桂川通信コメント
桂川通信コメント
作成日:2016/05/03
「あ・じゃ・ぱん!」



日本列島の西と東は違う、ということは若い頃から知っていました。連休前から手元に置き、合間々々に読み進んだ矢作俊彦さんの長編戯作小説『あ・じゃ・ぱん!』(新潮社、1997年11月)で改めてその辺りに納得。「偽・戦後日本史」とでも言うべき、単行本の上下で1000頁を超える奇想天外なハードボイルド(?)の怪作です。

1945年の敗戦時、ソ連軍は樺太まで迫るものの、北海道本島には上陸していません。しかし『あ・じゃ・ぱん!』はここから歴史を変えていきます。

ソ連軍が北海道本島に上陸し、怒涛の勢いで札幌を占領する。別部隊が新潟にも押し寄せる。時日をおかず、西日本は米国が占領し、新潟から箱根に至る南北のラインを境界に、東京を含む東日本はソ連軍の支配下におかれる。つまり、資本主義陣営に属する「西日本」(大日本国)と、ソ連の指導下に入った統一労農党が牛耳る共産主義の「東日本」(日本人民民主主義共和国)に分断される、という設定です。

皇室はソ連軍の侵攻を恐れて、軍部が敗戦直前に京都に移したため、戦後も昭和天皇は京都在住のまま。西日本は吉本興業のオーナーが歴代の首相を務め(2代目首相は吉本シズ子)、米国の支援を受けてやがて世界一の経済大国になります。公用語(標準語)も関西弁で、首都・大阪の一流ホテルのモーニングコールは「お・は・よ・う・さ・ん。お・目・覚・め・の・お・時・間・で・お・ま・す」。政府と国会は大阪城に置かれ、1964年にアジア初の開催となった「京都オリンピック」からしばらくの後、「奈良ディズニーランド」もオープンしたということです。

一方の東日本は、戦前からの国会議事堂が「人民会議場」になり、ところどころに巨大な「老いた母親をおぶったレーニン像」が置かれています。モスクワに操られるまま、現在の政権トップは、統一労農党書記長の中曽根康弘。社会主義諸国の中では経済成長の優等生ではありながら、西日本との格差いかんともしがたく、東から西への難民、不法入国が絶えません。

物語は、米国生まれで、日本語を勉強してきたCNNの黒人記者フィリップ・マーロウが、新潟を拠点に暗躍する、西日本にも東日本にも属さない希代の農民革命家、田中角栄にインタビューするために来日するところから始まります。角栄に寄り添うのが平岡公威(三島由紀夫)、神奈川は江の島にあるというロシア(旧ソ連)の軍事基地を案内する漁師が石原慎太郎、社会主義の都・東京の暗部を探るのがNHKの和田勉、など配役はめちゃくちゃながらも、どこかフィットしており、笑いながら読み進むことができます。

さて、西と東の話です。『あ・じゃ・ぱん!』は下巻に入ってストーリー展開が失速し、発想や表現の面白さがトーンダウンしてしまいますが、全体に東西の文化や風土の違いをさりげなく示していて、私は何度もヒザを打ちました。

お金に大きな価値を置く合理主義・自由主義の西日本人、天皇がいなくなったことで喪失感を抱いている、という古風な官僚社会主義の東日本人。敗戦時の原爆は『あ・じゃ・ぱん!』では、広島ではなく新潟を狙い、天候の加減で間違って富士山に落とされ、山頂部が吹っ飛んだため「人工富士山」造成計画が進む、という破天荒なストーリーの中で、富士山に対する東西の感覚の違いも微妙に描き分けられています(実際の話、西日本人は東日本人ほど富士山を崇敬していません)。

『あ・じゃ・ぱん!』の矢作さんは横浜生まれの関東人のようですが、関西弁の使い方は手慣れた風です。早くから才能を見出されて渡米し、大リーグで活躍した日系アメリカ人、シゲオ・ナガシマが、東西日本の「和解」を機に「東京ジャイアンツ」を復活させ、監督に就任するというニュースを伝える「浪速スポーツ」の記事はこんな具合です(「偽・戦後日本」では関西弁が公用語なので、文章表現もこれが正式)。

「やたらヤンキーになってまうモンの多い東日本の青少年に、野球使こて人生に夢持ってもろたらええんちゃうのと、大阪財界の野球ファンでできた<名球会>が基金を集めに集めて、東京をフランチャイズにしたプロ球団<東京ジャイアンツ>を旗揚げしてこましたろちゅうもの」(下巻326ページ)。

このほか『あ・じゃ・ぱん!』では触れておらず、私がいま挙げられる東西(あるいは関東と関西)の違いはおおよそ次の通りです。(1)西では、場所を訊かれれば、方角(東西南北)で道を教えることができる。東では、そんな慣行がない(2)西では「ぜんざい」と「しるこ」の違いが分かる。東には公式には「ぜんざい」はなく、あっても「田舎しるこ」と呼ぶ(3)西日本人は自分のことを笑うことができる。これに対し、東日本人には無駄な見栄っ張りが多い。

お問い合わせ
■高田社会保険労務士事務所/■〒612‐8083 京都市伏見区京町6‐51‐1 ハイツ美好103/■TEL&FAX 075-748-6068/携帯電話090‐9881‐5702

メールでのお問合せ