桂川通信コメント
桂川通信コメント
作成日:2017/03/16
労災隠し



仕事中に起きたケガ、業務が原因で患った病気などを「労働災害(労災)」として労働基準監督署が認定し、それに基づいて国が治療費の全額や各種の補償等を支給するのが、労災保険です。元になるのは、各事業場が全部を負担する労災保険料。しかし、労災事故が多い建設業などでは、事故を労災扱いにせず、治療費等を被災した労働者の健康保険などで片付けるケースがあります。「労災隠し」です。なぜ、この「労働安全衛生法」違反事案が起きるのか、調べてみました。

労災隠しの原因は、主に三つあると思います。
第一は、労災請求が面倒だとする会社側の怠慢です。ケガをした労働者が病院に行き、業務外の扱いで健康保険や国民健康保険を使った後で労災に切り換えるのは手間がかかります。労災は本人が請求するものとはいえ、会社の協力がなければ前に進みません。社労士が間に入れば実務の一つとして切り換えはこなせますが、小さな会社ではそうもいかない。「健保(または国保)を使っておけ。自己負担の3割は会社が出す」ということになりかねない次第です。ケガは不注意から起きた、という理屈で労働者の自己負担分すら補てんしない、ひどい会社もあります。

第二は、労災事故が発覚すると、労働保険料徴収法等が規定する「メリット制」で保険料が上がってしまう、という警戒感です。自動車の任意保険でもノンフリート等級というのがあり、年間契約の保険料先払いの際、事故後の等級変更で保険料が上がったりすることはご存知の通り。労災保険も、年度で、あるいは有期の工事現場で支払った賃金総額(労務費)に業種ごとの料率を掛けた保険料を収める仕組みで、メリット制は一定以上の事業場の過去3年間の労災発生状況を元に保険料を増減させます。ただ、メリット制(というより、デメリット制)を気にして労災隠しに走る、という動きには結果論的な一面もあり、労災隠しの誘因になるとは言いがたいようにも思えてきます。

労災隠しが生まれる三つめにして最大の要因は、元請、下請などの系列関係に縛られ、「ゼロ災(労働災害ゼロ)」を掲げる元請に気を使い、下請が現場での労災事故をなかったものとして扱ってしまいがちなことにあります。この組織的・心理的なバイアスが労災隠しを誘発する下地になっている、と考えられるわけです。

現職の労働基準監督官が匿名で開いているウェブサイト『労働Gメン まこやん』内の「事件簿」に、参考になるページがあります。「労災隠し」を扱ったそのページでは、元請の顔色をうかがって労災請求しなかった下請の経営者が、労災隠しを疑った監督署の調べに応じ、ついに事故現場のすり替えなど、虚偽を申し立てていたことが明らかになった、という経験談が語られています。まこやん(監督官)は書きます。「労災隠しは一概に末端の会社だけが悪いというわけではなく、重層構造である建設業界独特の事情によるところが大きい」。

去年から今年にかけ、私は延べ5件の労災請求を代行し、1件の請求を準備中です。いずれも経営者は「労働者想い」の方ばかりで、請求に何のためらいもなく、労災保険が健保より補償内容が充実していることもあって、労働者や代行する私に協力的です(ときに感動するほどに)。労災隠しを取り上げたのは、そうではない労災事故もあるようだ、ということを確かめたかったからでした。

***(追記:「編集後記」)

上で触れたウェブサイト『労働Gメン まこやん』は、関西の某労働局に勤務する現職の労働基準監督官が書いておられます。単に監督官が、というだけではなく、関西人らしいサービス精神に溢れたユニークなサイトで、実は私らは名前も所属先も存じ上げています。ただ、ご本人が「公務員の品位を傷つけず、守秘義務にも反しない程度の裏話」と前振りし、匿名で書いておられる以上、具体的なことには触れないのが礼儀です。抱腹絶倒のアホなページと、本職に忠実なカタい話が混在していて、読みどころの多いサイトであることは確か。上記のサイト名で検索すれば、すぐに行き当たれます。お勧めです。


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