桂川通信コメント
桂川通信コメント
作成日:2021/03/18
元報道カメラマンの葛藤



 「3月11日」から10年。ネット内外で多数の報告を読みました。体験に根差した具体的なリポートが多かったように思いますが、中には呆気にとられた記事もあります。NHK福島放送局の元報道カメラマン、Hさんに取材したハフポストのシリーズ企画「東日本大震災 あれから私は」の1編です。

 Hさんは当時入局1年目。3月11日は当番で仙台空港にいて、ヘリコプターからのカメラ撮影の練習中。ここに大地震。NHKのヘリは無傷で済み、Hさんはそのまま乗り込んで東に向かいます。やがて太平洋沿岸部に押し寄せる黒い津波が見え、Hさんは建物も道路も車も飲み込んでいく、凄惨な現場を撮影し、それは空中から津波を生中継するスクープ映像として世界に転送されます。

 そこまではいい。あの衝撃的な中継は私も当時、テレビで観て驚いた記憶があります。呆気に取られたというのは、撮影から10年後のHさんの述懐。ハフポストの編集者によるインタビューの集約で、Hさんはこんな風に語ります。

 「なぜ自分が撮ってしまったのか」「撮らないで済むなら、撮りたくなかった」「自分は(ヘリの中という)一番安全な場所にいて、撮影していただけ」。Hさんは大津波から2年後NHKを辞め、「現代アーティスト」(!)として福島にアトリエを構えながら、今も当時の撮影をめぐって「葛藤」しているということです。

 しかし「なぜ自分が撮ってしまったのか」(=現場上空を飛行していたのだから、カメラマンの仕事として撮影するのは、当然)。さらに「撮らないで済むなら、撮りたくなかった」(=撮らないでは済まされない。報道のプロとして撮影しなかったのなら、職務放棄ではないか)。

 ひと言でいえば、この元カメラマンは何を言っているのか、ということです。なぜこんな倒錯した、極端にナイーブな、報道という職務から逃げるような、偽善そのままの述懐を口にするのか。ハフポストのコメント欄には100件を超える読者の意見が並び、スクロールすると「葛藤を抱え、誠実に真摯に津波襲来に向き合っているHさんは素晴らしい」などの賛辞が目立ち、素直ではない私などは、二重に呆れました。

 しかし、これだけでは、ひねくれ初老男の難癖にとどまります。コメント欄をさらに読んでいて、読者の多数があのときのヘリ中継の細部を思い出していることに気付きます。

 Hさんはヘリからの撮影で、道路を走っている車に津波が襲いかかる瞬間、とっさにカメラを横に振ってヒトの死の一瞬を画面から外したり、被災の模様をアップで撮らないカメラワークを心がけていた、というのです。Hさんは津波に直面し、しかし何を撮り、何を撮らないかという、ギリギリのところで仕事していたようだ、ということです。見方を少しだけ改めました。

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