桂川通信コメント
桂川通信コメント
作成日:2014/09/16
吉田調書



 「従軍慰安婦をめぐる誤報」「東電吉田調書のスクープの『取り消し』」「著名ジャーナリストのコラム掲載拒否」の併せて3つの騒ぎで、A紙が批判されています。いずれも相当にアホらしい話で、M紙に長く在籍し、若いころ取材でA紙記者と張り合うことの多かった身として、思うところは多々あります。ただ、書き出すとキリがないので、今回は「東電吉田調書のスクープ」についてだけ感想を記します。

 吉田調書は、福島第1原発事故をめぐり、政府の事故調査委が吉田所長(故人)から事情を聴いた折の記録文書。A紙は今年5月、この聴取記録を入手したとし、「所員の9割が所長の待機命令に違反し、第2原発に撤退した」などと報道しました。ところが、9月11日公開の吉田調書には「命令に違反して」との記述はなく、同日、A紙のK社長は「記事は誤りだった。取り消す。東電関係者らに迷惑をかけた」と謝罪するに至っています。

 私は以上をN紙とネットでチェックしました。その中で最も不審に思ったのは、スクープ時にA紙サイドが入手していたという吉田調書の中身です。K社長は会見で「(スクープ後の)同じ資料に基づく他社の報道で、違う方向の記事が載った。だから、真剣にことに向き合った」と話しています。しかし、同じ資料をベースにしての取材なら、今回のような大きく異なった内容の記事になることは常識的にまず考えられません。

 つまり、A紙が入手したと称する調書は、公開された調書とは別モノか、事実関係が読み取りにくいものだった可能性があります。実在する調書に迫った取材メモ群だけ、つまり調書は入手できていなかった、とまでは言わないものの、「所員の9割が命令に違反して」という、重大なポイント部分のウラ取りや、調書のリアリティーを補う確かな材料が不可欠ですし、ときには記事化する(業界では「字にする」といいます)のを抑える判断も必要となるからです。

 K社長は会見で「秘匿性の高い資料だったので(吉田調書を)少数の人間の目にしか触れないようにしていた。その結果、チェックが甘くなった」とも話しています。一見もっともらしく聞こえます。しかし、この弁明も、私にはにわかには信じられないものでした。

 たとえ少数の目にしか触れない資料だったとしても、新聞の1面アタマを張るニュースのキモとなる資料を扱うのは、編集の中枢に位置する面々です。これだけの「スクープ」ですから、その日の当番編集局次長(に相当する立場のベテラン)やデスク陣だけでなく、非番の局次長や担当デスクも束になって初稿に目を通しているはず。チェックが甘かったというのは、こうした編集中枢がそろって役立たずだったことを自らさらけ出すようなものです。

 私も3・11以後の福島第1原発のことは人並みにフォローし、関連するルポなども読んでいます。「発電所の所員が勝手に逃げ出した」というデマが当時、流れたことも覚えています。A紙には「ウチの記者は特別に優秀」という異様に自信過剰な方が多数おられますので、編集中枢も「当時のデマそのままだから、要注意」と警戒するよりも前に、「ウチだけが入手した調書。デマは本当だった」という判断に傾いたのかもしれません。

 ところで、先に「(事実関係の)ウラを取る」ことについて触れました。業界でも一般にそう教えられています。しかし、ウラを取らずに特ダネを「字にする」こともある。自慢話になって大変に恐縮ですが、私は初任地の熊本時代、全国通しの一面アタマ(または社会面アタマ)の特ダネを2回獲っています。うち1つは「地裁裁判官が酒酔い執務」。民事訴訟(土地境界線争い)の現場検証など、審理中いつも酔っ払い状態にあるという裁判官に対し、原告が「忌避」を申し立てて受理された、という珍しい、ある種マンガみたいなニュースです。このとき私はウラを取らずに原稿を出しました。

 というのは、執務時間中、その裁判官に1人で直に取材し、経過と実際を確認し、一問一答まで書いたからです。つまり、ご本人に対するオモテの取材だけで字にした、という次第。私はその後も割と特ダネにめぐり合うことが多く、大阪時代には業界内の大きな賞ももらっています。とまあ、そんな手柄話はともかくとして、A紙の吉田調書の「スクープ」には、いささか無理があったように思えてなりません。

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