桂川通信コメント
桂川通信コメント
作成日:2015/07/03
ハンセン病



 河瀬直美監督による邦画『あん』を観ました。
 『あん』はハンセン病に対する世間の無理解をテーマにした作品で、原作はドリアン助川著の同名の小説とのこと。控えめなトーンながらも、静かな迫力に満ちた映画でした。

 「あん」は、どら焼きに挟むつぶあんのこと。わけありらしい中年男、千太郎が西武沿線で小さなどら焼き屋を任されており、そこにハンセン病元患者の徳江が立ち寄り、あんづくりの手伝いを始めます。しかし、やがて徳江が施設から通っていることがウワサになり、ひととき行列ができる人気だった店の客足が遠のく。その後――。

 まず印象的だったのは、配役陣の演技のうまさです。徳江(樹木希林)の立ち居振る舞いはハンセン病元患者さながらの自然体、千太郎(永瀬正敏)には任侠映画から遠のいた後の高倉健を思わせる渋さがうかがえます。人物をアップで取り込み、桜や葉桜や西武沿線の情景を短いショットで重ね合わせる映像も秀逸。「(ハンセン病に対する世間の)無理解」や「守ってやれなかった(千太郎の独白)」などのキーワードが一度しか出て来ない、という抑え気味のセリフ回しにも感じ入りました。

 もう一つは、河瀬監督のこと。奈良在住の河瀬さんは数々の受賞歴を持ってはいるものの、私が唯一がらがらの映画館で観たのがカンヌ国際映画賞グランプリ受賞の『もがりの森』(もがりは漢字ですが、字が出てこない)。しかし、この映画には困惑しました。

 奈良の茶畑などを背景に、認知症老人と老人をめぐる人々を描いた作品だとはいえ、正直「何だ、これは?」という塩梅で、全然分からなかった。「前衛芸術映画」であったとしても、前衛映画なりのインパクトがどこかに感じられるのが常。ところが『もがりの森』は何を描きたいのかがつかみがたく、以来、あまり関心が向かわず、今回たまたま『あん』を観た、という次第です。

 ハンセン病元患者が住む国立療養所はむかし、2カ所を訪ねています。一つは熊本時代に毎月のように取材で通っていた、いま国内最多の居住者がいる「菊池恵楓園」。ここは2003年、熊本・黒川温泉のホテル(後、閉館)が元患者らの宿泊を拒否し、行政を巻き込んだ大きな騒ぎになりました。もう一つは岡山時代、「らい予防法違憲国賠訴訟」で国が全面敗訴し、ときの小泉首相が「控訴断念」を決めたニュースに合わせて現地入りした「長島愛生園」です。いずれも広々とした園内の様子、住まう元患者の方々のことをよく覚えています。

 『あん』の徳江が長く住んでいた、という設定の「多摩全生園」は戦前、園に収容され、結核で死んだ北條民雄の衝撃的な短編集『いのちの初夜』で知っていました。北條民雄をめぐっては、あの川端康成が全力を挙げて作家としての彼を支援した、という感動的な話もあります。

 ともあれ、忙中閑ありで、手応えのある映画を観ました。松本清張の『砂の器』や遠藤周作の『私が・捨てた・女』が描くハンセン病とはかなり違う、それでも今なお「無理解」が残るこの病気と元患者のことは、今の仕事とはほぼ無縁とはいえ、これからも関心を持ち続けていきたい、と考えています。 

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