桂川通信コメント
桂川通信コメント
作成日:2016/03/04
いびつな話



 いびつ、というのは、愛知県の(元?)社会保険労務士、A氏のことです。といっても、業界の外では知らない方が多いと思いますので、昨年12月に表面化した「A氏をめぐる騒動」についてあらましを。

 A氏は昨年秋、ネット上に公開していた自分のブログ「すご腕社労士の首切りブログ」でこんなことを書き込みました。Q&Aスタイルで書かれた「経営者」からの質問はまず「当社のモンスター社員は、上司に逆らう、遅刻する、タバコさぼりなど行動が異常です。何とかうつ病にして追放したいのですが……」。こんなことを訊ねる経営者がいるのかどうか、不自然な気もしますので、たぶんA氏が自作した質問だと思います。

 ともあれ、A氏はこれに対し「(モンスター社員に)まずバツを与えるべき根拠を会社の就業規則に盛り込む。(1)就業時間中の喫煙の禁止(2)上司に文句を言うことの禁止(3)遅刻の禁止。そして、これらに違反した場合には厳しく処罰を与えることを決めるなど、適切にして強烈な合法パワハラを与えればいい」云々と「回答」を書き込みました。

 さらに「社員をうつ病になるよう追い込み、万一本人が自殺したとしても、うつの原因と死亡の結果の因果関係を否定する証拠を作っておく。なぜなら、因果関係の立証は原告側にあり、それを否定する証拠を作成しておくことは、会社の責任を否定することになるから。したがって、それができれば『うつ病自殺』されても裁判で負けることはない」云々……。

 このブログが多くの人の目に止まり、その非常識で見当外れの内容に批判が殺到。確かに、げんなりするほど気味の悪い、一方的で偏狭なQ&Aです。当然というべきか、「首切りブログ」は炎上し、削除されただけでなく、愛知の社労士会、さらに社労士会の全国組織(全社連)、厚生労働省までが処分等に乗り出すスキャンダルになりました。

 ヨソの話で、私がめざしている社労士のイメージや実務の方向とはまるで無関係なので、「はた迷惑なこと」と放っておいたものの、ネットやアマゾンのブックレビューを見ていると、本人の名前は出る、悪評がほじくり返される、などと依然騒ぎが続いていることが分かりました。

 アマゾンでA氏の名前が出てくるのは、労務問題に強い「ベテランすご腕社労士」(他に税理士、行政書士の資格も保有している?)としてA氏が、名義貸しを含め20冊を超える「労務問題のハウツウ本」を発刊しているからです。「解雇のテクニック」みたいな。「全国各地で多数の講演」をこなしながら。

 一つだけコメントしておくと、上記の「経営者からの質問」に対するA氏の回答には、「就業規則」をめぐっておかしなところがあります。一言でいえば、就業規則に「上司に文句を言うことの禁止」等を盛り込み、こんな規定があるから問題社員を処分した、と会社側が主張したとしても、裁判になれば、会社側はよほどの場合以外、恐らく負けてしまうだろうということです。

 就業規則、つまり会社のルールブックは「職場の常識」の集大成ともいえ、服務規律であれ、解雇の要件であれ、懲戒処分の基準であれ、社内外で通用する「常識」の枠内で示していくほかなく、運用上「客観的に合理的で、社会通念上相当」という目安をクリアしている必要があります。

 就業規則の服務規律で「勤務中は職務に専念すること」をうたい、普通解雇の要件で「勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、従業員としての職責を果たしえないと認められたとき」と規定し、懲戒の事由で「素行不良で著しく会社内の秩序又は風紀を乱したとき」などと定めて「問題社員」を処分したとしても、とりあえずはそれだけのこと。いったん労使間のトラブル(個別労働紛争)になれば、あくまでも記録された事実と理由の検証をもって処分の合理性、社会通念上の妥当性が点検される、という流れになっていきます。

 つまり、就業規則に「上司に文句を言うことの禁止」を掲げたところで(こんなベタな就業規則の規定など、見たこともありませんが)、それに基づいたと称する解雇を含む処分が妥当かどうかは、いわば別の話になります。朝から晩まで暴言を吐き散らして職場秩序をガタガタに乱していれば、処分の妥当性が認められる可能性も高まるでしょうし、逆に、ときどき周囲にグチをこぼす程度の「文句を言う」なら、常識的に考えても、なにがしかの処分は行き過ぎ、不当なものとなります。

 繰り返しますが、はた迷惑な「すご腕社労士」でした。
お問い合わせ
■高田社会保険労務士事務所/■〒612‐8083 京都市伏見区京町6‐51‐1 ハイツ美好103/■TEL&FAX 075-748-6068/携帯電話090‐9881‐5702

メールでのお問合せ