伝』(PHP研究所、2008年8月)

 中国・春秋時代の希代の軍事思想家、孫武の生涯を史書・史料に基づき、分からない
細部は想像力でカバーしたという、作者得意の長編歴史小説です。

 兵法書「孫氏」は孫武を始祖とする門弟たちが時間をかけて構築・編纂していったと
のことで、作中では「孫氏」に対する細かな説明・解釈は少ないまま。むしろ斉の雑貨
商に生まれ、各地の古戦場から読み取れる戦争の経緯を調べることに夢中だった孫武が
、やがて兵学の私塾を開き、ついには呉の王族に招かれて軍事参謀になるまでを人間臭
く描いていて飽きさせません。料理が得意で、孫武の押しかけ女房になった古女房(創
作?)の登場と、樽のように太ったという変貌の描かれ方も面白く、異彩を放っていま
した。

■横山秀夫 『ノースライト』(新潮社、2019年2月)

 戦前、日本に一時滞在していたドイツの有力建築家ブルーノ・タウトが設計した椅子
を影の主役に据えた長編ミステリー。長編『64』以来ということで注目を集めたとお
り、緻密で上質な仕上がりになっています。

 1980年代以降のバブルを経験した在京の建築家が多数登場し、夫婦、親子、友人間の
束縛と愛憎にまぶされながら、軽井沢の新築家屋に置かれたタウト設計の椅子にまつわ
る秘話を重ね、多くのナゾが示され、徐々に解明されていきます。書名は「北向きの窓
からの光」。たたみかけるような、作者得意の会話のやりとりが随所に出てきて先へ先
へと読ませられます。

■絲山秋子 『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社、2019年1月)

 月刊「文藝」に連載した長編夫婦小説(?)。20年超の関わりがある元夫婦が婚約か
ら離婚までの節目の連なりを縦軸に、国内各地の鮮やかな旅ごとの点描を横軸に、達者
なストーリーをつむいでいきます。おしまい近くの元妻の転職と成功のくだりはご都合
主義的でいささか鼻白みましたが、それ以外は心理や旅情のさまざまをうまく描いてお
り、面白く読めました。
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