桂川通信コメント
桂川通信コメント
作成日:2018/08/18
臨床報告



 読んで当メルマガの書評に入れるのはもったいない、と思ったのが、岩波明さんの『狂気の偽装――精神科医の臨床報告』(新潮文庫、2008年11月)。精神科医による、10年前刊行の一般向けレポート集ですが、全10章で著者はさまざまな精神障害・統合失調症などの症例をたくさん挙げており、どれも面白く読めました。

 多岐にわたる中から紹介したいのは、タレント学者の「警告」(自著の宣伝)の後追い、古い学説への固執、自称患者の自己顕示や錯覚などで広まった「流行現象としての精神障害」を手厳しく批判しているところです。

 今もよくメディアに出てくる「PTSD」(心的外傷後ストレス障害)。同じ領域では「トラウマ」も流行語で生き延び、日常語として定着しているようです。これに対し、岩波さんは「PTSD」は第二次大戦やベトナム戦争を体験した元兵士を対象に米国で研究が進んだもので、厳密には、ヒトが悲惨な死に巻き込まれた場面を間近に目撃した後遺症として出現するもの。「トラウマ」はPTSDを含む精神障害の発症のきっかけになった私的で重大な事件、といった意味合いだと注釈します。

 ところが、これらはいま、極限状態における身体的なダメージを超えたところにまで安易に広げて流行語として使われている、という次第。子供のころ、肉体的に瀕死状態にまで虐待されたことがトラウマとなり、PTSDが発症した、という事例はあるとしても、「暴言」や「いじめ」はトラウマにはならず、ましてやカウンセラーの誘導で「忘れていた虐待の記憶」を思い出し、それが実はトラウマだった、などということはありえない。事件から「数年経ってから」PTSDが発症する、ということもない、といった具合にバッサバッサと切り捨てます。そうした後付けのトラウマで障害が発症するとしたら、それはPTSDではなく、ただのヒステリーだろう、というわけです。

 ですので、今も災害現場などに精神科医やカウンセラーが出向いて被災者の「心のケア」にあたるのは、ボランティアを装っていたとしても、大部分は研究論文のためか、せいぜい売名行為に過ぎない、と言い放ちます。

 他にも、著者が矛先を向けるのは「ゲーム脳」「アダルト・チルドレン」など多数。果ては、オーストリア生まれの精神分析の創始者、ジクムント・フロイトに対しても、歴史に残るコピーライターではあったろうが、エビデンス(証明・証拠)ゼロのまま無意識や夢の分析を試みただけではないか、ときついことを言っています。

 また、著者は、マスメディアが、精神障害やPTSDのことをあおるようなタッチで取り上げるのは「報道の良心」などではなく、単に「面白いからに過ぎない」と喝破します。このあたり、全くその通りです。
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