作成日:2021/06/03
ネットことば
藤原智美さんの長編評論『ネットで「つながる」ことの耐えられない軽さ』を面白く 読みました。ネット空間で大量に流通する「ネットことば」の不毛、軽さ、ウソっぽさ を取り上げ、追及するというスタンスで、私どものような「アナログ活字世代」にはい ちいち合点がいく指摘ばかり。主張の要約は容易ではないので、以下、著者の指摘・コ メントを四つほど拾い上げてみます。 □「現代家庭の情報生活」という民間のアンケート調査が、2000年から2010年までの 10年間における、国内の家計が支出した「情報関連経費の増減」をみると、平均値で次 のような変化が示される。すなわち、新聞代は5割減、本・雑誌代は6割減、一方でイ ンターネット関連は3割増。実際の購買費か、要する時間をお金に換算した経費なのか 、判然としないものの、生活の中での「書きことば」の比重が大幅に下がっていること を示唆している。 □情報端末のニュースサイトの表示は、ユーザーの検索履歴を踏まえて自動的に好み や関心を反映した編集になってしまう。なので、自分のスマホのニュースサイトの表示 と、隣のスマホの同じサイトの表示は異なる。一方、例えば既存の紙媒体である新聞は 、発行の定時性と日時ごとの定期的なニュースの更新、紙面レイアウトを通じたニュー スの総覧性、見出しの大小・強弱による価値判断の相対比較などで、共通性が維持され ている。 □電子書籍は、本の中身をデータとしてリーダーの画面にページごとに次々に表示し ていく。これに対し、既存の書籍は、製本の質感や、個々に異なるデザイン・字体で個 性が守られ、いわばデータ以上のものが付属して奥行きと広がりを保っている。 □電卓が手書きによる計算能力を衰弱させているように、情報端末のワープロソフト は漢字を自動変換することで、ユーザーは書き方や読み方を忘れてしまう。さらに、学 校教育で導入された情報端末で、子供たちがやっていることはキーボードを操作して「 検索」すること。情報端末は「記憶(暗記)」の外部装置となっているだけでなく、「 思考力」訓練にも役立っていない。 といった次第です。アナログ世代として、デジタル化について行けないことを嘆くの ではなく、デジタル化の危険や値打ちの低さを思い出せる指摘・コメントだったように 思います。