作成日:2021/05/02
ご先祖様
また閑話休題。
8年前に88歳で病死した父は晩年、家系図の作成に力を入れていました。60歳
過ぎで取ったボイラー2級の資格で85歳まで現場仕事に通っていたので、手書き
した家系図を開くのは時折。それでも江戸末期までさかのぼった係累図に満足し
ていたようです。
同時に、寺の過去帳や祖父その他からの聞き取りなどを基に辿った未完成の系
図を前に、自慢することしきりでした。「井伊彦根藩の祐筆(秘書役または文書
・記録係)だった数代前までのご先祖の名前と足取りがおおよそ分かった」
しかもそこに「幕末の動乱期、佐幕だった井伊藩を脱藩して南下。伊賀の山中
で藩の討手2人に追い付かれたが、斬り合いで2人を破り、その足で奈良へ。維
新後は奈良県庁に勤めた一方、ウチは分家として大阪に移り、オレはそこで生ま
れ育った」というストーリー付きです。
名実ともにさほどの家柄でもないことは子供の頃から理解していたので、ヒト
には「出自はたぶん百姓」とか「どこかの足軽」とか言っていましたが、父が調
べた家系を耳にして以降、心境が変わりました。「先祖は、武士だったのか!」。
さらに調子づいて息子2人に「祖先は、井伊彦根藩の藩士だった可能性がある。
自慢する必要はないが、自覚は持て! ついでにオレらのことは『父上、母上』
と呼べ!」と訓示したりしていました。
なぜ内輪のことを書くのかというと、下の書評でも触れる高橋秀実さんのノン
フィクション『ご先祖様はどちら様』を面白く読んだのがきっかけ。私は今も本
業は現役なので、「若い頃の昔話」より「これからどうするか」の方に関心が向
かいますが、ご先祖様という、ずっとさかのぼった過去の事績には興味を引かれ
ます。神社に参るとき、鳥居をくぐる前と退出の際、ご祭神に向って自然に一礼
するようになったように、祖先にも素直に向き合えるようになった気がします。
仕事が一段落して落ち着いたら、彦根の郷土資料館か図書館に行って井伊家関
連の古文書(を訓読した活字本)を閲覧し、脱藩する前のご先祖の係累をさらに
後付けられれば、との探索が当座の夢。全く名前が出て来ない恐れもありますが
……。絵に描いたような私事(わたくしごと)で申し訳ありません。