桂川通信コメント
桂川通信コメント
作成日:2016/09/16
ことば寸評(さらなる!)



マスコミが事件を伝える記事のスタイルが変わってきました。昔なら「○○県警の調べで分かった。それによると」という、ワンクッション置いた書き方が普通だったのに、今は「○○県警への取材で分かった」式のダイレクトな書き出しが目立っています。うまいものだと思います。

ヨソの報道機関が知らない特ダネで、かつネタ元をぼかす場合、「△△新聞の調査で分かった」などのほかに、以前は「関係筋が16日明らかにしたところによると」みたいな言い回しも多く、特ダネであることの目印にもなりました。しかし、最近はこの「関係筋」はあまり使わなくなったようです。

「関係筋」という言葉は便利で、ヨソの社に対し「君らは知るまいが、わしらは関係筋を押さえているワケだ。悪いねえ」という、自己満足に浸れる魅力がありました。もっとも、読者には「関係筋って何だ?」という、不親切なごまかし方だったようにも思います。

事件報道の言い回しの変化は、記事をシンプルに、という要請に応えたもので、背景の1つには高齢化社会の進展があります。若い世代の多くが新聞を読まなくなり、読者に占める年寄りの比率が増え、したがって字を大きくしなければ、という次第です。A2判15段の紙面で1段15字だったのが徐々に活字が大きくなり、今は実質1段分10字ほどが普通です(文庫本も同じ傾向です)。結果的に、文字数(情報量)が2割以上減るなか、記事スタイルが工夫され、「関係筋が明らかにしたところによると」みたいな長々しい言い回しを避け、「県警への取材で分かった」という、目からウロコの直接表記があみ出されたのかも知れません。

変化といえば、私らが若かったころにはまず使われず、ここ20年ほどの間に流行し、定着した言い回しが、いま拾えるだけでも4つあります。

まず「視野に入れて」。「贈収賄罪での立件も視野に入れて」とか。「立件する方針を固めた」では強過ぎるので、立件(送検・起訴等)も選択肢の1つというニュアンスを込めた「視野に入れて」です。便利なようですが、そう書かれたのに捜査当局が立件しようともせず、怒った当事者から「名誉棄損だ」と裁判を起こされたら、恐らく勝ち目はないでしょう。どう言い訳しようと、「贈収賄罪」という言葉が前面に出ているからです。

次は「違和感がある」。昔はほとんど見られず、今はいろんな場面で多用されています。人の意見等に対し「どこかおかしい」ときに「違和感がある」と言ってみたり、単に「好みに合わない」だけなのに、もったいぶって「違和感がある」と突き放してみたり。プロ野球の投手が平気な顔をしてベンチに戻った後「ヒジに違和感があって交代」するときに使ったりもします。

もう1つは「ほぼ断定」。ズルい言葉で、「ほぼ」であるなら「断定」にはならず、「断定」したいなら「ほぼ」で留保をつけてはいけません。形容矛盾の典型ですが、近年増えているように見受けます。まことに座りが悪い。仮に私がデスク(90年代後半に5年務めました)で、こんな原稿が来たら、問答無用で書き換えます。「ほぼ」を取って「断定」してしまうか、「疑いが強まった」等に抑えるか。あるいは「疑いが強まった」だけならニュースとして中途半端なので「取材が甘い」と言って突き返すか。

以上3つの共通点は、使う側、書く側が腰を引いてどこか「逃げている」ことです。リスクを取らない、感覚の表明だけで済ませている、責任を負いたくない、といった本音部分が透けて見えるように思えてきます。

最後の4つ目は「さらなる」です。これも気持ちの悪い、文法上、得体の知れない言葉で、私は恥ずかしくて一度も使ったことはありません。「ワタシ的には」みたいな流行語だと思ってはいるものの、エリを正さしめるような、カッコいいニュアンスがあるのか、保守的な行政の文書にも頻出するようになりました(法律の条文にはさすがにないはず、と思いたいところです)。

私のデスク時代にはまだ一般化しておらず、まれに出てきても「気取らなくてもよろしい」と注意して、いちいち「一段の」「一層の」等に書き換えていたのが「さらなる」。実際、お役所公認の流行語だとはいえ、小学生が「さらなる勉強を」なんて言い出したとしたら、世も末であります。

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